ユリウスの葛藤
ーーー8時55分
「あと……5分か」
僕は隊長室、と言ってもキャンプなのだが、その中で今回の任務報告書を作成していた。
報告書といっても、任務内容は敵軍惑星で一泊し帰還するというだけのものなので、そこまで深刻に頭を使うわけでもないのが救いである。
雛形を作成し終え、残り5分となった敵軍新型機発表を待ち構えている。双眼鏡で見てみようかな。
少なからず、この先どこかで対峙する可能性はあるが、新型という響きには心躍るものがある。
その時、遠くで微かに軍楽隊のファンファーレが鳴ったと同時に、違和感のある音が僕に飛び込んできた。
ーーパン!
「これは……銃声か?」
様々な可能性を考慮する。銃声に似てはいるが、発表会を冷やかす為に部下がクラッカーなりを焚き付けている可能性も否定出来なかった。
『後者であってくれれば……いいんだが』
僕は念の為簡易机の引き出しにある拳銃を腰のホルダーに押し込み、そっとキャンプ入り口のカーテンを少し開き外の様子を伺った。
そこには、絶対にここにいるはずのない女性がサッチモに無理矢理引き連られていくのが見えた。
「ミツバッ!」
入り口を豪快に開き叫ぶ。先程まで、いや、今までの自分であれば想定した可能性に対して冷静に対処するのだが、今現在に限っては感情が行動を支配していた。
なぜだ……? どうして? なぜミツバがここにいる! 何故、そんな状況になってるんだ?
僕の叫びにサッチモとミツバがこちらを振り向く。ミツバは口轡をされているようだ。
彼女は助けを求める眼差しで僕を見つめ、苦痛に満ちた表情を浮かべ必死に呻き声を上げていた。
一方サッチモは不敵な笑みを浮かべ抵抗するミツバを無理矢理引きずるようにクライドンが並ぶ場所へ進んでいる。
「サッチモ殿は……一体何をして」
何処からかそんな声も聞こえて来る。僕以外の人間も、この常軌を逸しているサッチモの行動に思うところがあるようだ。現場にはとてつもなく緊迫した空気が流れている。
よく見るとミツバの足から血が流れていた……
それは先程の銃声が誰に向けられているのかという答えになっており、それを目の当たりににした僕は激高する自身を必死で抑えた。
「これはこれはユリウス殿! いい朝ですなぁ!」
「サッチモ貴様!何を……している!ミツバを離せ!」
腰につけた拳銃を抜き、サッチモへ銃口を向ける。
サッチモはそんな事はお見通しだったのか、ミツバを盾にしつつ、自身も持っていた拳銃をミツバのこめかみに押しつけている。
そして反対方向にいるヱラウルフへとじりじり向かいながら言い放つ。
「そうはいきません、大切な人質ですからなぁ。ユリウス殿はミツバ女史の無事を願うのなら、そんな物騒なもんは捨てて、そうですな、私とヱラウルフの雄姿を指を加えて見ているといい」
「ふざけたことを……抜かすな!」
拳銃を握る手に力が入る。しかし、サッチモはそんな事はお構いなしに続ける
「おや? 私の言うことが聞けないと言うのですかな?」
より力を込め、ミツバのこめかみに拳銃を押し当てている。僕はあまり銃の扱いが得意ではない。この距離ではミツバを誤射する可能性も否定できない。僕は人生で一番の葛藤に頭を悩ます。
「な、何が……望みだ!?」
「同じ事を2回も私に言わせる気ですかなぁ? ユリウス殿ぉ?」
おちょくるような口調でサッチモは僕に問いかけてくる。
僕は……軍人。
だが、人質は……ウゥゥ……
ミツバを守りたい。ミツバを助けたい。その想いが、僕に引き金を引く事を諦めさせた。
銃先を外し、吐き捨てるように拳銃を手前へ投げ捨てた。
「とても良い判断ですなぁ! ユリウス殿!」
「ミツバを……離せ!」
「2回も言わせるなと言ったはずだッ! 小僧ッ、私はな、人質と言ったんだよ!」
な……!
「話が違うぞ! サッチモ!」
「フハハハ! 面白いことを言う! いつそんな話をしたというのか!?」
言い終わると同時にサッチモは、ミツバをヱラウルフのコックピットへ放り込み、自身も搭乗した。コックピットが締まりかける刹那サッチモは不適に笑い言い放つ
「小僧がぁ! 指を加えて見てろと言ったはずだ!」
「サッチモ! 貴様ァッ!」
前方へ駆け出し、投げ捨てた拳銃を拾い上げ構える。だが、だめだ……
コックピットは既に閉じている。拳銃の弾など当てても焼け石に水である。
僕は、悔しさと情けなさ、そして怒りに任せ再度拳銃を投げ捨てた。僕は……呆然とヱラウルフを見る事しかず立ち尽くしていた。
足の震えが治まらない。なぜだ!? どうしてミツバなんだ!?
誰か! 誰でもいい、説明してくれ! 俺はどうすればいいんだッ!!
「ユリウス殿ぉ! あんたそれでも男かよぉッ!」
2つ挟んだキャンプから全速力でこちらに走ってきた男に両手で胸ぐらを掴まれた。その男は確か……そうだマルセロとかいったか。彼は僕の不甲斐なさを叱りつけるように叫ぶ。
「詳しい話はあとだ! 俺ァサッチモ隊長を止める! おめえさんはミツバ伍長を助ける! それ以外にやる事なんてねーだろうがッ!」
言うやいなや、マルセロは自身のクライドン目掛け走っていった。
勇敢な彼の言葉に冷静になることが出来た。
人質と言ったサッチモの言葉を反芻する。自分が狙いであれば直接狙う事も出来たはず……なにか思惑が?ミツバを今殺さない何かがあるのか?
大きく息を吸い、今やるべき事を今一度自分自身で確認する。
僕は一刻も早くミツバを助け出す!
思うやいなや、僕はクライドンへ向け走り出した。
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「フフ、フハハハ! いい機体だ! これこそ俺にふさわしい! そうは思わないかミツバ女史!?」
サッチモは自らの鼓舞をミツバへぶつけた。戯言と感じたミツバは睨み返す事でサッチモへの返答としている。
「そんな顔をするなよ……フフッ」
なぜ、サッチモはあの場でミツバを殺さなかったのか。それはサッチモ自身の歪な信条によるものであった。
彼は今までその生涯において、自分の目に見えている女性を殺した事は無かった。作戦上、敵基地の破壊などはやってきては居るが、そこには必ず女性もいるはずである、が、その場合でも視認した相手にはわざと見逃すなどして手を上げる事はなかったのである。
薬に支配され、ミザリーより殺害の命令はされているが、心の奥底で自身が手を下す事には抵抗があった。
「クソ! あいつ等め!」
サッチモは思わず吐き出す。ミツバの殺害はマルセロとメンディに任せる予定だったからである。
無論、その理論は人の業としては大きく逸れたものであるが、薬による支配を都合よく解釈した結果でもあった。
そして、その作戦は昨夜失敗に終わったと思われたが、とある細工に見事引っ掛かってくれミツバはこの基地に現れたのである。
その後を合理的に判断した結果サッチモはミツバをミザリーに預けることで、任務を遂行させるつもりであった。
最後の命令を遂行するため、サッチモは思考する。
「やはりあの会場が良いか……」
そこには女性もいるはずであるが、犠牲者の大半は軍関係者であろうため、サッチモはこれは仕様がないことと考えていた。
放っておいてもあの場にミツバはいたはずではあるが、ピンポイントで殺害をする事も確認する方法も無いため、作戦通りではあるが、今朝のミツバ登場はサッチモにとっても好都合であった。
時刻は9時を回った。ゆっくりとヱラウルフを浮上させ、ヱラウルフ唯一の遠距離武器が装着されている右足に手をかける。
「あの白いのが向こうさんの新型か?」
パージされた高火力ライフルの照準を慎重にジャルールへと合わせる。あの新型も同時に始末すればミザリーも喜んでくれるはずである。
あと少し、ほんの少し指にかかる操縦桿に力を入れるだけで、ミザリーの愛に応えることが出来る! サッチモは盛大に嗤う。
「見ていて下さい! ミザリー中佐。あなたの愛は俺だけのものだ!」
ーーその時
「いけません! 隊長ぉッッ!!」
ーーガァアアン
ーーズガァアアアアアアン!
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「チィッ! 邪魔をしおって! マルセロォッ!」
「あ……ああ、やっちまった……隊長ォッ!」
邪魔をするなと言わんばかりに、ヱラウルフはマルセロのクライドンを殴りつける
「く……間に合わなかったか」
間髪入れずユリウスは命令する
「状況を知らせろッ!」
「サッチモ曹長の誤射は学校に着弾の模様ッ! 現在詳細確認中です!」
学校……その言葉にユリウスは背筋が凍った。と、同時に自身の愚かさを痛感した。
もっと、もっと早く行動していればッ!
後悔していても仕方がない。これ以上の破壊行動は必ず阻止しなければ!
「マルセロ! 貴様もろとも消してくれるッ!」
揉み合いから少し距離が空いた隙をサッチモは許さなかった。先のライフルをマルセロのクライドンにゼロ距離で押し当てる
「……させるかァッ!」
ーーバキィイイイイン
対峙したサッチモとマルセロの間に立ったユリウスは、装備する斧でライフルをぶった斬った!
「グウ! 小僧がぁッ!」
「子供は……貴様だろうが!」
ーーギャン!ギャン!ギィーン!
怒涛の斬撃を繰り出す。続々とその他のクライドンにも囲まれたサッチモは堪らず距離をとった。
そして、両腰に帯刀されているブレードを片方抜刀し構え、ユリウス達を迎え撃つ!
……堅いッ!ユリウスはヱラウルフの装甲の厚さに驚愕する。いまのがまともなクライドン同士であれば、先の斬撃で勝負はついていたはずである。
だが、やるしかない!
「何だあの白いの? 新型か? スゲー速度でこっちに来てやがるッ!」
マルセロが畏怖めいた声をあげる。チラリとその方向を見ると、純白の機体が猛スピードでこちらに突進しているのが見えた。
その予想以上の速さにユリウスも驚きを隠せないでいる。
ここであの新型とヱラウルフ両方を相手にするには分が悪すぎる。特にサッチモは周りの環境に一切配慮を欠いた戦闘を行う事は分かりきっていた。
「各員ッ! ヱラウルフは僕が相手をする! 各員はあの新型の足止めをしろッ! それ以外の人員は被災地の救援に当たれッ!」
息を大きく吸い込みユリウスは叫ぶ!
「必ず……必ず僕がヱラウルフを止める!
なお、一切の戦闘行為、居住地の侵入はは禁止とする!
繰り返す! 一切の戦闘行為は禁止とする! これ以上我が軍に泥を塗らせるなッ!」
「「「「了解ッ!」」」」
言葉の裏を取れば露払いのように聞こえるが、隊員達はユリウスの言葉を信じた。一切の戦闘行為禁止という台詞には、今のサッチモには無い軍人としての矜持を持っていたからに他ならない。
「野郎共ッ! まずは俺があの白野郎と戦う! オメー等はそのデータを解析して共有しろッ!
いいか! 戦うのは一機ずつだぞッ!」
最高速度でマルセロは我先にと突っ込んでいく。と、彼からの守秘通信が入った。
「ユリウス殿、すんません。頼みます!」
「分かった……約束する」
いい隊員だ。とユリウスは感心した。最初から数機で突っ込んでいけば、あの新型が範囲砲撃を搭載している場合使用する可能性がある。「足止め」という意図を的確に組んでいる冷静な判断であった。
マルセロの期待に応えるべく、サッチモと向き合う。
あの新型がどれほどのものかは分からないが、あの速度とプレッシャーを鑑みるに、ヱラウルフと同程度の性能は有しているだろう。
良くてあと15分と言ったところだろうか。
「気に食わんッ! 1人で充分だとでも言うのかァッ! 小僧!」
「御託は良い……さっさとケリをつけるぞ」
「舐めるなァアアアアアアア!!」
最高の剣士と最狂の剣士の戦いの火蓋が切って落とされたーー