六十
銃口から上がる硝煙は、明らかに発砲の形跡を示すものであるが、オカダイにしてみれば、先に仕掛けた『光弾』が跳ね返された時以上に、攻撃の手応えを感じられない結果に終わっていた。
オカダイは、さらに発砲を二度、三度と繰り返した。
パンナは、二本指から手の平に構えを変え、次々に弾丸の持つ強烈な攻撃力を、完璧な『予測』の発動を元にして、手の平の中心で正確に受け止め、吸収した。
オカダイは、なおも発砲を繰り返し、装填してあった六発の弾丸を使い果たした。
パンナは、全ての弾丸を手の平だけで受け止めた。
吸収しきれなかった衝撃のため、少量の流血はあったものの、直ちに『治癒』を発動させ、ダメージはゼロに等しかった。
「バケモノだわ、アナタ」
オカダイは、握っていた拳銃をパンナに投げつけた。
パンナは、今度は『爆発』の威力により、投げられた拳銃をバラバラに破壊した。
「一応は可愛い女子なんで」
パンナは、手の平で集めた弾丸を握り締め、そして一つずつ見せしめにするかのように、床にバラバラと落としていった。
「もう少し、優しく接してほしいんだけどな、先輩」
「可愛いなんて、自分で言ってて恥ずかしくないの?」
すかさず、オカダイがツッコミを入れた。
「客観的事実なんで」と、パンナは照れる様子も見せず、平然と答えた。
「やっぱり、性格悪すぎるわ、アナタ」
「私を悪く言うのは罪にならないけど、今の乱暴行為も加えて、先輩は、かなり長い間、服役することになりそうですよ」
フンと、オカダイは両腕を胸の前で組み、パンナとは視線を合わせないよう、明後日の方角を向いた。
「一応、聞いてあげるわ。どんな罪が私にあるのか、言ってごらんなさいよ」
「まず、四人の女子に対する監禁罪」
パンナは右手の人差し指を突き立てた。
弾丸を受けたダメージはすでに消え去り、浮腫みすら全く見当たらない綺麗な指に治癒していた。
「そして、同四人に対する強姦罪。また『FA』により激しい中毒症に陥った同四人を寒空の空き地に遺棄した罪。彼女たちは病者であったと認められるからね」
パンナの右手の中指と薬指が立ち、三本であることが示された。
「さらに、そこの森脇クンと共謀した売春あっせん等の売春防止法および風営法違反」
ついに五本指が全て立った。
「証拠があって言ってるんでしょうね」
オカダイは、なおも余裕の笑みを見せた。
「無しで言ってると思う?」
パンナも笑みを返した。
「キミと共謀した諸々の仲間たち、四人の被害者による供述は全部終わってるよ。今アジトに帰ったら、もぬけの殻、誰にも会えないからね。もちろん、キミは帰ることができないけどね」
オカダイは、あくまでもパンナと視線を合わせようとしないが、笑みはすでに消えていた。
「そうそう。今のキミの行為も追加しなきゃね。拳銃所持と発砲、それに殺人未遂。以前に強姦罪で執行猶予判決受けてた記録もあったね。期間は終わってないから、これも実刑に加わるね」
オカダイは、無言でそばに置いてあった電話機をパンナに投げつけた。
もちろん、その行為を『予測』していたパンナは、あっさりと避けた。
「粘るね。観念する気は無いのかな?」
「観念なんかするもんですか。どんなことをしてでも、この状況から逃げ出してみせるわ。そうね……」
オカダイの視線が、部屋の隅で落ち込んでいる森脇に向けられた。
「アナタ、立ちなさい」
「ダイちゃん、何を……」
オカダイは、森脇の右腕を掴み、素早い動きで彼の背後に回り、右肩を押さえた。
強い力で縛られるような姿勢にされた森脇の肩から、キリキリと軋む音がした。
「ダイちゃん、これ何の冗談かな……肩が痛いんだけど……」
森脇の問いかけなど気にせず、オカダイは『筆』を取り出し、銃口を森脇のこめかみに押し当てた。
即座に練り出された『光弾』が赤く光った。
「ダイちゃん……」
森脇は、歯をガタガタと震わせた。
それ以上の言葉を発することはできなかった。
「自分の仲間を人質か……まさに外道の王道だね」
パンナは、オカダイの行動を下目に見た。
「でも、良い方法かもね。それだと申し合わせたように、二人一緒に逃げられるからね。まぁ、どんどん罪が重なっていくね」
「そこをどきなさい。外で包囲してるって連中にも(本当にそんな連中がいればの話だけど)私たちがここから脱出するジャマをしないように伝えるのよ」
オカダイは、掴んでいる森脇の右腕ごと背中を押して、前に突き進もうとした。
森脇が「わあ」と悲鳴を上げながら、上半身を仰け反らせた。
「ダイちゃん、もうやめようよ、こんなこと……」
「アナタは黙ってなさい」
オカダイは、さらに森脇の背中を押し、一歩前に歩ませた。
正面に立つパンナとの間合いが詰まった。
「もう一歩進むと、森脇クンとチューできそうだね」
パンナは、輝く瞳で森脇を見つめた。
「ええ、ここで!」と、森脇が悲鳴のような声を上げた。
「アナタ、いったい何を言い出すのよ」
オカダイは、冷めた目つきでパンナを見た。
パンナは、両目を閉じ、唇をツンと尖らせた。
「ウソ! アナタ、本気なの?」
オカダイは目を丸くして、声を張り上げた。
「あの……ダイちゃん……」
森脇がモジモジしながら、オカダイの方を振り向いた。
「悪いけど、もう少しボクを前に押してくれないかな」
「アナタ、正気? こんな場面で、何を考えてるのよ!」
「ボクの夢なんだ」
森脇の両目が燃え上がる炎のように、赤みを帯びていた。
「矢吹さんとは、どんなことがあったって、その……チューができる関係になるなんて有り得ないと思ってたんだ。完璧な美貌の矢吹さんは、ボクにとって、ずっと前からの憧れだったのに……でも、今、まさに、そのチャンスが目の前にある。ダイちゃん、ボクはボクの夢を叶えるために、このまま一歩進んで、矢吹さんとチューをするよ。その後に、警察に逮捕されようと、ダイちゃんにこめかみを撃ち抜かれようと悔いはない!」
「アナタ、まともじゃないわ」
森脇の気合いの入った宣言に、オカダイは飽きれた。
「矢吹さん!」
森脇がパンナの方を振り向いた。
だが、そこにいたはずの彼女の姿が、どこにも見当たらなかった。
「え?」
「え?」
オカダイも同様にパンナを見失っていた。
「矢吹嬢は、どこに行ったの?」




