十五
「これまでは、『マジック・アイ』の持つ特性の内、情報処理的な側面について、キミに教えてきたわけだけど……」
佳人は、どことなく躊躇を見せながら語り始めた。
あまり教えたくない話をしようとしている、と梨菜は感じた。
また、部屋の隅に置いてあるコンクリートの板が気になった。
大きさが約五十センチ四方で、厚みが七、八センチ程度、かなり重そうで、排水溝のふたに使われているモノに似ていた。
移動を考慮してか、頑強な台車の上に載せられていた。
「ところで、梨菜さんは、けっこう身長が高いけど、どれくらい?」と、唐突に佳人が話題を変えてきた。
「百七十六センチです」と、梨菜は抑揚なく答えた。
いつものように椅子に腰を落ち着かせ、長い両脚を前に揃え、膝の上に両手をのせ、背筋をピンと伸ばした姿勢を維持した状態で。
「年齢は、今は十四歳?」と、佳人はさらに尋ねた。
「はい」と、梨菜はうなずいた。
「五月で十五歳になります」
「そうか。まだまだ大きくなりそうだね。力もありそうだ」
佳人は、そわそわしながら、梨菜の外見について感想を述べた。
「あ、気を悪くしないでね。キレイになる要素も大いにあって、もっとキレイになるんだろうなという期待感も含めての話だからね」
いかにもへつらうような感じで、いつもの佳人らしくないが、梨菜は口を一文字につぐんだまま、じっと耳を傾けていた。
「ごめん。話が、あっちこっちに行ってるようで、申し訳ないんだけど」と、佳人は苦笑した。
「キミは、かなり強くなりそうだから、ちょっと心配なんだ。これから話す内容が、キミにどんな影響を与えてしまうのか……良い影響ばかりとは限らない話なんで」
「私の倫理の問題ですか?」と、梨菜がすかさず尋ねた。
「つまり、私が悪用するのではないか、と心配だとか」
「いや、そうじゃない」と、佳人はきっぱり答えた。
「キミが信用できない、ということを言いたいのではないんだよ。これからボクが話す『才能』をキミが得ることで、キミ自身にさまざまな問題が降りかかってくるという懸念があるということだよ」
「私は、佳人さんの判断に任せます」と、梨菜は静かに言った。
「佳人さんが私に伝えたくないことについて、私は詮索したりしません」
梨菜の言葉を佳人は目を閉じながら聞き、「キミは強くなる」と、佳人は小声で繰り返した。
そして、部屋の隅にあるコンクリート板の所に行き、台車を転がしながら梨菜の前に移動させた。
「『マジック・アイ』のもう一つの特性である、『攻撃側面』について話をするよ」と、佳人は言いながら、羽織っていた茶色のフィールドコードを脱ぎ、ワイシャツ姿になった。
さらに、右手だけ袖をまくり、手の平をコンクリート板の中央に垂直に立ててみせた。
「『マジック・アイ』は情報を持つ粒子だと教えたが、その本質は、実はエネルギー物質そのものでもあるんだ」
佳人は、構えた右手をそのまま上方に持ち上げ、同時に大きく息を吸い込んだ。
佳人の右手にジワジワと汗がにじみ出てきた。
よく見ると金色に光る金粉のようなモノが汗に混じっているのが見えた。
梨菜は、その様をじっと見つめていた。
「局所的に代謝機能を促進させ、発汗させるには訓練が必要だが、今はそのことが重要じゃない。光っているモノに注目してほしい。これは、体内に取り込んだ『マジック・アイ』をエネルギーとして使える状態にしたんだ。この状態を『臨界状態』と呼んでる。ボクは、息を吸い込む動作をしたが、このことはメンタル面での効果を狙ったもので、『マジック・アイ』を体内に取り込むこととは、あまり関係のない動作だよ。なぜなら、『マジック・アイ』は大量にボクの周辺を漂い、遠慮なくボクの身体を通り抜けているからだ。そして……」
佳人は、光り輝く右手を頭上に掲げ、垂直にコンクリート板に向かって振り下ろした。
佳人の右手の側面がコンクリート板に接触した瞬間、ドンという激しい爆発音と、空気を振動させるような衝撃が球状に広がり、それは梨菜のいる場所にも届いた。
梨菜は、空気の衝撃を向かい風のように受け入れた。
佳人の手の平が接触した箇所から、コンクリート板にヒビが入り始めた。
見る見るうちに、ヒビは底面まで到達し、頑丈なコンクリート板は、見事に二つに割れた。
「『爆発』と『治癒』。今見せたのは、この二つの『才能』だよ。コンクリート板を割ったのが、『爆発』による効果。そして、わかりにくかっただろうけど、ボクの手を保護するために、『治癒』も発動させているんだ。さすがに、コンクリート板ともなると、ボクの手の方がもたないからね」
梨菜は、声にこそ出さなかったが、驚きの表情を隠せないでいた。
* * *
「犬飼クン」と、パンナが呼ぶと、離れて静観していた犬飼が、ゆっくりと近づいてきた。
パンナは、汚れ一つ付いていないブレザーを彼から受け取り、それを羽織った。
「ご覧のとおり、キミたちのリーダーは倒れたよ。まだ、反抗を続ける気かな?」
パンナがうずくまっている沢木をあてつけがましく指差すが、残った兵隊たちは、体を震わせながらも、それぞれが所持している武器を握る手に力をこめた。
リーダーが倒された状況でも逃げるつもりは無さそうだ。
「バカな人たち。逃げるわけにはいかない理由があるんだね。犬飼クン、後始末をお願いしていいかな。全員逮捕して、事情聴取するよ」
犬飼は、容赦なく兵隊の束に向かって、堂々と歩みを向けた。
兵隊たちの間に動揺が湧き起こった。
「統率は取れてるようだね」と、パンナが冷静につぶやいた。
「背後に強力な恐怖心が植え付けられている。彼らのボスに罰せられるか、私に罰せられるかの違いだけど、どうやら、私に罰せられる方がマシみたいだね」
パンナは、後始末を犬飼に任せ、三階にある二年B組の教室に視線を向けた。
「丸野英治。もう、教室にはいないようだけど、残党はまだまだいるね。いったい、何人集めたんだろうか」
一般生徒たちの姿は不自然なくらい、どこにも見見当たらなかった。
パンナは、薄暗い校舎内に入り、西通路の方角へ向かった。
「わかりやすいよね」と、パンナはクスクス笑いながら、校舎の奥に向かって言った。
「誰もいないんだもの。ジャマになるものを追い払ってる、って魂胆が見え見えじゃないか」
にわかに、ざわめきと荒々しく戸を開け放つ音が一斉に廊下に響き、ぞろぞろと武器を構えた黒い詰襟の男子たちが、パンナの行く先を塞いだ。
「まだやるのかなぁ。無駄だと思うけど」
パンナは、戦闘態勢に入った。