二
「そうか。咲いたのは真ん中の赤い花だったんだね」
佳人のその言葉を聞いて、梨菜はホッとした。
「やっと伝わった。コツが掴めてきたね」
佳人が笑顔で言ってくれるのが、梨菜にはとても嬉しかった。
「言葉を使わずに、何かを伝えるって難しいですね」
「情報の扱い方さえマスターできれば、言葉を探すより簡単だよ。『遠隔感応』は『権限者』の入門スキルとして最適なんだ」
「つまり、一番簡単だってことが言いたいんですね」
「そう言うこと」
「まだまだ私には練習が必要ですね。たったこれだけのことを伝えるだけなのに一週間かかりました」
「『権限者』であることには、自信を持って良いと思うよ。『権限』が無ければ、一生かかったって何も覚えられないのだからね」
「確かに、私は練習を繰り返して、簡単なメッセージを佳人さんに送ることができたけど、これってどういうことなんですか? 私には何が起きてるのか、さっぱりわかりません」
「キミが『遠隔感応』を習得できたら教えるつもりだったんだ」
佳人は口をつぐみ、ほんの少し首を縦に動かす仕草をした。
佳人がメッセージを送る前に見せる癖だ。
《梨菜さん》
佳人のメッセージが、梨菜の頭の中に飛び込んできた。
メッセージの内容が鮮明だ。
梨菜の作るメッセージは、これほどクリアーな感じではない。
《慣れない内は、余計な情報まで一緒に掴んでしまうからね。その余計なモノが、ノイズの原因になるんだ。練習のつもりで、もう一度『遠隔感応』でメッセージを送ってごらんよ》
梨菜は目をつむり、メッセージを組み立てるための集中を始めてみた。
これが、なかなか難儀な操作だ。
例えるなら、頭の中に置いてある重い石を動かさなければならないような感じなのだ。
梨菜には、佳人のように連続してメッセージを送ることができない。
やはり、コツがいるのだろう。
石は重い。
持ち上がらないから足で蹴ったり、何か良い道具は無いか、あたりを見回してみた。
もちろん、頭の中に気の利いた道具なんてあるわけがないので、無駄な探索に過ぎないのだが。
どうしても動かすことができない。
さっきも同じ調子で、全然うまくできなかったのだ。
悔しまぎれに石を蹴ってみた。
頭の中での動作だから、思い切り蹴っても痛みは感じない。
だが、石の重みは蹴った脚に伝わってきた。
それでも、石は動かない。
さっきは、どうやったのだろう?
今みたいに、力ずくで動かそうといろいろやって、どうにもできないでいて、泣きベソをかいてたら、ひょんなことで石を動かすことができたのだ。
あの時、石はフワリと浮かび、意のままに宙を漂い、頭の外に出ていった。
あの時と同じ状態を再現してみよう。
苦戦の末に泣きベソをかいていた。
それから、あまりにも石が動かないので、怒りをぶつけていた。
梨菜は、頭を軽く小突いた。
思い出せ。
そこに答えがある気がする。
怒りをぶつける。
その方法が何だったのか。
石を蹴ったり、踏んづけたりとかの物理的な方法ではない。
そこで、梨菜は思い出した。
あの時、私は何て憎たらしい石なんだろうと思ったんだった。
お前なんかどこかへ行ってしまえ、と頭の中で何度も繰り返したのだ。
そうしたら、石が動き出して……
梨菜は、再び集中を始めた。
動け。
動け。
あっち行け!
私の前から消えなさい。
動いて!
あっち行って!
飛んでいくの!
ここにいないで!
私を悩ませないで!
早く!
早く動いて!
何で動かないの?
さっきは上手くいったじゃない。
ほら、動いて!
もう、いい加減にして!
この時、石がほんの少しだけ振動したが、梨菜は念じることに夢中になっていたため、そのわずかな変化に気付けなかった。
集中を続ける内に、石に対して動くよう要求していたメッセージが、段々と様相を変えていった。
どうしろって言うの?
どうしてほしいの?
何で、私がこんなに苦労しなくてはならないの?
いい加減にして!
早く動け!
その時、ビクともしなかった石がフワフワと風船のように浮かび上がった。
《やった!》
佳人の声が伝わってきた。
《もう一度、動けって強く思ってごらんよ》
佳人の言うとおりにすると、石は勢いよく水平に移動を始め、頭の外へと飛び立っていった。
《うまくいったね》
「本当にうまくいったんでしょうか」
梨菜は、不安そうにしていた。
《メッセージは届いているよ。咲いた花は『サルビア』だった。今やったように、強く念じることでメッセージは飛ばせるんだ》
「私は、怒りをぶつけただけです」
《手段はどうあれ、メッセージは飛んだんだ。怒りのエネルギーが、物理的にメッセージを飛ばしたわけじゃない。メッセージを飛ばせたのは、キミが『才能』をうまく使いこなせたからだよ》
「『才能』って何?」
《梨菜さん、さっきから口を使ってるよ》
梨菜は、とっさに口に手を当てるが、不服そうに口を尖らせた。
「『遠隔感応』での会話は時間がかかります。私がもっと上手にならないとダメですよ」
《練習しないと上手にならないよ》
「会話に時間が掛かるのはストレスです。手っ取り早く上手になる方法を教えて下さい」
佳人は、声を上げて笑った。
「わかったよ。手っ取り早く上達できる技は無いけど、何が起きていたのか、口を使って説明してあげるね。まず、我々の周囲には、様々な情報を持つ粒子のようなものが存在すると仮定する」
「仮定する?」
梨菜の頭の上にクエスチョンマークが現れた。
「本当にそんなモノが存在するのかどうか立証できていないけど、このように考えると辻褄が合うし、説明しやすいんでね。粒子は、個々の情報を保有している。それは、キミのほんの周囲のことであったり、少し離れた場所のことであったり、ものすごく離れた場所のことであったり、はたまたキミの心の中のことであったり、それらを集めることで、いろんなことを知ることができる。ここでは、その粒子のことを『魔法の目』と呼んでる」
「マジック・アイ……」
梨菜は、佳人の言った言葉をそのままなぞった。
「『権限者』とは、この『マジック・アイ』を利用できる者のことを言うんだ。さっきの『遠隔感応』に話を戻そう。『遠隔感応』とは、自分が求める情報を持つ『マジック・アイ』を集め、目的の人物へと送る操作を指すんだよ。この考え方がわかるかな? つまり、『マジック・アイ』の選定が必要なんだ」
「余計な『マジック・アイ』を集めないってことですね」
梨菜の言った内容に、佳人は親指を突き出した。
「そのとおり。キミの送信情報が石のように重くなったのは、選定がまだまだ甘いからだね。これには訓練が必要だよ」
「訓練ですか……」
梨菜は、消化しにくそうな料理を前にしているような顔をした。
佳人は快活に笑い声を上げた。
「まだ始まったばかりだよ。頑張ろう!」