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世界樹の下でぼくらは戰う理由を知る  作者: 長崎ポテチ
4章 轗軻不遇の輪舞曲
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絵本に出てきた夢の食事

「な! ファラク、どういう事だ。何故この子が……いや、違うな。女の子……か?」


「事情は後で説明する! とにかく治療をするから、カタリナはエディから貰った小型医療感知器を持ってきてくれ」

「奥様、お願いいたします」


 引っ越し初日はファラクの要望で特製シチューを仕込んでいたカタリナは、ただならぬ様子で家に転がり込んできた夫に急いで火を止めて駆け寄った。


 ファラクとステブが抱えている人物を見たカタリナはかつてのライバルと誤認し驚愕するが、すぐに別人であると気付き、見たままの状況に従った。

 

 ファラク達は少女をリビングのソファーへ寝かせると、小型の医療感知器を少女の全身へかざした。

 その感知器は内臓や脳への損傷があった場合ブザー音がなる仕組みであり、少し前に惑星アールの天才少女が考案し開発したのを友人のツテで貰っていたのである。


「良かった。内臓も脳も大丈夫だ! 助かるぞ」

「ふむ、打ち身などはあるが、この血色の悪さは衰弱が1番の要因だな。ろくに食べてなかったのだろう」


 そう言うと、カタリナはこれまたファラクの友人から貰った塗り薬を少女へ塗布する。

 更に栄養剤を点滴すると、みるみる内に少女の血色が良くなるのが目に見えた。


 その光景に一同は安堵の表情を見せる。

 特にステブは一段と安堵するが、それはファラクとカタリナには伝わらなかった。


「ふむ、ではファラク。説明してもらおうか」

「ああ、転居届の帰りにな──」


──────────


「ふむ、大体分かった」

「すみません先生、それに奥様。私がスラムを通らなければこんな事にはならなかったのですが」


 ステブはファラク達に謝罪をすると、カタリナはその謝罪を拒否する姿勢を見せた。


「ふむ、だがステブがその判断をしなければきっとこの子は死んでいたのではないか」

「そうだな。ステブは悪くない。むしろ感謝している」


「ですが、先生がMPを契約するのを私は黙って見ているだけで……」


 ステブは俯き、その手足を硬直させ神妙な面持ちを崩さずにいる。

 これからを考えると、ファラク達に大きな負担をかけてしまう事は避けられないからである。

 その場が静かな静寂に包まれるが、それをカタリナは打ち破った。


「私はな、ステブ。運命というのを久しぶりに感じたよ。感謝の念という事だぞ? よって謝罪は必要ないし、ファラクもその状況で自分の信条を優先しているような馬鹿なら、逆に私が殺していたところだ。ま、そのあたりは流石私の旦那だな」


 突然の惚気た着地に、ファラクは苦笑いを浮かべカタリナの話を聞くにとどめた。

 ほんの少しではあるがステブの緊張も溶けたようである。


「ここ……どこ……」

「「!!!」」

 

 そんな会話をしている最中、薄っすらと少女は目を開けたと思うと、見知らぬ天井が見えた不安からか? 力なく呟く声がファラク達に届いた。

 ファラクは少女の右手を、カタリナが少女の左手をしっかりと、そして優しく握る。


「もう大丈夫だ。ここは安全で、君の辛い過去はもう終わったんだよ」

「ふむ、試しに何か願いを言ってみろ。どんな事でも叶えてやるぞ。ただし、ファラクはやらんがな。フフ」


「お腹が……空きました。どうか、お願いします。何か食べるものを下さい」


 少女は視線を右へ左へ動かし、自身の賭けが成功した事に安心したのか、今、本当に思っている事を呟いた。


「ふむ、では食事にしよう。今日のシチューはガード不能になるほど美味いぞ、ステブも今日は此処で食っていくと良い」

「そうだな、ステブ。たまにはどうだ? カタリナのシチューは絶品だぞ」


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


 ステブもその場で了承し、家族へ一報を入れた。

 その間にカタリナは手早く配膳を済ませ、一同はテーブルを囲んだのであった。


──────────


 ──ガツガツ……もにゅもにゅ。 


「ふむ、実にいい食いっぷりだ。作り甲斐があるな」

「おい、それじゃ私だと甲斐がないみたいではないか」


「冗談だ。フフ」


 カタリナ特製の『野菜たっぷりゴロゴロシチュー』を見た少女は、その立ち上る湯気の温かさが、かつて読みすぎた絵本に出てくるような夢の食事が目の前に現れたと思い、薄らと涙を浮かべながら10秒も持たずに食べ終わってしまった。


 その様子はまるで、細胞全てが枯渇したのを補給するかのようで、ファラクはあっけにとられてしまった。


 皿に何も無くなってしまった瞬間、少女はこの世の終わりかと言うような顔をしたので、カタリナは慌てておかわりを進めた。


「……いいの?」

「もちろんだ。願いを叶えると言ったろう?」


 少女はこの世の始まりかと言うようなを顔でカタリナからおかわりを受け取ると、再度シチューを誰も取らないのに急いで胃袋へ流し込みはじめた。


「ふむ、そんなに美味しいか?」

「うん、温かい! 絵本のご飯美味しい!」


「絵本? まぁいいか。ふむ……ファラクよ、ちょっと出来合いのを買ってくる。私のシチューをその子にあげといてくれ」

「分かった。ついでに私のも……いや、三人分買ってきてくれないか」


「!!」


 少女は調子に乗りすぎてしまったと思い、スプーンを口に咥えたまま、目を瞑りプルプルと震えファラクにシチューを差し出した。

 その光景は妙に可愛くて切なく、カタリナは気を使わせてしまった事に焦ってしまった。


「気にしなくて良いんだよ。まだ食べれるだろう? カタリナが帰ってきたらまた皆で食べよう」


 ファラクは優しく少女の頭を撫で、安心させた。

 少女は「いいの?」と聞くが、微笑む事で返答すると、再び食べるのを再開した。


「お使いであれば私が行きます! 先生達はこの子を見てあげて下さい」

「いや、流石に個人のお使いを頼むわけにはいかないよ」


 ステブはどうしてもお使いがしたいと謎に言い張ったため、思わず吹き出したカタリナはステブに頼む事にした。


 外はすっかりと夜に様変わりしていた。

 ステブはこのタイミングを逃す手はないと感じたのか、一本の電話をかける。


──プルプルプルプル ピッ


「もしもし、ステブだ。セッコか?」

「ああ、お前何故ファラク先生をスラムに連れてきタ? 恩を仇で返す気カ?」


「すまねぇ、ただ何か妙な力が働いてるように見えたんだ」

「それはあるナ。あのクズがノコノコやってくるのは俺も妙だと思っていタ」


「それでよ、ちょっと頼みたいんだが、もしもの避難場所として今使ってない10時の研究所あるだろ? あそこを使えるようにしてくれないか?」

「そうだナ。まぁ賛成ダ」


「ありがとよ。ジンバにも頼みてえが、あいつも子供がまだ幼いからな。セッコ頼んだぞ」

「分かっていル。ただ、そっちモ何も起こらないようにしておけヨ」


「ああ了解だ。じゃあな」


 電話を切ったセッコは空を見上げる。

 いつもと変わらぬ星空がそこにはあるが、自身の胸騒ぎの分、少し星が座喚いてる気がしてならなかった。


「何もないといいが。いや、俺が何とかしないと」


 ステブの独言はまるでこれからの未来を感じさせるかの如く、流れ星によってかき消されたようだった。

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