ミザリーの愛
ジャルール発表会3日前
惑星アール近辺宙域には赤を基調とした軍艦が五隻、トランプ『5』の配置のように中央の一際大きな軍艦ソキンシップを取り囲むように、規則正しくアールへ向け進行している。
解放軍第一艦 ソキンシップ艦内
「そろそろ仕上げね……フフフ」
司令室にてミザリーは下卑た笑いを浮かべる。
若緑色の髪を掬い上げ、これから起こる「愛」への序曲に胸を弾ませ、ミザリーは司令室を出る。
「ああ、私のユリウス……あと少しよ」
誰にも聞こえない声で呟く彼女の目は、常人のそれとは一線を画していた。
アールでの発表会に向け、艦内ブリーフィングルームにてこの任務の最高責任者、ミザリー=ローズ中佐進行のもと最終会議が執り行われいる。
参加者は、ミザリー中佐を筆頭に
ネルソン特務、
ユリウス=グラッデン曹長、
サッチモ=コード軍曹、
ミツバ=ノゾミ伍長、以下数名の士官である。
会議と言っても、現段階では細かなスケジュール調整と意志共有が主である。
端的に説明すれば、解放軍艦隊はアール宙域にて待機。
翌日にネルソン特務を乗せた小型船、及び解放軍精鋭クライドン部隊にてアールへ着陸、第一都市カムエールにて特設された基地にて一泊。
発表会終了後は速やかにソキンシップへと帰還するというものである。
「ーーーではネルソン特務、何かございますでしょうか?」
「大丈夫じゃよ。ミザリー中佐殿。ただ向こうさんの機体を見て帰るだけなんじゃからの」
恐縮の意を込めミザリーは頭を下げる。
実際はこれっぽっちもそんなことは思ってもいないのだが、若くして軍のトップへと上り詰めている彼女には目的のために枯れた老人に頭を下げることなど造作もないことだった。
会議も終盤を迎える頃、ずっと黙って傍聴していたサッチモより意見が述べられた。
「アールの新型……撃破しないでよろしいのでしょうか?」
なんの事かと出席者全員がサッチモに注目を向ける。
「とても合理的とは思えません。この遠征にだって大量の資金を使用しております! それをただ見て帰るだけなどとッ!
この機会にアールの新型を撃破することを具申します」
首を静かに振るミザリーを尻目にサッチモは更に続ける
「我が軍のヱラウルフがあれば、上位等星の新型であろうと塵芥に出来ると思いますが」
「発言を慎みなさいッ! サッチモ曹長!」
ミザリーが場を諌める。
サッチモ=コードは非常に合理的な人間である。
そして武骨な風体とは裏腹に部下想いであり、危険な任務であれば自ら最前線へと立ち、たとえ上官であっても理不尽な指令には食って掛かる性格である。
部下からの信頼は厚いが、出世の出来ない男。
これがサッチモを表す常套句である。
今の発言もサッチモ以外にも共有していた意識であるが、軍という組織がそれを口に出せないでいた。
周りの熱気が高まる前にミザリーが先手を打った形となった。
「あなた達の想いは分かるわ。ただ、それ以上は反乱の意志とみなすわよ」
ミザリーはサッチモではなく、その場にいるサッチモの同意者へ向け発言をした。
「失言でした。申し訳ありません」
サッチモが引くことにより、会議は終了した。
終了直前に、ミザリーはサッチモへ耳打ちをし、静かに笑っていたのをユリウスは不思議と感じていた。
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会議終了後の艦内通路にて、ユリウス=グラッデンは会議で緊張していた喉を潤そうと食堂室へと向かう途中に、ミツバ=ノゾミに声を掛けられた。
「やっぱりサッチモさん、食って掛かっちゃったね」
「そう……だね。初めてお会いしたけど、ミツバの周りでも噂はあったんだ?」
ユリウス自身はサッチモが『嵐の13番隊』のトップであり、この嵐と言うのは作戦遂行時間の極端な短さとサッチモ自身の性格…と言っても上司に対してであるが、そんなことぐらいしか知らなかった。
「そりゃーもう! あの不出世サッチモの大物食いときたら軍内部でも有名なんだから!」
そうか、とユリウスは内心思い、片目にかかる髪をたくしあげた。
この任務中なにもない事を祈る他、ユリウスに出来る事はなかった。
「ところでさ……ユリウス。その、私達の事なんだけどさ」
手をお腹の下で組み、親指を不必要にくるくるさせているミツバ。
ユリウスはその婚約者の先程までのギャップに微笑みを入れつつ、そこから先の台詞は男から言うものだと覚悟を決め、ミツバの台詞を遮った。
「ああ……ミツバ。この任務が終わったら、ちゃんと式をあげような」
「うん。私、楽しみに待ってるからね!」
最高の笑顔で答えるミツバの長い茶髪を、ユリウスは自身の手でたくしあげ、近い未来、神父の前で行う儀式をミツバへとした。
顔を離した後、照れ笑いを浮かべたミツバがユリウスへ告げる
「あーあ、最後の任務が特務警護かー」
「立派な……任務じゃないか」
ユリウスとミツバはそれ以上は帰ってからと、決め自身の持ち場へと戻った。
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同刻ーーー
ミザリー上官室の前で襟を直すサッチモは、意を決し扉をノックする。
「サッチモ=コード軍曹であります!」
「ええ、入って頂戴」
「失礼します!」との発言の後、迎えの言葉を2-3やりとりする。
サッチモは先程の会議での発言に対し、何かしらのペナルティを与えられるのを薄々覚悟していた。
ただ、サッチモ自身はそんなこと慣れっこであり、今までも何かしらのあ足枷がついた任務などザラであった。
このサッチモと言う男、今更生き方など変えられないのである
「何か御用でしょうか?」
「ええ、ヱラウルフだけど、今回はユリウスが搭乗することにしたわ」
そんなことか!とサッチモは内心安堵した。
ヱラウルフは従来のクライドンとは一線を画す性能を持った上位機体である。
解放軍に置いてもオンリーワン機体であり、今回はアールの新型に対抗すべく持ってきているだけと言う認識である。
この遠足任務において、まず戦闘など無いであろうと踏んでいたためサッチモはあとは適当に話を終わらせれば良いと考えていた。
「悔しくないのかしら?」
「は?」
思わず生返事とも取られない返答をしていたサッチモ。
「あなたの人柄、戦闘技術、どれをとっても解放軍のナンバーワンだと私は思っているわ」
「ありがとうございますッ!」
悪い気持ちでは無かった。
てっきり、「また」嫌われていると思われていたが、突然の激励にサッチモは用意していなかった感謝の気持ちをミザリーへとぶつけた。
「それでね、サッチモ……
ヱラウルフはあなたこそが搭乗にふさわしいと思わないのかしら?」
更にミザリーは畳み掛ける
「いくら戦闘の天才と言われるユリウスに美味しいところだけ取られるなんて……理不尽だと思わない?」
「は? しかし……」
おめーが決めたことだろうがッ!
と、サッチモは言いかけたが辞めた。
このミザリーの言うことに対し、思わないことはないわけではない、サッチモとしてもあのやさぐれた部下達を纏めていたと言う自負もある。
自身のクライドンは部下が気を遣い専用のカラーリングを施されているが、新型に乗れるというのは、軍人にとっても喜ばしいことである。
返答に詰まるサッチモの首に手を回し、くっついてしまうのでは?と言うほどに顔お近づけるミザリー。
女性になれていないサッチモは対応に困りただ遠く1点を見つめ固まってしまった。
「サッチモ、あなたにやって欲しい事があるの」
ーーブスッ!
言うと同時にミザリーはサッチモの首に注射器を刺し、何かを注入した。
「ぐッ! な、何をした雌狐ッ!」
片膝を付き、奇しくも忠誠を誓う姿勢をとってしまっているサッチモは、首筋を抑え敵意の目をミザリーへと向けるが、次第になにも考えられなくなり、目は虚空へと向けられている。
「フフフ! いい顔よサッチモ!
あなたはね、私のサッチモなのよ」
人差し指でサッチモの首を持ち上げ、諭すように告げるミザリー。
サッチモはその圧倒的な美しさに思考を止め、ミザリーを見つめる他なかった。
「あなたはね、私の事が好きなのよ」
……応えることが出来ない、が、そのとおりなのだろうと思いサッチモはミザリーへ告げる
「はい、俺は、ミザリー中佐を好いています」
良くできました!と笑顔で精一杯サッチモを撫でるミザリー。
その顔は傍から見れば恐ろしいが、愛する人が、笑顔というだけでサッチモは全てのストレスから開放されていくのを感じた。
「それでね、やって欲しい事はね……」
計画の全貌をサッチモへと告げるミザリー。
全てをいい終え、ミザリーは優しく、母性的にサッチモを抱きしめ、懇願した
「やってくれるかしら?」
この人を笑顔にさせなければならないとの天命を感じ取ったサッチモは、例え間違いであろうと関係ないと思っていた。
「全てはミザリーのために」
サッチモを抱きしめ「ありがとう」という彼女の顔は、サッチモには見えないが悪魔そのものであった。