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目に毒か、気の毒か

ーーーーーリュカ=ラシール

ーー8時27分


「ち……遅刻!」


 私は明らかに寝すぎたという感覚の刹那、必死に覚醒させた頭と眼でベッドに備え付けている時計を見て飛び起きた。


 昨夜、少し兄のショッキングな姿をたまたま見てしまい、目覚ましをかけるのを忘れていたのだ。


『お兄ちゃんは!』


 今日、兄は新型のクライドン発表会に出掛ける予定だ。こんな大事な日に遅刻などしたらきっと哀しむ。普段起こしに行く間柄では無かったが、念の為確認することにした。


 私は寝間着のまま兄の部屋を開ける。そこには兄の姿は無く、少し安堵する。


「あれ? これって……」


 兄の姿はない、カバンもない。制服も掛けられていない。ただ、机の上には格式の高そうな式典の招待状のようなものが置かれていた。


 そこには「入場許可証」と書かれている…


 私は顔を青ざめた。ただ、ほんの少しの望みにかけ、走って一階へ降り玄関を確認する。


「靴がない!」


 確定だ……私は知っていた。兄は時々こういう事をするのだ。電球を買ってきてと頼んだのに、満面笑みでプリンだけを買ってきて帰ってしまう兄なのだ。


 私は深いため息をついてどうするかを考える。


「今頃、困ってるだろうな…」


 よし! 決めた。届けに行こう!

 学校は……まぁ今日ぐらいいいよね!


 私は生まれてはじめて学校をサボる事に決めた。多少の罪悪感と興奮に身を焦がし、兄の為急いで支度を整える。


ーーガチャ


 家を出て車庫に向かう、埃を被った車の横にあるスクーターに近づく。

 このスクーターは兄のではあるが、去年私が免許を取ったのをきっかけに共有物として存在している。兄も私も滅多に乗らないが、定期的に整備はしているので動くはず…多分。


 壁に立て掛けられているヘルメットを取る。正直、私はこのヘルメットが嫌いだ。


 免許を取った日に、テンションが上がった私は自分のお小遣いで可愛い色のハーフヘルメットを買ってきて兄に自慢した。


「お兄ちゃん! どうこれ? 可愛いでしょ!」

「おう、やっぱりリュカはセンスがいいな」


 嬉しくなった私は早速それを被り兄の目の前で、スクーターで自宅周辺を一周した。

 なんでかな?帰ってきた時の兄の顔が盛大に引き攣っていた。


 翌日、頼んでもないのに全然可愛くないフルフェイスのヘルメットを兄が買ってきて、今後はこれを使うよう強要してきた。


「嫌よ! 全然可愛くないもん!」

「頼むリュカ、お兄ちゃんどうしても心配なんだよ!」


「センスも悪いし……」

「いや! 聞いてくれ。リュカは例えどんなヘルメットでも充分可愛い! 俺が保証する!」


 なんか色々と丸め込まれたような気もするが、安全性で言えば兄の言うことはもっともなので納得した。それでもやっぱり可愛いくないので、私はあまりスクーターに乗ってはいない。


 ただ今日に限って言えば、顔を見られないで済むので喜んでこのヘルメットを被る。


 さぁ、早く入場許可証を渡しに行こう! それが終わったら映画でも見ようかしら。

 私は戸締まりを確認し終え、スクーターに跨りエンジンをかける。


ーードルドルドルドル……


…………………

……………

………


「オラオラオラァ! 兄貴が待ってんだ、どきやがれクソ共がぁッ!」


ーーブォオオオオオオオオオオオン!!!


 ーー狂人と化したリュカを乗せたスクーターは走っていく。


 ーーそして、サンドのヘルメットのチョイスは妥当であった。


ーーーーー8時47分


『あの角を左に曲がればあとは1本道ね』


 丁度、通学路を外れ人通りの少ない道を私は走っていく。バレないよう、通学路はあえて避けた。右に曲がれば確か解放軍の基地があったと思う。それにしてもいい風……もう少しスピードだしちゃえ!


「ノリノリだぜぇッ! ヒャッハー!」


 左に曲がったところで、私はこのテンションがひっくり返された。猛スピードで車が突っ込んできたのだ。お互い急ブレーキをかける。


ーープアァアアアアア!

ーーキィイイイ!


ーードン!


「グエッ!」


 突撃の衝撃を和らげるよう咄嗟にスクーターを傾ける。その反動で少し大げさに転んでしまった。うん、命はある。日頃の行いが良かったからかな。スクーターはもう駄目かなぁ。


 ただ、無事である事実が恥ずかしさを強調させる。女子として淑やかさのかけらもない叫び声を上げてしまったからだ。


 車から軍服を着たお姉さんが飛び降りる。解放軍の人だ……それにしても綺麗な人だなぁ。


「大丈夫! ごめんなさい! 急いでたの!」

「あ、はい大丈夫です」


 証明するために立ち上がろうとした時、ズキッと足首に激痛が走った。やっぱり全くの無傷とはいかなかったみたい。痛みでバランスを崩しよろけたところをお姉さんに支えられる。


「怪我してるじゃない! あーもう、本当にごめんなさい!」

「いえ、こちらもスピード出し過ぎてたので…」


 お姉さんは、この世の終わりのような顔をして困っていた。私はこれが自分でもヤバイと思う程の怪我であればしょうがないと思うけど、少し足首を捻った程度だとその後の状況が変わる。

 

 学校をサボり、猛スピードでバイクを乗り回し、あまつさえ事故を起こす。しかも、相手は今話題の解放軍ときている。


 繰り返すが、怪我の程度の軽さに反比例して怒られる図式の完成だ。

 兄の迷惑がかかる事だけは避けたい!そう思い私は、必死で無事をアピールする事に決めた。


「あの、大丈夫ですから」

「そうはいかないわよ! でも、どうしましょう……とりあえず車に乗って!」


 半ば強引に腕を引かれ、流されるままに乗車する。ヘルメットを取るとお姉さんが再度謝罪をしてきた。


「本当にごめんなさい! 謝って済む問題じゃないし、こんな事言える立場じゃないけれど、もう少し我慢して貰えるかしら?」

「あ、はい」


 我慢? どういうことだろう。それに、お姉さんからは『謝罪』の意とは別の意思を感じる。

 何か困ってるのかな?私は怪我人の立場を利用し、お姉さんの事情を聞いてみる事にした。


「何か困ってるんですか?」

「ええ、そうなの。実はね……」


 お互い自己紹介をし、お姉さんは話し始めた。そこからは自分の生きている世界とは別の次元の話だった。

 あ、お姉さんの名前はミツバさんというらしい。


 ミツバお姉さんは、解放軍内部で何かの「薬」によって洗脳された仲間に殺されそうになったこと。

 何処かの誰かが「解毒剤」を渡してくれて仲間を救ったこと。

 まだ、1人洗脳されたものが居て、それを治すために、その仲間は基地に戻ったが、何かしらのピンチである電話がきたこと。


 それを助けに行く最中に私と事故を起こしてしまったという流れであった。

 私は、意を決してミツバお姉さんに告げる。


「私も……お手伝いします」

「駄目よ! 危険過ぎるわ!」


「でも、それ失敗しちゃったらお姉ちゃんは殺されちゃうんでしょ?」

「……かも、しれないわね」


「そんなの……だめだよ!」

「……」


 ミツバは親指の爪を噛み葛藤している。そして、今さっきはじめて出会った少女に助けを求める事にした。ミツバはそっとリュカを抱きしめる


「ありがとうリュカちゃん。手伝って貰えるかしら」

「うん、任せて! ミツバお姉ちゃん!」


 そこからの道中は他愛のない話で盛り上がった。どうやらミツバお姉ちゃんは結婚するらしい。必ず助けなきゃ!


 しれっとお姉ちゃんと呼んだ事が気不味かったが、ミツバお姉ちゃんも妹が欲しかったらしく意気投合するのに時間は必要無かった。


 そして、程なくして特設基地到着した。


ーーーー8時53分


「じゃあリュカちゃん、伏せてくれる」

「うん」


 後部座席に移動し、隠れるように伏せる。入り口から右側にはいくつかのキャンプが建てられている。そこの一番手前に仲間がいるという情報は掴んでいるとお姉ちゃんは言っていた。


ーーブロロロロロ……キキッ


 止まった! どうやら伏せて居て見えないがキャンプの手前についたようだ。お姉ちゃんは念の為振り返ることはせずに、独り言のように私に話しかけた。


「行ってくるねリュカちゃん。もし、私に何かあったらここのキャンプにいる仲間を助けてあげて」

「うん! 気を付けてね!」


「本当……ごめんなさいねリュカちゃん。こんな事に巻き込んでしまって。終わったら絶対にお礼するからね」


 私の返事を待たずして、お姉ちゃんは車を降車した。車の時刻は8時55分を指している。


 キャンプ内に入った直後、呻き超えと同時に微かな会話が聞こえてきた。


「な、なぜあなたが!」

「飛んで火にい入る夏の虫とはこのことだなぁ! ミツバ伍長!」


 刹那ーキャンプから飛び出したお姉ちゃんは、そっと顔を上げていた私の方を見る。目があったお姉ちゃんは声を出さぬように口だけを動かし私に伝えた


『逃げてッ!』


 確かにお姉ちゃんはそう言っていた。


ーーパンッ!


『きゃあ!』

 突然の銃声に声にあげない悲鳴を上げる。そして、ミツバはその場に崩れ落ちた。


『う、撃たれた!? お姉ちゃん!』


 お姉ちゃんは私の存在を悟られぬよう、大きな男に体当たりをし、気を逸らそうとしている。大きな男はお姉ちゃんを殴り倒し引きずって行ってしまった。

 私は後部座席で耳を塞ぎ目を閉じて震えていた。


『怖い怖い! 怖い! でも、お姉ちゃんを助けなきゃ。でも、怖いよ……助けて、お兄ちゃん!』


 ふとその時、兄の言葉を思い出す。


『出来る人間が出来る事をしないとな』


 ハッとする。そうだ! 今、お姉ちゃんを助けられるのは私しかいない!

 私は、覚悟を決めた。


 そっと、ドアを開ける。お姉ちゃんが戻ってきた事や、大きな男がお姉ちゃんを撃ったことなどが重なり、現場は少しパニックになっていた。


 おかげで私は誰にも気付かれずにキャンプに入る事ができた。

 そのキャンプの中には、椅子に縛られ、先程の一部始終を見ていた男二人が、泣き腫らした目でこちらを見ていた。


『この人達がお姉ちゃんの言ってた仲間ね』


 私は、思うと同時に1人の男の縄を解く。思ったよりも縄は固く、少し時間がかかったがやっとの事で解くことができた。

 解放された男が私の肩に手を乗せる。


「誰か知らねえが助かったぜッ! 嬢ちゃんッ!」


 男は油臭い顔でウィンクをしてきた。正直、気持ち悪かったがあえて言わなかった。


「俺ァマルセロ! んでこっちがメンディだ! 嬢ちゃんは?」

「リュカ=ラシールです! それよりも、お姉ちゃんを助けてあげて下さい!」


 任せとけ! と言いマルセロがまだ縛られているメンディに向けて続ける。


「メンディ……俺ァ隊長とミツバ伍長を助けに行くッ!おめえはリュカちゃんを守ってやってくれ!」


 メンディの返事を待たずしてマルセロはキャンプを飛び出す。きっと、メンディが頷くことを知っていたのだろう。


 私はメンディさんの縄を解く、2回目ためか、スムーズに解く事が出来た。


「ありがとうリュカさん。改めて私はメンディと言います。必ず、あなたを守ります!」

「それよりもお姉ちゃんを!」


「大丈夫です。私達を信じて下さい」

「でも……」


 その時、携帯電話が鳴った。着信は……お兄ちゃんだ。今の状況を伝えないと!

 その様子を見たメンディはキャンプ外の様子を覗きに行く


ーーピッ


「あ、お兄ちゃん?」

「リュカ! 今すぐ逃げろ!」


 こっちの台詞なんだよ! お兄ちゃん!


「え? どういうこと? あ、お兄ちゃんあのね」

「今すぐにそこから逃げろぉお!」


 刹那ー、血相を変えたメンディが私に飛び付いてきた。と、同時に両耳を塞がれる。

 携帯電話はその衝撃でキャンプ出入り口まで飛んでいた。


ーーズガァアアアアアアン

ーーガァアアン!

「きゃあ!」


 耳を塞いでるのに心臓を叩かれるような轟音が私を襲った。メンディさんが助けてくれなければ鼓膜がどうなっていたことか…私は息を飲んだ


「今すぐここを出ます!」


 あまりの出来事に腰を抜かしてしまった。メンディは瞬時に状況を察し、私を抱えてキャンプから飛び出す。


ーーバキッ!


 出る直前に携帯電話がメンディに踏まれたが、外の状況を目の当たりにした私はそんな些細な事などとうに忘れていた……


「ミツバァアアア!!」


 端正な顔立ちの軍人さんがお姉ちゃんの名前を叫んでいる。


ーーーここから先は、断片的な記憶しかない。


 黒い機体と解放軍のクライドンが戦闘を繰り広げている。私はメンディさんに抱えられ逃げ惑っていた。

 戦闘高度が低すぎる為、下手に動けなかったようだ…


 そして、あの黒い機体からーーー


 お姉ちゃんが降ってきたーーー


 私もメンディさんも沢山叫んだと思う。ただ、叫んだだけではお姉ちゃんを救えなかったーー


ーーグシャァ……


 すぐに近寄って声をお姉ちゃんに声をかける。

 お姉ちゃんは動かないーーー


 メンディさんがお姉ちゃんを抱える。そして、頭を抱えていた手は、血で真っ赤に染まっていたーーー


「きゃああああああああ!!!!」


 私の記憶はそこで途切れている。きっとお姉ちゃんの血を見て気を失ったのだろう…

 次に目を覚ましたとき、私はーー

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