『ぼくのしあわせ』コーギーとリスの物語
おじいさんが死んだ。
ぼくは、ウェルシュ・コーギーのコーギー。
おじいさんが名前を付けるのが面倒だったのか、コーギーと言うのが名前だと思ったのか、ぼくの名前はコーギーになったんだ。
そして、もう一匹。
シマリスのりすちゃんがいる。
おじいさんがどこかで拾ってきたんだ。
来たばかりの頃は泣いてばかりで、ぼくも本当に困ったんだ。
「りすちゃん、もう泣かないでよ。ぼくも悲しくなっちゃうよ」
毎日、ぼくはこう言って、りすちゃんに話かけたんだ。
「だって、だって、お家に帰りたいもの」
そう言ってりすちゃんは泣き続けていたんだ。
「りすちゃんはどこから来たの?」
ぼくは聞いてみた。
「森よ。大きな森」
「どこの森?ここから近いの?遠いの?」
「わからないわ。だって、おじいさんの車に乗せられてここに来たんだもの」
ぼくにも、わからなかったんだ。
ぼくが家で留守番している時に、りすちゃんをおじいさんが連れてきたから。
それから、ぼくはりすちゃんが寂しく
ならないように、いつも一緒にいたんだ。ご飯を食べる時も寝る時も一緒だ。
そして、おじいさんがぼくをひざの上に乗せて撫でている時も、りすちゃんはおじいさんの肩の上にいて、おじいさんに撫でてもらってたんだ。
ぼくたちは、家族のように仲良くしていたんだ。
毎日が楽しくて、このままずっと続くと思っていたんだ。
なのに…
おじいさんは死んでしまった。
ぼくとりすちゃんは途方にくれた。
どうしていいか わからなかったんだ。
りすちゃんはおじいさんが死んでからずっと泣いてばかりだ。
ぼくは いっぱい考えたんだ。
泣いているりすちゃんを笑顔にしたかったから。
そして、ぼくは決めた。
りすちゃんを森に帰そうと。
りすちゃんが生まれ育った森に帰れば
きっと笑ってくれる。
そうだよね?りすちゃん。
ぼくは、りすちゃんを連れておじいさんの家を出ました。
右に行っていいのか、左に行っていいのかわからないけど、ぼくはりすちゃんを背中に乗せて出発しました。
「コーギーちゃん、どこへ行くの?」
りすちゃんが背中から顔をのぞかせて聞きました。
「りすちゃん、りすちゃんの生まれた森に行こうよ。帰りたがってたよね?」
「森に帰れるの?コーギーちゃんと一緒に帰れるの?」
「そうだよ。一緒に行こう」
りすちゃんはぼくの背中で飛び跳ねて喜びました。
ぼくは、とても嬉しかったんだ。
りすちゃんの笑顔を見ることができたから。
ぼくたちは、とりあえず町の方に行くことにしました。
町には沢山の人がいて、沢山の車が走っていました。ぼくは、りすちゃんを落とさないように気をつけながら人と人の間を歩きました。りすちゃんは沢山の人と車にびっくりしたのか、ぼくの背中にしがみついてキョロキョロしていました。
「大丈夫だよ、りすちゃん。落ちないように捕まっててね」
「うん。落ちないようにするね」
ぼくたちが道の端っこを歩いていると
年老いた白い犬が前からやって来ました。
「お前たち、見かけない顔だな」
白い犬は、ぼくたちをジロジロと見ました。
「ぼくたちは、あっちの方から来たんだ。大きい森に行きたいんだけど、知らないかな?」
ぼくは白い犬に聞いてみました。
「森だって?ここは町だぞ。人や車ばかりさ。森なんかあるもんか」
そう言って白い犬は去って行きました。
「知らないって言ってたね」
りすちゃんがガッカリした声で言いました。
「大丈夫だよ。あのおじさん犬が知らなかっただけだよ」
ぼくは りすちゃんが心配しないようにそう言いました。
表通りを抜け、裏道に入って行くと小さな公園に出ました。
誰もいないその公園のベンチに1人の疲れた顔をした中年のおじさんが座っていた。おじさんはサンドイッチを持ったまま、ため息をついて下を向いていました。
「コーギーちゃん、お腹空いたね」
「うん、ごめんね、りすちゃん。食べ物探さなくっちゃ」
「コーギーちゃん、あのおじさんはサンドイッチを食べないみたいだよ。もらって来ようかな」
りすちゃんが、ぼくの耳元でささやきました。
「ダメだよ、りすちゃん!人の物を取ったら怒られるんだよ」
ぼくはあわてて注意しました。
「大丈夫だよ。取るんじゃなくて貰うんだよ。私が先におじさんのとこに行くから後からコーギーちゃんも来てね」
そう言うと、りすちゃんはぼくの背中から降りるとおじさんの方へ走って行きました。りすちゃんはおじさんの前まで行くとお辞儀をしました。とても優雅で綺麗なお辞儀です。
「おや、珍しい。シマリスじゃないか。こんな所にシマリスがいるもんかね?」
おじさんはそう言うと、りすちゃんをジロジロ見ました。りすちゃんはおじさんの肩の上に登ると、おじさんの頬をしっぽでくすぐったり、頬ずりしたりしました。
すると、疲れた顔をしていたおじさんの顔が笑顔に変わりました。
「くすぐったいよ」
そう言っておじさんは笑っています。
そこにぼくがしっぽを振りながら行きました。おじさんの前に座ると、りすちゃんもおじさんの肩から降りて、ぼくの頭の上に乗りました。
「お前たちは、友達なんだね。リスと犬が仲良しなんて珍しいね」
そう言って持っていたサンドイッチをぼくたちの前に置きました。
「さあ、お食べ。お腹が空いているだろう」
ぼくたちは夢中で食べました。
それを見ていたおじさんは笑っています。
「お前たちを見てイヤなことも忘れてしまったよ。ありがとう」
そう言って、ぼくとりすちゃんの頭を撫でました。
ぼくは何だかいいことをしたような気分になったんだ。
りすちゃんは、お腹がいっぱいになって眠くなったのかウトウトし始めました。ぼくは、りすちゃんを咥えると大きな木の下に行きました。
ぼくとりすちゃんは丸くなって、少し休むことにしました。
しばらくすると、ぼくは人間の足音で目が覚めました。辺りは薄暗くなっていたので、ぼくは りすちゃんを咥えると、そっと木の後ろに隠れました。
近づいてくるのは、1人の小さな女の子のようです。その女の子は泣いていました。
ぼくは、こんな時間に小さな女の子が公園に来るのは おかしいと思ったんだ。
ぼくは、そっと様子をうかがいました。
女の子は、ぼくたちが隠れている木の前まで来るとかがみ込んでしまいました。
りすちゃんも起きて、ぼくの頭の上で様子をうかがっています。
女の子は泣きやみません。
ぼくは、困ったな…と思っていると
りすちゃんが女の子の方へ飛び出して行きました。
「りすちゃん!」
ぼくは止めようとしましたが、りすちゃんは女の子の前に行くと、女の子の足の上に乗りました。
女の子は泣いている顔を上げて、りすちゃんを見ました。女の子はびっくりした顔をしています。
しばらくすると女の子はりすちゃんの方へ手を出しました。りすちゃんはその手の上に乗りました。
女の子は嬉しそうにりすちゃんを自分の頬まで持っていくと、頬ずりしました。
女の子はもう泣いていません。
ぼくは、ホッとして女の子の前に出て行きました。女の子はまたびっくりした顔をしましたが、ぼくとりすちゃんを一緒に抱きしめました。
何だか、ぼくは照れてしまったんだ。
女の子に抱きしめられたのは初めてだったから。
女の子とぼくたちは一緒に遊びました。女の子がどんどん元気になっていきました。泣いていたことなんて忘れているようです。
しばらくすると女の子のお母さんが迎えに来ました。どうやら、お母さんに怒られて泣いていたようです。
女の子はお母さんにぼくたちの話をすると、楽しそうにお母さんと手を繋いで帰って行きました。
「りすちゃんは人を笑顔にする名人だね」ぼくは感心して言いました。
「そんなことないよ。私はコーギーちゃんと一緒にいるのが楽しいだけだよ」
りすちゃんはにっこり微笑みました。
女の子と遊んですっかり暗くなってしまったので、今日はここで寝ることにしました。夜は寒いので、ぼくたちはくっついて丸くなりました。
次の日の朝、ぼくたちは公園を抜けてもう一度、町の方へ行くことにしました。
まっすぐ道を進んだ方が森に行けると思ったからです。
また町に戻ると人が沢山いて、車が多くて歩くのも大変でした。
ぼくらを見てイヤな顔をするおじさんや、ぼくの頭を撫でるお婆さん、りすちゃんを見て喜ぶ赤ちゃん。いろんな人がいて、なかなか前に進みません。
これじゃあ、いつ森に着けるかわかんないや。
ぼくはため息をつきました。
りすちゃんも疲れたのか、ぼくの背中でおとなしくしています。
「りすちゃん、大丈夫?」
ぼくは声をかけました。
「うん。大丈夫だよ。でも人がいっぱいで少し疲れたね」
「ちょっとどこかで休もうか」
ぼくは休めるところを探しました。
人通りの多い通りから、少し離れたところにパン屋さんがありました。
良い匂いがしてきます。
匂いにつられるように、ぼくたちはパン屋さんの方に行きました。
パン屋さんの前まで来ると、太ったヒゲのおじさんがパンを焼いていました。
ちょっと怖そうなおじさんだな。
ぼくは、そうっと通り過ぎようとすると
おじさんが店から出て来ました。
そして、優しくぼくの頭を撫でました。
顔は怖いけど、優しいおじさんでした。ぼくはホッとしました。
りすちゃんも安心したのか、ぼくの背中から顔を出しました。
おじさんは何も言わないでお店に入ると、ぼくにソーセージ、りすちゃんにはクルミを持って来てくれました。
ぼくとりすちゃんはお腹が空いていたので、大急ぎで食べました。
それを見るおじさんの目はとても優しかったんだ。
ぼくはお礼を言おうと、しっぽを振るとおじさんは何も言わずにお店に戻って行きました。
おじさんは無口だけど、とても優しい人だったんだ。
ぼくたちがパン屋さんから離れようとすると、黒いネコが一匹がぼくたちの前に歩いて来ました。
「あんたたち、気をつけな。この町でウロウロしていると大変なことになるよ。あんたたち、かなり目立ってるようだからね」
ぼくが何か言おうとする前に黒いネコは去って行きました。
大変なことって何だろう。
目立ってるって、ぼくたちのことかな。
もうちょっと教えてくれればいいのに。
ぼくたちは森に行きたいだけなんだ。
「コーギーちゃん、どうするの?大変なことになるって言ってたよ」
りすちゃんが不安そうな顔で、ぼくにしがみつきました。
「大丈夫だよ。ぼくがついているからね。早く森に行こう」
ぼくはりすちゃんを背中に乗せるとまた歩き出しました。
今度は人が少ない道を選んで行くことにしました。
それでも、すれ違う人達がぼくたちをジロジロ見ました。
ぼくたちは不思議に思いながら前に進みました。
細い道を抜けるとまた大きな道に出ました。
「また大きな道に出たね。森はないね」
りすちゃんが悲しそうな声を出しました。
「大丈夫だよ、りすちゃん。ぼくがちゃんと森に連れて行ってあげるからね」
ぼくはりすちゃんを励ましました。
本当は、ぼくも不安だったんだ。
どっちに行っていいのかわからないし、全然 森が見えてこないから。
でも、ぼくが元気がないとりすちゃんも不安になっちゃうから我慢したんだ。
大きな道に出ると、さっきよりもっと町の人たちがぼくたちを見るようになりました。コソコソと何か言っているようだけど聞こえないからわかりませんでした。
ぼくたちは人を避けながら小さくなって通り過ぎました。
その時、後ろから大きな声が聞こえました。
「いたぞ!リスを連れた犬がいるぞ!捕まえろ!逃すな!」
そう言って大きな網とロープを持った人がぼくたちを追いかけて来ました。
ぼくたちは何がなんだかわからないけど逃げました。
それでも、その人たちは諦めずにぼくたちを探しています。
ぼくは路地にあったゴミ箱の後ろに隠れました。
ぼくたちを探している人達の声が聞こえてきました。
「あのリスは人に有害なウィルスを持っているリスかもしれないんだ。絶対に捕まえるんだ。でないと保健所の面目が立たないぞ。苦情が押し寄せるからな。逃すな、何がなんでも捕まえるんだ!」
そう言って大きな道の方へ走って行きました。
「あの人達は保健所の人だったんだね」
「うん、そうだね」
りすちゃんがぼくの背中から顔を出しました。
「ウィルスを持ったリスって私のことかな?」
「違うよ。りすちゃんがそんなものを持っているわけないよ」
ぼくは、ちょっと怒った声で言いました。
「でも、あの保健所の人は私のことを探しているみたいだよ」
「大丈夫だよ。何かの間違いだよ。ぼくがちゃんと逃げるから、りすちゃんはぼくにしっかり掴まっててね」
「うん。コーギーちゃんがいるから大丈夫だね」
ぼくは、とにかくこの町をどうしたら抜け出せるか考えたんだ。大きな道に出るとあぶないから小さな道を選んで行くしかない。森に行くには遠回りになるかもしれないけど仕方ないと思ったんだ。
家と家の間を抜けて、少しずつ用心しながら前に進みました。人がいるかいないかを確かめてから道を渡りました。
「りすちゃん、なるべくぼくに隠れるようにして乗っていてね。顔を出しちゃだめだよ」
「うん、わかった」
ぼくは家や物の影を選んで歩きました。
そして、家と家の間から出ようとした時です。ぼくの後ろ足にロープが引っかかりました。
「捕まえたぞー!ロープにかかったぞ!」
保健所の人が大きな声を上げました。
ぼくは足のロープを外そうと一生懸命もがいたけど外れませんでした。
「りすちゃん、逃げるんだ!」
「いやだ!一緒にいる!」
「ダメだ!先に逃げるんだ!ぼくは後から行くから。絶対に後から追いかけるから!大丈夫、りすちゃん。だから逃げるんだ!」
ぼくは力いっぱい叫びました。
りすちゃんは、ぼくの声にびっくりしながら泣いて逃げました。
後ろを何度も振り向きながら。
「おい、捕まえたぞ」
3人の保健所の人が、ぼくを囲みました。そして気付きました。
「おい、リスがいないじゃないか!リスはどうした!どこへ行ったんだ!」
3人の保健所の人はパニックです。
「探せ!探せ!探すんだ!」
保健所の人が叫んで、りすちゃんを探しに行こうとしたのを邪魔するように、ぼくは思いっきり暴れました。
「こら、静かにしろ!大人しくしないか!」
保健所の人がぼくを抑えつけようとしたけど、ぼくは負けずに暴れ続けました。
1人の保健所の人がぼくに麻酔銃を打とうした時に、ぼくの後ろ足のロープが外れました。ぼくは逃げようと走り出そうとしたけど、前に立っていた保健所の人がぼくを捕まえて抑えつけました。
もうダメだと思った時です。ぼくから保健所の人の手が離れました。
ぼくは急いで走り出しました。
後ろを向いて見ると、りすちゃんが保健所の人の顔を引っ掻いていました。
それを止めようとした保健所の人の腕を渡ってまた次の人の顔を引っ掻いています。保健所の人はまたパニックになっていました。
ぼくは大声で叫びました。
「りすちゃーん!早く逃げよう!」
りすちゃんは保健所の人から離れて、ぼくのところに戻ってきました。
ぼくは、りすちゃんを背中に乗せると全力で走りました。
人と人の間をすり抜けながら、ぼくはもう怖いもんなんかないぞ!って気分で走ったんだ。ぼくとりすちゃんがいれば何でもできるって思ったんだ。
止まると捕まるような気がして走り続けました。町外れまで来て、ようやく止まりました。
「りすちゃん、さっきはすごかったね!りすちゃんって強いんだね!見直したよ」
ぼくは息切れしながら、それでも嬉しくて興奮しながらそう言いました。
「ううん。だって、コーギーちゃんと離れ離れになるのイヤだもん。私のためにコーギーちゃんが保健所の人に捕まるのイヤだもん」
そう言ってりすちゃんは泣き出しました。
きっと、本当は怖かったんだね。ぼくのために勇気を出して戻って来てくれたんだね。ぼくは、すごく嬉しくなったんだ。だから、ぼくはりすちゃんに顔を寄せて頬ずりしたんだ。
「ありがとうね、りすちゃん」
するとまた、後ろの方から保健所の人たちの声が聞こえてきました。ぼくたちは、また隠れながら走りました。
それでも、保健所の人たちは追いかけて来ます。
どこをどう走ったのかわからないけど、大きな大きな家の前に出ました。家の周りにはバラの生垣があって、綺麗なバラが咲いていました。
「すごく大きな家だね」
「うん。お花いっぱい咲いてるね」
ぼくたちは家の門のところで、大きな家を見上げていました。
すると、大きな門から大きなセントバーナードが出てきました。とても大きなセントバーナードです。りすちゃんなんかひと口で食べられそうなくらいです。
ぼくは目をつぶって後ずさりしました。
でも、何も起こりません。目を開けて、大きなセントバーナードを見ると、付いて来いという仕草をすると前を歩き出しました。ぼくたちは大きな家に入って行くセントバーナードに付いて行きました。
逃げるところがないし、そうするしかないって思ったんだ。
大きなセントバーナードは、バラの咲いてる真ん中の道を通りながら大きなドアの付いた大きな玄関まで来て、くるりと方向を変えて、庭の方へ入って行きました。ぼくたちは不思議に思いながら付いて行くといい匂いがしてきました。
「いい匂いがするね」
りすちゃんがぼくの背中から顔をだしました。
「うん。甘い匂いがするね」
「クルミの匂いがするよ」
りすちゃんがぼくの背中から落ちそうなくらい鼻をひくつかせています。
「あぶない、落ちるよ」
そう言おうとした時
「アデル、アデル、どこなの?」
女の人の声が聞こえてきました。
「ワンッ!」
セントバーナードがひと吠えしました。
すると、テラスの方から綺麗な女の人が現れました。
「まあ、アデル。かわいいお客様ね。あなたのお客様なのかしら?」
女の人は、ぼくたちを見てそう言うとぼくの頭を撫でました。
とても優しく、とても良い匂いのする人です。
「まあ、りすさんもいるのね」
女の人は、とても嬉しそうな顔をするとりすちゃんを手のひらに乗せて優しく撫でました。りすちゃんは気持ち良さそうな顔をして女の人に甘えています。
「こんなかわいいお客様なら、いつでも大歓迎だわ」
女の人も嬉しそうです。
「そうだわ。クルミのマフィンを焼いたのよ。一緒に食べましょうね」
女の人はそう言うと、りすちゃんを手のひらに乗せたままテラスの方へ行きました。ぼくとセントバーナードのアデルはその後をついて行きました。
テラスにあるテーブルの上には、美味しそうなマフィンと紅茶が置いてありました。女の人は、りすちゃんをテーブルの上にそっと乗せるとマフィンを小さく割って
「りすさん、クルミのマフィンはいかが?」そう言ってりすちゃんの前にマフィンを置きました。
そして、ぼくとセントバーナードのアデルにもマフィンとミルクを用意して出してくれました。
ぼくたちはお腹が空いていたので、喜んで食べました。
夢中で食べるぼくを見たセントバーナードのアデルが自分の分のマフィンをぼくにくれました。
「ありがとう」
ぼくは心を込めてお礼を言って食べました。
「まあまあ、お腹が空いていたのね。かわいそうに」
女の人が、またぼくとりすちゃんを撫でてました。
ぼくは少しだけおじいさんのことを思い出したんだ。おじいさんもこうやって、りすちゃんとぼくを撫でてくれたんだ。
それは、とても昔のことのように思えたんだ。
お腹がいっぱいになったりすちゃんは、女の人の手の中で眠ってしまいました。
「あらあら、疲れていたのね」
そう言って優しくりすちゃんを抱きしめました。
ぼくも何だか眠くなって、そのまま眠ってしまいました。
ふと、目が覚めると薄暗くなっていました。いつのまにか、ぼくは部屋の中で眠っていたようでした。ちゃんと毛布を敷いてくれています。
部屋の中をぐるりと見渡すと沢山の本がありました。部屋の壁が全部本棚になっているのです。全ての本棚に本が並んでいました。空いている所がないくらい本が詰まっています。
大きい本や小さい本。古い本や新しい本。鍵の付いた本まであります。
「こんなにたくさんの本を誰が読むんだろう?」
ぼくがそう呟いた時、
「奥さまの本さ」
そう言ってセントバーナードのアデルが部屋に入ってきました。
「奥さまは本が大好きなのさ。ここにある本すべてを愛しているのさ」
「そうなんだ。ぼくは、こんなにたくさんの本を見たのは初めてだよ」
ぼくは、上から下まで本棚を見渡しました。首が痛くなるくらい上まで本が並んでいます。
「あ、アデルさん、ぼくたちを助けてくれてありがとう」
ぼくはあわててお礼を言いました。
「いいってことさ。君たちが悪いことをするようには見えないからね。それに、リスを乗せたコーギーなんて見たことがないからね」
そう言うとアデルは笑い出しました。
あまりに面白そうに笑うので、ぼくもつられて笑ってしまいました。ぼくとアデルが笑っていると、
「もう起きたのかしら?」
奥さまと呼ばれる女の人が、りすちゃんを抱いて部屋に入ってきました。
ぼくは、懸命にしっぽを振ってお礼を伝えました。すると、奥さまはぼくを撫でながら、
「ここは私の大好きなお部屋なのよ。素敵な物語がいっぱい詰まっているのよ」
そう言って愛おしそうに本たちを眺めました。
ぼくは、アデルさんが言った通り奥さまは本を愛していると思ったんだ。
だって、おじさんがぼくたちを見る目と同じ目をしていたから。
「あなたたち、ここにずっといてもいいのよ。私も嬉しいわ…」
奥さまがそう言いかけた時に玄関のチャイムが鳴ってドアを強く叩く音が聞こえました。
「あら、お客様かしら?ちょっと待っててね」
奥さまは、りすちゃんをぼくの背中の上に乗せると玄関の方へと行きました。
「ここにリスを乗せた犬が来ませんでしたか?」
男の人の声が聞こえてきます。
「保健所の人だ!」
ぼくは逃げようとしました。
「こっちへ来い!裏から出た方がいいだろう」
アデルがドアを開けて裏口まで案内してくれるようです。
「そんな犬、うちには来ていませんよ。うちのアデルと間違えたのではありませんか?」
玄関の方から奥さまの声が聞こえてきます。
ぼくは、優しくしてくれた奥さまに何もお礼ができていないのに行ってしまうのが悪い気がしました。
でも、保健所の人に捕まるわけにはいかないし、ここにいれば奥さまにも迷惑をかけてしまうから、やっぱりいかなくてはいけないって思ったんだ。
何回も後ろを振り返りながら裏口の方へ行きました。
「ここから出るんだ。まっすぐ行けば川の方へ出られる。そこなら、あいつらも来ないだろうさ」
アデルは裏口を開けて道を教えてくれました。
「ありがとう、アデルさん。なんてお礼を言っていいか。それに奥さまにもお礼を言えてないし…」
「なに、大丈夫さ。奥さまはわかってるさ。そういう人なんだ。とにかく優しく、とにかく可愛いらしい人さ」
アデルはそう言うと少し照れたように笑いました。
アデルさんも奥さまのことが大好きなんだなって思って嬉しくなったんだ。
ぼくたちがおじさんを大好きなのと同じだから。
「さぁ、行け。奥さまがあいつらの相手をしている間に行くんだ」
アデルは早く行けとぼくのお尻を鼻で突きました。
「うん!ありがとう!」
ぼくはりすちゃんを乗せて走りました。
見つからないように体を低くして草の生えている所を選んで、鼻で人の匂いがしないか確かめながら進みました。
家も少なくなって、人もいる気配がなくなってホッとした時、ぼくはりすちゃんがひと言もしゃべらないのに気付いたんだ。
「りすちゃん、どうしたの?疲れているの?」
「大丈夫だよ、大丈夫だよ」
りすちゃんの小さな声が聞こえてきました。ぼくは心配になって立ち止まりました。背中にりすちゃんを見ると、ぼくの背中にしがみついているりすちゃんが見えました。
ぼくはりすちゃんが眠たいんだと思ったんだ。だから、声が小さいんだって思ったんだ。
「りすちゃん、もうちょっと我慢してね。休める所を探すからね」
ぼくは、道の端っこを歩きながら休める所を探しました。
道が行き止まりになったので、見上げるとそこは堤防になっていました。川の近くに来ていたのです。ぼくは、堤防を登りました。堤防の上からは川が見えて、川の向こうに森が見えていました。
「りすちゃん、森だよ。森があったよ!」
ぼくは嬉しくて大きな声で叫びました。
すると、りすちゃんがぼくの背中から顔を上げました。
「ほんとだ!森があるね。やっと森に来れたね」
りすちゃんは、やっぱり小さい声でそう言いました。
ぼくは、りすちゃんがすごく眠いんだって思ったんだ。元気がないことに気がつかなかったんだ。
「川をどうやって渡ろう…」
ぼくは悩みました。
近くに橋がないんだ。人の多い町の方へ行かなければ橋がないんだ。
でも、人がいればまた捕まってしまう。保健所の人がいるに違いないんだ。
目の前に森があると言うのに。
もう少しだと言うのに。
これ以上、町でウロウロしていたらいつか捕まってしまう。捕まれば、りすちゃんが殺されてしまうかもしれない。
ぼくは決心したんだ。
この川を泳いで渡ろうと。
「りすちゃん、ぼくは泳いでこの川を渡ろうと思うんだ。大丈夫。すぐ向こう岸に着くからね。ぼくにしっかり掴まっててね」
ぼくは背中に乗っているりすちゃんに言いました。
「うん、コーギーちゃん。ずっとコーギーちゃんと一緒にいるから」
そう言って、りすちゃんはぼくの首のところをギュッと掴みました。
ほんとは、ぼくは怖かったんだ。
川を渡ったことなんかなかったから。
おじいさんと一緒に川で遊んだことがあるくらいだったから。
でも、この時は怖さより勇気の方が勝ってたんだ。りすちゃんをどうしても森に返してあげたかったから。りすちゃんの笑顔が見たかったんだ。
ぼくは一歩一歩ゆっくりと川の方へ歩いて行きました。
前足を水に浸けた時、少し冷たかったので、思わず前あしを引っ込めてしまいました。背中のりすちゃんは、ぼくを信じてぼくに掴まっています。ぼくは思い切って川に入って行きました。冷たさも少しずつ慣れていきました。
川の流れもゆるやかだったので、前に進むことができました。
半分まで来た時、急に流れが早くなってぼくたちは下流の方へ流されてしまいました。
「りすちゃん、しっかり掴まっててね!」
ぼくは必死に泳ぎました。
泳いでも泳いでも岸の方に辿り着きません。足もつかないし、水も飲んじゃうし力がなくなって、ぼくがもうダメだと思った時
「コーギーちゃん、コーギーちゃん、あそこに大きい石があるよ!」とりすちゃんの大きな声が聞こえました。
ぼくは、流されながら石の方へ近づくように泳ぎました。でも、ダメだ、届かないと思った時、石の近くが渦になっていて水の流れが小さく回っています。
ぼくは、その渦に入って石にしがみつきました。大きくて平べったい石だったので、石の上に上がることができました。
「あぁ、助かった!」
思わず身ぶるいをしてりすちゃんを落としそうになりました。
「りすちゃん、大丈夫?ごめんね」
「大丈夫だよ」と言いながら
ぼくの背中の毛を掴んでぶら下がっているりすちゃんが見えました。
思わず、ふたりで笑ってしまいました。
笑うのは久しぶりな気がしました。
「あと、もう少しだからね。もうすぐ森に行けるからね」
ぼくは落ちそうになっているりすちゃんを背中に乗せました。
「コーギーちゃん、大丈夫なの?」
心配そうな顔をしたりすちゃんがぼくを撫でながら覗いています。
「大丈夫だよ。あと少しだもの」
ぼくはまたりすちゃんを乗せて川に入って泳ぎ出しました。
今度は流されてながらも、岸に着くように泳ぎました。
思ったより下流へ流されたけど、何とか岸にたどり着くことができました。
でも、かなりヘトヘトに疲れてしまったぼくは動けなくなりました。
その間、ずっとりすちゃんがぼくの体を撫でて温めてくれていました。
「ありがとう、りすちゃん。元気になってきたよ」
ぼくはりすちゃんの頬をペロッと舐めてお礼を言いました。くすぐったいと恥ずかしそうにりすちゃんは笑いました。
これが、りすちゃんの笑顔を見た最後になったんだ。
ぼくは、りすちゃんを背中に乗せると堤防を上がって行きました。堤防の上は大きい道になっていました。
たくさんの車が通っていて、ぼくたちは渡ることができません。
しばらく、ぼくたちは通り過ぎる車を眺めていました。
すると、道の向こうから人の声が聞こえてきました。
「いたぞー!リスを連れた犬だ!」
保健所の人がこっちへ向かって走ってきています。
ぼくたちは逃げようとして無理に道を渡ろうとしました。ぼくたちを見て急ブレーキをかけて車が止まったのを見て、ぼくたちは渡ろうとしました。でも、あわてたぼくは、りすちゃんを道の真ん中に落として来てしまいました。ぼくは、急いで戻ってりすちゃんを咥えて道を渡ろうとした時、反対側の道から車が来て、ぼくたちは跳ねられて飛ばされてしまいました。
気がついた時、ぼくたちは森の入り口に倒れていたんだ。
ぼくは体中痛くて動けなかったんだ。
それでも、ぼくはりすちゃんを探したら、ぼくのそばで眠っているようだった
「りすちゃん」
ぼくは声をかけてみたんだ。
すると、りすちゃんが目を覚ましてぼくの顔のそばに来たんだ。
よかった、りすちゃんは無事だったんだね。
「コーギーちゃん、大丈夫?痛いの?」
泣きながらりすちゃんは、ぼくの顔を何度も何度も撫でてくれてたんだ。
「大丈夫だよ。今は体中痛いけど少し休めば元気になるからね」
ぼくは、泣いているりすちゃんに心配かけたくなくてそう言ったんだ。
「りすちゃん、森に来れたね。やっと、りすちゃんの帰りたかった森に来れたね」
ぼくは、りすちゃんを生まれた森に連れて来れたことを心から嬉しかったんだ。
「コーギーちゃん、早く元気になってね。一緒にこの森で暮らそうよ。約束したよね?」
りすちゃんは泣きながら小さな手でぼくを抱きしめたんだ。
「そうだね。ずっと一緒に暮らそうね」
そう言うと、ぼくはりすちゃんがだんだん見えなくなっていったんだ。
そして、ぼくは目を閉じた。
誰かな…
ぼくを撫でてくれているのは。
とても、温かいよ。
ぼくは、そっと目を開けた。
そこには、おじいさんがいたんだ。
ぼくはおじいさんの膝の上にいたんだ。
おじいさんが撫でていてくれたんだね。
ぼくはおじいさんに撫でてもらうのが一番好きなんだ。
あ、りすちゃんもいたんだね。
おじいさんの肩の上にいたんだね。
また、みんな一緒だね。
ぼくは思ったんだ。
ぼくは、しあわせだよ。