二十八
「有り得ないわ。確かに、あの時に……」
有利香は、声を詰まらせた。
「そのとおりです。確かに、あの時に、あなたの策略によって、この沼田一宏は殺害されました」
有利香は、玲人に自分の体を押し当てるくらいに密着させた。
小刻みに体を震わせているのが、玲人に伝わってきた。
炎上する自動車に照らされ、辛うじて沼田の容姿を残しているゾンビ少年がせせら笑った。
「仲が良いですね」
沼田は口に何か入れているような声を出した。
「こんな体で、どうやってここまでたどり着いたのか、不思議に思っておられるようですね」
沼田は外れ気味の顎の関節を、何度も右手で修繕させながら言った。
「こんな風な体になったのは、今しがたですよ。着地がマズかったですね。つまり、進行方向と逆の方向に飛び降りるのは、予想以上にダメージが大きいようです。それに、丸野くんは、車を加速させていましたしね。受身が取れずに、まともに地面に激突してしまいました。飛び降りるまでは、体はピンピンしてましたよ。この右目以外は」
「車に乗っていたというのかしらよ?」
有利香は、声を振り絞って尋ねた。
「そうですよ」
沼田は、宥めるような笑顔を浮かべながら、返答する。
「つまり、私が情報を消していたんですよ。私に関する情報をね。あの車の空調機には、『情報削除機能』が埋め込んであったのです。高価な機械ですし、それに全部の情報を削除すると、不自然な状況を生んでしまいますからね。あなたに気にされない程度に、あくまでも私がいた周辺だけに機能させていました。気づかれなくて良かったですね。事が済んで、安心しきったあなたの前にひょっこり現れて驚かしてやりたいと思ってましたからね。つまり、今みたいにですよ」
有利香は、うろたえる自分の姿をさらけ出さないよう、冷静さを装うが、声の震えを止めることはできなかった。
「どのタイミングで乗ったのかしらよ。まさか、学校じゃないと思うけど」
「良い運動をさせてもらいましたよ」
沼田が話す際に、折れた前歯の破片が、スイカの種のように飛んだ。
沼田は不器用な動きで、それを拾おうとするが、闇に吸い込まれてしまった小さなものを拾うのは困難と判断し、すぐに諦めた。
「学校から兄のマンションまでは、走って行きました。つまり、兄のマンションに行くことはわかっていましたからね。追いついてから、すぐに車に乗り込んだのです」
「兄?」と、有利香は首を傾げた。
「おっと、口を滑らせてしまいました」と、沼田は苦笑した。
「『沼田』というのは仮の名前です。正確に言うと、この体の複写元である人の名前ですよ。おっと……また余計なことを話してしまいました。つまり、今はどうでもいいことですよ。せっかく、あなたとこうして話ができる機会ができたのですから、もっと時間を有効に活用しなくては」
「つまり、ゾンビさんの正体は、あのオカマさんの弟だということなのねよ」
「ああ」と、沼田は手の平で顔を隠そうとしたが、ぎこちない動きの連続で、断念せざるを得なかった。
「自己紹介が遅れました。つまり、私の本性なんて、この場では不要だと思っていましたから。みんなは親しみを込めて、私のことを『オカショー』などと呼んでくれてますよ」
「ゾンビさん」と、有利香はオカショーの話を遮った。
「ゾンビさんは、今どこにいるのねよ?」
「私は、すぐ近くにいますよ。ダイレクトに通信するのは大変ですから、スマホの報知チャネルを利用させてもらって、そこの『沼田』を遠隔操作しています。つまり、スマホのプロトコルを模造するのは、それほど難しい技術ではありませんからね。詳しい仕組みを説明してる時間はありませんから、この辺にしておきますけど」
「では、オカマさんは?」と、有利香は再びオカショーを遮った。
「さすがは西藤さん。質問内容にソツがありませんね」
オカショーは炎上が治まってきた車の残骸の方を向いた。
「あそこに兄がいないのは、もうわかってるんですね」
「あのマンションにいるのかしらよ。私を追いかける振りをして、別のモノに入れ替わったとかよ」
「あのマンションには、もういませんよ。『厄介な人たち』が来てますから」
「ずいぶんと回りくどいことをやってるのだわねよ」
有利香は、両側の腰に手を当て、侮蔑気味の視線をオカショーに向けた。
「回りくどさなら、お互い様でしょう」と、オカショーも負けずに言い返した。
「あなたの作戦も十分に回りくどいですよ。私は、『厄介な人たち』に計画を悟られないように、色々と根回しをしたまでです。つまり、極力、あなたに関する情報を持たないようにする必要があったのですよ。つまり、私が相手にしている『厄介な人たち』は、本当に厄介な人たちでしてね。非常に優れた『権限者』で、あなたのことを想像することすら許されないような事態だったりするわけです。つまり、そんな理由で、兄に協力してもらったのですよ。でも、兄もあなたに対して別次元で興味を持ってしまいましてね。つまり、あなたに性的な魅力を感じてしまったわけです。私は違いますよ。私が惹かれてるのは、あなたの内面的な『性能』に対してです」
オカショーは、崩れた顔でウインクを試みるが、うまくいかなかった。




