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マジック・アイ  作者: 守山みかん


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25/89

二十五

佳人と梨菜の二人は、陽光が降り注ぐ窓のそばに配置したガラス製の丸テーブルを挟んで向き合って座り、白無地のカップに注がれた、フェノール臭のきつい紅茶を飲んでいた。

そして、空き皿にわずかに形跡を残すキッシュ・ロレーヌの欠片は、すでに二人の空腹が満たされていることを示していた。

これらの配置及び組み合わせは、全て佳人の企画によるものであった。

梨菜は、このお茶会の趣旨に、ただ従い、感想として良いとも悪いとも言わず、ただ従っていた。

ちなみに、佳人は直径二十八センチのキッシュを十二等分にしたモノを二切れ平らげていた。

「『予測(プレディク)』について、あまり説明していなかったと思うので」と、佳人が言った。

その後に言葉を繋げる前に、紅茶を一口含んだ。

梨菜は、淡々とティーカップに口を着け、佳人の話に耳を傾けていた。

「『予測』の原理は前にも説明したね。未来の情報を持つ『マジック・アイ』を捕獲し、今後の行動の参考とすることだけど、完全に情報を集めきるのは無理なので、空洞化している部分は自らが思案し、その穴埋めをしなくてはならない」

佳人が口を休めるタイミングに合わせて、給仕を務める女性が入室し、佳人の横に立った。

見た目の年齢は三十歳前後。

銀色のトレイを右手に持ち、その上には、追加のキッシュ・ロレーヌがのせられていた。

「ありがとう、(ほの)()さん」

佳人は礼を言った。

仄香と呼ばれた女性は、丁寧な手つきでキッシュ・ロレーヌがのった皿と、佳人が平らげて空になった皿を交換した。

そして、梨菜に向けてニッコリと微笑むと、つかつかと部屋を出て行った。

「キレイな人……」

梨菜は、仄香が出て行ったドアを、いつまでも眺めていた。

「ボクの叔母なんだ」と、佳人は説明した。

「あの人も『天然の権限者(ナチュラル・ギフター)』だよ。ボクよりも、熟練の『権限者』なんだ」

「そんな気がしました」と、梨菜は納得した。

「『予測』の話の続きだけど」と、佳人は話題を戻した。

「『予測』を行う目的は二つある。一つは、自分に都合の良い未来を維持すること。そして、もう一つは、自分に都合の悪い未来を変えることだ」

佳人の三切れ目のキッシュについては、これまでの貪欲な食し方とは異なり、小さく切り取り、減りを惜しむように味わっていた。

「いずれにしても、『予測』を成功させるには、高い知能と適切な判断力が要求される。難しい『才能(アプリ)』だけど、使いこなすことができれば、非常に有効な『権限』になるよ。だが、大きな問題点がある」

佳人は、鋭い視線で梨菜を見た。

何らかの警告を敏感に感じ取った梨菜は、背筋を震わせた。

「『予測』を備えるかどうかは、この問題に対して、腹を括る必要があるんだよ」


 * * *


有利香は、何度も後方を追走するオカダイと丸野が乗る白いミニバンの方を振り返り、首を傾げていた。

珍しいな、と玲人は思った。

普段は滅多に感情を表さない姉が、不安そうにしている。

《何か気になることがあるのか?》

玲人は『遠隔感応(テレパス)』を送った。

有利香は無言。

後ろを振り返る動作を繰返し、やがてそれをやめて、玲人の腰に巻きつけている腕に力をこめた。

玲人は、有利香との二人乗りには、もう慣れていた。

山道の曲がりくねったカーブをこなすのに、バイクの車体を左右に大きく傾ける操作をしてきているが、有利香は動揺を一切見せず、器用に体重移動をして対応してくれた。

安心して乗せていられる人だ、と玲人は思った。

バイクの二人乗りに限らず、玲人は有利香に対して不思議な安心感を抱いていた。

有利香と出会ったのは、実は、まだ数ヶ月程度前のことだった。

有利香の方から不意に近づいてきて、いきなりこう話しかけてきたのだ。

「私は、キミの姉なのだわよ」

通学途中に突然現れ、自分より背丈が三十センチ以上も低い小柄な女子に、いきなりそんなことを言われて、玲人は何も反応することができなかった。

そして女子は、玲人の手を掴み、誰もいない校内の裏庭に誘い込んだ。

突然のことで驚きはしたが、小さな手の平で握られた感触が心地良く、そして何となく自分に似ている容貌に親近感を覚えたためか、不思議と彼女に抵抗しようという気が起きなかった。

裏庭に引きずりこまれ、これも唐突だったが、二人は母親違いの姉弟であることを伝えられた。

そして、その後の取り決めで、誕生日は二人とも同じだが、玲人の方が予定日より一ヶ月早い早産であったことから、有利香の方を姉とすることとなった。

有利香は、非常に頭の回転が速く、玲人の疑問に対して適切な応答を返してくれるし、相談事にも応じてもらえる安心感があり、ごく自然な流れで、玲人は有利香を本当の姉と慕うようになった。

有利香は何もかも知っていて、優れた判断力を備えている。

おそらく、自分の姉より賢い人はいないだろう、と玲人は思っていた。

その姉が今、不安という感情を垣間見せるようになっていた。

明らかに、これは異常事態だと、玲人は痛感した。


 * * *


オカダイは、丸野が運転するミニバンの後部座席でふんぞり返り、前方を走行する玲人と有利香が二人乗りしているバイクを眺めながら、「ふうん」と頷いた。

「今、ライト点けたわね」

「え?」

丸野は、冷たい手で首筋を撫でられたような声を出した。

「アナタじゃなくて、前の二人」と、オカダイは念を押した。

「今までライトなんか点けてなかったのに、今しがた点けたわ」

「暗くなってきましたからね」と、丸野は、しみじみ言った。

「この先は、(いけ)()(やま)の山道ですよ。枝分かれの無い一本道なので巻かれる心配は無いですが、暗い中で山道を走るのは、スリルがありますね」

「あの子たちにライトなんか必要ないのよ」

オカダイは、丸野の言葉など意に介さずに言った。

「『権限者(ギフター)』なら、目で見なくたって、バイクの運転くらいできるはず。ライト無しでも走れるのに、何で今さらライトなんか点けたと思う?」

「えっと……オレが見失わないようにしてくれてるとか」

丸野はおどけたつもりで、そう言った。

「ハイブロー」と、オカダイは叫び声を上げた。

逆に、丸野の方が驚いた。

「アナタ、意外と頭が働くのね。そのとおりよ。私たちを(おび)き出そうとしているのに違いないわ」

オカダイの目が輝いた。

「これはワナよ」

「ワナですか?」と、丸野は尋ねた。

「さて、子猫ちゃんが何を用意してくれてるのか、楽しみね」

オカダイは、満足そうにケラケラ笑った。

「アナタ、わかってると思うけど、アナタは相手が仕掛けてくるワナを上手く回避しなくてはならないのよ」

「ええーっ」と、丸野は悲鳴を上げた。

「ボスが対応してくれるんじゃないんですか?」

「もちろん、アナタよりも『才能(アプリ)』が扱えるアタシがメインなんだけどね。でも、運転してるのはアナタ。(かじ)はアナタが取ってるってことを忘れないでね」

オカダイの言葉を耳にし、丸野は急に不安が滲み出てきた。

考えてみれば、このまま有利香たちを追いかけていって、どうやって捕獲すれば良いのだろうか。

明らかに、相手のバイクの方が運転技術が優れているし、この狭い山道で相手を抜き去って、前に出ることなど不可能だ。

「あの、素朴な質問をしていいですか?」と、丸野はおそるおそる尋ねた。

「どうやって、あいつらを捕まえるんですか?」

「確かに、アナタの運転じゃ、あの人たちを追い抜けないわね。だから、相手にワナを実行させるのよ。そこが狙い目なのよ。ワナをアナタがうまく避ければ、思惑が外れた相手は動揺するはずだわ。そこへ、アタシが驚きの『才能』を用意してあるの。これで一網打尽よ」

「うまくいきますかねぇ」と、丸野は不安げに言った。

「だから、アナタの心構え次第だって言ってるでしょ。相手が何かを仕掛けてくるってことはわかってるんだから、ここでうまくやれば昇進ものよ」

「昇進か……」と、丸野は呟いた。

良い目を見たかったら勇気を持て、だな。

ここまで来て、逃げるわけにはいかないだろう。むしろ、逃げようとした場合の、制裁の方が恐ろしい。

土壇場では、ボスが何とかしてくれるだろう。

丸野は、楽観的にそう思い込みことで、不安感を打ち消そうとした。


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