サンドは付いていく
8時35分ーーー
発表会の会場が見えてきた。大体3ヘクタール程の広場となっており、外側から伺えるに今は9時に向けた本番に向けて技術者や軍人、さらには軍楽隊などがリハーサルをしていた。
内部に入るための受付は1つしかなく、その回りを長い銃を両脇に抱えたアール軍人警備のためが何人か立っており、内部の騒がしさとは反対に重苦しい雰囲気を醸し出していた。
何人かの警備軍人が高校の制服を着た者が近辺を歩いているためか、鋭い目つきで俺を見ていた。
だが俺はへこたれない。だって招待されてるからね!
「すみません、サンド=ラシールです。今日は発表会で来たんですけど」
「では入場許可証の提示をお願いします」
はい、と学生カバンの中を弄る。これ忘れる奴いたらそいつはただのアホでしょ。
……おかしい
あれ? あれれ? 嘘でしょ?
ない……
「嘘だろぉおおお!」
俺は受付の机上にカバンの中身をぶちまけ、あるはずだった許可証を必死で探す。受付のお姉さんは次第に顔を曇らせていくのが見え、それが一層俺の焦りを掻き立てた。
ないないない! 思い出せ! 確か昨日の夜……
ハッッ!
重大な事実を思い出した。失恋より悲しい出来事があったあの夜、『忘れないように』とカバンの横に許可証を置いといたんだった。
それを『忘れる』なんて、俺のアホがッ!
強烈な自己嫌悪に陥っているが、ここまで来て引き返す時間は無い。ダメ元で受付に確認してみることにした。
「あのー、許可証忘れちゃったんですけど……何とかなりませんかね?」
「なりません!」
ですよねー。お互いとても良い笑顔で受け答えが出来た。人間って素晴らしいな。
巫山戯ている場合じゃない。どうしよう! どうしよう!
「あれ? サンド君じゃないか!」
「グレンさん!」
彼の名前は『グレン=ボルタ』、太い眉が特徴で3年連続クライドンマスター準優勝者である。
この機を逃しちゃいけない! 俺はグレンさんに今の状況を伝え懇願する。
ちょっと待ってな。とグレンさんは受付のお姉さんと一言二言会話し、ホラよ! と、入場許可プレートを投げ渡してくれた。
「グレンさん! ありがとうございます」
「はは、サンド君て意外におっちょこちょいなんだね」
何この天使。惚れそう!
ひとしきりお礼をいい倒した俺はプレートを首に掛け、グレンさんと一緒に会場の観覧スペースまで歩く。
「グレンさんは今日の新型に乗るんですか?」
「先月のテストから今日まではね。これからあの機体が僕らを選別するはずだよ」
「機体が選別? あれはグレンさんがこれから乗るものだと思ってましたけど」
「ハハ、あんまり俺をみじめにさせないでくれよ。君が…軍に来るんだろ?」
なるほど、更に伺った情報をまとめるとこうだ。
この新型は非常に扱いが難しいらしく、グレンさんも初期テストではまともに動かすことすら難しかったらしい。
そして、この機体に見合う人物の育成、発見をこれかしていくのだそうだ。
と、いうことは……まだ俺にもチャンスはあるんだな。よし、いい事を聞いたぞ。
そんな話をしていると、受付の出口から猛スピードで会場外へ去っていく車が見えた。乗っているのは、女性だ。しかも相当な美人だ。そして、着ている軍服が見慣れたものではないため、解放軍の人と言うことはすぐにわかった。グレンさんも不思議な表情で車を見送っている。
「いま、このタイミングで外に用事って何があったんですかね?」
「さぁな?俺にもわからん」
危ない人もいるもんだなぁ。と、そうこうしている内に、観覧スペースに到着していた。
「じゃ、俺は持ち場に戻るよ」
「本当にありがとうございましたグレンさん、本番頑張ってください!」
再度礼を言った俺は自席に座り、そばにある自販機でリンゴジュースを飲みながら一息ついていた。舞台中央には新型クライドンが大きな布をかけられたている。
こちら側からは見えないが大きさはさほど他のクライドンと変わらないな。
時計を見ると8時45分。あと15分で発表会が始まるな。
ーーーーーー8時55分
壮大な軍楽隊のファンファーレ共に発表会は始まった。予定より5分ほど巻いているが、まぁそれはいいだろう。
「ええー、皆さんお集まりいただきありがとうございます。本日は惑星アールより、新型クライドンを発表させていただきます。司会、進行は私、アール軍技術所長エディ=ジャルが努めさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
盛大な拍手とマスコミ、軍関係者のフラッシュが炊かれる。口上は良いから早く新型を見させてくれないかな。
「公開前に、長々と説明する気はございません。では、早速ご覧ください。こちらが我が軍の最高傑作である新型クライドン。その名も『ジャルール』」
エディが合図を出す。それに合わせて新型にかぶせていた布がバァっと捲られその姿を表した。
おおおおおお……
感嘆、驚愕など様々な感情の声が会場を包む。それをもり立てるように先程の倍のフラッシュが炊かれジャルールに閃光を浴びせていた
ジャルールもそのフラッシュが気持ちいいのか手を振りそれに応えていた。グレンさん意外にお茶目だなぁ。それにしても、
「マナかあれ? しかも色付けまでしているだって……」
純白の機体が姿を表す。それより俺が最初に目についたのは機体の両肩、両脚、胸部に付いている色とりどりの「珠」だった。
「ええー、このジャルールには他のクライドンとは大きな点がございまして、各パーツに装着している『力珠』でございます」
再度エディが合図を送る。すると、ジャルールは大きな起動音を出すと同時に、各パーツからの『力珠』なる珠からマナが飛び出しジャルールの回りを一定方向に回動し始めた。
「これからご覧いただくのは『力珠』の特徴にございます。この『力珠』ですが、言ってしまえば何にでもなれるし、何でも出来る事ができます」
スゥっと息を吸いエディは続ける
「すなわち、集めれば「盾」、放てば「銃」、そして固まれば「剣」となることが出来ます。今この場で銃を撃てるわけがないので、「盾」のモードをご覧いただきましょう」
発言の全てに俺は驚愕した。これは人類の歴史が変わるんじゃないのか? 素直にそう思えた。
マナを利用し、変形させ戦うなど前代未聞だ。一体どういう原理なんだろうか?
あ~、俺も乗ってみたい!
……おや?
エディが合図を出しても一向にジャルールが動く気配がない。まさか故障か? グレンさんの焦りが伝わってくるような感じがした。
ざわざわ……
ざわざわ……
会場もどよめきがおきている。次の瞬間そのどよめきが一層大きくなった。
みんなはジャルールを見ていない。反対方向にある「もの」に対してのそれであった。
俺も気になって見てみると、山の手の方角から黒いクライドンがゆっくりと浮上していくのが見えた。
ヤバイ! クライドン乗りならば分かる事だが、頭部のモノアイが赤く光っているように見えた。
あれは対象物をロックしていると言うことに他ならない。俺は大急ぎで電話を取り出した。
ここが被害にあうならまだいい、ただ戦場とならば学校にいるリュカに逃げることを伝えなければならなかった。
ーープルルル プルルル ピッ
「あ、お兄ちゃん?」
「リュカ! 今すぐ逃げろ!」
「え? どういうこと? あ、お兄ちゃんあのね」
「今すぐにそこから逃げろぉお!」
ーーズガァアアアアアアン
ーーガァアアン!
「きゃあ!」
撃った! その瞬間思わず目を瞑り、死を覚悟する。
ただ、数秒たち……何も起きていない事を確かめるように目を開く。
「うそ、、、だろ、、、」
黒いクライドンの方を見ると、別のクライドンと揉み合いになっているように見受けた。しかし、撃ったという事実が俺を支配していく。
「なんでだよ。どういうことだよ……」
クライドンが撃った方向、そこには、その場所には、黒煙と炎に包まれた学校があった。
「リュカァアアアアアアアッッ!!!!!」
絶望の絶叫をする。
「リュカ? おい、リュカ! 頼む声を聞かせてくれ。 おいリュカッ!」
ーーお掛けになった電話は電波が届かな……
期待してた声ではなく、俺は携帯電話をその場に叩きつけた。気持ちの整理がつかない!なぜだ! どうしてこうなった!
ーーガァアアン
ーーギィィイイイイン
いまだに、黒いクライドンと別のクライドンが戦いに似た揉み合いを続けている。俺はジャルールの方を向くが、ジャルールは現状に答えを出すことなく佇んでいる。
「おい、お前新型なんだろ? 止めろよ!」
ジャルールは動かない…
「なんで動かないんだ! グレンさんッ! あいつはリュカを殺したんだよ! 聞いてるんだろッ!」
ならば乗っている人物にと問いかけるが、それでもジャルールは動かない…
俺の中で、何かが切れた……
もういい、もうわかった。お前の『答え』はそうなんだな。よーくわかったよ。
じゃあ、俺がやってやる!
「ジャルールッ! 来いッッ!!!」
ーーーズガガガガガ
俺の叫びに応じるがの如く、ジャルールは不規則な動きをし目の前で止まった。なぜか俺の腕に意味のわからないロボットのようなものがしがみついてる。なんだ?この虫。邪魔だな。
2-3振りほどこうとするが、ガッチリ掴んでいて離す気はないようだ。面倒なのでこのままにしておくことにした。
「吐き出せッッ!」
俺の命令にジャルールは「ブベッ」とグレンを吐き出す。どうやら気絶しているようだ。あの虫もなんか吐き出していた。正直汚い。
駆け足でコックピットに乗り込み、操縦席にすわる。内部を見渡した限り、基本的な操作方法は他のクライドンと変わりはなさそうだ。
コックピット閉じようとする時、1人の少女が全速力でジャルールに乗り込んできた。
「だぁああ! っと! ちょっと待って、私も乗るんだから!」
「邪魔だ! どけ!」
「私はこの子を作ったのよ! きっと役に立つわ、損はしないはずよ!」
思わず舌打ちをする。あいつ等を全員殺すにはコイツの力がいるようだ。いや? いるか?
まぁ考えている時間も惜しいので同乗を許可した。
深く呼吸し、武器の扱いを探る。なるほど、マナの操作が出来ないとまともに戦えないのか…
「剣になれ!」
命令と同時に回動する力珠が右手元へ集束し、7色の光を纒い、長く剣状に伸びた。よし、これで行ける!何故か同乗している女が驚きを隠せないでいる。お前が作ったんだろうが!
「まさか、、私の武装ロックを自力で、しかも発言しただけで解除したっていうの…」
「ソノ、ヨウデス。ワタシモ抵抗デキマセン」
何か喋っている様だが、俺の耳には届いていない。俺はあの黒い機体と同様にゆっくりと浮上した。今もメラメラと殺意が湧いて溢れている。
俺は決意を固め、ペダルを全開に踏み込み、全速力で解放軍特設基地へと翔んだ。
殺す。殺す。殺す! 解放軍は全て殺してやるッ! 俺から大切なものを奪っていく連中は皆殺しにしてやる!
ーーーー9時8分
基地まであと少しというところで、解放軍のクライドンが1体、これ以上は進ませないという意識を込め、こちらに立ち塞がった。
邪魔をするなら殺すまでだ! 俺は力珠を剣状に変え、クライドンに斬りかかった!
「「ガキィーーッン」」
敵も相当な乗り手だ、初撃を解放軍特有の斧状の武器で相殺された。幾度かの切り合いをするが、どうも様子がおかしい。
敵からは一切攻撃をしていないのだ。それに気付き通信を入れ、どういうつもりかを問かけた。
「どういうつもりだ!なぜ攻撃してこない!」
「んなこと言ったってよぉ、ここは非戦闘地域だぜ?」
は? 何だコイツ!? リュカを殺しておいて今更非戦闘地域だと? 巫山戯るのもいい加減にしろ!
「お前が! お前等がリュカを殺したんだろうが!」
「……すまねぇ。まじで。謝罪の言葉も出ねぇよ」
「ならそこを……」
「わりぃけどよぉ、それでも、こっから先は行かねえでくれや。おめえさんの気持ちはわかる!わかるけどよぉ、見逃してくれねえかな。」
「俺の、俺の妹を……リュカを殺しておいて、、、言う事がそれかァアアアアアアアッ!」
と、同時に必殺とも言える言葉も放つ
「止まれ!」
「な、動けねえ!」
動きを止めた俺は、「剣!」と連呼し、剣状になったそれを連続で投げつける。
そんな攻撃は予想外だったのか「げぇ!」という声が向こうから漏れてきている。
「消えてなくなれぇえッ!」
四肢を全てもがれたクライドンはコックピットを残し力なく地上へ落ちていった。
先の戦闘で敵に時間を与えすぎたのか、他のクライドンが次々とこちらへ押し寄せてきた。
何度でも言う、邪魔をするなら殺す!
全てのクライドンを葬り去った俺は、特設基地上空まで急ぐ。
居た!居たぞ!リュカを殺した黒いクライドンは蹲るような姿で地上に鎮座していた。
「あいつが、あいつがリュカを!」
俺はありったけの力珠をブーストさせ、7色を超え白く発行した剣を作りだした。そして敵の背後目掛けて全速力で黒い機体に向かい斬りかかった。
「死ねぇええええッッ!!!」
とった! 俺の目には両断される黒い機体が見えていた。だが、次の瞬間その黒いクライドンは振り返り、腰に帯刀している剣を抜刀し初撃を相殺した!
ギィイイイイイイイイイイイイ!!!!
巨大なエネルギーのぶつかり合いに周辺は爆風を伴い真っ白に輝いていく。クソ!切れなかったか!
だが、次の一撃で必ず決める!
「止まれ!」
俺は再度剣の投擲をする。だがしかし、予想外のことが起きた。その黒いクライドンは俺の静止命令を無視して投げつけた剣を全て切払った。
「な、なんだと…」
しかし、理由を考察する余裕はない。「止まれ!」と連呼し連続で斬りかかるが、甲斐もなく全て切払われる。相手は天才だ。しかも、コレも他の同様に、一切攻撃をしてこない。それが俺の神経を限界まで逆撫でする。
『命令』は、少なくともあの黒い機体には通じず、することすら虚しくなったので叫びにならない叫びをあげていた。
その間、ずっと同乗している女と黒いクライドンは会話をしているようだったが、自身の叫びに夢中で全く耳に入ってこなかった。
既に、何十回と斬りかかったか? 何十回と撃ったか? わからないまま時が過ぎていく。
そして、黒いクライドンは上空へ向け飛び立つ。逃がすものか!
通じないとはわかっていても、「止まれ!」と叫ぶ、しかし一向に距離が縮まる気配がない
「止まれ!」「止まれよォォォ!」
すると黒いクライドンはこちらを振り返り、両手を広げ、降伏とも取れるメッセージを俺に見せつけていた。
「馬鹿にするなぁああ!」
斬りかかろうとしたその時
ーーーパァンッ!
誰かに頬をぶたれた。
「無抵抗の人間を斬る程あなたは堕ちたのッ!? それがあなたが望むリュカって子の復習だって言うの! 下らないのよ!」
「お、俺は……」
急な痛みに、ふと冷静になり考えてみる。
なぜ、解放軍は攻撃してこない?
なぜ、黒い機体は降伏の意を示した?
あの、軽い口調のパイロットが言っていた事とは? それでも答えが見つからず、馬鹿のように自分の行動原理を口にした。
「俺は、リュカの仇を……」
「だーかーらー! さっきから違うって言ってるでしょうが!」
「は?」
「良い? よく聞きなさい?あなたの妹を殺したのと、今アレに乗ってるのは違う人なのよ!」
「じゃあ、リュカを殺した奴は!?」
「今アレに乗ってるユリウスさんって人がもう殺したみたいよ」
「じゃあ、俺は……」
「それで! 今回の事件の首謀者がミザリーって女で、今からユリウスさんはそいつをやっつけにいくとこなのよッ! お分かり?」
俺は……俺は何をしていたんだ
あまりの情けなさに涙がこみ上げてきた。仇も取れず、仇をとった人を殺そうとしていたなんて。ん? 首謀者だと?
「首謀者?」
「そう、で、あんたも行くか? って言ってる」
そうだ、そいつがリュカを、この惨劇を!
俺は溢れる涙を雑に拭い、この少女とユリウスなる人物の提案に乗ることにした。
「分かった。俺も行く」
すると、その少女はいきなり俺を優しく抱きしめた。
「あなたの辛さは分かるわ。解放軍のやり方は恐ろしく卑怯よ。でも、対象を間違えちゃだめ。分かった? 約束して」
その少女の優しさに拭いきったと思っていた涙が再度溢れ出す。少女はポンポンと頭を叩きユリウスとの通信に入った。
「ユリウスさん? 大丈夫よ。彼、戻ったわ。一緒に行くって」
「ありがとう、それと……「ユリウス」でいい」
ユリウスはそう答えると、ミザリーの元へ飛翔していった。
俺も、自らの決着をつけるためその跡を追った。
時刻は9時20分を少し超えたところである