四十五
朝間倖奈を帰した後、パンナ自らも応接室から出たところで、応接室に入ろうとした女子と鉢合わせした。
「きゃはあ」と、相手は笑い声を上げた。
「会長すわん」
『予測』がうまく働かなかったのか、パンナは、かなり意表を突かれた様子で、しばらく声を出せなかった。
「ミキミキ……」と、パンナの声が裏返った。
栗色のマッシュルームのような髪を膨張させるように揺らし、直線を下側にした分度器のような二つの目と、逆に直線が上側の分度器のような口に精一杯の親しみをこめた笑顔をたたえ、パンナの顔を見上げていた。
この女子がミキミキ。
漢字で書くと、三木美樹。
学年は、パンナの一つ下の一年生で十六歳。
三人姉妹の真ん中で、この名前ゆえに、彼女もパンナと同様、名前によるイジメに遭う幼少期を経験したが、持ち前の明るさと強靭なストレス耐性で振り払ってきた。
つまり、落ち込みの経験は無い。
状況の受け入れ姿勢は、パンナを上回っていたと言えた。
パンナとは生徒会長選挙時の出会いで、彼女の演説内容に共感し、生徒会役員の仲間入りを果たしたという関係だった。
そして、彼女もまた『覚醒』した『天然の権限者』であった。
「ミキミキを楽しんでいただけてますね」と、ミキミキはパンナに言った。
「まあね」と、パンナが答えると、ミキミキは「きゃはあ」と甘えた声を出した。
「何か用?」と、パンナが聞くと、ミキミキは天井を向いて、きゃっきゃっと笑い出した。
直線が上側の分度器のような口の中に、ハート型の『のどちんこ』が見えた。
「報告ですわん」
ミキミキは、頚椎と脊髄が直線になる位置まで顔の角度を戻し、指先をピンと伸ばした右手で、敬礼の仕草をした。
「レナに伝えてもらった件だね。さすがに行動が早いね」
「きゃはあ」と、ミキミキは嬉しそうにした。
「学校周辺にあるコンビニ全店、といっても一店舗ですけど、きゃはあ、聞きこみしたのでありますが、預かった十一枚の写真の中には、該当者がいませんでしたのであります。おわり」
「そうか、残念」と、パンナは報告に対して感想を述べた。
「つまり、菓子パンを買った人物が、写真の中に入っていなかった、ってことだね」
「……ウケるう……」と、ミキミキの分度器型の目が、一瞬だけ真ん丸になるが、すぐに元に戻った。
「そのとおりなのですわん。菓子パンを買っていたのは男子なのですわん」
「男子か……」と、パンナは少し考えて、こんな問いかけをミキミキにした。
「キミは、美園玲人って男子を知ってるかな?」
「わりと」と、ミキミキは即答した。
「……知ってるんだ」
パンナが意外そうな顔をして、ミキミキを見た。
「さっき見ました」
「見たって……美園玲人を? どこで?」
「菓子パンを買ったのは男子だと教えてくれたコンビニですわん」
「会ったの、そこで?」
「いえ、会ったことはないのですわん。ただ、見ただけですわん」
パンナは、いったん深呼吸をした。
ミキミキから必要な情報を引き出すには、根気が必要だ。
「『会う』と『見る』の違いは何?」と、パンナは尋ねた。
「本人がそこに『いた』か、『いなかった』かの違いですわん」
「『見る』はどっち?」
「『いなかった』方ですわん」
「『いなかった』のに、どうして『見る』ことができたの?」
この質問が本質である。
ミキミキは、パンナに対して、決してウソはつかない。
「コンビニの入り口と店内に設置してあるカメラですわん」
「カメラ? 映像の情報を調べたんだね」
「背の高い男子が、袋いっぱいに、あの菓子パンを詰めこんで、外に出てるのですわん」
「よく時間が特定できたね。あの手の映像は何百時間分も保存してあるから、探すのが大変だよ」
「きゃはあ。『空気』を読めば、簡単ですわん」
ミキミキが言う『空気』とは、『マジック・アイ』が持つ情報のことである。
場所と時間が特定できれば、そこで起きた出来事についての情報を収集することは容易である。
ましてや、カメラのような物理的記憶装置に保存された情報とあれば。
「その男子が美園玲人だって、確信があるのかい?」
「コンビニで菓子パンを買う以外に、どこかに荷物の宅配を依頼していたのですわん」
「送り状に記名されていた名前を見たと?」
「きゃはあ。ピンポンですわん」
「ウケるぅ」と、パンナが驚嘆の声を張り上げ、ミキミキを抱き締めた。
背丈がパンナの胸元くらいしかないミキミキは、パンナの大きめの胸の中に埋もれてしまった。
とっさに顔を横に向けて、呼吸をした。
「すごいよ、キミは。お手柄だね」
「ミキミキを楽しんでますね。きゃはあ」
ミキミキは、嬉しそうにパンナの胸の中で甘えた。
「男子の映像データまでは持ってこれなかったのですわん。私のキャパは小さいから……テヘペロですわん」
「そこは、私がやるからいいよ。キミの任務はおしまい」
「きゃはあ。会長すわんのお役に立てて、うれすいーとなのですわん」
ミキミキは、パンナの胸にグイグイと頭を押しつけた。




