Go! K.B.K
校舎の裏。俺がジェイクと対峙した生徒用の駐車場だ。
俺達は、昨日叩きのめしたワンクスタの仲間、あの場で逃げた二人の内の一人を囲んでいた。
「ちっ! 嵌められたか!」
拳を握って構える。昨日の腑抜けとは異なり、少しは気骨のある男のようだ。コイツもメキシカンの生徒だった。
「お前ら、本当に俺をボコった連中とは別なんだな?」
「しつけぇな。その事件は噂で聞いた。でも俺らとは別の連中だよ!」
俺は、学内でコイツを走って追いかけている間もずっと、この質問を投げていた。俺とジェイクが追いかけ、他のK.B.Kメンバーの待つこの場所に追い込んだのだ。
タギングをしていた三人組が、俺やリカルドを襲ったワンクスタとは別のグループだというのは嘘ではなさそうだ。残念だが、いくつかのグループがあることくらいは予想していた。しかし、俺とリカルドに危害を加えていないとしても、昨日の悪行を見て見ぬふりは出来ない。
「そっちとのつながりはあるのか? 顔や名前を知ってれば教えてくれ」
「なんだ、見逃してくれんのか? だったら教えてやってもいいぜ」
「なんだよ、拳握ったんなら気合入れろよ」
「ジェイク、俺が話してる。ちょっと黙ってろ」
ジェイクがいると毎回こんなやり取りをする羽目になるんだろうな、などと思いながら俺はワンクスタに近寄る。すると、奴は俺の顔目掛けて唾を吐きかけた。
「へっ、嘘だよ! そんなもん俺は知らねぇ!」
「よう」
「あぁ? ……!?」
バキッと音を立てて、俺の拳は奴の頬に直撃していた。仰向けに倒れたワンクスタに、そのまま馬乗りになって二発目、三発目と叩き込んでいく。
ジェイクたちが喝采を上げた。まさか俺が一番槍を決め込むとは思ってもいなかっただろう。無論、俺自身だってそうだ。
殴るたびに、いちいち手が痛い。まったく、何で痛い思いをしてまで人を殴ってやらなきゃならねぇんだ。めんどくせぇ……めんどくせぇ……めんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇめんどくせぇ! さっさといなくなれよ、ワンクスタも、ギャングスタもよぉ!
「……そこまでだな。もう気は飛んでる」
十発目を数えるところでジェイクが俺の拳を後ろから止めた。
「なーにが『お前はやりすぎだ』だよ。お前も十分狂ってるぜ、クレイ」
「お前と一緒にすんな……」
ぼそりと呟いて、俺は立ち上がった。手に何か刺さってる。欠けた歯か? クソが、気色わりぃ。
……
放課後。残すは逃げた最後の一人。コイツが大本命。ギャングメンバーの弟だとかいう奴だ。学内で捕まえられなかったので、聞き出した住所とハイスクールの間で捕らえるしかない。
言うまでもなく、奴の家はB.K.Bの居住区から近い。さすがにそちらに入るのは難しいので、俺達は下校直後を狙うことにして正門と裏門の二手に分かれ、奴が現れるのを待った。
「来ないな」
「やっぱ表だったんじゃねぇの?」
リカルドが退屈そうにあくびを漏らした。
日は沈みかけている。裏門は俺とリカルド、それとグレッグというK.B.Kメンバーの三人で見張っていた。ジェイクたちは四人で表門にいる。
グレッグは身長が6フィートと5インチ(約195cm)もある背高のっぽで、長い髪を編み込んでコーンロウにしている。俺も子供の時によくやったヘアスタイルだが、グレッグの方が何倍も似合っている。今は短い頭にすっかり慣れてしまったので、俺がここまで髪を伸ばすことは一生ないだろう。
横幅も大きなジェイクと並ぶとこの二人の迫力は圧巻だが、グレッグは奴とは違ってすらりとしている。しかし決して非力というわけではなく、そのパワーとスピードはスポーツ選手も顔負けだ。実際、グレッグはハイスクールのバスケットボールやベースボールのクラブから助っ人を頼まれることも多いらしく、学内での知名度は高い。むしろ、決まったクラブに所属していないのが不思議なくらいだ。
そんなスポーツマンの彼がK.B.Kに加入してくれたのは、ジェイクとの腐れ縁が理由だと聞いた。俺とリカルドと同じように、かれこれ十年来の仲らしい。昔から喧嘩っ早くて、時に暴走しがちなジェイクを止めれるのはグレッグしかいなかったのだという。そんな彼が今は仲間として加わり、俺達の横に立っている。本当に頼もしい限りだ。
「表門、俺が見てこようか? お前たち二人はまだ怪我人だしな」
グレッグが言った。彼はとても落ち着いた性格の持ち主で、これも暴れん坊のジェイクとは対照的と言える。
「怪我なんてもう、どうってことないさ。なぁ、リカルド?」
「はー? やせ我慢しすぎだぜ、クレイ。まだ動くと充分痛いっての」
「そうだぞ、クレイ。無理は禁物だ。ちょっと見てくるから待ってろ。もし表門でターゲットを捕まえてたらすぐに知らせる。携帯、出ろよ」
親指を立て、グレッグが歩いて行った。
もちろん、俺達K.B.Kのメンバーは携帯番号の交換を済ませてある。表門で事が始まってるのであれば、ジェイクたちから連絡が入るはず。しかしそれができない状況、たとえば追いかけっこや喧嘩が始まっていないかどうかをグレッグは確認しに向かったわけだ。
「しびれるぜ」
「何がだよ?」
リカルドがニヤニヤしながらそんなことをつぶやいたので、俺は眉をひそめた。まさか、グレッグに惚れてやがるのか?
「グレッグだよ。優しくて強くて、かっこいいじゃん。見ろよ、あの背中を」
「お前……そっちの気があるのか?」
「ねぇよ! アイツが仲間となったら頼もしいって事!」
「あぁ、それは俺も同感だけどよ……本当だな?」
「ねぇよ! クソッ、お前、絶対に妙な噂立てんなよなー!」
……
他愛もない話をしていると、ふらりと人影がやってきた。黒人の生徒だ。コイツは……最後の一人か……!
俺達に気付いたその生徒は、あろうことか俺とリカルドに近寄ってきた。ポケットから取り出したのは赤いバンダナ。それを口元に結ぶ。
「よう、昨日追い掛け回してくれた奴だよな?」
「ふん、それが分かってるんなら観念しやがれ」
「仲間二人がやられたって聞いたぜ。俺もやろうってのか?」
なんだ? 昨日は脱兎の如く逃げておいて、今日はえらく強気だ。ジェイク達がいないからか。
「リカルド、グレッグに連絡を」
「分かった」
「おっと! やめておいた方がいいぜ? なにせ、今日は俺の兄ちゃんが車で迎えに来てくれるんだからな。聞いてるだろ? B.K.Bのメンバーだ」
これが強気を保っている理由か。やはりコイツは腰抜けだった。迎えが来るギリギリの時間まで、学内のどこかに隠れて待っていたのだろう。
「卑怯な野郎だ」
「俺を囲んでボコるのだって卑怯な手だろ。それに、仕掛けてきたのはそっちだぜ。俺らはタギングしてただけだってのに」
「なら俺とサシで勝負しろよ。それなら文句ねぇだろ」
「はぁ? やるわけねーだろ!」
乗ってくるはずもない。だが、それならば無駄話をやめ、コイツの兄貴が到着するまでに叩きのめせばいいだけだ!
「うるせぇ! 行くぞ、おらぁ!」
「ぐおっ! やめろ!」
俺の腹に蹴りが一撃入ったところで、リカルドもすかさずソイツに掴みかかった。バカが、俺はサシでやると言っただろう。どうせならグレッグかジェイクに電話しろよと思うが、あとの祭りだ。
「あ、兄貴が来てるって……ぐはっ!」
「黙れよ、雑魚がぁ!」
「畜生っ……!」
俺とリカルドの攻撃を振り切り、奴は一目散に逃げだした。昨日も見たが、逃げ足だけは恐ろしいほど速い。
俺達は追いかけることはせず、正門に向かった。ジェイクやグレッグ達が何やら話している。
「すまん、奴が現れたが逃がしちまった。二、三発は殴ってやったが、ギャングメンバーの兄貴が近くまで迎えに来てるらしくてな。追いかけれなかった」
「マジか! どうすんだよ? 逃げるようなヘタレなら、絶対に兄貴にチクりやがるぜ」
ジェイクが吠える。
「どうだろうな。メンバーまで動き始めたら、さすがに通報するしかねぇが……」
こればかりは祈るしかない。アイツが兄貴に泣きつかないことを。そして泣きつかれたとしても、兄貴がガキの喧嘩だと鼻で笑ってくれることを。
だが、これであのワンクスタが改心していれば別にそれでいい。逃がしたせいでちょっとばかり弱いお仕置きになったが、アイツにばかり時間を費やしていないで、俺やリカルドを襲った奴らの方も探さなければならない。
「んじゃ、今日は帰ろうぜ。あーあ、クレイばっかり暴れやがって、不完全燃焼だ」
「次は働かせてやるって」
日は完全に落ち、街灯の光が正門前の俺達を照らしていた。