三十三
有利香は玲人の手を握り、小さな手に力をこめて、自分の後ろに引き寄せた。
玲人は、痛めた腰を庇おうとして腰に手を回すが、手が患部に届く前に、痛みはすでに消えていた。
すぐに、それが有利香による『治癒』の効果であることに気づいた。
「私の後ろに回るのだわよ」と、有利香は導いた。
「あ」と、玲人は小さな声を漏らした。
「今、何があったんだ?」
「あのオカマさんの『才能』は、画像を転送できる『遠隔感応』なのだわよ」
有利香は玲人に目を向けず、オカダイの動きに注意を払いながら説明した。
「『画像』だって?」と、玲人の声が裏返った。
「『FA』と同様の効果を持つ『画像』なのだわよ。マンションにいる時は、あんな力は見せなかったのだわよ。どうやら、オカマさんの力を見くびっていたようなのねよ」
「自分の本当の力なんて、そう簡単に見せたりしないものでしょう」と、オカダイが得意げに話した。
「これからは本気出すわよ。アナタは、私の奴隷になるの。奴隷になるまで、しつこく追い回すからね」
オカダイの瞳に、ターゲット・スコープのような模様が浮かび上がった。
ロックオンの対象は明らかに有利香だった。
有利香は、フンと鼻で笑い、同じようにオカダイの目を見つめ返した。
途端に、オカダイのこめかみ辺りに発汗が起きた。
「何? 何をしたの?」と、オカダイはうろたえた。
「玲人、用意して」
有利香はオカダイの問いかけは無視して、小声で背後の玲人に話しかけた。
「何を用意すればいい?」と、即座に玲人が尋ねた。
「『光弾』を練り出すのだわよ。太さは一ミリメートル、長さは七センチメートルくらい。たくさん用意してほしいのだわよ。『点火』せず、そのまま浮かせた状態にしておいて、私の合図で後ろ二センチ部分に『点火』し、推進させるのだわよ。もちろん、狙いはオカマさんの頭なのだわよ」
有利香は早口で説明した。
有利香が話し終わるまでに、玲人はすでに数本の『光弾』を練り終えていた。
有利香は、動きが取れずにもがいているオカダイの方に向き直ると、目が大きく開いた。
強い『意志』をもって、オカダイに『遠隔感応』を送り込んでいた。
その内容は、オカダイが玲人に試みた『FA』と同様のものだった。
ただ、『意志』の強さに関しては、有利香の方が上回っていた。
「アナタ、私に何を見せてるの? 少しも体が動かないじゃない」と、オカダイが悲鳴を上げた。
この状況から、体は動かないが、口だけは動かせることは見てわかる。
「オカマさんの力を見くびっていたのは認めるけど、私を上回る力を持っているとは思っていないのだわよ」
有利香は言うと、その直後に玲人に『光弾』発射の合図を送った。
細い針のような『光弾』が、一斉にオカダイに向かって発射された。
オカダイは避けようにも避けられない状況だが、ニンマリと笑顔を見せた。
「そんなモン」と、オカダイは叫び、目を大きく開いた。
顔面から大量の光る汗が噴出し、大きな爆音と共に、玲人が発射した針のような『光弾』は、目標に到達することなく吹き飛ばされてしまった。
「私の動きを止めても、攻撃はできるのよ」
オカダイは、下顎を激しく動かして発生する摩擦音をカツカツと鳴らしながら、ゾッとするような笑みを浮かべた。
「すぐに次を用意するのだわよ」と、有利香は指示した。
「軽すぎるんだ。また吹き飛ばされるだけだよ」
玲人は不服を言いながらも、指示どおりの行動を始めていた。
「できるだけたくさんの『光弾』を用意して。キミは、いつでも発射できるよう準備するのだわよ」
「いっそ大きく爆発させて、バラバラに吹き飛ばしたら……」
玲人の言いかけた提案を、有利香は柔和な笑みで包み込んだ。
玲人は、大人しく口を噤んだ。
「大きな力を練っている時間は無いの。一分以内に、オカマさんを片づけるのだわよ」
有利香は弟から離れ、一歩だけ前に歩み出て、オカダイに近づいた。
その右手には小さな『筆』が握られ、さりげない集中により、美しい光が少しずつ膨らみを見せていた。
「『攻撃側面』により導くことのできる強さは」
有利香は、そばにいる玲人の耳にしか届かない程度に呟いた。
「『意志』の強さでもあるのだわよ」
そう言い終わるよりも早く、オカダイに向けられた『筆』から、彼の額の真ん中を正確に狙った『光弾』が放たれた。
オカダイは、先ほどと同様の顔面から発した『爆発』で、有利香のささやかな攻撃を交わせるものと信じていた。
有利香の『光弾』は、オカダイに近づくほどに加速し続け、彼が発生させた『爆発』を突き破るが、『光弾』の加速に必要な激しい燃焼により、オカダイに着弾した後の威力はほとんど残っておらず、ほぼ完全に燃焼しきった状態のため息程度の気圧だけが、彼の額あたりに、ふんわりと到達した。
「何これ?」
オカダイは、拍子抜けした。
そして、次に彼に芽生えたのは、対峙する小さな女子に向けられる敵対心であるはずなのだが、自信過剰な彼の性質が呼びこんだのは、同情心であった。
「小さな子羊ちゃん」
オカダイは長い舌を使って、上唇と下唇を交互に満遍なく舐め回した。
「次は、私の攻撃を受ける番ね」
オカダイの挑発に対して、有利香は、小さく頭を振った。
「調査不足。私のことを全然わかっていないのだわよ」
「強がり?」
オカダイの長い舌は二巡目の舐め回しを始めていた。
というより、始めたつもりでいた。
意識と肉体の動きに感覚的な摩擦が生じていた。
そのことに気づいた時、オカダイは、すでに笑みを浮かべることすらできなくなっていた。
開け放たれた唇は閉じることができず、しとどに流れ落ちる涎を止めることもできなかった。
「私のとった行動は、全てにおいて効果を導き、無駄なことは何も無いのだわよ。もっとも、この効果はすごく小さくて、さっきの『FA』効果を加算しても、数秒程度しか維持できないから、念を押させてもらうのだわよ」
有利香が玲人に出した指示は、すでに実行されていた。
数百本の針状の『光弾』が、一斉にオカダイの顔面めがけて発射され、その一本一本が顔面の中に吸収されていった。
有利香が次に出した指示は、『光弾』の脳内における『発火』だった。
脳内の無差別な点火放電は、身体の指示命令系統に多大な阻害要素を与えることになり、オカダイの開け放たれた大きな口は、ますます閉じることが困難な状況となった。




