六十九
梨菜とオカショーの二人は、駅に隣接しているショッピングセンターに入り、フードコートのテーブルに向き合って座った。
テーブルには、ファストフードのハンバーガーショップで買った紙コップ入りの飲み物と、ポテトやチキンフライなどが広げられていた。
すべて、岡が買ってくれたものだった。
休日のショッピングセンターは家族連れで賑わい、小さな子供たちの奇声があちこちで飛び交っていて、少し大きめの声を出さないと聞こえないくらいだった。
「ようやく、会えたね」と、オカショーは話を切り出した。
いかにも楽しそうに、両肩を躍らせていた。
「食べたいモノがあったら、どんどん買ってくるから」
「私も、お金出す……」
梨菜が言いかけるが、オカショーは「気にしないで」となだめた。
「お金持ちなの?」
「まあね」と、オカショーはチキンを右から左に引き裂くようにかじった。
「私のこと……」と、梨菜は顎を引き、上目で下から窺うようにオカショーを見た。
「ガッカリしたんじゃ……」
「何で?」と、オカショーは食べる手を休めずに尋ねた。
「だって……その……可愛くないから……」
「そんなに可愛いのに?」
オカショーは、梨菜の目を見て言った。
「ウソだよ。どう見たって、私なんか……」
「可愛いと思うけどなぁ」
「今まで、可愛いなんて言われたこと無いよ」
「ブスだって、誰かに言われたの?」
「それも無いけど……」
オカショーは、ニンマリと笑った。
ふっくらした頬に、エクボができた。
「ボクのことは、どう思う?」
「どうって……」
梨菜は、オカショーの顔をじっと見つめた。
「キミとは、今日、会ったばかりだし、私の話を聞いてくれて、親切なヒトだなってのは思うけど……」
「会うのは初めてだけど、羽蕗さんのことは、いろいろ知ってるよ」
SNSでのやり取りは二ヶ月程度だったが、梨菜は自分に関することを相当たくさんオカショーに伝えていた。
「羽蕗さんの話をたくさん聞かせてもらって、ボクは羽蕗さんのことを好きになってしまったんだよ」
オカショーは、平然とそんなことを口にした。
梨菜は、許容できる範囲をとうに超えられてしまい、どう対応していいのかわからなくなっていた。
「私の……何が……そんなに……」
梨菜は、少しイラ立ち気味に尋ねた。
オカショーの言っていることが、さっぱり理解できなかったのだ。
岡は、笑顔を絶やすことなく「いろいろ、とね」と、答えた。
「羽蕗さんの文章ってね、すごく丁寧に書かれてるのがわかるんだ。つまり、そこから、すごく誠実なヒトであること、相手のことを気づかえる優しいヒトであること、そして賢いヒトであることがわかるんだよ。さらに、今日、こうして会うことができて」
オカショーは、天に向けて両手を上げた。
「すごく可愛いヒトだってことも、わかってしまったんだ。つまり、こんな可愛いヒトと知り合えて、ボクは幸せモノだってこと」
「キミの、そこがわからないよ」と、梨菜は声を荒らげて言った。
「私の……どこが……可愛いのか……私には、からかわれてるとしか……元気づけてくれてるのかもしれないけど、明らかに事実じゃないことを繰り返し言われると、何だか、どんどん自分がみじめになっていく気がするよ」
目を潤ませて主張する梨菜を見て、オカショーは顎に手を当てて、「ふむ」と頷いた。
「どうやら、羽蕗さんは気づいてないみたいだね」
「何を?」と、梨菜は口を尖らせた。
「口で説明しても、きっと伝わらないと思うから、実際に証明してみせるね」
オカショーはスマホを手に取り、電話し始めた。
「あ、ヒカリさん、一人お願いしたくて……混んでるよね。休みだし……女の子……ボクと同じ年の中学生……四十分くらいだね。移動時間もあるし、ちょうど良いかも……じゃあ、お願いします」
オカショーは、スマホをポケットにしまうと、ポテトを五本ほどまとめて口の中に押しこみ、それをあっという間に飲みこんでしまった。
「ボクが通ってる美容院でね、すごく有名な美容師なんだ。今、予約入れたところ」
「私のために?」と、梨菜は目を丸くした。
「そうだよ。お金のことなら、心配いらない。全部、ボクが出すから」
「こんな頭だよ」
梨菜は、頭に巻いていたギンガムチェックのハンカチを外して、白髪頭をオカショーに見せた。
「お金のムダだよ」
梨菜の両肩が震え、涙が流れそうなのを堪えているのが伝わってきた。
オカショーは一ミリも表情を変えずに、梨菜の灰色の髪を眺めた。
「キレイに手入れしてるんだね」
オカショーが、クンクンと鼻を働かしながら言った。
「そのハンカチを外した時に、ふんわりと石鹸の香りがしたよ。確かに白いモノが混じってるけど、解決できると思うけどな」
オカショーは、またもやポテトを口一杯に頬張り、あっという間に噛み砕いて飲みこんだ。
「美容師さん、ヒカリさんっていうんだけどね、ヒカリさんに任せれば間違いないよ。全国レベルの美容師コンテストで、上位に入賞したことのあるヒトなんだ。つまり、カリスマ美容師ってヤツ」
「そのヒカリさんに任せれば、醜い女子でもヒト並みにキレイになれるって言うんだね」
梨菜は息を荒くし、敵対心に満ちた目つきでオカショーを見つめた。
それに対して、オカショーはまっすぐに梨菜の目を見つめ返した。
「わかった。じゃあ、羽蕗さんと賭けをしよう」
「賭け?」と、梨菜はキョトンとした顔をした。
「つまり、羽蕗さんが納得するくらいにキレイにできたら、ボクの勝ち。納得できなかったら、ボクの負け。勝ち負けの判定をするのは、羽蕗さんだよ」
「ヘンなの。勝つのも、負けるのも、キミの方。一人遊びになってるよ」
「はは」と、オカショーは笑って、頭の後ろを掻いた。
「一方的な感じだけどね。だって、羽蕗さんがあまりにもボクの言ってることを信じてくれないから、こう見えて、ボクも必死なんだよ」
梨菜は、「うん」と頷いた。
「で、キミが賭けに勝ったら、どうなるの?」
「そりゃ、もちろん」と、オカショーは鼻息を荒くした。
「羽蕗さんが、ボクの『彼女』になる」
梨菜の顔がさらにキョトンとなった。
「羽蕗さんが損をすることはないよ。羽蕗さんが気に入らなければ、『彼女』というのは諦める。羽蕗さんがキレイになるのは同じだけどね」
「……わかったよ」と、梨菜は少し考えて承諾した。
「みじめな女子を救う力があるのなら、そのヒトこそ私が待ち望んでいたヒトだからね。もし、それが本当にできたときは……私なんかで良ければ……キミの『彼女』になるよ」
梨菜は、キリリとした視線をオカショーに向けた。
そこには、覚悟を決めた女子の颯爽とした雰囲気が表れていた。オカショーの胸がキュッと締めつけられた。
「じゃあ、賭けは成立だね」
オカショーは、右手を梨菜に向けて差し出した。
梨菜は頬を桃色に染めて、握手に応じた。
この時、梨菜のことをもっと知りたいという好奇心から、オカショーは『走査』を働かせた。
彼はすでに『疑似権限者』だった。
当時は情報転送技術が開発途中であったため、『才能』として装備できるのは、『情報側面』か『攻撃側面』のどちらかしか選べず、オカショーは『情報側面』を選んでいた。
この時の『走査』によって、梨菜の内面に眠っている機能があることに気づいた。
オカショーは、梨菜をまじまじと見つめた。
羽蕗さん、まさか……
「あの……もう、いいかな……」
オカショーの握り締める手に力が入っていた。
「ゴメン」と言って、オカショーは、梨菜から手を離した。




