七
「ここらが限界かな。届かなくなった」
「これ以上は、無理です」
施設内の長い直線廊下で、大声で呼ぶ佳人に対して、梨菜も負けない大声で返した。
二人の間は、五十メートルは離れていた。
「四十九メートル地点では、はっきり聞こえていたんだけどね」
佳人が、早足で梨菜に近づいてきた。
「距離を伸ばすことは、できないのでしょうか? もっと練習すれば……」
梨菜は、胸の前で両手を合わせた。
「いや、そういう性質のモノじゃないんだ」
佳人は、梨菜のすぐ前に立ち、廊下に設置されているベンチを指差した。
二人は、ベンチに腰を下ろした。
「筋肉トレーニングをするように、鍛えれば遠くに飛ばせるとか、あるいはたくさん集められるとか、そういう感じにうまくはいかないんだよ」
佳人は、興奮気味の梨菜をなだめた。
「私たちがしている『遠隔感応』って、体のどの部分を使ってるのでしょうか?」
「うーん……これがあまり解明されていないんだけど……」
佳人は、曖昧に答えた。
「研究してる人がいるんですか?」と、梨菜の声が弾んだ。
「もちろんいるよ。ボクたち以外にも、『権限者』は世界中にたくさん存在するからね」
「でも、『権限者』について、あまり騒がれていません」
「世間で騒がれていないわけではないよ。表現が違っているだけで、いろんな形で『権限者』と類似されているものが研究されている。例えば、『超能力』だとか、『霊能力』だとか、名称は異なってるけど、たぶん同じモノだよ」
「私は、距離を克服したい。どんなに離れていても、佳人さんと繋がりを持っていたいです」
梨菜のひたむきな声を聞き、佳人は彼女の肩をポンと叩いた。
「工夫が必要だよ」
「工夫って?」
「キミは壁を隔てて、居場所の分からなくなったボクを探し当てた。あの時のような知恵を出すんだ」
「やり方があるんですね」
梨菜の大きめの瞳が輝いた。
「それを考えれば良い」
「佳人さんは知ってるんですね」
「キミ自身で見つけ出すんだ。より優れた『権限者』になるためには、知恵を絞る習慣を身に着けなくてはならないよ」
「佳人さんは、もう何も教えてくれないのですか?」
梨菜は、不安げに尋ねた。
「まだ、キミに教えることはいっぱいあるよ」
佳人の答えを聞き、梨菜の表情が明るくなった。
「よかった」
* * *
「あっさり出てきちまったな。これからどうするんだ?」
白尾は不服顔で言った。
「話は、最小限に済ませるのがベストだよ」
「どういう意味だ?」
「後ろを見ろよ」
丸野は、今しがた出てきた『鉄道模型部』の部室に目配せした。
白尾が振り向いたタイミングで、ちょうど小田が開け放った部室のドアがバネで呼び戻され、バタンと大きな音を立てた。
「やはり、調査員を動かした」
「調査員って、西藤のか?」
「あたりまえだろ」
丸野は、ペッと唾を地面に向かって吐いた。
「アイツなら、西藤に興味を持つと思ったんだ。というか、興味を持つように、オレが仕向けたんだけどな」
「仕向けたって、あの短い間に何をしたんだ?」
「アイツは、女子データの収集家だからな。分からないヤツがいたら、自分から動き出すさ。いいか、ここが肝心なんだ。オレが頼んで動いてもらうより、アイツに自分の意志で行動させた方が、質の良いモノが手に入る。それを、ちょっと拝借する形がいい。余計な出費もない」
丸野は、スマホを取り出した。
「嶋田か。オレだよ。悪いけど、さっき話した件、今から行動に移せるかな……ターゲットは小田真吾だよ。『鉄道模型部』の、ヒョロヒョロした細いヤツ……そうそう、森脇の腰ぎんちゃく……たぶん、スマホ使うと思う……たぶん明日か、あさって……そんなに手こずらないと思うぞ。森脇に送るタイミングが狙い目だな……うん、悪いけど頼むよ」
丸野はスマホをしまって、ほくそ笑んだ。
「何をするつもりなんだ?」
白尾は、チンプンカンプンの様子で尋ねた。
「まぁ、見てなって。写真の件は、これで解決するさ。あとは人集めだな。ボスに頼んで、兵隊を使わせてもらわないとダメだな」
「女子一人に、何だか大掛かりになりそうだな」と、白尾は軽率に言った。
丸野は毛嫌いするような目で、白尾を睨みつけた。
「目的を確実に達成するためだ。そうやって油断してたから、今まで成果が上がらなかったんだよ。それに気付け」
「わかったよ。これからボスに会うんだな」
白尾は、失言を取り繕った。
丸野はゴクリと音を立てて、唾を飲みこんだ。
「もう後には引けない……ここまで来たら、やるしかないんだ……」