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世界樹の下でぼくらは戰う理由を知る  作者: 長崎ポテチ
4章 轗軻不遇の輪舞曲
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シチューに活

──────アリサ


 私が『ナカガワ家』の一員になってから2ヶ月が過ぎた──


 その日、私とファラク様はベッドを買いに街に出掛けた。

 奥様は家で何か用事があるとかで留守番である、正直、ファラク様と二人きりで買い物という状況に、私は少し浮かれていたかもしれない。

 ファラク様は終始、何か浮かないような顔をしていたけど、私はそれでも楽しんで買い物をしていた。


 そんな自分を呪いたい出来事が、帰ると待っていた。


──────────


 

 私とファラク様が買い物から帰ると、庭で奥様が倒れていた。

 その側には、見知らぬ獣人が2人。

 獣人達は、何ともバツの悪そうな顔で奥様の体を冷まさぬよう必死に温めていた。


 どういう状況? その異様な光景に、私とファラク様とステブさんは急いで奥様の元へ駆け寄った。

 獣人を退かし、うつ伏せになっている奥様を起こしたファラク様は絶叫した。

 そして私もそれにつられる。当然だ、奥様は信じられないほど傷だらけだったのだ。


「奥様! 奥様ァ!」

「おいカタリナ! なんて酷い傷だ……ステブ、病院まで運んでくれ!」

「はい、今すぐ!」


 ステブさんは「今すぐ」と返事をしたが、本能に従い獣人達を睨んでしまう。

 が、直ぐにファラク様に制された。


「ち、違うニャ。急に寝ちゃったから、風邪引くと思って温めてたニャ」

「そうなの。何もしてないの!」


 私も奥様から少し格闘技を習っているので、そのくらい分かっている。奥様はこの子達にやられる程弱くは無い。


「2人とも、事情は後で聞かせてもらうよ。おいステブ! 早く!」


「ヒィッ! このおじさん怖いニャ。目が笑ってないニャ」

「信じてなの!」


 私も初めて見るファラク様の顔に、少し膝が震えているのを感じた。

 この世で1番尊敬する人の見たくない顔を見てしまったからに他ならない。

 

 そして私達は戻って来て早々、車に乗り込み奥様を病院へ連れて行った。


──────────


 奥様は緊急にオペが必要とのことで、今は手術室の中にいる。

 私達は手術室の廊下で奥様の回復を願うと同時に、獣人達から話を聞くことにした。


「で、お前等は何者だ?」


 ステブさんが冷たい声で獣人達に聞く。

 獣人達は「とうとう来た!」と、お互いに抱きつき、体を震わせながら自己紹介をした。


「ウチはビッキーだニャ。今はカタリナ様のMPニャの」

「あの、僕はレオなの。同じくカタリナ様のMPなの」


 どうやら猫の獣人は『ビッキー』で犬の獣人は『レオ』と言うらしい。

 私は正直、二人の名前にはまるで興味が無く、ファラク様も同じ境遇なのか話を急いだ。


「聞かせてもらうぞ。カタリナに何があった?」


「わ、分かった。話すニャ! だからそんな目で見つめないで欲しいニャ」

「くぅーん……」


 私とステブさんは、ビッキーとレオが逃げ出さないように出口を塞ぐ。

 二人が語りはじめるのにそんなに時間は要さなかった。


「ウチが代表して話すニャ。レオはこういうの得意じゃニャイので」


「いいからさっさと話せ!!」

「ヒィイイイ!! 分かったニャ。分かったニャって!」


 ファラク様の怒号が私とビッキー達を震え上がらせた。

 私が怖がる必要は無いのは分かっているが、ファラク様の勢いに押されてしまった。


「これは、キャロルと言う奴がニャ────」


 ビッキーの話を要約すれば、名前の分からないウサギの獣人がこれから自分達をキャロルと言う男が買いに来ると言ってきたらしい。


 ビッキーとレオはいつも一緒だったので、2人揃ってじゃないと強引にでも施設から出ていかない、更に言うなればそこそこに強かった為、いわゆる厄介者扱いだったらしく、施設は喜んでこの話を引き受けた。


 ウサギの獣人が自分達を買う為の条件──

 それは、キャロルが自分達を買ったあとに『ある女』の元へ行くはずだから協力して倒すこと。それが出来なければ合法的に殺すと脅されていた。

 逆に成功すれば大金を渡されてMP支配権を解放するという条件であった。


「人間1人ぐらい私達のスーパーコンビネーションなら楽勝ニャ。一発ニャ、一発」


 と、ビッキーとレオもこの話を喜んで引き受けた。


 が、到着した矢先にターゲットである女であった奥様の戦闘能力の高さにやられ、更には仲間と思っていたキャロルにも攻撃され、どう転んでも死ぬ状況に陥ってしまったらしい。


 その後、キャロルと言う男が敗れ、ウサギの獣人が現れた時にも殺されそうになった。

 が、奥様はこの勝負を賭けの対象にしていて、自分達の保護を約束していたので助かったという事だった。


 急に倒れた奥様に、二人は助けて貰った恩を返そうとしたが家に入るのは少し戸惑った。

 なので、せめて体を冷やさないようにと温めていたら、今に至るという事だった。


「──と言う訳ニャので、怒らないで欲しいニャ」

「いっぱいお世話するの」


 話を聞き終えたファラク様とステブさんは、文字通り頭を抱えた。


「やはり、SAMPが絡んできたか……」


 どちらが言ったかわからなかったが、その呟きが薄暗い病院の廊下を木霊した。


「君達の状況は分かった。とりあえず今回の件は許そう、家に来ると言うのであれば歓迎しよう。アリサもそれでいいかい?」

「私は、ファラク様に従います」


 ビッキー達は言い換えれば被害者だ。

 無論、ビッキー達の言い分を全て信じた訳ではないが、私は自分の感とファラク様の優しさを信じることにした。


 ふと顔を上げると、ファラク様はいつもの優しい顔に戻っていた。

 ビッキー達も瞬時に柔和な空気を感じ取ったのか、緊張を少し解いていた。


「ステブ、私はここに残る。悪いが、アリサとその子達を家に送っていって貰えないか?」

「そんなの嫌です! 私も奥様を待ちます!」


 ファラク様の提案を私は真っ向から否定してしまう。

 今この状況で奥様から離れるなんて私には考えられなかった。


 ステブさんは目を閉じたまま、行方を見守っているかのように見えた。


「私の家に入るには、私の家族が必要だ。アリサ、ビッキーとレオに何か食べさせてあげてくれ」

「そんな! この子達は……」


「自業自得だと言うのかい? それとも、アリサはお腹の空いた子に何も恵んであげない子になったのかい?」

「それは……」


 私は自分を思い出す。

 そう、私だってこのファラク様と奥様の優しさに救われたのだ。

 それを他の人間に与えないのは、とても卑しい行為だ。

 ビッキーとレオを見ると、俯いたまま寒そうに抱き合っていた。


 とっくにファラク様は気づいていたのだ。

 二人は今、何も我儘が言えない状況で必死に戦っているのである。

 私は自分の情けなさに涙を止める事ができなかった。

 チャンスは掴むもので、与えるなどと言う発想が無かったのだ。


 私は素早く涙を切り上げた。

 私だって、ファラク様や奥様のような人間になろうと決心するには充分な出来事だ。


「分かりました。ご連絡をお待ちしております」

「ありがとう。アリサ」


 私はビッキーとレオに顔を向ける。

 二人は期待した表情を隠せないのか、もじもじとしていた。


「あなた達もお腹が空いているでしょう? 行くわよ」

「あ、あの、ありがとニャ」

「ありがとうなの」


 適当なお礼をビッキー達から聞いた後、私達はステブさんの運転する車で再び自宅へと戻った。


 自宅の門の前で車が止まる。

 私とビッキー達が車を降りて、玄関まで歩いていた時に、後ろからついてきていたステブさんが不意に声をかけた。


「お前等、そこに並べ」


 振り向いた私達は驚愕する。

 そこには拳銃を手に厳しい顔つきになっているステブさんが、銃口で指図していたからだ。


「ニャ! ニャンなのこのたてがみおじさん? 裏ボス的な奴ニャの?」

「やめてなの! 食べても美味しくないの!」

「ステブさん、どういうつもりですか?」


 私はステブさんに、真剣に真意を尋ねる。

 ステブさんは素直に並んだ私達を見据えると、拳銃を構えたまま、ゆっくりと諭すように口を開いた。


「お前等を殺すのが、1番の解決法なのかもしれないな」

「あの、どういう意味ですか?」


「ファラク先生は、私達獣人の希望なんだ。お前等がその希望を壊すかどうか、覚悟を確かめたい」


「私はファラク様を貶めるような事はしません!」

「ウチもそんな事しニャイの。カタリナ様がボスなら、ファラク様はビッグボスニャの」

「僕もなの。誓うの!」


 ステブさんは「そうか」と1言言うと、三丁の拳銃を取り出して私達に一丁ずつ手渡した。


「それぞれに一発ずつ弾が入ってる。もし、万が一だ……ファラク様の名を汚すような事があれば、自分で名を断て。いいな?」


 ステブさんは真剣な目つきで私達に言い放った。

 その空気に私達は「はい」と各々返答すると、ステブさんはそのまま帰っていった。


「や、やべー奴ニャ。あの目は本気で殺す目だったニャ!」

「こ、怖かったの」


 私は、ステブさんが車に乗って走り去るまでを黙って見届けた。

『これが、ファラク様の人望』

 その厚みに答える事、ビッキー達にもそれを教えるのが私の役目であると痛感し、私達は家に戻った。


 家に帰ると、奥様はシチューを作っていたようでキッチンにはあの空腹を刺激する独特の匂いが少し残っていた。


「な、なんか美味そうな匂いニャ! ひょっとしてご馳走なのニャ?」

「ああ、ビッキー。僕おなかすいたの」


「待って。今、温め直して盛るから」


 私は、今日のシチューは味がしなかったけど、ビッキーとレオは少し前の私を見るように目の前のシチューを貪り食べていた。


「う、うんにゃああああああい! 幸せニャ! 幸せの繰り返しニャー」

「美味いの! もっと食べたいの、元気出るの!」


『うん、まぁなんとかなるかな』


 やはり奥様は偉大だ。

 一撃でビッキーとレオの胃袋を掴んだそのシチューに、服従度を加速させる音が私に聞こえた気がした。

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