三十四
『コミュニティ談話室』にて、着座しているのは屋高の他、浦崎警部、パンナ、犬飼、管理人の海老原、警備会社技術員の柴田、その他警官三名。
百八十一センチを誇る長身のパンナは、サイズの合わない狭い席に収められ、ソワソワと落ち着きが無かった。
「狭い所で、ごめんなさいね」と、海老原が気づかった。
「いえいえ。お構いなく」
パンナは笑顔でそう返すが、彼女以上に大型体格で同じ境遇に遭いながらも平然としている犬飼を睨みつけた。
「では、報告をいたします」と、屋高が話し始めた。
一同の視線が、律儀に彼に向けられた。
「まず、十七時十五分頃に、丸野英治がセキュリティ・ドアを開けられないということで、管理人の海老原さんを呼び出しているあたりですが、その原因については矢吹さんが解明済みの操作と同様の操作を、丸野が連れてきた女子が行っていたと思われます」
「その女子と丸野との位置関係はどうだったのかな?」と、警部が質問した。
いかにも異議ありと言いたげに、眉間にシワを寄せていた。
「今の説明から推測すると、女子の方が丸野より先立ってマンションの玄関に向かっていた、ということになる。さっき、パンナがセキュリティ・ドアの欠陥を解明するのに一分程度かかっていた。たとえ、その女子がもっと速いスピードで解明ができたとしても、丸野とは相当離れた位置関係でないと、丸野を外に締め出すことはできないよ」
「つまり、その女子は、丸野に拘束されている状況じゃなかったんだ」と、パンナが続いた。
警部は、彼女の方を見て、首を縦に振った。
パンナはさらに、「丸野から離れることができる状況なら、そこから逃げることだって可能だった。にも関わらず、その子は自分から率先してオカダイの部屋に向かおうとしていた、ってことだよね」と、繋げた。
「報告を続けます」
屋高は、波立ちかけていた場を鎮静させた。
「丸野が海老原さんを呼び出し、管理室を留守にしていた時間は、海老原さんの話によると五分程度であるということですが、この間に何者かが管理室に侵入しています。そして、この十七時十五分前後に係る通過記録と、映像データを保存してあるメモリカードを盗んでいるのです」
「共犯者か」と、警部は呟いた。
屋高は頷いた。
「侵入者は室内を荒らすことなく、メモリカードのみをあっさりと盗んでいます。メモリカードは記録装置の背面に挿し込むようになっていて、一目見ただけではちょっとわかりづらい位置であったにも関わらず、侵入者は迷わずカードの場所を見つけているんです。先程の女子高生といい、このマンションのセキュリティ・システムに精通していた者たちの犯行としか思えない状況です」
「あるいは、私の姪のような『権限』を持つ者たちだろうな」
警部が付け足すと、一同の視線がパンナに集められた。
「その……『権限』というのは、どういうものなんですか?」と、柴田が尋ねた。
「空気中に多数存在する粒子が持つ情報を取り扱うことのできる人たちのことです」と、パンナが簡単に説明した。
「どんなことがわかるんですか?」と、さらに柴田。
「ほとんどのことがわかります。人や物の性質、過去の出来事、あとは人が考えていること、それにこれから起きることも」
パンナは辛抱強く回答した。
柴田は、驚きで眉を高く上げ、「超能力みたいですね。パンナさんは、それが出来るんですね」と言って、両手を打った。
パンナは、自分の名を口に出されたので、ヘソを曲げて口を噤んでしまった。
「あと、五階の警備カメラが破壊されていました。ですが、ここの映像データを保存していたメモリカードは盗まれていませんでした。カメラが破壊されるまでの映像を記録していまして……今、再生しますね……」
屋高は管理室内のノートパソコンを借りて、映像データを披露した。
カメラは五階の非常扉に向けられていて、音声無しの固定した映像をしばらく再生していたが、ほんの少し非常扉が開いた後、数秒後に画面が乱れ、真っ青な画面となった。
「これが破壊された瞬間です。扉の隙間から、正確にカメラの中心を拳銃で撃ち抜いてるんです。もし、これが侵入した女子の仕業だとしたら、とんでもない射撃の名手ですよ。というか、とても女子高生の仕業とは思えません」
「パンナ」と、警部が呼びかけた。
パンナは、自分の名前が何度も呼ばれるので、かなり不機嫌になっていた。
「キミに、もしこれと同じことをやれと言ったら……」と、警部が言いかけると、「同じことって?」と、パンナは言葉を被せてきた。
「つまり、拳銃を使って、カメラの中心を打ち抜くことだよ。キミは、拳銃を使ったことがあったかな?」
「もちろん、あるよ。これでも警察官基礎研修を修了してるんだからね」
パンナは得意げに答えた。
「パンナさんって、警察官の資格も持ってるんですか?」
柴田が、再び驚きの声を張り上げた。
パンナは、彼を無視して、「おじさんが知りたいことは、射撃技術を持たない者でも、『才能』だけで正確な射撃が出来るかどうかってことだよね」と、警部に確認した。
警部は、ゆっくりと首を縦に振った。
「もちろん、『才能』を使えば可能だよ。どの位置で、どの方向に拳銃を構えて発砲したら標的に命中するのかを『予測』を繰り返して見つければ良いだけだから。でも、それだと拳銃ではなく、『光弾』を使ったと思うよ。『光弾』なら、自分の意思で狙いが定められるから、間違いないと思う」
パンナの発言に、一同は静まり返った。
「『光弾』って何ですか?」
しばらく一同を包み込んでいた沈黙を振り払ったのは、柴田だった。
パンナは、少し思案して、こう答えた。
「空気中に漂っている目に見えないエネルギー粒子を集めて、弾丸のように発射することです」
「わぁ」と、柴田の目が輝いた。
「まるでアニメの世界のようです。パンナさんは、それができるんですか?」
柴田の問いかけに対し、パンナは「ええ、まぁ」とだけ答えた。
「つまり、キミは」と、警部。
「問題の女子生徒は、『権限者』であると考えているということなんだな?」
「おそらく……」
パンナは頷き、さらに思案を巡らせた。
小さな顔の割に大きめの眼が、警部を向いたり、天井や床に向いたり、右に左に激しく動き回っていた。
やがて、何らかの回答を導けたらしく、まっすぐに警部を見つめた。
「『光弾』を練り出すという行動は、体内を通過し、蓄積した『マジック・アイ』を寄せ集めるということなんだ。汗の流れとか、白金の吸着性とかを利用したりするんだけどね。たくさんのエネルギーを集めたかったら、体が大きい方が有利だね。私とか、犬飼クンみたいに」
警部と屋高の視線が、自然と巨体の犬飼に向けられた。
「犬飼クンも『権限者』なのかね?」と、警部は尋ねた。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
パンナはおどけて舌を出した。
柴田が、「パンナさん、可愛い」と横槍を入れるが、あっさりと無視された。
「犬飼クンは、『蓄積型』と言われる側面を持つ『権限者』だよ。『才能』を発動するタイプじゃなく、ただ『マジック・アイ』を蓄えるだけなんだけど、他の『攻撃型』とか、『情報型』の側面を持つ『権限者』に『分配』できるところがスゴいんだ」
パンナは、犬飼の右腕を両手でギュッと力をこめて握り締めた。
「こうして触れることで『分配』できるんだよ」
パンナが説明するが、視覚的に何かが流動するような様子が見えるわけではなかった。
パンナに寄り添われているように見える犬飼を、柴田は嫉妬に満ちた目つきで睨んでいた。
「で、『光弾』を使っている意味に話を戻すけど、拳銃と同等の破壊力を持つ『光弾』を練ろうと思ったら、そうだね……新品の鉛筆くらいの量のエネルギーが要りそうだね。私だったら、全身に蓄積した量を集めても、一回で練られるのは七、八本くらいだと思う。次に同じ量を蓄積するのに、数分かかるだろうし……あ、犬飼クンと繋がれば、一度に数十本くらい練れるだろうけど」
「つまり?」と、警部が結論を促した。
「つ、ま、り」と、パンナは愉快そうに、警部と口調を合わせた。
「オカダイの部屋を目指しているんだから、この先の戦闘を意識するはずなんだ。貴重な攻撃手段は、温存しておきたいと考えるもんね」
「もっと、わかりやすく言うと?」
警部は、じれったそうに尋ねた。
「もっと、わかりやすく言うとね」
パンナは、右手の人差し指と親指で拳銃の形を作り、その銃口を警部に向けた。
柴田から「パンナさん、可愛い」と再び横槍が入るが、これもあっさり無視された。
「その女子は、体格が小さいことがわかってる。ここで『マジック・アイ』を消費する行動は避けたいところだけど、あまりそういう意識は働いてなかったみたいだね」
「うむ……だとしたら…」と、警部は唸った。
「屋高さんの報告を、もう少し聞いてみようよ」
パンナが話題をはぐらかしたところで、一同がハッと夢から覚めたように、キョトンとした顔をした。
「あの……報告を続けます」
屋高は一同の様子を窺いながら、報告を再開した。
「セキュリティ・ドアを潜り抜けた女子は、エレベータを使わずに階段を使い、そして、非常扉前の監視カメラを破壊し、オカダイの五一四号室に向かいました。ここでも騒動を起こしています。玄関に設置されていた下駄箱が何らかの衝撃によって乱れ、ビン入りの芳香剤が床に落ちて、粉々になっていました。狭い所ですが、争った形跡があります。それに、学校の北校舎の『現場』で見つかったものと同種と思われるキイロスズメバチの死骸が三体。そして、これです」
屋高は、透明な保存袋をつまみ、一同が見えるように持ち上げた。
袋の中には、さらに別の透明な袋が収まっていた。
「あの現場で、菓子パンの袋が大量に見つかりました。その一枚がこれです」
警部が、「指紋は調査したかね?」と尋ねると、屋高は大きく頷いた。
「もちろんです。五階非常ドアのノブ。五一四号室のインターホンのボタンとドアノブの内と外の両方。そして、この菓子パンの袋。これら全てから、同じ人物の指紋が検出されました。さらに、その指紋は、セキュリティ・ドアの操作盤に残されていた指紋とも一致しました。このマンションのセキュリティ・コードは全室の住人が共通のコードを使用しています。それが『5129』というコードなんですが、それ以外の数字のボタンは、ほとんど使われていません。よく見ると、その四つの数字キーに汚れが着いていて、部外者でも簡単に解明できてしまう点に、果たしてセキュリティの意味があるのかどうか、という疑問が生じるのですが……まぁ、この点はさておき、矢吹さんが解明した『9976』という異常事態になるコードですが、これを実行するためには『6』と『7』を押さなくてはなりません。つまり、特有の指紋がそこに残るわけです。そして、さっき矢吹さんも言ってましたが、指紋のサイズが小さく、やはり体が小さい人物であることは間違いないですね」
「スズメバチは死骸となっていた。これを、どう見るかだな」と、警部が言った。
「スズメバチは、その女子が持ち込んだ、いわば攻撃手段だったわけだ。それが、死骸となっていたということになると、女子の今の状況はどうなんだろう」
「その女子は、自分の意志で、オカダイの部屋に入ったんだ」と、パンナ。
「つまり、オカダイを攻撃するつもりだった。そして、内側のドアノブにも、その子の指紋が着いていたわけだから、自分の意志で外に出ているということになる。たぶん、その子は傷つくどころか、むしろ、オカダイに対して、そこそこにダメージを与えていると思うよ」
「ふむ、なるほど」と、警部は納得した。
「さすが、パンナさん! 素晴らしい推理ですね」
柴田が耳をつんざくような声で叫んだ。
「では、スズメバチが死骸となっていた理由は何だろうか?」と、警部が尋ねた。
「やったのはオカダイ」
すかさず、パンナが答えた。
「攻撃目的でスズメバチを持ち込んだ子が、自分で退治したりしないよ。その子は、オカダイにダメージを与えてるけど、決定的に痛めつけたわけじゃないようだね。オカダイには回復能力があるから、物理的な攻撃は大して意味が無いけど、時間稼ぎにはなる。その子はオカダイを怒らせて、後を追わせるような中途半端な攻撃を仕掛けて、去ったんだ」
「後を追わせるために?」と、警部がパンナの言葉をなぞった。
「何の目的で?」
「もちろん、もっと安全な場所で、確実な方法を取るためだよ」
パンナは、大きめの胸の前で腕を組み、自信満々にそう答えた。
柴田の視線が、ググッとパンナの胸元に寄せられた。
「何をするための方法?」と、警部が続けて尋ねた。
「わからないかなぁ」と、パンナはじれったそうに言った。
「その女子の目的は、オカダイを殺害することだった、というわけですか?」と、屋高が尋ねた。
「さすが屋高さん」と、パンナは笑顔で言った。
柴田は、パンナから賞賛の声を受けた屋高に、逆恨みがちな視線を向けた。
「ちょっと待ってくれ」
警部が頭の後ろを掻きむしりながら言った。
「この一連の事件の被害者と加害者は誰なんだ? 誰の意図で、状況が作り出されてるんだ? 事件がまだ進行中だとしたら、我々が救うべき人物は誰なんだ? そのあたりを、はっきりさせようじゃないか!」
その時、パシャッと音が響いた。
一同の視線が、スマートホンを操作する柴田へと集められた。
柴田は、想定外の注目を集め、うろたえていた。
「いや、ちょっと写真を撮らせていただきまして……」
「何の写真ですか?」と、屋高が詰め寄った。
柴田は、スマートホンの画面を一同に見せた。
画面には、パンナの横顔がきっちりと収まっていた。
「あんまり可愛かったもんで、無意識にシャッターを押しちゃったんです」
パンナは、マズいモノを口に入れた時のように、ベーと舌を出した。




