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マジック・アイ  作者: 守山みかん


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四十四

パンナが生徒会会議室に戻ると、入口の前で、汐見レナが待っていた。

「待たせてゴメン」と、パンナは親しげに話しかけた。

レナは軽く会釈し、「明後日の午後七時です」と報告した。

「そうか」と、パンナは頷いた。

「でも、大丈夫かな。あのエロ男が行動する前に、現場に踏み込ませたって良いんだけど」

「やはり、現行犯で押さえないと。私のことなら気になさらなくても結構です。実は、彼がどんなサービスをしてくれるのか、体験してみたいと思ってるんです」

レナは、いたずらっぽく微笑んだ。

「悪い子だね」と、パンナも微笑み返す。

「犬飼クンは、いるかな?」

「先ほど、出かけました」

「そうか……しょうがないね。じゃあ、ミキミキは?」

「会長が相手してくれないって、退屈そうにしてます」

「じゃあ、彼女に頼もう」

パンナはスカートポケットから菓子パンの空き袋を取り出し、森脇恭二の部室で印刷した女子たちの写真と合わせて、レナに渡した。

「学校近辺のコンビニで、この菓子パンを大量に買ってる女子がいるかどうか調べさせてほしいんだ」

「それなら、私がやります」と、レナは言うが、パンナは首を横に振った。

「ちょっと危険かもしれないんだ。ミキミキにやらせて」

「わかりました」

「それと、私に来客だろ?」と、パンナが尋ねた。

「え?」と、レナは一瞬驚くが、すぐに笑顔が戻った。

「さすがですね。応接室に通してあります」

パンナは、キビキビとした足取りで、会議室に隣接する応接室のドアの前で立ち止まった。

そこで大きく深呼吸して、ドアを開けた。

室内には女子が一人、窓際のソファの一角に腰を落ち着けていた。

パンナの入室に合わせて、女子は立ち上がり、深々と頭を下げた。

「すいません。お待たせしてしまって」と、パンナが話しかけた。

「い……いいえ……」

女子は、緊張で声を詰まらせた。

「座ってて良いですよ」

パンナは言うと、つかつかとソファに近づき、女子の向かい側のソファにどっかりと腰を落とした。

女子も、再び腰を下ろした。

「まず、お名前をどうぞ」

(あさ)()(ゆき)()です」

「二年A組のクラス委員長だね」と、パンナは名前を聞いて、思い出した。

「月一の委員長会議で会ってるよね」

パンナにそう言われ、倖奈は嬉しそうに微笑んだ。

「何があったの?」と、パンナが尋ねた。

相談内容を知ろうと思えば、相手に尋ねることなく情報を集めることができるのだが、パンナは本人の口から話をさせることにしていた。

唐突な振る舞いによって、依頼者を驚かす場面ではないことを心得ていた。

「ある人を探してほしいんです」

「誰のことかな?」

()(その)(れい)()と言います。ここのところ、ずっと欠席してるんです」

「美園玲人……」

パンナは、その名を繰り返した。

その名字に関して、思い当たる節があった。

「いつぐらいから休んでるの?」

「先週の月曜日からです」

「学校には、何の連絡も来てないんだね」と、パンナが尋ねると、倖奈は静かに頷いた。

「最後に会った時に、何か思い詰めている様子とか無かったかな?」

「いえ……特にそんな感じは……」

倖奈は、最後に玲人と会った時のことを思い出した。

パンナの右目に、緑色のターゲットスコープのような模様が浮かび上がった。

優しい抱擁とキス。

あの出来事の後に、玲人は忽然と消え失せてしまった。

玲人の想いを確かめる機会も、倖奈の想いを伝える機会も、得ることも、与えることもできずに、玲人はいなくなった。

あの出来事が、玲人の失踪に関係しているのではないか、と倖奈は不安になっていた。

(私が逃げてしまったから……)

(私が逃げてしまったから……)

倖奈の心には、常に後悔の気持ちが渦巻いていた。

あれから、ずっと。

胸が苦しくなって、涙がこぼれそうになった。

パンナは、渦巻きのようにグルグル回っている倖奈の心の中を垣間見て、彼女に同情した。

「事件に巻き込まれたかもしれないね」

「事件ですか?」

倖奈は、パンナの言葉に敏感に反応し、落ち着きを無くした。

「何の事件でしょうか?」

「美園クンについて、キミが知ってる限りのことを教えてほしいんだけど」

「美園クンのこと……」

「どんな小さなことでも良いよ。前に話してた内容とか、行動とか」

「特には何も……」

「家庭のこととか、何か聞いてないかな?」

「あまり知らないんです。ただ……」

「ただ?」

「すごくお金持ちだってことは、噂で聞きました」

「お金持ち?」

「両親が、どこか大きな会社を経営している人だって……」

「ふむ」

パンナは、美園玲人と、『大きな会社』というキーワードと、自らが持ち合わせている『思い当たる節』を重ね合わせてみた。

もし、そうだとしたら……という想像を始めようとしたところで思い留まった。

ここは、慎重に、正確な情報を入手する必要がある。

パンナは、広範囲に情報収集を試みた。

訓練により周囲五十メートル程度に拡散している『マジック・アイ』の収集が可能となっている。

校内に、校長や教頭クラスの重役がまだ残っていれば、その記憶を探ることで詳しい情報が得られるに違いない。

だが、あいにく重役は校内にはいなかった。

その代わりになるかどうか、二年A組の担任教員を見つけた。

忙しそうに、ノートPCと向き合って、何やら文書作成をしているようだ。パンナは、この担任教員から、美園玲人に関する情報を引き出し始めた後、すぐに『思い当たる節』が確信となる人物名を拾った。

パンナは、心の中でピューと口笛を吹いた。

さらに、情報収集を進めていくと、岡産業株式会社との関連も引き出せた。

当然に、オカダイ・オカショー兄弟との関連も。

とすると、今回の事件の中心人物ともいえる標的にされた女子は、この美園玲人と何らかの関わりを持っているに違いない。

「わかったよ。その美園クンが無断欠席している理由を調べてみるよ」

パンナがそう答えると、悲しみに沈んでいた倖奈の表情が笑顔に変わった。


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