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饅頭こわい  作者: 佐原凍理
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【前編】饅頭こわい

こちら前編となっております。

 僕には素敵な能力がある。それは、他人の感情を饅頭にするというものだ。なぜ饅頭なのか、なぜ他人の感情を物質にできるのかという疑問はともかく、できるものはできる。この能力が芽生えたのはまだ幼い頃で、もしかすると使い方がわからなかっただけで産まれた時から持っているかもしれない。この能力が明らかになった発端は、僕が通う保育園で出所不明の饅頭が連日発見されたことだった。しかもそれは大抵饅頭にしては不味くて、しかも毎日違う所に出現していたと言うのだから間違って子どもが食べないように保育士のみなさんは大変だったろう。結果としてそれは僕の能力によって僕の組の先生の感情が饅頭になったものだったのだけれど、饅頭が出なくなったのはその先生が日に日に酷くなっていく園長からのパワハラに耐えかねて仕事をやめてしまった後だった。これは親から聞いた話だから真実かどうかはわからないが、少なくとも彼女が保育士をやめてしまったのは事実だ。

 どうやら僕の能力によって生まれる饅頭は、一般的にいいとされる感情がもとになるほど美味しく、甘い味になるようだ。逆に、恨みとか悲しみとかの感情だとしょっぱかったり辛かったりするらしい。断定できないのは、僕自身が食べても味がわからないからだ。ともあれ、僕の能力による事件は、小学校に上がってからも続いた。今度は確か3年生か4年生の時で、対象は同じクラスの女子だった。今でこそコントロールできるからいいものの、当時は自分にそんな能力があるとは微塵も思ってなかったから、あんなことをしてしまったのだろう。もし僕が時を遡れたのなら、少なくとも彼女を対象にはしなかった。彼女は内気でいつも読書しているような女の子だった。それが理由かは知らないが仲のいい友達があまりいなかったようで、からかいの対象になることはよくあった。僕はそれを見て止めようとも参加しようとも思わなかった。先生に言っても良かったけど、もし僕が密告したなんてバレたら、酷い目に遭わされるかもしれなかったから。それに、言い訳がましいかもしれないけど、その時はまだ本人もそこまで辛くなかったと思う。何にせよ、僕が傍観者に甘んじていたのは事実だ。だが、事件は起きてしまった。

 最初はただ饅頭が出た、持ち込んだのは誰だ、という学校に菓子を持ち込んだ生徒がいるというだけの認識だった。勿論それで犯人が見つかるわけがないし、事件は毎日発生しながらも先生が発見して没収するという日常になろうとしていた。ところが、ある日先生がくる前に饅頭が発見された。そこで、その女の子に食べさせてみようという話になった。彼女は抵抗していたが、さすがに男子複数人の力に勝てるわけもなく、大人しく饅頭を食べていた。その時、クラスで人気の男子が正義感を発揮してしまった。別にそれが悪いこととは思わない。ただ、タイミングが悪かったと思う。彼女は饅頭は美味しかったから大丈夫、と助けを断った。だがその場には女子もいて、反感を買ってしまったのだろう。その日から、からかいは酷くなった。端的に言うといじめだ。臆病な僕はそれでも傍観者のままでいた。そしてそれが露呈するのにそんなに時間は要らなかった。何せ原因の一部となった男子本人が先生に報告したのだ。それも、みんなの目の前で。僕も驚いたが、いじめていた子たちの驚きはそれの比ではなかっただろう。そしてその子達は説教され一件落着、とはならなかった。一時は止んだものの、またすぐに再開された。前よりもずっと酷くなって。結局、このいじめは被害者の女の子が引っ越すことで終わった。終わり際には男子はもうやり過ぎなのはわかっていても後に引けないようになっていたし、その手段以外での解決は無理だったと思う。それでも、罪悪感がないわけではないのだ。

 さて、肝心のこの能力が僕自身のものであると気づいた一件に関しては、特に描写することがない。たまたま家に饅頭が現れて、囓ってみたら味がしなかった。授業中にお腹が空いたからまた饅頭が出ればいいのにと願った。そしてその願いに応じて、饅頭は現れた。最初は偶然だと思っていたが、繰り返し饅頭を出現させることにより必然という確信に変わった。そして過去の体験から、むやみやたらにこの能力を使用するのを控えるようになったのである。おやつが欲しいなら買えばいい。想いを知りたければ尋ねればいい。そして何故こんなに長ったらしく僕のこの下らなくて馬鹿らしい能力の説明をしたかと言うと、クラスメイトの女子からの頼みを断るためである。

 僕は今高校生で、彼女とは中学からの仲である。なんと中学校に入学してからずっと同じクラスという地味な奇跡が起きているが、どちらも地元の中学校から地元の高校に上がっている。だから、そんなこともあるだろうという認識である。だが彼女はそうではないらしく、こうなったのは何かの運命であると断言して引かない。こうなったのにも勿論原因はある。それは僕の極端な金欠と空腹によるものである。僕は先程、能力を使って饅頭を出しておやつにするくらいなら、買った方がはるかにマシだ、というようなことを述べた。だが恐るべきことに、僕にはそんなお金すらなかった。恐らくだが、そこらの小学生と所持金がいい勝負をしていると思う。だから、僕はできるだけ節約していた。しかし、昼食を食べなければ午後の授業には集中できないだろう。実はこのあとに数学の小テストが控えているのである。日頃からわりかし真面目に勉強している僕にとって難しいというほどでもないが、空腹で満身創痍の状態できちんと解ける自信はない。だから饅頭を出そうとした。さすがに人目につかないところでやろうと思い、トイレの中で落ち着いて饅頭を出そうとした。対象は誰でも良かったが、どうやら自分ではできなかったらしいので、適当にクラスメイトの顔を思い浮かべた。彼女ならいつも楽しそうにしているし、まず美味しくないということはないだろう、と思ったからである。だが、奇遇なことに僕は個室の鍵を閉め忘れており、局部を露出していなかったからそれは良かったのだが、饅頭が現れる瞬間を見られてしまったのである。そしてその扉を開いた人物は、僕が思い浮かべたクラスメイト本人だった。

 本当に、困ったことになった。最初はどうにかごまかせないか色々言ってみたが、どれも聞き入れてもらえない。彼女の中ではもう、僕は饅頭を出せる魔法使いか超能力者ということになっているらしい。まぁ間違ってはいないのだが、バレたくはなかった。しかし、僕はとんだ愚かなことをしでかしてしまった。押しに負けて、何度も饅頭を出してしまったのだ。そして出すこと10回目、饅頭をどれも一齧りしかしていない彼女から、驚くべき言葉が紡がれた。

「もしかして、私の感情と饅頭の味って連動してる?」

お読み頂きありがとうございました。よろしければ感想お願いします。

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