ユリウスが知らぬ危機
発表会2日前 ソキンシップ艦内
艦内は独特の雰囲気に包まれていた。
なにせ、言い換えれば敵軍の真っ只中に降下するのである。
任務自体は「何もせず」ということであるが、それでも緊張感というのは伝染するものである。
「間もなく、降下部隊発進します」
オペレーターの声を聞き、ミザリーはデッキ内部に集合した降下部隊を集め労いの声を掛ける。
「これより降下作戦を実行するッ! 私はこの船でみんなの帰りを待っているわ。各員ッ! 死なないようにッ!」
「「「はッ!」」」
一同が胸に手を当て解放軍への忠誠を誓った
死なないようにというのは作戦内容からすればギャグに思える発言だが、ミザリーは敢えて士気向上のために言ったのだ。
いや、正確にはユリウスのためだけに言っているのであるが、艦内にいる人間にはその意が伝わるはずも無かった。
「さて、サッチモ。 うまくやりなさいよ……」
ミザリーは誰にも聞かれぬような呟きを残し、自室へと戻っていった。
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「それではネルソン特務、今回の作戦にてお付をさせていただくミツバ=ノゾミです! よろしくお願いいたします!」
小型船内にて、再度ミツバはネルソン特務へと挨拶に出る。
「3日前に聞いたわい。お嬢さん、そんな固くならずにどーんと構えてなさい」
ネルソンはミツバに気を遣い軽めの冗談にて返す。
それでも緊張のほぐれないミツバに対し、
「婚約者が疑うことはワシも我慢せんといけないとのぉ」
と、更に畳み掛けた。
ミツバは顔を赤くし、敬礼にてそれに答えた。
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「これが……ヱラウルフか」
ユリウスは思わず声を発した。
艦内にいた以上、ずっと見てはいたのであるが、いざ自身が搭乗すると聞かされると必要以上に魅入ってしまうものである。
「坊ちゃんにコイツの良さが分かるワケ?」
「カルーセ整備長」
突然背後より声を掛けられ驚くユリウスを尻目に、義眼の美魔女と名高いカルーセ整備長は話を続ける
「コイツはね、坊ちゃん。未来を創るクライドンなワケ」
「未来を……創る?」
思わずオウム返しという馬鹿の返事をしてしまう。
「コイツは、解放軍がこの戦争を終わらす為に自軍の全てと言っても過言ではないリソースが使われてるワケ。 特筆すべきはね、コイツはマナ切れを起こさないワケよ」
「そんなことがあり得るのですか?」
「それがあり得るワケよ! あー私も出来る事なら今すぐにでも分解して中身を穿りたい衝動を抑えるのに必死なワケ。コイツに搭載された高純正ユグドラシルには自己修復機能の他にマナの補充機能が採用されてるワケ。で、マナの補充機能というのが従来では考えられない画期的なシステムを採用して、、あーなんだったかな名前は忘れたけどとにかく従来の自己修復機能はマナを使用してやってたワケだけどコイツはそのマナを補充出来る。つまりは永久機関として存在するワケ。
その永久機関ってのは夢物語じゃなく〜〜」
すっごい喋ってくる……
ユリウスはあまりの熱量に若干引いているがカルーセ整備長は止まらない
「という訳で、いいかい? 坊ちゃん。コイツはね、未来を創るクライドンなワケ」
2回言った……
とても大事な事を言われたようだが、その話の根幹をユリウスの脳内からは消去された。
そんな話をしていると、奥からサッチモが最終整備の為歩いてきた。
中座に丁度良いと考えたユリウスはサッチモに向け手を差し出す。
「ユリウス=グラッデンです。今回の任務、お互いに頑張りましょう!」
「フンッ!」
差し出された手を汚い銀バエを叩くが如く払い除けるサッチモは「チッ」という舌打ちの後、奥へと去っていった。
まさかの対応に手をグー、パー、としながらユリウスは「虫の居所でも悪いのかな?」程度に感じていた。
降下作戦はその後すぐに遂行され、無事、アールへと着陸出来た。
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発表会前日
惑星アール カムエール近郊
解放軍特設基地内部
「地域のマップを見せてくれ」
「ハッ!」
作戦隊長に任命されているユリウスは部下に命ずる。
円形に発展しており、大きく東側が工業地帯、西側が住宅地帯となっており、惑星樹に近いほど高級な印象を受ける。
発表会は惑星樹のやや東側の根本付近で行われる予定であり、やはり根本付近には軍事施設も多数存在している。
なぜかというと、惑星樹が破壊されればその星ごと消滅する為である、どの惑星も基本的には似たような造りになっており、アールもそれに習っている形である。
アールより提示されたこの特設基地は西側の住宅地帯より少し外れた空き地を改良したものであり、いくら招待といえど、無用に軍事施設を見せない場所へと考慮されたものである。
ちなみにネルソン特務とミツバ伍長は翌日に控えた発表会出席のため、降下後速やかに特設基地ではなく惑星樹の根本ほぼ中央西側に位置する高級ホテルへと向かっていた。
それにしても……
と、ユリウスは部下から提示されたマップに目をやりつつも、降下中にみた街の景色に思い出していた。
「美しい……な」
率直な感想であった。自身は常に戦場にいる為、平和というのを感じる日々が薄れていた。
沢山の緑に囲まれているのに、一切の火煙がなく、どこも傷ついていない。同じ様な建物が並ぶ街並みも、趣深くとても良い印象をユリウスにあたえていた。
降下中、ふと気になってヱラウルフのモニターをズームしてみれば、学校帰りだろうか?制服を着た仲の良さそうな兄妹が歩いているのを見た。
おや? 走り出した? そうか雨か。と、ユリウスは原因が天気であるという答えに数秒を費やしたこと、そして、ここは決して戦場ではない事を再認識し、モニターで見る兄妹を愛おしく感じた。
こういった日々というのをこれからミツバと作れればな……とユリウスは固く誓っていた。
ふと外の空気を吸いたくなり、基地を出たユリウスは、ヱラウルフをジッと眺めていた。
当のヱラウルフは何も言わず、その傷1つない黒い機体をユリウスへ見せつけているようだった。
噂以上の……すごい機体だ。
ユリウスは降下作戦で初めて搭乗したが、今もその驚きを隠せないでいた。
大気圏突入では多かれ少なかれクライドンは傷ついてしまう。
幾らか経つと元来の自己修復機能にてその傷は癒えるが、このヱラウルフは大気圏突入のダメージでさえ、吸収しているような錯覚に陥っていた。
「マナゲインが……増幅しているッ?!」
思わずヱラウルフの故障かとユリウスは思ったが、そうではない、大気圏突入のダメージより、アールの惑星樹から取れるマナ量のほうが多いのだと、そしてそれを可能にしている機体に乗っている自身に多少の恐怖を感じる程であった。
「未来を……創るか」
お喋り整備士の唯一記憶に残っている台詞を反芻し、その台詞があながち間違ってはいない事を感じたユリウスは自嘲した。
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同刻ーーー
「クソッ! あの小僧めッ!」
サッチモは基地内部に植えられている、木を大げさに叩きながら吠えた。
「俺がッ! 俺こそがあの機体にふさわしいのだッ! あれに乗り戦果をあげッ! ミザリー中佐に喜んでいただく事が至上であり絶対なんだッ!」
ギリギリと歯ぎしりをするサッチモ。
何度か叩いている手の側面は彼の血で薄っすらと汚れていた。
「フフッハハハハッ」
サッチモは、ミザリーから渡された愛の証を手に、狂人の笑みを浮かべていた
自キャンプへ戻ったサッチモは『嵐の13番隊』の腹心である2名を呼びつけた。
「マルセロニ等兵! メンディニ等兵! 到着しましたッ!」
「入れ」
「「ハッ!」」
キャンプ内に入った彼らに軽めの挨拶をすると、いつもの部隊にいる空気が部屋を蔓延した。
再敬礼の後マルセロが口を開く
「隊長! なにか御用でしょうか?」
「おい、マルセロ。 今の隊長はユリウスだぞ」
「そんな寂しいこと言わねーでくれよ隊長! 俺にとって『隊長』って言ったらサッチモさんのことですぜ!」
「私も同様です」
調子に乗るマルセロにメンディが乗っかる
「ハハ、ありがとう二人共。 それでだ……」
空気が変わる…
突然のテンションの変貌に、規律を正す両名。人1人分の間隔を開け、サッチモからの次句を待っている。
サッチモはその間に対面し立ち、両腕をそれぞれの首に回し、まるで内緒話をするような姿勢を取った。
「とりあえずなお前等、よく来てくれた」
そりゃ呼んだんだから来るだろ……
という突っ込みを入れる事が出来ぬまま、「はぁ」と生返事をする両名に対しサッチモは続けた。
何かがおかしい。
薄々感じてはいたが、マルセロは結婚の仲介を、メンディは軍所属より世話になっている方の手前、何も言えずにいた。
「お前等にな、頼みたい事があるんだ」
言うと同時にミザリーより受け取った薬品をマルセロとメンディに打ち込む。
「隊長……何を?!」
タチの悪いレクリエーションの可能性を否定できぬまま、上司を睨むようにみる二人。
しかし、みるみる目は虚空を見つめ、自身の理性が瓦解していくのを二人は感じていた。
「これはな、愛なんだよ」
「愛とは?」 「愛……ですか?」
「ミザリー中佐はな、お前等を愛して居るんだ」
「愛……」「愛……」
そこからは、サッチモが経験した事を繰り返すだけで二人は仕上がっていった。
「それでだな、お前等。 ミツバをここに連れ戻してこい」
「あいつにも、愛を分け与えるのですか?」
違う! と吠えるサッチモは続ける
「俺の機体を奪ったユリウスには奪われる者の気持ちを与えてやらんとイカンよなぁッ!」
マルセロの問にサッチモは鬼の形相になり、怒鳴る形で返答する。
「外に車を用意してある。 それと第二キャンプに貴様等のサイズにあったアールの私服をミザリー中佐が用意してくださっている」
後は、わかるな? と流し目で見るサッチモ。
「では行け!」
「「かしこまりました!」」
二人が去った後、再び下卑た笑いをするサッチモの声は、少し強くなってきた雨にかき消されていた
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カムエール高級住宅街
フルーツパーラー「ヒガシカタ」前
「おう、嬢ちゃん! 今日もリンゴジュースかい?」
「うん、今日は1カロル頂戴!」
珍しい時間帯に来た常連客にいつもと変わらぬテンションで対応する恰幅な店主。
更に珍しいのはその購入量であり、いつもの数倍の注文に疑問をぶつけずには居られなかった。
「一体どうしたってんだい? いつもはそんなに買わねえだろう?」
「うーん、ちょっとね……」
真っ当な疑問をはぐらかす少女は、それ以上その詮索への拒否を態度で示していた。
「明日から転校でね……だから今日は買いだめ!」
店主はそれが嘘であることは長い客商売で培った目で分かっていたが、それ以上は商人として不粋であると判断した。
「ま、今までありがとさん! こいつはサービスだ! もう2ケールつけといてやるよ!」
「ありがとう! おじさん!」
渡された大量のリンゴジュースを両手いっぱいに抱え込み、少女は自身が宿泊するホテルへと戻ろうと歩み始めた。
と、その時二人組の男と運悪くぶつかり、泥水へ尻もちをついてしまった。
それでも抱えた荷物は落とさない事に少女は自身が誰のための買い物なのかを表していた
「きゃっ!」
「おっとすまないお嬢さん。おじさん達は急いで居てね。わりぃが許してくれ。 ところで人探しをしてるんだがよぉ「ブルーオリコン」って言う……」
「おい、何をしているマルセロ! 早く行くぞ!」
「だぁーッこれだから堅物は! こういう偶然の出会いがよぉ、あの女の手掛かりかもしれねーだろうがよぉ!」
謝罪を告げる男対し別の男が早く! とばかりに叱りつける。
少女は少しムっとしたが早急に謝罪を受け入れペコリと頭を下げ、その場を立ち去った
ただ、その男たちの様子を見て何かおかしいと感じ取っていた。
『あの首の傷に、、それに、あの目つき』
とてつもなく嫌な予感がする。
少女がこれまでの経験から導き出せる答えは、ユグド医学から禁術と呼ばれる薬品の中毒者と酷似していた。
『おなじホテルね……』
少女は裏路地を通り、足早にホテルへと帰着し、ロビーの人間に自身が惑星アールの技術者である事を提示し、細工を施した。
「〜〜な格好をした二人組が恐らくウチの同僚の部屋番号を聞いてくるはずよ。 私は私でサプライズを予定しているから、二人組来たら教えて頂戴! あ、出来たら少し足止めしといてくれたら嬉しいんだけど」
ロビー側は両手にいっぱいの荷物を抱えた少女の懇願に、お偉いさんも大変だなと感じる程度で快く了解してくれた
少女ーークリス=ジャルは自室へ戻り、神妙な面持ちで相棒に相談を持ち掛けた。
「ねぇ、チャム。 高精神圧力剤の解毒方法って……分かる?」
「キュウデスネ、ドウシタノデスカ?」
事情を簡潔に説明したクリスに対し、チャムはゆっくりと頷き。解毒剤の製法をクリスへと伝えた。
『今からラボまで5分、戻って10分。 私の能力で生成にかかるのはおおよそ、40分か』
二人組がその間にホテルへ着いたらゲームオーバーである。
『ま、間に合わなかったらそんときはしょうがないか』
クリスは再びホテルを出、もう行くことは無いであろうラボへと走り出した。
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1時間後 ホテル「ブルーオリコン」
「ついたな」
「ああ、おんなじような建物ばっかりで予想以上に時間くっちまったな」
マルセロとメンディはロビーにて「ミツバ」なる者の部屋番号を聞き出そうとした。
だけなのだが、何故か? ホテルマンから謎のウェルカムドリンク攻勢にあっている、二人は威圧に近い拒否でそれに対応していた。
「雨に濡れお疲れでしょう? 当ホテル自慢のマンゴーラッシーなどいかがでしょうか?」
「だぁーかぁーらぁーッ! 何度も要らないって言ってるだろうがッ! こんだけ叫んだら逆に喉乾いてくるわッ!」
ホットチョコレート、チョコチップスムージー、練乳チョコシェイク…などなど、どれだけ自慢のドリンクがあるのか逆に好奇心が湧いてくるが、マルセロは悪態に近い形で要件を聞き出そうとする。
「左様でございますか。 でしたら当ホテル自慢のホットココアなどいかがでしょうか?」
「オイこら! 良く聞いてりゃ全部喉潤す気無ェーもんばっかりだなッ!!」
10分程、この未知なやり取りを交わしようやくミツバの部屋番号を聞き出した二人は、ホテルのエレベーターへと急いだ
「なんだってんだ、この星の連中は?!」
「ああ、まったくイカれてるな」
実際、薬でイカれているのはこの二人なのだが、彼らはまだそれを知らなかった。
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ホテル「ブルーオリコン」703号室
「雨、強くなってきましたね」
「そうじゃのぉ、古傷が痛むわい」
ま、古傷なんてないがの。と続けるネルソン特務に苦笑いで応えるミツバ
「では明日、8時にお迎えにあがりますね」
「おや、老人を置いてもう帰ってしまうのかの?」
タハハっと再度苦笑いで応えるミツバは、いつかこの老人にほろ苦い罰が当たるようにと願っていた。
会釈をし部屋を出、隣にある自室へ向かうと、自分部屋を大げさにノックする少女がいた。
「あの〜、ここ私の……」
次句を告げる事を許さず少女が質問を返す
「あなたが『ミツバ』さん?」
そうですけど…と応えると同時に、少女はミツバの手を掴み極小のカプセルを3つ握らせた。
「私が、どこの誰かなんて答える気はないの。
ただ、よく分からない連中に『何か』されたらこれを飲んで頂戴」
「ちょっと待って下さい! 一体どういう」
「あ、取り急ぎで3つしかないけど一人一個だからね」
じゃ! と足早に去ろうとする少女を引き止めようとするが、
『うげっ』という顔を一瞬少女がしたかと思うと一目散に少女は去ってしまった。
『なんなのよもうッ!』
握らされたカプセルを掌で転がしながらミツバは今しがた起こった意味不明な出来事に頭を悩ませていた。と、その時背後より
「お、ミツバ伍長はっけーん!」
ゾクっとした悪寒と同時に振り向くと、本来ここにいるはずのないマルセロとメンディが眼前に立っていた。
何故? いや、状況が読めないッ!
ミツバはヘマをしないよう、演技に徹する覚悟を決め二人の言葉を待った。
ずいっとメンディがミツバの顔に近づき囁いた
「ユリウス隊長が緊急の案件とのことでお呼びです。 少し離れた場所に車を用意しているのでご同行願えますか?」
ゴクリっ 生唾を飲み込む音を聞かれていないかミツバは気が気でなかった。
これは嘘だ。考えたくもない仮説が確信へと変わっていく事にミツバは恐怖を感じていた。
あのユリウスが緊急であればある程私を頼る訳がない。
彼が私を頼るのは靴下が方っぽ無いときであり、ましてや軍務で呼びつけるなんて事は考えられないッ!
そしてマルセロとメンディの目……あれは重度中毒者特有の目であった。
精一杯の平静を装いミツバは二人に告げる
「行きましょう……」
子供ならもう寝ている時間だろうか
雨は振り続けている