エニグマが目指す場所
「4等属星『メリット』まではあと2日ほど余裕がある。各自休憩を取ってくれ、艦内時間午後7時に食堂に集合だ。以上!」
戦艦エニグマのブリッジにおいて、サッチモはその場にいる全員へ通知した。
軍隊であれば、上官の指示であれば足並みを揃えて返事をするものであるが、この戦艦のクルーは半分が一般人のため、各々バラバラではあるが、失礼のない返事をしてブリッジから去っていった。
エニグマにはそこで生涯を終えても不安が無いほどの部屋数や設備が投じられており、ある者は適当な部屋で睡眠を取りに行き、またある者は医務室の設備を点検しにいったりしている。
そんな中、サッチモは戦艦長が座る椅子にもたれかかり、次なる目的地の調べ物をしていた。
「奴隷の星か……まさか『スカルプ』より本等星に近い星に、足を踏み入れることになるとはな」
「奴隷の星ってどういう意味なんです?」
「うおおッ! っとミツバか、驚かさないでくれ」
サッチモは全員ブリッジから居なくなったと勘違いしていたのか、まだその場に残っていたミツバに声をかけられ思い返すと恥ずかしくなるような、素っ頓狂な声をあげてしまう。
「残っていたとは思わなかった。寝なくて良いのか?」
「あー、出てすぐ戻ったんですよ。何かずっと寝てたせいか、疲れてるのに眠気は無いんですよね」
「うむ、そう言う事か」
「それより、さっきの質問に答えて下さい。奴隷の星ってどういう意味ですか?」
「まったく覚えて無いのか? いや、気を悪くしたなら悪いが、俺たち解放軍内では日頃そう言っていたんだが」
「すみません覚えて無くて……簡単に教えてもらってもいいですか?」
記憶を失ったミツバは軍関係者ではあったが、そういったスラングには聞き覚えもなく、いや、これから行く星についての情報はまるで記憶に残っていなかったため、サッチモに教育を依頼する。
「俺もさほど詳しい訳ではないんだがな、4等星『フォース』は属星含め、奴隷制度が確立していてな」
「あんまり、いい響きじゃないですね……」
「ああ、確か本来は『ムービングパートナー』とかそんな大層な名前なんだが、実態は奴隷と変わらん。獣人発祥の地というのが影響してるとは言われてるがな」
「獣人……あー、なんか、薄っすらとたまーにそんな感じの人が居たような、覚えていないような……」
「滅多に他の星に行かない気質なんでな」
「はー、そうですか。で、それがどうして奴隷に結びつくんです?」
「これは獣人全体の人権に関わるから、公の場ではみんな言わないがな、やはり動物ってのは『強者が弱者を従えるのが当然
』と、そんなのが本能として残っているんだろうって言うのが一般論だ」
「動物……彼等は私達と同じ人間なんですよね」
「だからみんなそれを言わないし、獣人も他所には滅多に行かないんだ」
「なるほど、複雑ですね」
絶妙な沈黙が二人の間に流れる。
と、不意にため息をついたサッチモをミツバは逃さなかった。
「サッチモさんもお休みになられた方が良いんじゃないですか?」
「そうしたいのは山々だけどな、エニグマやジェイZの資料確認……あと今言ったとおり、これから向かうメリットはタブーが多そうな星なんでな、色々と情報を集めておくのも俺の仕事だ」
「そんな、一人で出来る事じゃないですよ」
「艦を任されるというのは、そう言う事なんだよ」
「でしたら、メリットの調査は私にまかせてください。夕食迄には仕上げます」
「良いのか? その、無理せんでも……」
「どう考えたってサッチモさんの方が無理です。私だって、このガイダンスの一員なんですから、少しは頼ってくださいよ」
「そうか、では頼む。俺は少し休むとするよ」
ミツバは、サッチモが背負う責任感の重さを痛感し、少しでもそれが減るようにサポートするのが自分の役目と願い出る。
サッチモも、妙な意地を貼るのは既にやめていたため、その優しさを受け入れた。
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「わぁ、お野菜もあるんだ。すごーい」
まだその時間ではないが、特にする事もなかったため食堂を探索していたリュカは感嘆の声を上げた。
てっきりチューブに入ったレーションなどしかないと思っていたエニグマの食料庫には、数々の調味料や真空保存ではあるが、肉や野菜なども今いるメンバーが節約すれば1年は持つような量があったのだ。
広めの台所などもあるが、それよりもリュカが目についたのは食料庫に隣接した所にある、『調理ボックス』と書かれた、巨大なレンジである。
「なんだろうこれ、ユグドレンジにしては大きすぎるし」
複数個に渡り設置されていたそれにはタッチパネルがついており、数々の料理名が表示されている。
少し小腹が空いたリュカは、その中より『ハンバーガー』を選択する。
『ハンバーガーをお作りします。しばらくお待ちくださいませ』
ーーウィイイイイン ジュワッ チンッ
様々な調理音が聞こえた後、アナウンスに従いそのレンジを開くと、そこには、何故か綺麗に紙で包装されたハンバーガーが入っていた。
「うわー、便利ー」
レンジから取り出したハンバーガーはきちんと温かく、包装紙を開ければ何ともジューシーなパテに、食感補正をかけられたと見られる野菜が挟まれており、見た目の感想をそこそこにひと口かぶりつく。
「不味い……」
『こんなに美味しそうな不味いものってこの世に存在するんだね』
そんな感想抱かせるそれは、設計者の家系の味覚なのかは分からないが、温かい以外に褒める所はないハンバーガーであった。
「あれ? リュカちゃん。まだ早くね?」
「あ、バン先生。先生こそどうかされたんですか?」
「医務室の状況確認が終わったらちょっと小腹が空いてね……てリュカちゃん持ってるのハンバーガーじゃん。何それ美味そう!」
リュカは調理ボックスで作ったこと、更にそれが見た目に反比例して美味しくない事実をバンに伝えたが、説明では納得してもらえなかったので、もう食べる気のない自分のハンバーガーを差し出した。
「え、いいの? 悪いね。じゃあ貰うよ」
バンはニコニコした笑顔のままそれにかぶりつき
バンはニコニコしたまま不味さに耐えきれず噴き出した
「マッズ! 臭え、なんだこれ臭え!? 敵のスタンド攻撃か?」
「バン先生、汚いです」
リュカはバンの言葉の意味はよく分からなかったが、とにかくその汚さが目立ったので注意をした。
ただ、自分の味覚がおかしい訳では無いことに、少し安心したのも事実である。
「材料は裏に行けばあるので夕食は私が作りますけど、バン先生は何か希望ありますか?」
「リュカちゃんの手作りかぁ、んー、なら味噌汁がいいな」
「分かりました。さーて、作りますよー」
リュカは普段は兄のと自分の分しか作らないので、大人数の食事を作るのがそこそこに楽しみでいる。
バンと別れ、早速エプロン姿に身を包んだリュカは、コトコトと兄が大好きだった『豚汁』を作りはじめた。
「お兄ちゃん、大丈夫かな」
生き別れた兄のサンドを想い、リュカは自分が出来る事をしようと誓うのであった。
なお、リュカが作った豚汁は大好評であり、サッチモを含めた全員からコックの座を打診され、リュカはそれを快く受け入れた。
調理ボックスについては、マルセロが「ハンバーガーによぉ、上手いも不味いもあるとは思えねーんだよなぁー」の一言で、それならばと再度作られたハンバーガーを口する。
その瞬間、マルセロは文字通り噴飯した。
「不味ッ! クサッ! ドブだぜこれぇ! いや、ドブ界でもトップクラスのキングオブドブ」
バンとリュカはそのマルセロの発言に納得がいったが、何故かそのマルセロをドブのような目で見ているミツバをワンセットで見たメンディは思わず笑い転げたという……
自己紹介回です。
第4章、のんびりとお楽しみ下さい