八十三
「成瀬が逮捕されたのね」と、ピンクがオカダイに向かって言った。
「それは、どういうことを意味してるの? ピンクちゃん」
オカダイがそう尋ねるのと、アジトのドアが乱暴に開けられるのは、ほぼ同時だった。
「また……」
オカダイは、ウンザリした顔で、ドアの方を見た。
ところが、そこに立っている人物を一目見て、オカダイの目が大きく開かれた。
現れたのは、桃色のショート丈のヘソ出しキャミソールに、水色のホットパンツという出で立ちの矢吹パンナだった。
「まあ」と、ピンクは『あっちょんぶりけ』をして、動きが止まった。
「こんにちわ」と言って、パンナはずかずかと室内に入ってきた。
その後に犬飼武志も続いた。大きな二人の入室で、狭い部室がさらに窮屈に感じられた。
「アナタ、誰?」と、オカダイは尋ねた。
「今度、I市立高校の生徒会長を務めることになりました矢吹といいます。こちらは、副会長の犬飼。よろしくお願いします」
パンナはお辞儀した。犬飼はピクリとも動かなかった。
「エロイ生徒会長さんね」と、オカダイが応じた。
「そんなに露出させて、私の相手でもしてくれるの? もちろん、あっちの話のことだけど」
「今日の用件は二つ」
ニヤケ顔のオカダイを無視して、パンナは淡々と話し始めた。
「成瀬功治を逮捕しました。そして、『FA』に対する予防措置として、効果が表れないように、全生徒に『封印』を施しました。もう、アレはただの紙切れです。まずは、そのことを伝えに来ました。そして、二つ目」
パンナは、ジリっと一歩前進し、オカダイとの間合いを詰めた。
オカダイがうろたえ気味に、上体を仰け反らせた。
ピンクは、『あっちょんぶりけ』をしたまま、横目でオカダイを見ていた。
「私を覚えてますか?」と、パンナがオカダイに尋ねた。
オカダイは首を傾げ、パンナの全身を上から下まで、くまなく観察した。
特に何かを思い出そうとしたのではなく、女子としての魅力的な体つきを興味深く観察しただけだった。
パンナは目を細めてオカダイを一瞥し、クルリと背中を向けた。
そして、ヘソが露出していたキャミソールを、さらに上にまくり上げて、背中全体が見えるようにした。
十字架と薔薇の『彫り物』が視界に入った。
もちろん、オカダイには、見覚えのあるモノであった。
「アナタ……羽蕗梨菜……」と、オカダイは、目を大きく剥き出していた。
「仕返しに来た、というの?」
「小さいね」
パンナはフンと笑い、まくっていたキャミソールを元に戻した。
「たくさん鍛えて、強くなって、戻ってきたんだ。いつだって、キミをヒネりつぶせるよ」
「年下の女子が生意気な」
オカダイは立ち上がり、右腕の拳を発汗させ、すぐに『臨界』させて、まっすぐにパンナに撃ち込んだ。
パンナは、左手の平だけでオカダイの攻撃を正面から受け止め、衝撃を吸収した。
「ほんと、小さいね」
パンナは呟き、『臨界』させたオカダイの『マジック・アイ』もろとも『爆発』を仕掛けた。
オカダイの体が後方に吹き飛び、背後のコンクリート壁に激突した。
「自分で『治癒』できるよね」と、パンナは吐き捨てた。
「今日は挨拶に来ただけだから、これで帰るよ。いずれ、キミの全機能を不能にして、キミにとって最悪の形で迎えに来るから、首を洗って待っててね。今さら足を洗っても無駄だよ。キミの罪は消えない」
「くっ……」と、オカダイは、悔しそうに下唇を噛み締めた。
隣に立っていたピンクは、『あっちょんぶりけ』の姿勢を崩さず、茫然とその様子を見ていた。
「蛭沢桃さん。『南高』の新生徒会長さん、だよね」
パンナの視線が、今度はピンクの方に向いた。
ピンクはピクッと反応し、パンナと目を合わせた。
『あっちょんぶりけ』は、そのままだった。
「みんなに『ピンク』って呼ばれてるんだってね。私も、そう呼んで良いかな?」
ピンクは、首を縦に二回振った。
パンナはニッコリと微笑みを残し、そのまま背を向けて帰っていった。
「宣戦布告なのね。矢吹さん、本気だよ」
ピンクは、ようやく声を出した。
「ちょっとカッコ良かったな。私も、ああいう強さが欲しいのね」
「まったく」
オカダイが制服に着いた砂埃を払いながら、立ち上がった。
「前から、何となく感じてたのよ。やっばり、油断できない女子だったわね」
「あれが『生徒会警察』なのね」
「何それ?」
「矢吹さんはホンモノの警察官で、警察権限で取り締まりをするって話なのね」
「ふーん」と、オカダイは頷きながらも、戸惑いを見せていた。
「なら、その『生徒会警察』の動きに注意しておかないと、やられ放題になるわね」
「すでに送り込んだのね」
ピンクは、得意顔でオカダイに言った。
「四月からの転校生、岡田美夕の名前で、偵察用の『幻影』をショーちゃんに作ってもらって送り込んだのね。うまく生徒会役員に委嘱されたから、アレを通じて情報収集できるのね」
「アナタも油断できない女子ね。ピンクちゃん」
オカダイは遠い目をして、ピンクを見つめていた。
* * *
「理解したわ」
美園仄香は呟き、医療用ベッドに横たわるパンナの右手を握り締めた。
どれだけ涙を流したのか、仄香の両目は真っ赤に腫れていた。
ここは、仄香が運営している『美園総合医療センター』の特別治療室である。
パンナが、レストランで昏睡状態に陥った時から一週間が過ぎていたが、あの時に刻まれた最後の瞬間の笑顔は、未だ残したままだった。
「もっと早く、梨菜ちゃんのことを知っておくべきだったわね。純粋で、まっすぐな梨菜ちゃん……アナタのこの体は、腫瘍の転移がヒドすぎて、もう再生できないわ。アナタを救う方法は、未完成の『不老不死』プロセスを完成させるしかない。アナタの新しい体になる『幻影』は、もうできあがってるのよ。悪いモノがアナタをむしばむ前の、キレイな体を『再現』したの。私ができるのは、ここまで。あとは、アナタの意志を『伝承』すれば良いんだけど、この先のプロセスには進められないの。どうしたら良いのか、私にはわからない……」
さんざん流したはずの涙が、またもや仄香の両目に溜まっていった。




