クリスは天才
ーーーーーーーーチャム
今から数分前、大量のリンゴジュースを持って帰ってきたクリスは荷物を置くと同時に顔色を変え私へ聞いてきた
「ねぇチャム…… 高精神圧剤の解毒方法って分かる?」
予想していない質問に、思わずどういう事か聞き返してしまった。
ただ、1つだけ確かな事。
きっと彼女は、人助けをする気だ。
私はその事実がとても嬉しかった。
あの日、決意に満ちた目で、私を助けると言ったクリスの目。
それと同じ匂いがしていたのが、たまらなかった。
たとえ明日死のうとも、人助けが出来るならそうする。
クリスはそういう娘であることを私は知っていた。
事情を簡潔に説明する間に私は自身へ組み込まれたネットワーク情報よりいくつかあるウチ内、早急に実現可能な解毒方法を模索していた。
クリスが言い終えると同時に解毒剤の作成方法を伝える。
しばし、思案していたクリスが意を決したように私へ言う
「ありがとう! ちょっと出掛けて来るね!
もしフロントから電話が鳴ったら「部屋番号」と「誰か」の名前教えてくれるはずだから聞いといて!」
私の了解の意を表すことを待たずしてクリスは出て行ってしまった。
私は電話の横で、静かにクリスの帰りを待つ。
ふと、ある出来事を思い出した
クリスの母親が、彼女に内緒で私に初めて語りだしたことだ。
「あの子は人とあまりコミュニケーションが上手く取れないの。あなたがあの子を助けてあげてね……」
「ハイ」
ああ、この母親はクリスの事をこれっぽっちも分かっていないんだな……
クリスは今も、きっとこれからも人を笑顔にすることだけを考えて生きてきている事を私は知っている。
そのクリスに人殺しの道具を作らせて、彼女の心にダメージを負わせた張本人の考察など、私に届くはずがなかった。
怒りさえ感じた。搭載したモノアイは真っ赤に染まりクリスの母親を睨むつけた。
「ハイ」と答えたのは後半の助けてあげてねの部分のみであるのを、敢えて口に出すことはしなかった。
どうかご無事でありますように… 今は祈ることしか出来ない我が身を少し呪った。
ーーー約1時間後
とぉるるるるる とぉるるるるる
来たッ!
電話を取り、フロントからであることを確認した私は必要な情報のみをインプットしていく
電話を切り終えるとほぼ同時に自室のドアが開き、クリスは声を上げた
「どこの誰だった?!」
「703の『ミツバ』デス」
質問から察するにきっとロビーで一部を見たのであろう、必要最小限のみを伝えることでクリスの期待に応えた。
ありがとうすぐ戻る! との声と共にクリスは再度外へ出た。
ーーー10分後
「ただいまー」
「オカエリナサイ、クリス」
あー、疲れた! と叫びベッドへ倒れ込むクリス。私はコップにリンゴジュースを注ぎクリスへ私労いの言葉を掛けた。
顔色から察するに失敗はしなかったようだ
「ウマクイッタヨウデ何ヨリデス」
「あーほら、私ってば天才だし?」
ドヤ顔で応えるクリスを諌めるように私は続ける。
「アマリ心配サセナイデ下サイネ」
「ごめんごめん」
ニカッっと笑いクリスは受け取ったジュースを飲み干す。
まぁ、無事で良かったと安堵し、私は解毒剤の作成についての話を振る
「ソレニシテモ、良ク、アノ短時間デ解毒剤ツクレマシタネ」
「いやー、チャムから教わった方法に、マナ自立制御を組み込んだら予想以上に早く作れちゃってさー」
自身の天才ぷりをひけらかすクリスに私は「サスガデス」と褒める。
褒めて欲しい時にする顔をしたからだ。
長年一緒にいるとその辺りも通じるし、何よりクリスは本物の天才だ。 自身の技術で人を救う天才だ。
次に続く言葉を聞くまでは…
「やってる最中に盛り上がってさ、飲みにくいだろうと思って美味しく味付けもしちゃったよー」
ーー血の気が引いた
実際に血は通っては居ないのだが、その表現が的確であるとチャムは感じた。
それを伝える術は、そうだッ!
私はモノアイを蒼く輝かせクリスをジッと見つめた。
ーーおや?いつもの返しが来ないなと思ったクリスはチャムの顔を見る。
あれ? 目が青い……引いてる?
ーーそのシステムを組み込んだ本人が言うのだから間違いない。チャムは引いていた。
「クリス……アナタ」
「な、何よ?」
ジト目で私を見るクリスに、ゆっくりと、それでいて万力のような力を込めて言い放つ
「人助ケシニ、イッタンデスヨネ?」
「まぁ、そうですケド……」
「人殺シ、ジャナイデスヨネ?」
「酷くない!?」
ああ、この娘は全く分かっていない…
あの日以来、口酸っぱく料理はするなと言ってきたはずなのにまた同じ過ちを繰り返してしまったのか。
この娘は天才だ。 料理で人を殺せる天才なんだと何回言えば伝わるのだろうか。
「ちょっと聞いてよ! 確かに私は今まで『それ』に関しては失敗続きだった! ここまでOK?」
「ハイ……」
「これはね、隠し味ってのが足りないって言う結論に至ったのよ!」
「ウワァ……」
重症だ…
私のモノアイは蒼を通り越し紫へ変化していた。
頭が痛いとはこう言うことを言うのだろうと、感じたことのない慣用句に共感してしまった。
ただ、まだ何を入れたかを聞いていない!
入れたもの次第では普通の味になっている可能性がある。ワンチャンスだ!
「チナミニ、何味デスカ?」
「ふっふっふ〜! 聞きたいの〜?」
なぜ、上機嫌なのだろうか。。
そして長年の付き合いで私は分かる。
これは、聞いて欲しい顔だぜ! クリス=ジャル! とばかりに、クリスの期待に応える。
「聞キタイデス。ナニヲ、イレタノデスカ?」
しょうがないわねぇ〜。とクリスは私へ顔向けする。
何故でしょう、少し怒りの感情が芽生えたような気がしてきます。
「ええっと、まず1個目は『チーズ』でしょー」
1個目ッ!
1個目と言ったのですかクリス!
私は出るはずのない生唾を飲み込み、クリスの続きを待つ。
「あと口当たりが良いように『アンコ』でぇ、本命の隠し味には『しめ鯖』とあと…」
「ストップッ! ストップッ! クリス、オーバーッ! モウ大丈夫デス!」
まだあるのに……という顔で私を見つめるクリス。
ーーーーーー私は願う。
どうか、『それ』を服用する方が無事でありますように……
親友の暴走を止める事が出来なかった己を呪った。