四十二
森脇恭二は、人を観察するときは、まず後頭部から見るようにしている。公にされやすいながらも、当の本人には最も見づらい部位であり、その部位に対して自分が満足できる処置を施せるようならば、おおむね他の部位に対しても満足できる処置を施せている、という持論によるものである。
さて、今回の依頼人は……
森脇は、値踏みするような視線で、正面のソファに腰を落ち着ける女子を見た。
ソファより右斜め上の天井に、ビデオカメラが設置されており、それで取り込まれた女子の後頭部の映像は、彼の膝上のノートPCに送られてきた。
B評価
森脇は、すぐさま判定を下した。
女子は、かなり整った容貌の持ち主であり、多くの男子に好感を持たれる水準をクリアしていた。
それでも、Aを判定しきれないのは、すでにA評価を下した女子との比較で、その水準までは達していない、という根拠によるものであった。
ちなみに、彼の評価基準は四段階あり、Aが特良、Bが良、Cが適切、それ以下については評価せず、『関係拒否』という行動に置き換えていた。
彼がAを下したのは、これまでに四名。
その内、三名とはすでに肉体関係を持ち、夢のような体験をさせてもらった。
あとの一人は……
森脇は、危うく想像世界に入りこむのを抑制した。
自分とは、常に背中合わせになっている女子だ。
こちらが目を合わせようとしても、それに合わせて背中を移動させるというような。
「まずは、お名前を」
とりあえず、目の前のビジネスに専念しよう、と気持ちを切り替えた。
女子は首を縮ませ、森脇とは視線を合わせずに、小さな声で名乗り上げた。
「汐見レナです」
「ボクのことは、誰に聞いたのかな?」
「友だちに」
「友だちのお名前は?」
「えっと……」
レナは口ごもるが、すぐに決心したように「山田智尋です」と、答えた。
C評価だったな
森脇は、その名を聞いて、すぐに評価を思い出し、もう一度、レナの全身をくまなく眺めた。
「ボクのサービスについては、話す必要は無さそうだね」
「一応、友だちには一通り聞きました。でも……」
不安そうに言葉をレナに対して、森脇は背中を丸め、顔を近づけた。
「彼氏は、いるんだよね?」
「ええ……います」と、レナは消えそうな声で答えた。
「彼氏とは、行くところまで行った?」
「い……行きました。今年の夏休みに、二人で海水浴に……」
「その後も、彼氏とは続いてるんだよね?」
「ええ……時々……その……」
森脇は、そこまで聞いて、近づけていた顔を引っ込めた。
「満足できていない」と、森脇ははっきり言った。
レナは、下唇を噛み締めた。
しばし、沈黙が辺りを漂った。
「……男の人って、そんな感じなんでしょうか?」と、レナの方が沈黙を破った。
「自分が終われば、それっきりで……結局、私と、その……する行為だけが目的で……」
「わかりますよ」と、森脇は同調した。
「一番、多い相談ですよ」
森脇は、ノートPCを脇に置き、レナの目をじっと見つめた。
「ボクの扱いは、ずばり性行為です。リラクゼーションだとか、マッサージなどという言葉に置き換えたりしません。そして、ボクは行為そのものを『ワーク』と呼んでいます。『ワーク』は、二人の協働作業であり、お互いが満足を得るモノでなくてはいけません。一番良い解決方法は、キミの彼氏への改善が行なえることでしょうけど、それはなかなか困難です。そこで、ボクが行なうのは『代行』という手段ですよ。彼氏が実行できないことを、ボクがフォローするんです。もちろん、料金をいただきますが、多くの女性の満足も得られています。まぁ、そんなに深く考えないで、エステティックのような軽い感覚で利用していただけたら良いかな」
「友だちに、すごく良かったって勧められたんです」
レナは、目を輝かせた。
「一方通行の『ワーク』は、女性にとってストレスになるばかりですからね。やはり、双方向に得られるモノが無ければ、『ワーク』の意味が無いですよ」
「そうだわ。そのとおり」
レナは、拳を強く握り締めた。
「そんなに思い詰めないで」と、森脇は優しく言った。
「キミの彼氏は、キミのことが好きなんだけど、それを『ワーク』に結び付ける器用さが、まだ身に着いてない状態なんだと思うんだな。経験を積めば、色々とわかってきますよ。でも、それまでは、キミのストレスが溜まっていくばかりだから、それを解消することも大事だと思うんですよ。ボクの役割は、そこだと思っています。キミと彼氏の繋がりを深めるためにボクがいる。そう考えていただければ良いんです」
レナは頷きながら、森脇の話に耳を傾けた。
「まぁ、一度、じっくりと検討されると良いですよ。予約制ですから、電話してもらえれば、すぐに空いている日時を返答します」
「これから、というわけには、いかないんですね」
レナは、肩を落とした。
「悪いけど、今日の予定はもう入ってるんです。スケジュールを後でお知らせしますよ。彼氏との問題とか、料金の問題もあるし、慎重に検討した方が良いと思います」
「料金のことは、いくらだって良いわ。試しに利用してみたいんです。あなたの……その……『ワーク』を……」
レナは、頬を赤らめた。
「お待ち下さい」
森脇はジャケットから手帳を取り出し、たくさん書き込んであるカレンダーを確認した。
「明後日の午後七時か、その次の日の四時なら良いかな」
「じゃあ、明後日の七時で。ここへ来れば良いですか?」
「待ち合わせ場所は、明日連絡しますよ。スマホか携帯番号教えてくれる?」
レナは、テーブルに置いてあったメモ用紙を一枚取り、自分の番号を書いて、森脇に渡した。
森脇は、丁重にレナを見送り、出入口のドアを閉めた。
さっそく、手帳のカレンダーに、レナと約束した日時を書き込んだ。
(彼氏との関係は、これで終わりだね)
(ボクのサービスを一度利用したら、二度とやめられなくなる)
「森脇さん」
テーブル上の内線電話のスピーカーから、森脇の側近の小田真吾の声が響き渡った。
彼が動揺していることは、明らかだった。
「何かあったのか?」
《お……お客です》
「またか。今日は商売繁盛だな」
《いえ。それが、その……》
小田は言葉を詰まらせた。
「お客じゃないのか?」と、森脇が尋ねた。
《矢吹嬢です》
その名を聞き、森脇は息を飲んだ。




