二十二
梨菜は、佳人の右手の人差し指に注目していた。
佳人の右手には、銀色のハンド・グリップのようなモノが握られており、さらには銀色の筒状の中に、彼の人差し指が通っていた。
彼の視線の先には、木製の横長のテーブルがあり、その上にはガラス製の小さな空きビンが四個等間隔に並べられていた。
「この状態で集中する」と、佳人は説明を始めた。
「白金には『マジック・アイ』を引き寄せる性質がある。この性質を利用することによって、『マジック・アイ』の持つ『攻撃側面』を助長させることができるんだ」
佳人は右腕を伸ばし、小さく息を吸い込んだ。
梨菜も真似て息を吸い込んだ。
佳人の右手の平に、にわかに光の粒が集約されていった。
光は、金属筒に通した人差し指の先端に集まり、やがて円筒状の塊となった。
「発射」と、佳人が唱えた。
同時に、人差し指の先端に集まった円筒状の光の塊が勢いよく前進を始め、まるで弾丸のように、テーブルの上の一番左の空きビンに向かっていった。
佳人と空きビンの間は、約七メートルあった。
光の弾丸は、空きビンを貫通すると、その先の白壁に到達する前に一瞬にして燃焼し、煙のように消えた。
「これは、『筆』と呼ばれているものだよ」と、佳人は右手に握っているモノを、梨菜に見せた。
「アラビア語なんだけど、そんなことは大した話じゃない。構造は、至ってシンプルで、アルミニウム合金を使用して軽量化を図ってるけど、指や手の平が接触する部分には、白金がメッキ加工されている。白金は高価でね。高い素材なんだよ。小型拳銃タイプの他に、腕全体を包むタイプや、体全体を覆う鎧のようなタイプもあるよ」
佳人は、撃ち抜いた空きビンの、さらに右隣の空きビンに照準を合わせた。
「『光弾』が発射されるプロセスについてだけど、塊となったエネルギーの一部を燃焼させることで推進力を生み、『光弾』が前進するというわけだよ。ロケットの原理と同じだね。ただ、最初に強く燃焼させると推進力は増して、高速に発射させることはできるけど、エネルギー残量が減る分、破壊力が小さくなる。反対に、発進が弱いと低速に『光弾』が飛ぶことになるけど、エネルギー残量が多いから、爆発させた時の破壊力は大きくなる。見ててごらん」
佳人は、今度は小さく火花を散らし、『光弾』を発射した。
先ほどよりは、ゆっくりとした速度で空きビンに向かった。
『光弾』が空きビンに到達したところで、佳人は「爆発」と唱えた。
すると、弾丸が急加速し、空きビンを壁に向かって弾き飛ばした。
空きビンは壁に衝突し、鈍い音と共に、粉々に砕け散った。
続けて、佳人は、もう一つ右隣の空きビンに向けて『光弾』を放った。
だが、『光弾』は空きビンのやや上方に向かっており、このまま直進すれば、明らかに狙いから外れた位置の壁に穴があく……と思いきや、急に『光弾』の動きが下方に向き、空きビンの中心を貫通させた。
不自然な『光弾』の軌跡に、梨菜は思わず息を飲んだ。
「マジック・アイの『情報側面』を利用すれば、『光弾』の動きを自在に『調整』することができる。さらに、『予測』を使うことができれば、追尾機能を持たせることも可能になる」
佳人は『筆』を指から外し、梨菜に手渡した。
梨菜は、無言でそれを握り締め、佳人が見せた動作を見よう見まねでなぞり、残り一つとなった空き瓶に狙いを定めた。
集中を始めると、梨菜の指先に『光弾』が見る見るうちに練り出され、「発射」と梨菜が唱えると同時に、空きビンに向けて放たれた。
『光弾』は、空きビンのやや右側を通過する軌跡を描いていたが、それは修正され、空きビンの中心部分を見事に貫いた。
「爆発」と梨菜が唱えると、『光弾』は破裂し、木製のテーブルもろとも、粉々に吹き飛ばした。
「さすが」と、佳人は感心した。
「飲みこみが早いね。やはり、キミは強くなる」
* * *
丸野が運転するミニバンは、I市立高校から二十分ほど走った、とある高級マンションの駐車場入口付近に停車した。
丸野はエンジンを切り、ルームミラーで有利香の表情を確認した。
有利香は、手に持っていた『チーズ蒸しケーキ』の塊を一気に口の中に押しこみ、窓越しにマンションを上から下まで眺めた。
「オマエ、自分がこれからどうなるのか、わかってるのか」と、丸野は言った。
「自分からボスの懐に飛び込んできて、どういうつもりだ?」
「その問いかけは無駄だわよ。今の私の気持ちは、面倒だけどやらなきゃいけないってことだけなのだわよ」
「身のほど知らずなヤツだ。ちょっと待ってろ。今からボスに連絡するから」
丸野がスマホの操作を始めようとした時、バタンとスライドドアの閉まる音がした。
有利香は、マンションのエントランスに向かい始めていた。
「おい、勝手に行くな」と、丸野が引き止めるが、有利香は足を止めなかった。
「セキュリティがある。入口を開けるのに暗証番号がいるんだ。入れるものなら入ってみろ」
丸野は、スマホの操作を始め、オカダイに電話した。
「丸野です。今、獲物を連れて来ました」
丸野は、電話しながらエントランスを見た。
入口にある操作盤の前にいる有利香を確認し、ニヤリと笑った。
「変な女子です……抵抗どころか、自分から進んでボスに会いに行こうとするんです……今、エントランスでボタンを触ってますよ……いえ……暗証番号は教えていません……強がってるんですよ……自分が負けてない、と思い込んでるんです……適当にボタンを押して、それでどうにも開けられなくて、泣きついてきますよ……」
エントランスでは、有利香の操作でドアが開くのを見て、丸野の口が止まった。
有利香はまんまとマンションの中に入っていった。
《どうしたのよ。急に黙っちゃって》
電話の向こう側の呼ぶ声に、丸野はハッとした。
「開けられました…」
《何を?》
「セキュリティです」
《ハイブロー!》
オカダイの叫び声が、スマホの小さなスピーカーから響いた。
《丸ちゃん、どこかで暗証番号知られてたんじゃないの?》
「いえ。そんなはずは……」と、丸野は必死になって言い訳した。
《アナタはローブローね。まぁ良いわよ。可愛い子ちゃんは、自分から部屋に向かって来てくれてるんでしょ。丸ちゃんも早く来なさいよ》
オカダイは楽しそうに言った。
「はい。わかりました」
丸野は電話を切り、すぐさま車を降りて、エントランスへ向かった。
入口操作盤の前に立ち、慣れた手つきで暗証番号を入力するが、ドアは開かなかった。
もう一度、慎重に暗証番号を入力するが、やはり反応は無い。
何度も同じ操作を試みるが、ドアはピクリとも動かなかった。
「こんな時に故障かよ」
丸野は、マンション管理人を呼び出す非常連絡用の黄色いボタンを押した。
《はい》
すぐさま女性事務員が対応した。
「暗証番号を押しても、ドアが開かないんですけど」
丸野は、イラ立ち気味に話した。
《正しい暗証番号を押されましたか》
事務員は教科書の第一章を音読するような口調で、丸野に尋ねた。
「間違いないですよ。5129でしょ」
丸野は、住人のみが知る秘密の暗証番号を、明け透けと受話器に向かって話した。
《むやみに暗証番号を口にしないで下さい》
受話器の向こう側で、事務員が慌てふためく様子が目に浮かんだ。
《お部屋は何号室ですか?》
「五一四号室です」
《お名前は?》
「岡です」
《お待ち下さい》
事務員が受話器を置く音がすると、まもなくしてハイヒールで床タイルを小突く音が近づいてきた。




