十
「さて、新しい『才能』の話をする前に、これまでに教えた『マジック・アイ』の持つ性質をおさらいしてみようか」
佳人は、部屋の壁から壁へ、間口いっぱいいっぱいを余さず折り返しながら、話を始めた。
梨菜は、部屋のほぼ中心に置いた椅子に座り、目だけで佳人の動きを捉えていた。
「ちょっと、キミが答えてごらんよ」
「『マジック・アイ』は、私たちの身の回りに無数にあって、それぞれが何らかの情報を持つ粒子だってことでしたね」
佳人は親指を突き出し、「『マジック・アイ』の持つ情報の種類は?」と、尋ねた。
梨菜は「周囲四十九メートル以内の状況に関わること」と、答えた。
「その数値はキミの場合だね」と、佳人が補足した。
「他の『マジック・アイ』の持つ情報に関わること」と、梨菜は続けて答えた。
「『連鎖』の要素だね。他には?」
佳人は、催促するように尋ねた。
それに対して、梨菜は、「それだけです」と言い切った。
「『時系列』の要素を忘れてるよ。『マジック・アイ』の持つ情報は、現在の状況であるとは限らない」
佳人は、なおも壁から壁へ移動する足を止めなかった。
「そうでした。『マジック・アイ』は、時間の情報も持ってるから、並べ替えることによって、歴史を知ることができるんでしたね」
「そう。運が良ければ、人類創世記におよぶ太古の歴史にまで遡れるかもしれない」
「本当ですか?」と、梨菜は疑わしそうに尋ねた。
「理論上はね」
佳人が答え、梨菜はフフッと笑った。
「佳人さんの『理論』は信用できないです」
それを聞いて、佳人は腹を押さえて笑う。
「言ってくれるね。なかなか大昔の情報を持つ『マジック・アイ』には巡りあえないんだよ。多くは、『権限者』たちに消耗されるか、現在の情報に置き換えられてしまうか、でね」
「私と佳人さんでメッセージを送り合うときも、『マジック・アイ』の情報の書換えを行っていますしね」
「元の情報を確認すれば良いんだろうけど、つい、無作為にやってしまうからね」
「今からでも根気よく探していけば、歴史を見つけられるかもしれないですね」
「それと未来もね」
佳人から何気なく出たその言葉に、梨菜は、すぐにその奇妙さに気づけなかった。
「未来?」と、梨菜は首をかしげた。
「そうだよ」
佳人は、平然と答えた。
「『マジック・アイ』は、未来の情報も持ってるんですか?」
「断片的だけどね」
佳人は、窓の前で梨菜に背を向けて立ち止まった。
まぶしい陽光が、佳人のシルエットを黒く浮かび上がらせた。
「たとえば、これからボクが交通事故に遭遇する情報を手に入れたとする。時間は三時間十五分後。場所は、すぐそこのコンビニに行くまでの横断歩道のある所。ボクが横断中に急に軽自動車が現れ、ボクと接触する」
「それは本当の話?」
梨菜は立ち上がり、張り裂けるような声で佳人の背中に投げかけた。
佳人は、ゆっくり梨菜の方を振り返った。
彫りの深い容貌に、陽光が複雑な影を描いていた。
「例えばの話だよ」
梨菜はホッとため息を漏らし、再び着席した。
「軽自動車が急に現れるなんて事態は、ボクの感覚的なモノだよ。たぶん、ボクの不注意だろうね。わかってるのは軽自動車にはねられるって事実だけだとして、そうなる経緯を知ることで、回避できる可能性が出てくる。でも、その経緯を知るには工夫がいるんだ」
「工夫?」と、梨菜は佳人の言葉を復唱した。
「関連する情報を持つ『マジック・アイ』を、さらに捕獲する手もあるけど、全部は揃えられない。時間は、どんどん進行する。そうこうしてる内に、回避できる最後のタイミングを逃してしまうおそれもある。だから、早い段階で計算するんだよ。その結果に、なぜ至るのか。筋道を計算によって求めれば、これから起きることに対して干渉できる。ボクは、『予測(Prediction)=プレディク』って呼んでるよ」
「『予測』……」
梨菜は、佳人から教わった言葉をなぞってみた。
* * *
「本当かそれは?」
森脇恭二は、頬に密着させたスマホに向かって、甲高い声を上げた。
《本当です》と、相手の小田が返答した。
《送信履歴が二回残っています。昨日、撮影した後、すぐに送っています。そして、今送ったモノと……》
「ボクのスマホは、今送ってもらったのしか受信してないよ。昨日のは、どこに行ったの?」
森脇が口を尖らせた。
《メールは、時々そういうことが起きます》
小田が言い訳した。
「もう三年くらいスマホ使ってるけど、今までにそんなことは起きたことが無いんだけどな」
森脇は、なおも不服そうに言った。
《メールサーバーの采配ミスか、通信経路の混雑の影響で、送ったメールが行方不明になってしまうことは、ごく希ですが、起きることがあります。ずいぶん遅れてから届くこともあります》
電話の相手は見えないが、小田がたじろぎながら理屈をこねている姿は、容易に想像できた。
「遅れるって、どのくらい?」
森脇は強い口調で尋ねた。
《場合によっては、一ヶ月ほどかかる時もあります》
「じゃあ、このまま一ヶ月待っていれば、もう一通のメールが届いてくれる、って言うのかな?」
森脇の問いかけに、小田からの返答は無かった。
「キミが言う、機械的なトラブルだったらあきらめるけど、たとえば、誰かに傍受されてたら、ちょっと面白くない話だよね」
《……そうですね》
小田の観念した弱弱しい声が戻ってきた。
「もし、そういうことができるとしたら、矢吹嬢以外に思い当たるヤツいるかな? たぶん『生徒会警察』の動きじゃないと思うよ。もし、彼女の仕業だとしたら、ボクに気づかれるような、ずさんなやり方はしないだろうからね」
森脇の問いに、《……一人います》と、小田は静かに返答した。
《スマホ・タブレット同好会を立ち上げた嶋田幸次がいます。彼は、通信プロトコルを熟知してます》
「西藤有利香の情報を欲しがっていた丸野クンが、そいつに頼んだかな?」
《おそらく》
「丸野クンに、してやられたわけだ。だとしたら、一度、痛い目にあわせてやらなきゃね」
森脇は通話切断のボタンを押し、小田が送ってきた写真を眺めて、ニンマリと笑った。
「可愛いな。瞳が大きくて、白いヘアバンドが似合ってる。それに賢そうだ」




