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マジック・アイ  作者: 守山みかん


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39/89

三十九

生徒会長選挙後の職員室での光景。

「明らかにやり過ぎだな」

生徒指導部主任教員の()(なべ)は、タバコを燻らせながら、そう言った。

そばに立つ長身のパンナは、真鍋と目を合わせようと、猫背の姿勢になっていた。

「あそこまでやっても良いという許可は与えてない」

「基準が曖昧ですね」

真鍋の異議に対して、パンナは反論を繰り出した。

「どこまでを許可されたつもりだったのか。具体的に説明をお願いします」

「生意気を言うな!」

真鍋は声を荒げた。

壁を振動させる大きな声と、百八十センチを越える長身の女子生徒の組合せは、否応なく職員室の注目を集めていた。

「常識の問題だよ。お前は、常識もわからないのか?」

「また曖昧な基準ですね。いったい、誰の常識なんですか?」

「誰もが持っている常識だ。言い訳をするんじゃない!」

真鍋は、煙草を持った方の手で机を叩いた。

振動で白い灰が机の上やら、真鍋の手の甲やら、白いワイシャツの袖やらに飛び散ったが、真鍋は気にする様子は無かった。

「言っておくが、私の判断一つで、お前の生徒会長当選を取り消すこともできるんだからな」

真鍋は、職権濫用ともとれる暴言を繰り出してくるが、パンナはそれを冷静に受け流した。

「それは横暴。七割強の支持率を無視することが、どういうことを意味するのか、おわかりではないようですね」

開票結果は、すでに公表されていた。

九十五パーセントを超える有効投票の内の、八十パーセントがパンナへの投票だった。

「わかってないのは、お前の方だよ」

真鍋は、新たなタバコを口にくわえ、右目を細めた。

「お前が集めたのは、生徒たちの指示ではない。ストリップショーに対する口笛だ」

「何を言い出すかと思えば……」

パンナは猫背を正し、胸の前で、両腕を組んだ。

「有権者の半分以上が女子であったことをお忘れなく。それに、私の行動が単に一時的に注目を集めただけである、とおっしゃるのなら、それは、やがて指示に繋がるものですよ。私としては、満足しています」

「お前がやったのは、単なるストリップだ」

真鍋が、またもや乱暴に机を叩いた。

今度は、アルミの灰皿がひっくり返り、山積みになっていた煙草の吸い殻が、パンナのスカートと、シューズの一部を灰色に染めた。

パンナは、唇をキュッと引き締めた。

「ストリップとは、あんまりな言い方ですね」

「適切だよ」

真鍋は、怒りを見せたパンナを見て、満足げにほくそ笑んだ。

「あの水着は、できるだけ刺激の薄いデザインを選びました」

「あの開いた背中は行き過ぎだ」

パンナの視線が、真鍋のデスク上のパソコンに向けられた。

しばらく操作が行われていなかった画面には、黒い地に『MANABE』の文字がフワフワと漂うスクリーンセイバーが表示されていたが、それが急に消え、通常のデスクトップ画面に戻った。マウスは微動だにしていないが、矢印型のポインタが静かに動き始めた。

真鍋は、挑発的なパンナの態度に全注意が集まり、背後で起きている小さな出来事には気づいていなかった。

「秘密を抱えたからには」と、パンナは言った。

至って穏やかな口調に、真鍋は拍子抜けした。

(ろう)(えい)が起きないためのリスク管理が重要だね。性質が悪質なものほど、漏洩した場合のダメージも比例して大きくなる」

突然、真鍋のデスク上のインクジェットプリンタが動き始めた。

真鍋は、何が起きたのかとプリンタに目を向け、印刷されたモノを確認するなり、唇を震わせた。

プリンタは、次から次へと印刷物を排紙した。

真鍋は止めようとマウスを動かし、プリンタステータスウィンドウの印刷中止ボタンを連打するが、プリンタは止まる気配が無かった。

「真鍋先生どうしましたか?」

真鍋の異状に気づいた女性教員が、そばに近づいてきた。

「な、何でもないです。大丈夫です」

真鍋は焦った様子で、止めどもなく排紙される印刷物を、両手で覆って隠そうとした。

女性教員が悲鳴を上げた。

「真鍋先生、何を印刷してるんですか!」

ぞろぞろと、他の教員たちも真鍋の周りに集まってきた。

「い……いや。何でもないんです。ちょっとしたトラブルでして……」

「真鍋クン、それは何だね?」

真鍋の顔色が蒼白に変わった。

おそるおそる声の主の方を振り向けば、そこには、眉間にシワを寄せて仁王立ちしている教頭の姿があった。

パンナは満足げに笑みを浮かべ、職員室を後にした。

室外で待っていた犬飼が、覆うように彼女の後ろについてきた。

「私に秘密は無い」

パンナは誰に伝えるでもなく、廊下を歩きながら呟いた。

「私は、全ての秘密を皆に(おおやけ)にした。私に脅威は無い」

犬飼は、パンナの背後にピタリとつき、彼女と歩調を合わせた。

「真鍋は終わったよ」

パンナは背後を振り返らず、ひたすら足早に前進した。

犬飼も、着かず離れずついてきた。

「自分で秘密を抱え、自分で破滅の道を選んだんだ。秘密が、自らにとって最大の敵と成り得ることを悟るべきだった。真鍋は、きっと懲戒免職になるね。神聖なる職員室で、(わい)(せつ)画像を大量印刷したんだ。しかも、学校の備品と経費を浪費してね。まあ、あの男は、成績不良の女子の便宜を図るのを交換条件にして、教育委員会のウジ虫どもに売春斡旋していた罪もあったしね。いずれは、そちらの方も暴かれて、ウジ虫もろとも一網打尽になる。何が名門校だ。この学校は腐りきってるよ。風紀改善委員会では手ぬるい。根こそぎの粛清が必要だ。さて、午後からは就任式だね。生徒会長として任務の第一歩となる式だけど、もう一つやっておきたいことがある。悪いけど、犬飼クン、少しだけ手を握らせてもらっても良いかな?」

犬飼が差し伸べる大きな手の平を、パンナは愛おしそうに握り締めた。

引き締まっていた表情が緩み、今にも泣き崩れそうになったが、すぐに取り戻した。

「ありがとう。これだけで十分だよ」

パンナの唇は、一文字に結ばれていた。


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