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マジック・アイ  作者: 守山みかん


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七十九

「西藤所長の依頼で、適任者を探し回ってね」

水野警視監は、身長が二メートル近くに達していると思しき大きな男子と並んで立っていた。

ジャガイモのようにゴツゴツした顔に、爪の先でしか摘めないくらいの短い髪。

ガッチリした筋肉質の体格。

紺のブレザースーツに白のワイシャツ。

赤と紺の斜めストライプのネクタイ、という出で立ち。

『北高制服』である。

(いぬ)(かい)(たけ)()クンだよ。彼も今春から『北高生』だ。こちらの超美人が、はぶ……じゃなかった……矢吹パンナさん」

水野が犬飼に、羽蕗梨菜、改め、矢吹パンナを紹介した。

パンナは、その男子に近づき、顔を見上げた。

百八十センチに達した長身の彼女でも、その男子の肩辺りにしか届かなかった。

パンナの今の出で立ちは、紺のブレザー、プリーツの入ったスカート、襟の大きい白いブラウス、赤と紺の斜めストライプのスカーフと、彼女もまた『北高制服』であった。

「シャイなのか、寡黙で、ほとんどしゃべらない。犬飼クンは、キミと同じ年齢の十五歳。彼も、警察官の資格を取得している」

「犬飼クン、よろしくね」

パンナが声を掛けると、犬飼はチラリとパンナを見て、無言のまま軽く会釈をした。

「犬飼クンも『権限者(ギフター)』だよ。それも、ちょっと珍しい『蓄積型(アキュムレイティブ)』だ。『疑似権限者(インダストリアル)』だけど、この設定ができるのは西藤所長だけだよ。まったく、『伝承』プロセスというのはナゾだね。ちょっと彼に触ってごらんよ」

水野は、犬飼の太い右腕の辺りを指差した。

パンナは、その右腕を通じて、犬飼に触れるのかと思いきや、さらに一歩近付いて、背伸びをして、犬飼の固く閉じた受け気味の唇に、自らの唇を押し当てた。

「うわあ、何だかみなぎってくる感じ。スゴーイ」と、パンナは無邪気にはしゃいだ。

「矢吹さんの大胆さの方が、スゴーイ」と、水野が目を真ん丸にした。

「ボクにも、そういうのしてほしいんだけど」

「水野さんも『蓄積型』なんですか?」と、パンナが尋ねた。

「いや……ボクに、そんなのは無いけど……」

「じゃ、無駄だからダメです」

「おい、聞いたか、佳人クン」

水野は、隣に立つ佳人に、泣きそうな顔を向けた。

「彼女は、エリートイケメン警視監と言われてるこのボクの頼みを、(いち)ミリの迷いもなく『無駄』だと拒否したぞ」

「自分でエリートイケメンなんて言ってるから嫌われるんですよ」

佳人は、すげなく水野を突き放した。

「そんなことより、水野さん、犬飼クンに関する説明を矢吹さんにしておかないと……」

「わかってるよ!」

水野は、不機嫌気味に声を上げると、ふうと深呼吸をした。

「犬飼クンは、基本的に『情報側面』や『攻撃側面』といった『才能(アプリ)』は持っていない。あくまでも、矢吹さんが利用できる『ME(マジック・アイ)タンク』としての役割に徹してもらうんだが、一つだけ重要な『才能』が彼には備わっているんだ」

水野は、犬飼をパンナの横に並ぶように移動させた。

「矢吹さん、今度はチューじゃなくて、犬飼クンの手を握って」

パンナは、指示どおりに犬飼の手を握った。

「何が始まるんですか?」と尋ねると、水野は「もう始まってるよ」と答えた。

「矢吹さんに対する『治療』を行う『才能』が仕組まれてる。一日一時間程度で良いらしいんだけど、こうして犬飼クンと手を繋いでいれば、自動的に『治療』されるんだ。でもね、『治療』って、ボクは言ってるけど、矢吹さんの状態が『改善』されるモノではなく、悪化の進行を抑制するだけのモノらしい。ここは時間を稼いで、いずれ本格的な『治療』ができるよう準備を進めておくと、西藤所長が言ってたよ」

「静香さんが……」

パンナは、声を詰まらせた。

「全部ね、所長が用意してくれた仕組みなんだ。ヒト嫌いの所長なんだけど、矢吹さんは気に入られたんだね。すごく一生懸命に動いてた。あんな所長を見たの初めてだよ」

「ありがとうございます……」

パンナは胸に手を当て、祈るように感謝の言葉を囁いた。

「静香さんは、今どこに?」

「それが……」

水野は、頭の後ろを掻いた。

「ここのところ、ずっと不在なんだ。誰も行き先を聞いてないらしくて……今日が矢吹さんの出所だって知ってたと思うんだけど……」

「……」

パンナは、寂しそうに目を伏せた。

「矢吹さん、久しぶりの学校生活だよね」

佳人が、落ち込み気味の雰囲気を盛り上げようと、明るい調子で話しかけた。

「それにしても、名門校を首席合格だってね。スゴイなあ。スポーツとか、何か始める予定はあるの?」

「警察研修で筋トレメニューに入れてた水泳を、また始めようと思ってます」

一同が「おお」とどよめいた。

「えっと……あの……」

佳人が、言いにくそうに口ごもっていた。

「おそらく、お二人とも同じことを想像されたのでは」と、パンナの方から切り出した。

「私の『彫り物(タトゥー)』のことですよね。露出させるのはどうかと」

場が一瞬静まり返るが、水野が沈黙を破った。

「別に良いんじゃない。手首まで覆える水着とかあるし」

「確かに……」と、佳人も続いた。

「そんなに大した問題じゃないね」

パンナは、ニッコリと微笑んだ。

「この犬飼クンもね」と、水野が巨体に右手を差し向けた。

「中学時代は、水泳選手だったんだよ。全国競技会に出場した実績もあるんだ」

「本当ですか?」

パンナは大きな瞳をキラキラ輝かせ、犬飼を見つめた。

「犬飼クン、一緒に頑張ろうね」

その瞬間、無骨だった犬飼の表情が緩み、頬に紅色が表れたように見えた。

「おい、見たか」と、水野が驚いて、佳人を肘で突いた。

「岩石男が人間らしい顔をしたぞ。矢吹さんには、どこかヒトを動かす力があるのかもしれないな」

「ボクは、犬飼クンのことを知りませんから」

佳人は、相変わらず、すげなく応答した。

「さあ、もう矢吹さんを自宅まで送ってあげましょうよ。お母さんが、帰りを待ってるんじゃ」

「んん」と、水野が唸った。

「矢吹さんは自宅には帰らないよ。防犯のため、住居がわからないようにしてあるんだ」

「そうなんですか?」

佳人は驚き、パンナを見た。

パンナは、ゆっくりとうなずいた。

「岡産業の連中とか、矢吹さんをまだ狙ってるかもしれないからね。まあ、今の矢吹さんだったら、戦闘(バトル)で負けるなんてことは無いだろうけど、念には念だ。最強セキュリティーの快適女子寮を用意してあるからね」

「お母さんには、先日会った時に話をしました」と、パンナが補足した。

「そうか……じゃ、大丈夫かな」

「水野さん、佳人さん、大変お世話になりました」

パンナは、二人に向かって丁寧にお辞儀をした。

「活躍を期待してるよ。矢吹さんなら、きっとできる!」

水野は、快活に笑い飛ばした。

「ボクも、影から応援してるからね」

佳人は、パンナに向けて、右手を差し出した。

パンナは、涙を浮かべながら、佳人と熱い握手をした。

「秘密の女子寮まで、ボクの車で送ってあげよう。犬飼クンは、男子寮までね」

こうして、水野が運転する公用車によって、パンナと犬飼は、佳人の見送りを受けながら、アカデミーを後にしたのだった。


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