八十
『南高』のクラブハウスの一室にて。
「ピンクちゃん」と、オカダイは横に立つ蛭沢桃に向かって、話しかけた。
室内は二人だけである。
「今日から入学ね。今まで、私の『事業』の手伝いに来てもらってたから、今さらって感じもするけど、晴れて『南高生』になったわけね」
「はーい」と、ピンクは明るく返事した。
紺地のセーラー服とプリーツのスカートが『南高制服』だった。
「アナタ、兄のヒルちゃんと違って優秀なんだから、『北高』に入れたんじゃないの?」
「首席合格でーす」
「あ、そう」
「ここからM大目指すのね。過去実績が無いから、私が初で、レジェンドになるのね」
「ふーん」
「でも、一番の理由は、『北高』は校則が厳しすぎて、ピンクのメッシュ入れられないのね。だから、バツ」
「アナタ、思ってたより、オソロシイ女子ね」
そこで、ドンと激しい音を立てて、部室のドアが開いた。
勢いで、ドアが飛んでくるのではないかと思えるほどだった。
「また……」と、オカダイは舌を鳴らした。
これまでに何度も経験した、よくある『なぐりこみ』だと思っていた。
ところが、入ってきた『南高詰襟』の男子の人数が、これまでにない大人数で、狭い部室があっという間に埋め尽くされた。
「きゃー」と、ピンクが甲高い悲鳴を上げた。
何となく、わざとらしい感じがしないでもなかった。
「何よ、アナタたち」
オカダイは、慌てる様子も見せず、周りの黒い男子たちに言い放った。
彼が『南高』の番長、つまりボスであり、男子たちは全員が彼の部下たちのはずであった。
そして、黒い男子の真ん中が割れて、ヒトが一人通れるくらいの道筋ができた。
そこを、『北高制服』の背の低い男子が通り抜けて、オカダイの前に立ちはだかった。
「将か……」と、オカダイは弟を目の前にして、警戒気味に身構えた。
力の勝負なら敗ける相手じゃないと認識していても、今日のオカショーは、油断ならない雰囲気を漂わせていた。
「今日から、ボクも『北高生』」と、オカショーは言った。
「それは、この場でする宣言じゃないわね」
オカダイは、オカショーから目を逸らさずに応じた。
「何しに来たの?」
「四月一日付で、ボクは岡産業株式会社の執行役員に就任しました。つまり、勉強のため、リーダーシップについて実践しておきたいと」
オカショーが右手の平を掲げると、黒い男子たちが一斉に『筆』を構え、銃口をオカダイに向けた。
「何よ、アナタたち……ボスを裏切るつもり?」
「兄さん、それは違うよ」と、オカショーは言い、ほくそ笑んだ。
「兄さんがやっていたのは、力でこのヒトたちをねじ伏せていただけでしょ。つまり、暴力支配によって従わせていたんです。ボクがやってるのはね、このヒトたちの存在価値を認め、同じ方向を向くことに同意を得たということです。つまり、まあ、別の言い方をすれば、『契約』したんだけどね」
オカショーは、掲げた右手の人差し指だけを立てた。
「単にお金の力でしょ。そんなの、すぐに覆されるわよ」と、オカダイは言い張った。
「最初はね」と、オカショーも言い返した。
「ボクの知名度がゼロスタートだから、初期投資が必要なのは仕方がないのです。肝心なのは契約内容です。つまり、役割に対する報酬が成立し、ボクに付いてくれば良い想いができる、という認識が芽生えれば、組織は完成するんです。つまり、暴力支配による組織体制に比べれば、はるかに強固です」
「弟のくせに私に説教するの? エラそうに……」
オカショーの人差し指が、少しだけ右に揺れ動いた。
すると、右隣の男子から、オカダイの左肩に向けて、『光弾』が発射された。
瞬時に、オカダイの左肩が赤く染まり、彼の悲鳴が部室内に響いた。
「アナタ、マジで撃ったわね……」
「『治癒』してあげて」と、オカショーが言うと、オカダイに一番近い位置にいた男子が、彼の左肩に触れようとした。
オカダイは、男子の手を払い除けた。
「自分で治せるわよ」
「自分で治せるそうです。放っておきましょう」と、オカショーが言うと、一同から笑い声が湧いた。
「ボク自身がいろいろできなくても、組織の構成員に役割を持たせることで、目的は達成できるのです。その仕組みを調整することがリーダーシップなんですよ」
「わかったわ……アナタ、私をなぶり殺しにするつもりなのね」
「そんな意味のないことして、何になると言うのです。兄さんには相談があるのですが」
オカショーは、後ろからボストンバッグを引きずり出し、オカダイの前に乱暴に置いた。
「話は簡単です。買収の相談ですよ」
オカショーがバッグのファスナーを開けると、中から札束が表れた。
百万円の束が全部で十個あった。
男子たちの唾を飲みこむゴクリという音が共鳴した。
「兄さんのこれまでの立場を、これで買い取ります」
「こんな大金……アナタ……」
オカダイは札束を握り締め、声を震わせた。
「基本的に、兄さんの行動は制限されません。今までどおり、好きにして良いですよ。ただし、兄さんの上に『管理者』を起きます。『管理者』の指示には、必ず従って下さい」
「だ……誰よ、その……『管理者』って……」
オカダイのこめかみに、『筆』の銃口が押し当てられた。
おそるおそる、そちらに視線を動かすと、ニンマリと笑うピンクと目が合った。
「ピンクちゃん……」
「私がダイちゃんの『管理者』なのね。つまり、『南高のスケバン』でーす。これからも、よろしく!」




