Learn! Enemy
ガゼルからの連絡は意外にも早く入った。
あの後、数日後に俺たちは宣言通りコンプトンへ向かったのだが、その場ではガゼルやマイルズに再会して、少し話しただけでお開きとなった。
しかし、その帰り道にガゼルから電話が入ったのだ。今の今までコンプトンにいたが、リッキーと会えるかもしれないという内容だったので、そのままコンプトンへ引き返すこととなった。
車内には俺を含めて三人のガーディアン。前回より少なくなっているのはガゼルやマイルズがいるから危険度が減っていることが理由だ。
だが、敵のボスと会おうというのであれば、むしろその少数では心もとないな。
「クレイ、なんでUターンを?」
「ガゼルからだ。リッキーにつないでくれるかもしれねぇ」
同乗する二人のホーミーに事情を説明する。
「マジかよ! 銃は!? バンダナは!?」
「どっちも隠す必要はねぇさ。イングルウッドのブラッズとして会うんだからな」
マイルズも、変装なんてふざけた真似をするタマじゃないだろう。そもそも、あのド派手な格好が既にふざけていると言われてしまえばそこまでだが。
「身分を偽るとして、セット名くらい考えておかないのか?」
「どうだろうな。嘘のセット名を言って、調べられたら逆に痛手だ。名乗らないことで怪しまれるのは分かってるさ」
リッキーはガゼルには居場所すら分からない人物らしい。多方面を飛び回っている可能性も高いので、あまり情報は与えない方が良いと思っている。
何と言っても、B.K.Bにヒットマンを送り込んできたんだからな。それもコンプトンからは距離があるイーストL.A.にだ。
理由は今のところ不明でも、リッキー以外の判断や命令だったとは考えづらい。
「車は、マイルズの家でいいのか?」
「あぁ。いつもの場所に停めてくれ」
たったの三人だけを乗せたバンがマイルズの家の前に到着する。
マイルズは庭先に椅子を持ち出し、そこで堂々とジョイントをふかしていた。
「あーん? クレイかぁ。何しにきやがった? というか、さっきぶりじゃねぇか!」
「キマッてるとこ申し訳ねぇな。マイルズはガゼルから何も聞いてねぇのか?」
「ガゼルだぁ? ちと待て……」
携帯電話を取り出すマイルズ。画面を見るなり、大笑いし始めた。
「はははははっ! 見ろよ、クレイ! ガゼルの着信でいっぱいだ!」
「まぁ、そりゃ出るわけもねぇか。アイツの話によると、リッキーに会えるかもしれねぇんだとよ。お前も来るだろ?」
「リッキー? 誰だっけ? あ、クリップスのプレジデントか。そうだな、行こう」
少々不安だが、こんな状態でも連れて行かないよりはマシだろう。
ガゼルが売り場に出てきているのか不明なので、マイルズの了承を取ったところで、こちらから彼に連絡をした。
二回、コール音が聞こえたのちに、ガゼルが出る。
「クレイ」
「あぁ、俺だ。マイルズと合流したんだが、今どこにいるんだ?」
「合流しただと? あいつに伝えとけ。ちゃんと電話に出ろってな!」
マイルズがリッキーに会いたいと言っていたから、わざわざ連絡してくれたのに無視され、ガゼルはご立腹なようだ。
「奴と会った時に直接言えよ。何なら今、俺の隣にいるんだから代わってやろうか?」
「要らねぇよ! クソ野郎が!」
「そうかよ。だが、俺に当たるのは筋違いだぜ。んで、俺らはどうすればいいんだ?」
「ふん……リッキーなら近くに来てるぞ。何をしてるのかは知らねぇがな」
リッキーが近くにいる。これは確かに大チャンスだ。しかし、その情報だけでブラブラと歩き回るわけにもいかない。
「そこまでの案内を電話で頼めるって話か?」
「それは難しいな。リッキーが何をしているのかまでは分かってねぇ。とりあえず合流するか? また俺が何かつかんだとしても、同じ場所にいるのと、こうやって電話越しに情報をくれてやるのとでは、かかる手間が違うからよ」
「あぁ、わかった。場所は?」
これはガゼル的に言いたいことは分かった。直接会おうが電話だろうが、手間なんか大して変わらない。要は、金を払えと言っているのだ。
もしかしたら今持っている情報で、すでにリッキーの居場所を知っている可能性すらある。
「五分以内にこないだの空き地に移動する。お前らも来い」
五分であればこちらが遅れそうだ。早速、出発することにしよう。
……
ぐずぐずと椅子から立ち上がろうとしないマイルズを無理やり引きはがし、四人となった俺たちは移動を開始した。
しかし、マイルズはあまり仲間やボディガードを引き連れては動かないんだな。ふらふらと自分の足で薬を買いに行ったり、飯に行ったりしているようだ。
始めは彼の仲間からの紹介だったせいで、この性格や行動は意外でしかなかった。
あの時みたいに部屋でふんぞり返って、仲間に命令すれば何でも運んできてくれそうなものだが。
「あー、リッキーってのは、あー、どんな奴だろうな?」
「そうだな。しかし初対面でその気が緩んだ状態ってのはどうなんだ? お前のセットが舐められちまうぞ?」
「あぁ!? 舐めんじゃねぇぞ、クリップスがよぉ!」
「ダメだこりゃ」
フラフラと右往左往するマイルズと共に、ゆっくりと歩いていると、ガゼルがヤクを売っているブロックに差し掛かった。
ちょうど、奴は顧客の一人と取引をしているところで、金を受け取りつつポリ袋を渡していた。
少し離れた場所からそれを待ち、客が去ったところで近寄る。
「おせぇぞ。五分って言っただろうが」
「何言ってんだ。客が来てたんだったら、ナイスタイミングだろ」
「うるせぇ。こっちだ」
悪態へ返された俺からの憎まれ口に顔をしかめつつ、ガゼルが先導する。この場にいてはまた客が来て、話が出来ないと思ったからだろう。
人気のない路地裏に引っ込み、壁に寄りかかりながらガゼルはタバコに火をつけた。
「リッキーだが、お前らに会っても良いとよ」
「それは重畳だな。情報ありがとよ」
「はぇ? ガゼルのボスと会うのか? ノリのいい奴は好きだぜ!」
マイルズも徐々に調子が素面に戻ってきたようだ。これならリッキーと会っても問題ないだろう。
「それで……」
「分かってる、少ないがこれでどうだ。それから、お前も同行してくれるのか?」
20ドル札を丸めた束を二つ渡す。今日は本当に手持ちがないので仕方ない。その辺はガゼルも理解してくれていた。
「チッ……まぁ、急に呼び戻したのは確かだ。今回は大目に見てやるよ。リッキーの居場所には当然俺も一緒に行く。お前らだけで行っても、紹介者がいなけりゃ喧嘩になるだけだ」
「それは心強い」
「だが、そっちのお仲間二人はお留守番だぜ。俺がリッキーにお伺いを立ててんのはクレイとマイルズの二人だけだからな。他の奴がいたら、それだけで俺は大目玉だぜ」
なるほど、ウチのホーミーはお預けか。だが、近くまでは護衛も兼ねてきてもらう。おそらくどこぞの建物の中で会うのだろうが、その表までは随伴だ。
「この場に置いていくわけにはいかねぇよ。近くまでは連れて行くぞ。拠点があるんだろ? その手前までだ」
「……ふん。中には入るなよ」
「歩いていけるのか?」
「あぁ、こっちだ。ついて来い」
手招きをするガゼルに続き、俺、ホーミー、マイルズも歩き始める。まだこの場はブラッズのテリトリーだが、リッキーがいるのはクリップスのシマだろうか。
それがコンプトン・オリジナル・クリップのシマであれば万々歳だが、別のセットのシマかもしれないな。
「どのくらいかかるんだ?」
「さぁな。俺だってそこには行ったことねぇ」
「リッキーは色々と飛び回ってるんだったな? 毎回、色んな街でどんな悪巧みをしてるんだか」
「本人に訊け。教えてくれるはずねぇだろうがよ」
全くその通りだ。そもそも、なぜリッキーはマイルズや俺に会っても良いと言ったんだ?
まさか、俺たちが嗅ぎまわってるとでも感じて、消そうとしてるんじゃねぇだろうな。確かにB.K.Bは嗅ぎまわってるんだが。
「リッキーには俺やマイルズの事、なんて説明してるんだ?」
「知り合いのブラッズのメンバーが、リッキーに会いたいと直球で言っただけだ。マイルズに関してはノース・コンプトン・パイルの……ボスっぽい、とだけ説明してる」
「ぽいってなんだよ! ぽいって!」
マイルズは何度もガゼルに対してトップだと言っているはずだが、忘れていたり、信じていない様子を何度か見せている。
まぁ、本気にできないという気持ちも分かるな。
「プレジデントにしてはなんつーか、風格が足りねぇんだろ?」
「はぁ!? よく見ろよ、このネックレスは家も買えるくらいだし、このグリルズ、リング、ピアスだって高級車一台分だぜ!」
「そういうことじゃねぇんだよなぁ」
確かにマイルズの羽振りが良いのは分かる。家は案外ボロだったし、車も持ってないのは不思議だが。そこは趣味の違いだろう。
だが、奴はギャングのトップというよりは、DJやラッパー、プロデューサーなど、音楽関連で大成功した成金趣味の若者にしか見えないのだ。
「意味わかんねーよ! これが俺のスタイルなんだよ! ウチのセット舐めてんのかお前ら!」
「別にいいじゃねぇか。アウトローのトップがギャングスタギャングスタしてなきゃいけないって法律なんかねぇ。リッキーはどんな格好してんだ、ガゼル?」
「リッキーもギャングスタらしくないと言えばマイルズと同じかもな。何と言うか、凄く地味な男だぜ」
凄く地味とは、自身のボスに対して中々に強烈な毒を吐くものだ。影が薄い、影響力がないとさえ勘違いされそうなものだが。
「地味だぁ? なんだよ、もじもじしてんのか?」
「違う。恰好の話をしてるんだろうが。強いて言えば、大学生とか、普通の若者にしか見えないな。人が多ければ一瞬にしてその中に溶け込む」
それはある意味厄介だ。しかし、そこまで自己主張をしないギャングスタというのも非常に珍しい。
「理由があってそんな真似を?」
「だからそういうのは本人に聞けよ、クレイ。暗躍するのに有利だからそうしてるのか、単純にただの趣味かってな。話題は取っておかねぇと」
C.O.Cは新しいギャングセットだ。俺たちが持っている常識はどれも通用しないと思っておいた方が良い。
俺たちに会っても良いと言ったということは、リッキーだって俺たちを値踏みしてくるだろうからな。
「そろそろだ。あー、多分あそこに見えてる家だな」
俺たちが歩いているのは何の変哲もない住宅街だ。少々治安が悪い雰囲気なのはコンプトン市内なのだからご愛嬌といったところか。
ただし、まだブラッズのテリトリー内であるのは明らかで、真っ赤なスプレーで描かれたギャングタグやグラフィティが壁や道路にある。
そんな中、ガゼルが示したのは他の物と代わり映えもしないボロ家だった。
「あの家は誰のだ?」
「知らねぇよ、そんな事。リッキーが個人的に間借りしてるのか、知り合いの家を隠れ家として利用してんだろ」
「おいおい。クレイ、さてはビビってんだなー?」
両手を頭の後ろで組んだマイルズが笑う。
「むしろお前は緊張しなさすぎなんだよ。相手はクリップスサイドのボスだぞ?」
「だったら俺はブラッズサイドのボスだぜ! どんなもんだ!」
「いや、それはまぁそうなんだけどよ!」
マイルズの言葉にペースが狂わされる。
そして、いよいよその家の前までたどり着いた。意外にも見張りなどは居ないので、ガゼルが言った通りリッキーはお忍びでこの家に潜伏しているのかもしれない。
そんな奴がよく俺たちに会うと言ったものだ。
「お仲間はここで待機だぞ」
「分かってる。ホーミー、ここで警戒してもらっててもいいか?」
「仕方ねぇな。何かおかしな感じだったらすぐに出て来いよ」
「クレイ、気ぃ抜くなよ」
二人のホーミーと拳をぶつけた後、俺はガゼル、マイルズに続いて最後尾の位置で家に入っていった。
玄関から中に声をかけたりしないのも、リッキーがここにいるということを周囲の住民に漏らさないためだろうか。
人知れず、俺は服の上から腰のサブマシンガンに手を当てていた。