十九
「こちらです」と、屋高は『会議室』と表示された部屋に、浦崎警部を案内した。
警部は戸を潜り、部屋一杯を占める円形のテーブルの手前側に、すでに着席している矢吹パンナと、犬飼武志の二人に注目した。
二人は警部の入室に合わせて起立し、警部と屋高に向かって、お辞儀をした。
「やあ」と、警部は右手を上げて応えた。
パンナが自分たちと対面する奥の席へ案内しようとすると、警部が「キミの隣に座りたいんだが」とはにかみながら言った。
「もし、イヤでなければね」
パンナは、きびきびとした動作で、「こちらへどうぞ」と自分の隣の椅子を引き出した。
「どうせ座るなら、キレイなヒトの隣が良いからね」
警部は嬉しそうに案内された席に座る。
屋高は会議室のドアを閉め、警部の隣に着席した。
合わせて、パンナと犬飼も着席した。
つまり、円形テーブルの上座を抜かして、手前側に四人が一列に座る配置となった。
「皆さんには、すでに事件捜査に協力してもらっているようだから、承知していると思うけどね」
警部がオホンと咳払いを交えながら、進行を始めた。
「こうして、みんなが揃ったところで自己紹介を始めよう。まず、こちらは私と同じI市警察署刑事課に配属する屋高竜一クンだ」
警部が隣に座る若い刑事を紹介した。
「屋高クン、こちらの女性は、この学校の生徒会長をしている矢吹 パンナさん」
今度はパンナの側に手の平を向けた。
「浦崎さんの姪御さんですね。全然似てなくて、すごい美人で安心しました。屋高です。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
屋高とパンナは、警部を挟んでお辞儀を交わした。
次は、パンナが巨体の犬飼に手の平を向けた。
「こちらは、生徒会副会長の犬飼武志さんです」
紹介された犬飼は無言で会釈する。
岩のようにゴツゴツした顔の内側に、いったいどんな思想が詰まっているのかは、外見からは想像できなかった。
「たくましい体つきだね。身長はいくつあるの?」
警部が犬飼に尋ねた。
「百九十六センチです」と、パンナが答えた。
「武道か、何かやってるのかな?」と、警部。
「男子水泳部の部長をしています」と、またもやパンナが答えた。
「何で、キミが答えるのかな。彼は口が聞けないのかな」
警部が怪訝な顔をした。
「話はできます。人と話をするのが苦手なんです」と、パンナ。
「神経症か何かですか。メンタル的な障害とか」
今度は屋高が尋ねた。
「いえ、ただ苦手なだけです」と、パンナが回答した。
「そんなんで部活動の部長とか、生徒会の役員とか務まるのかな」
「現にできてます」
「引込み思案なら、今の内に解決しておかないと、社会に出たときに、いろいろ困ると思うよ」
「私が何とかするから大丈夫です」
「キミが何とかするって……」と、警部が言葉を詰まらした。
「まぁ、いいか。それより、事件の説明を始めてもらおうかな」
警部が促すと、まず屋高が手帳を開いて、読み上げ始めた。
「沢木仁志を始めとする検挙した生徒達は、全員がI市立南校の生徒でした。総勢四十八人」
「キミたち、二人だけで対処したそうだね」と、警部はパンナに尋ねた。
「はい」
パンナは快活に返事し、さらに「首謀者は、おそらく丸野英治と思われます」と、続けた。
「丸野英治?」と、警部は眉をしかめた。
「沢木と、電話で連絡を取り合っていましたから」
「状況はどんな感じだったのかな。全員を正門に集結させていたのかな」
「いえ、最初は全ての門を封鎖し、数名に学校の周りを巡回させていました」
「囲んでいたわけだ。つまり、中の者が外に出られないように」
警部が顎を撫でながら言った。
思考を巡らせている時の癖だった。
「何が目的だったんだろうか?」
「『何が』というより、『誰が』と置き換えられた方が良いですね」
「つまり、それは?」
「誘拐が目的だったと思われるからです」
パンナの言葉に、警部は目を丸くした。
「五十人もの人間を導入して誘拐を働くなんて、標的となる相手はいったいどんな人間なんだろうな。よほど、強いヤツを相手にしようとしたのかな。キミみたいに」
警部の言葉に、パンナは肩をすくめた。
「もし、私が誘拐を働く立場だったら、そんなに強い相手に正攻法は取りませんね」
「五十人もの不良共を動員することが、正攻法なのかな」
警部が苦笑した。
「だが、検挙した中に丸野英治は含まれていない。彼は、まんまと逃げおおせたわけだ。つまり、目的を達成した」
「私の責任です」と、パンナは肩を落とした。
「キミを責めるつもりはなかったんだが」
「門を塞いでいた連中の排除から始めた判断が間違っていました。他の生徒会メンバーは教室にいる生徒たちに外に出ないよう注意を呼びかけるように指示してしまいましたし、犬飼クンと二人だけで対処できると判断した私が、きっと思い上がっていたんです」
パンナは、両目をつぶった。
警部は、少し困った顔をした。
「屋高クン、報告の続きを」
落ち込むパンナを尻目に、警部は屋高を促した。
「丸野英治は、数人のメンバーを自分の教室の前に呼び寄せていたようです」
屋高は、パンナの様子を気にしながらも、報告を続けた。
「教室の前で待ち合わせをしてたのかな?」と、警部が尋ねた。
「いえ、教室を囲んで、出入する生徒たちを監視していたようです」
「つまり、目的とする対象は、丸野のクラスメートだったというわけか」
「検挙した生徒たちの供述によると、その対象が女子生徒であることはわかったのですが、名前までは突き止められませんでした。関係者全員、写真しか見せられていなかったそうです」
「その写真はあるのかな?」
警部はあまり期待していないながらも、念のために聞いてみた。
「ありません」と、屋高から期待どおりの返答があった。
「スマホを使って、メンバーに顔を周知させていますが、すぐに削除するように言われたそうです。このあたりが徹底していまして、一人としてスマホにデータを残していませんでした」
「丸野英治は、よほど神経質なヤツらしいな。要するに、誰が連れ去られたのかは、今の段階ではわかっていないということか」
警部は、軽く歯軋りをした。
「騒動は終業前から起こっていたのですが、すでに何人かは帰ってしまっていましたから」と、屋高は補足した。
「丸野英治の行動についてですが、教室を出る前に、窓を開けて校舎の犬走に降りて、何かを探していたそうです。ほんの数秒らしいのですが」
「探し物か。パンナ、キミたちは南校舎に面するグラウンドにいたんだろう。丸野の行動を外から確認できたと思うんだが」
「いいえ。気づきませんでした」
パンナは、声を落とし気味に答えた。
「たいてい注意は払っていたのですが、その時は確実に全部の行動を監視できていたとは言えない状況でした」
「五十人近くの男子を相手にしていたんだから仕方がないか。丸野英治は、その後はどこへ行ったのかな」
警部は、屋高に尋ねた。
「教室を出て、西側の通路を通って、北校舎に向かったそうです」
「例の宿直室の現場か……まっすぐに、そこへ向かったんだな」
「おそらく、まっすぐです」
「躊躇せず、まっすぐに向かったのなら、自分の推理がまとまった状態だったんだろうな」
「え?」と、パンナは目を丸くした。
「どういうことですか?」
「丸野が犬走に降りたのは、その時点で標的に逃げられていた、と考えられるね。つまり、行動の推理と確認をしていたんだよ。すぐに教室に戻ったところを見ると、割と頭が働いたようだ」
警部は、テーブルを指先でリズミカルに叩きながら、そう答えた。
「標的となる女子生徒は、犬走を通って、監禁された教室から脱出したということで間違いはないと思います」と、屋高が言った。警部は、うんうんと何度も頷いた。
「パンナ……キミの注意が働いていなかったタイミングで、いろいろと事が進んでしまっていたようだね。キミを責めるつもりはないんだが」
「やっぱり、私の責任です」と、パンナは言い、肩を落とした。
「この間、喫茶店で見せてもらったけど、キミには超人的な『才能』があることがわかった。にも関わらず、相手は、その隙間を潜るように行動しているんだからね」
「丸野英治が、ですか?」と、屋高が尋ねた。
「丸野英治だって? とんでもない。彼は、単なる提灯持ちだよ。私が言っているのは、標的になった女子生徒のことだ」
パンナも含めて、一同は不意に頬を叩かれたような顔で警部を見つめた。