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マジック・アイ  作者: 守山みかん
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「おじさん」

浦崎警部の集中力は、小説の世界から目の前に登場した長身の女子に向けられる。

背丈は百八十センチ超。

起伏のある均整の取れた体つき。

そこに濃い茶色に染めたショートヘアの小さな顔。

小さな顔の割に大きな瞳をキラキラと輝かせ、警部の顔を親しげに見つめていた。

「キミか……」

警部は、(ひたい)を人差し指で掻きながら、困ったふうな顔をした。

「ここは事件現場なんだけどね。一応、関係者以外は立ち入り禁止なんだが……まぁ、いいか。久しぶりだね。また、背が高くなったんじゃないかな。それにキレイになった。あれは、まだ続けてるのかな? その……」

警部は、息を継いで、こう続けた。

「生徒会警察」

女子は、不機嫌そうに顔を歪めた。

「続けてるのかなって聞き方はヒドいと思うな。まるでゴッコをしてるみたいだよ。私は飽きたからやめた、なんて言うタイプじゃないからね」

「悪かった」

警部は降参を表明するように、両手を上げた。

「用件は何かな?」

「用件は、おじさんの方にあるんじゃないかと思って」

女子は、子供のように笑った。

警部は思案し、女子をじっと見つめた。

「ああ。そうだったね。そうだとも」

警部は、シートに包まれた遺体を指差した。

「この子は生徒会役員を務めていた。同じ役員であるキミなら、面識があると思ったんだが」

「あるよ」と、女子ははっきりと答えた。

「書記長をやってもらってたからね」

「やってもらってた?」と、警部の動きが止まった。

「キミの役職は?」

「生徒会長」

警部は、手のひらで額全体を打った。

ピシャっと鈍い音が立った。

女子はクスクス笑った。

「キミと岡田美夕は、友だち同士だということを認めるんだね」

女子は、コックリとうなずいた。

「では、新たな問題が浮上するわけだ」

警部は、興奮気味に言った。

動揺を隠せないのか、発音のアクセントにかかる前に、変に声が裏返った。

大粒の汗が頬を流れ、短く刈込んだ髪はシャワーを浴びた直後のような湿気を帯びていた。

ビニールシートで包まれた現場は、微風一つ起きず、じっとりとした熱気が充満していた。

警部は、蒸し風呂の中でも、汗一つかかずに涼しげに振る舞っている姪を、(いぶか)しげに見つめた。

「なぜ、そうなのかな?」

警部は、ノドの奥から言葉が押し出されるように、姪に尋ねていた。

「ここに横たわっているのは、キミの友達なんだ。なのに、なぜキミは……」

姪は、またもやクスクス声に出して笑った。

「笑っていられるんだろうか?」

警部は、そこまで言い切ると、とたんに口が重くなり、何も話せなくなった。

姪の笑い声も止まった。

静けさが二人を包み込んだ。

姪は、警部に一歩近付いた。

彼女の視線は、警部を見下ろす形になった。

(やはり背が高いな)

警部は、姪を見上げた。

(大きくなったものだ)

(一時は落込みが激しかったが、今では堂々としている)

(母親には、全く似ていないな)

(彼女の成長は、彼女自身が持つ独創的なセンスが導いた成果である、と解釈するべきだろう)

(姪には、何らかの『才能』がある)

『才能』という言葉が浮かび上がり、不意に警部の思考が、あの文庫小説に向けられた。

あの話にあった『権限者』というのは、もしかしたら姪のような人間を指すのではないか。

根拠はないが、姪は『権限者』に分類されるような気がする。

「何か訳があるな」

警部の問掛けに、姪は首を縦に振った。

「今は説明してもらえないのかな?」

「おじさんに説明するには、準備が必要なんだ。おじさんの準備がだよ。たぶん、もう少し時間がかかると思う」

「どんな準備なんだろうか。説明が難しいものなのかな?」

姪は、またもや首を縦に振った。

「理解するには、時間がかかるモノなんだ」

姪の視線が警部が持っている文庫小説に向いた。

「大丈夫。私が理解できるようにするから。おじさんなら、この問題を自然に理解できるようになるよ」

「問題だって?」

警部は、心配そうに姪を見つめた。

「キミは、何かトラブルに巻き込まれているんだね?」

姪は苦笑した。

「あと二十二秒だよ」

「え?」

反射的に、警部は腕時計に視線を向けた。

十四時十二分十三秒。

再び、姪に視線を戻した時、すでにその姿は消えていた。

「警部」

入れ替わるように、屋高が蒸暑い現場に戻ってきた。

「監察医は、あと十分以内に、ここに到着するようです」

「そうか。そこで、背の高い女子に会わなかったかね?」

「いいえ」

屋高は首を横に振る。

警部は腕時計を見た。

十四時十二分三十五秒。

「今が十二分ですから、二十分くらいの到着ですかね」

屋高も、自分の腕時計を眺めながら言った。

「三十五から十三を引いて、きっちり二十二秒経過した」

「は?」

屋高は目を大きく開いて、警部を見つめた。

「きっちり二十二秒だ!」


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