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マジック・アイ  作者: 守山みかん


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89/89

八十九

ピンクは、センター長室のドアをノックして入室すると、すぐに仄香の近くに行った。

「あの……お願いがあります……」

「どうしたの?」と、仄香はピンクの目を見た。

ピンクは、ばつが悪そうに視線を逸らすが、すぐに仄香と目を合わせた。

「実は……羽蕗さんが入院してからなんですけど、毎日、ショーちゃ……まさしさんが来てくれてたんです。でも、いつも羽蕗さんの様子だけ聞いて、会わずに帰っちゃうんです」

ピンクは、スマホのSNSアプリ画面を仄香に見せた。

「今日も、これから西エントランスに来るみたいで……」

仄香はスッと立ち上がり、ドアの方へ向かった。

「私が会って、話をするわ。桃ちゃん、報告してくれて、ありがとね」

「あの……まさしさんは、羽蕗さんのこと……」と、ピンクが言いかけると、仄香は大きく頷いてみせた。

「知ってるわ。私に任せて」

仄香は早足で西エントランスへ向かった。

暗がりに、ぽつんと一人だけでたたずんでいたオカショーは、通路奥から人がやって来る気配を察すると、両肩を左右に揺らしながら、その到着を待ち受けた。

「ゴメンね、桃ちゃん。いつも呼び出したりして……」

てっきりピンクと思いこんでいた人影が、非常灯によって顔が確認できる位置まで来て別人であることがわかり、オカショーは声を詰まらせた。

「美園会長……」

仄香は右手を腰に当て、オカショーの正面に立った。

「あ……あの……なぜ、会長が……」

オカショーは、仄香の目を見たり、逸らしたりを繰り返した。

「毎日、来てたそうね」と、仄香が尋ねた。

「……」

「梨菜ちゃんのお見舞いに来てくれてたんでしょ?」

「……」

「梨菜ちゃんに会ってあげないの?」

「……会えません……」

オカショーは両目をつぶり、全身を震わせた。

「……ボクには……会う資格がありません……」

「なぜ、そう思うの?」

仄香は、優しい口調でオカショーに問いかけた。

「会長は……きっと、ご存知なんですよね……つまり……ボクと羽蕗さんのこと……」と、オカショーは声を震わせながら尋ねた。

「知ってるわ」と、仄香は答えた。

「アナタの想いも、梨菜ちゃんの想いも、全部ね」

「なら……わかるでしょ……」

オカショーの両目から大量の涙が流れ出た。

「羽蕗さんは、ボクと出会いさえしなければ……こんなことにならなかったんです。そんな……ボクなんかと……出会ったばかりに……兄からヒドイ仕打ちを受けて……ボクには、羽蕗さんに合わせる顔がありません……」

「梨菜ちゃんに、もう会いたくないって言われてるの?」

「……矢吹さんには、散々『大キライ』と言われてます……この間も『キミとは付き合えない』と、はっきり言われました」

仄香は、ふふっと笑ったかと思うと、プーッと吹き出して、辺りに大きく響くように、ケラケラ笑い出した。

「もう、ショーちゃんったら」

仄香はオカショーに近づき、両腕でギュッと抱き締めた。

「か……会長……」

オカショーは驚き、目をパチクリさせた。

「ショーちゃんのおかげでしょ。梨菜ちゃんがキレイになって、みんなから好かれる生徒会長になれたのは」

「ボクのおかげじゃ……元々、羽蕗さんはキレイなヒトでしたし、生徒会長だって自分の力でなったんですよ」

「アナタが、梨菜ちゃんにきっかけを与えたのよ。躍進できるきっかけをね」

仄香は、オカショーを抱擁から解放した。

「梨菜ちゃんはね、ショーちゃんと出会えたから、本当の自分を見つけることができたのよ」

「そんなこと……たぶん、他のヒトにだって、同じ展開にできたと思います。むしろ……ボクじゃない方が、きっと良かったと思います……少なくとも、羽蕗さんが、こんな目に遭うことは無かったんだ……」

「梨菜ちゃんが、矢吹パンナに変わった時にね、全く()(ぎゃく)の設定をしてるのよ」

「真逆?」

オカショーは、仄香の視線を正面から受け止めた。

「矢吹パンナを思い出してみて。確か、変な名前を付けられて、イジメにあったことで、自分の名前が大キライ。そんな名前を付けた母親が大キライ。そして、意図的に敵対関係になってるショーちゃんのことが大キライ。でもね、羽蕗梨菜と矢吹パンナは違うのよ。本当の梨菜ちゃんはね、一生懸命に自分を育ててくれたお母さんのことが大好きで、そのお母さんが可愛い名前だって言ってくれたことから、自分の名前が大好き。そして」

仄香は、もう一度、オカショーを抱擁した。

「自分のことを最初に認めてくれたショーちゃんのことが、大好きなのよ」

「……信じられません。そんなこと……」

オカショーは、まだ自信なさげに呟いた。

「じゃあ、直接、本人に確かめてみなさい」

仄香は、オカショーの手を引き、梨菜のいる特別治療室に連れていこうとした。

「会長……そんな……ボクは、羽蕗さんに会うわけには……」

「いつまでもウジウジしてないで、直接会って、はっきりと確かめなさい。アナタ、いつも現場の状況は、現地現物で知りに行くべきだ、なんて言ってるじゃない」

「それは仕事の話……今は、まともに個人事情ですよ……」

「会長命令よ」と、仄香はピシャリと言った。

「そんな……ボクの個人的なことに、会長権限は通用しませんよ」

「岡産業の将来がかかってるのよ」

「え?」

オカショーは、仄香の唐突な話に驚いた。

「アナタは、将来、当社のトップになる存在よ。梨菜ちゃんは、そんなアナタのお嫁さんになるかもしれないヒト。当社としては、これがどう展開するかで将来を左右する重大案件だわ」

「会長……いろんなこと言いますね……わかりました。羽蕗さんに会って、白黒はっきり確かめます」

オカショーは、腹をくくった。

二人は、特別治療室のドアの前に到着した。

「梨菜ちゃんは人気者でね、いつも見舞い客でいっぱいなのよ。でも、今は特別に他の見舞い客は一時的に外に出てもらってるわ。二人だけで話をして、今後も矢吹パンナなのか、それとも羽蕗梨菜でいくのか、しっかりとキメてきなさい」

「キ……キメてこいって……会長は立ち会って……」

仄香は、オカショーの左肩を思い切り叩いて、ケラケラ笑った。

「野暮ったいこと言わないの。そんなデレデレな場面に私がいて、何の得になると言うのよ。さ、ここはアナタ一人よ。岡産業の将来のために、梨菜ちゃんをゲットしてきてね」

「ゲ……ゲットって……」

仄香は、特別治療室のドアの開閉ボタンを押した。

「入りなさい」

「はい……」

オカショーは、おずおずと室内に入った。

背後でドアが閉まる音がした。

部屋の真ん中に梨菜のベッドがあり、梨菜ははっきりと目を開けて、オカショーを見つめていた。

「や、やあ……」

オカショーは、鼻の下に溜まった汗を右手の甲で拭った。

「……」

梨菜の黒い瞳は、少しもぶれずに、まっすぐにオカショーに向いていた。

オカショーは、その視線をまともに受けることができず、思わず視線を逸らした。

「……き…………て……」

梨菜の小さな声がオカショーに届いた。

沈黙が、二人を包んだ。長かったのか、短かったのか、どれくらいの沈黙だったのかは、わからなかった。

「ボクは……」

オカショーが口を開いた。

「羽蕗さんと初めて会ったあの時から、ボクの気持ちは少しも変わっていません」

「……」

「ボクが伝えたいのは、それだけです」

「……」

「……」

再び、沈黙が二人を包んだ。

「……ま…さ…し…………さ……ん……」

今度は、梨菜が沈黙を破り、オカショーに向けて右手を差し出した。

「……い…ま……の……わ…た…し……の…………き…も……ち……」

オカショーは梨菜の右手を見つめ、意を決して、その手を握り締めた。

途端に、オカショーの目が大きく開いた。

梨菜は、天使のような笑みをオカショーに向けていた。

オカショーは、何度も何度も頷き、涙を手で拭いながら、梨菜からのメッセージを受け取った。

「……うん……わかった……約束するよ……きっと……」

梨菜の目からも、一筋の涙がこぼれ落ちた。


 * * *


篠原博士は、ドアを四度ノックし、「入って良いかな」と尋ねた。

「良いですよ」と、梨菜の返事が返ってきた。

博士は、静かにドアを開け、中に入った。

梨菜はパソコンに向かい、ワープロソフトを起動して、何やら文章を入力している最中だった。

博士の入室を確認すると、手を止めて、博士の方へ椅子を回転させた。

「もしかして、それは」と、博士が切り出した。

「この間、話してた小説かな?」

「そうです」と、梨菜は答え、鼻の下を人差し指で擦った。

「私の冒険譚です。もちろん、『はかせ』も出てきます」

博士は、鼻をフンと鳴らした。

「我々のことを書いたところで、面白いと思う読者がいてくれると良いのだがな」

「私は、『はかせ』に読んでもらいたいです」と、梨菜は言って、ニッコリと笑った。

「読める機会があると良いがな。私は、今から西藤所長のところへ行くよ」

「あ、じゃあ……」と、梨菜は博士の前に立った。

「うむ……この姿で、キミの前に現れるのは最後だよ。記憶も一時的に消されてしまうので、キミとは、しばしの別れというところだな」

「私は、『はかせ』のそばにいますよ」

「まあ、早い段階で、キミとはまた『権限者(ギフター)』に関する量子情報理論について、語り合える日が来ると良いがな」

「難しい話はイヤです」と、梨菜はキッパリと拒否した。

博士は苦笑した。

「とにかく、これが最後の挨拶だよ」

「『はかせ』は、私から離れられませんよ。私のことを忘れさせませんから」

梨菜は、すでに印刷してある原稿の一部と、作品名、作者名が書かれた表紙の試作品を見せた。

()()()()。それが、キミの筆名だね」

博士は確認し、鼻をフンと鳴らした。

「すぐに、私のことを思い出しますよ」

梨菜は、得意気に唇をツンと尖らせた。

「お手柔らかに頼むよ」

博士は右手を差し出し、梨菜と握手を交わした。

「じゃあな」と、博士は言って、部屋を出ていった。


(了)


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