二十一
「この状況は、いったい何を意味しているのでしょうか?」
屋高は、すがるような思いをこめて、警部に問いかけた。
「ふむ」と、警部は、屋高の目をまっすぐに見た。
「さっきも言ったが、この事件の要注意人物は丸野英治じゃない。丸野が狙った女子生徒の方だよ。ハチを持ち込んだのも女子生徒の仕業だね。現場の状況は、丸野の切羽詰まった精神状態を残していると思う。床の弾痕は、女子生徒の足元を狙ったものだろう。威嚇目的の発砲だ。床に反射して、突き当たりの壁に到達した。後ろ向きに発射したと思われる弾痕が、誰を狙ったものかどうかはわからないが、錯乱によるモノとも考えられる。落ちていた血痕は、おそらく、女子生徒のモノではないだろうね」
屋高は、警部が繰り出した推理に頷き、「血痕の落ちていた位置から、発砲した場所を想定すると、随分と至近距離から撃ったと思われます。被害者より二、三メートルくらいの間隔でしょうか」と、報告を加えた。
「射殺が目的の発砲かどうかはわからないが、丸野の撃った弾は誰にも当たってないだろうね」
警部は相変わらず顎を撫で回しながら言った。
屋高は、その推理には、ムウと唸り声を上げた。
「では、女子生徒が射殺したと? つまり、拳銃を所持していて、丸野の仲間を射殺した、ということですか?」
「私は、丸野の仲間を撃ったのは、丸野でも、女子生徒でもないと思ってる。第三者が存在するんだよ。もちろん、それは女子生徒側に味方する存在だけどね」
「宿直室の南京錠」と、パンナが呟いた。
警部は、右手の親指を突き出した。
「外側からしか施錠できない南京錠を操作するために、女子生徒には協力者が存在するってことはわかっているだろう。その協力者が、密かに状況に影響を与えている」
「つまり、一連の状況は、女子生徒が意図的に作り上げたモノだと、おっしゃるわけですね」
屋高が神妙な面持ちで尋ねた。
「間違いないね」と、警部はすげなく答えた。
「しかし、遺体は存在しない。負傷はしているが、死んではいない。これが、女子生徒の意図していたモノかどうかは不明だがね。おそらく、この点は想定外かもしれない」
「でも、矢吹さんの話だと、発砲音は二発ということでした。別に発砲が起きたとすると、その発砲した痕跡は、どこにあるのでしょうか?」
「蛍光灯のソケットと、調理室の扉の蝶番が破損していたんだったな」と、警部。
「この二点を事件に繋げなくてはならんね。可能かどうかわからんが、これらは第三者が発砲した弾が反射した痕かもしれない。発砲者は東通路側の壁に潜んで、蛍光灯のソケットを狙い、弾は反射して蝶番に当たり、そして被害者に向かった。強引だが、考えられなくもないと思うよ」
警部は、無邪気に自らの推理を展開した。
「発砲音の説明も二つ考えられるね。一つは、音の小さい拳銃を使った。消音器を取り付けていた、とかね」
警部は、パンナの方をチラリと見た。
パンナは、警部と目を合わせず、唇を一文字に結び、警部の話にじっと耳を傾けていた。
「では、もう一つのお考えは?」と、屋高。
「単純な発想だよ。これこそ有り得ないかもね。どちらかの発砲のタイミングに合わせて発射された。これは、丸野の発砲のタイミングが予めわかっていたということになるから、普通の人間では無理だね」
警部は話すと、首を横に振る運動をして、コキコキと音を鳴らした。
「警部のお話ですと、撃たれたのは丸野の側の人間だということですよね」
屋高は、再度確認した。
警部は大きく頷いた。
「では、丸野は二発目を発砲したとして、それは、丸野の付添い人を撃とうとしたのでないとしたら、何を撃とうとしたのでしょうか?」
「ふむ」と、警部は相変わらず顎を撫で回した。
「女子生徒と何か騒動があったのではないだろうか。丸野はパニック状態になっていたのだと思う」
屋高は、「なるほど」と頷いた。
「その後の二人が、どういった手段で学校を去ったのか不明です。丸野の自宅には行ってないそうです。あとは、丸野の親交関係を当たっていますが、行方は掴めていません」
「キミに心当たりはないかな?」と、警部はパンナを見た。
パンナは「おそらく……」とだけ言って、そのまま黙りこんだ。
「何か言いたいことは無いのかな。さっきから、ずっと黙りっぱなしで、こちらとしては、キミの話を聞きたい、と思ってるんだけどね。どんなことでもいいんだが」
警部が促すが、パンナは「すみません」と頭を下げて、後は何も話そうとしなかった。
「さて、次はどうするのかな?」と、警部は屋高に尋ねた。
「女子生徒が誘拐されている形になっていますからね。これは、重大事件として扱うべきです。市内と隣接する市町村全域に捜査網を張りめぐらし、二人の行方を突き止めなければなりません」
「それは、すでに指示済みなんだね」と、警部。
「もちろんです」と、屋高は胸を張った。
「で、我々はこれからどうする?」
「女子生徒の特定を急がせていますが、二年B組の身体測定に関するデータが見つからないようで、すぐには無理そうです。あと、現場検証がまだ完了してませんが、我々がここを離れても問題は無いと思います」
「あの……」と、パンナがささやくような声で話しかけてきた。
「何でしょうか?」
屋高は、敏感に反応を示した。
「南校の生徒を実質的に支配しているのは、当校の岡大という生徒です」と、パンナが言った。
「まずは、彼を問い詰めるべきかと思います。スマホに女子生徒の写真情報を残させないなど、徹底した組織力は、南校の生徒に対して絶対的支配権を持つ『オカダイ』の指導に違いない、というわけなんです。今回の事件に関与している可能性も高いと思われます」
「その『オカダイ』がどこにいるのか、キミは知っているのかな?」
警部は腕時計を気にしながら尋ねた。
「私が案内します」と、パンナは答えた。
警部は、屋高に目配せした。
「先に行って、車を用意してきます」
屋高は機敏な動きで、先に部屋を出て行った。
警部とパンナは、その後に続いた。




