私、聖女様のおかげで結婚できました!
最近町ではある噂で大いに盛り上がっているの。
私もその噂に胸を躍らせてる一人だけど、これは大きな声で言っちゃいけないの。
特に、町の外から来た人には秘密。
私たちだけの宝物。
その噂っていうのは、この町の南の林をお持ちの、さるお方のお屋敷に聖女様がいらしているというもの。
あぁ、聖女様だって。聖女様。
この町だけじゃない、この周辺に住まう人たちにとって聖人様や、聖女様は、特別な意味を持つの。
この世界にはね、神様がいるのよ。
私たちの祈りが純粋であれば、それは天まで届いて、その声を聞かれた天上に住まわれる方が地上へ降り立ってくださり、恵みを与えてくださる。それは、ごくごく稀な事でもあるけど、ごくごく当たり前の話でもあるの。
国の中には神へと繋がる6つの大教会があって、その1つがこの町の中心にある教会。王都には中央教会があって、大教会の外側にはさらにいくつかの地方教会があるのよ。
ここはそんな特別な町だけど、この周辺に住む私たちにとって、神様に声を届ける事ができる人って、本当に、本当に特別なの。だってこの大教会の周辺は、『神無き土地』とまで言われる程の、祈り届かぬ土地だから。
でもね!だからって不毛の地ではないのよ!
作物はよく実るし、天候が特別悪いわけでもない。皆すごく頑張っているし、他の土地よりたくさん工夫して新しいものを作り出してるって自信を持って言えるわ。果物なんてとーっても甘いんだから。
その上、この土地の大教会の教会長様はそれはそれは良い方で、私たちの暮らしをより良くするためと、いつでもお力を貸してくださるの。
他の教会長様には、民の暮らしになんて見向きもしない方がいらっしゃるとも噂で聞くわ。
そんな中、私たちの話をよく聞いてくださって、知恵も出してくださり、新しいものを作るときには軌道に乗るまで教会から手助けまで出してくださることもあるなんて、本当に本当に、素晴らしい教会長様なんだから。
それでも、この大教会には、神様が降りない。
前の教会長様の時も、前の前の教会長様の時もそうだったと聞いているわ。国中から揶揄される『神無き土地』なんてよび名にも私たちは慣れきっちゃった。
でもね、そんなこの地に聖女様がいらしたというのよ。
私たちは、胸を熱くしながら、毎日毎日聖女様のお話を集めては、大事に大事に秘密にするの。
中央教会に知られれば、勝手に無理矢理つれてかれてしまうかも…って、教会長様も言ってたんだって話も流れてきたわ。
そんなこと、絶対絶対させないんだから。
「おはよー!」
「今日も早いね。イルザ」
「うんっだって、早く新しい話が聞きたいものっ」
「今日もいらしてるよ。」
「えっ」
「ほら、あすこ。」
朝早く、私が来たのは井戸端。
毎朝うちの瓶に水を満たすのは、私の役目。最近は、それだけで来てる訳じゃないけどね。
朝起きて、くすんだ黄色い髪を括って顔を洗うと、急いで桶を引っ付かんで出て来た私。仲の良い近所の奥さんと挨拶を交わし終わると、私は駆け足で奥さんが指差した方に行く。
何人もの顔見知りが一ヶ所にかたまって話をしてる。皆一様に興奮した顔をしてるのに、口は閉ざしたまま一生懸命耳を傾けてる。
その気持ち、わかるわー。
だって私も、いつも同じ様に耳を傾けてるもの。
「おはよう皆。」
「イルザ今日も早いわね。おはよう。」
「おはようイルザ。」
「今日も素敵な話よ。」
皆に声をかけると高揚した顔で挨拶を返してくれた。
輪の中にいた数人は、話を聞き終わったからと、水を汲みにその輪を離れ、代わりに私が輪に加わる。
輪の中心にいるのは、いつもシンプルな黒いワンピースに白いエプロンをつけている私より少し年上の女性。
「おはようございます。マリエさん!」
「おはようございます。イルザは今日も元気ね。」
マリエさんは落ち着いた笑顔で返事を返してくれる。
彼女は、南の林のお屋敷でお勤めしていて、この近くに足の悪いお母様と一緒に暮らしているの。毎日着ているシンプルなワンピースは、お屋敷で決まっているお仕事着。
マリエさんは、毎朝お屋敷に向かう前に、私たちと色んな話をしていくわ。
今までは、お屋敷でのお話とか、教会の話、新しく習ったことを話してくれてたし、私たちの色んな話も聞いてくれていた。時には困り事なんかをお屋敷の方に伝えてくれたりして、すごく、親身になってくれるいいお姉さんだった。
でも、最近は皆があの噂を聞きたくて聞きたくて仕方がないから、外に漏らしてはいけないけどねと、お話を聞かせてもらっているの。
それは、私たちにとって、胸熱くなる希望のお話。
「昨日は天なるお方を呼ばれることはなかったのだけど…」
と、きっと今日何回も話してくれてるはずの内容を、マリエさんは嫌な顔なんてしないで話し始めてくれる。
でも、昨日はお祈りはされなかったのか…と、私は勝手に落胆してしまう。だって、天への祈りを捧げられる方なのよ。焦がれて焦がれて止まない存在が、こんなに近くにいらっしゃるのよ。
幾日か前に聞いた話の中…天からかかるまばゆい光の梯子。その中を降りていらっしゃる光の塊のようなお方に、聖女様は気負うことなくお話しされるのだという。
天上のお方のお姿を、私たちははっきり見ることはできないし、お声もよく聞くことができない。私たちと天の方では、何もかもが違うのだから当たり前の事なのに、聖女様はどうやらそうではないのだとか。
はぁ、やっぱりすごいお方なのだ。
その上、聖女様は、天上のお方とお茶を楽しまれたりもなさるのだとか。
そんな話他の方では聞いたことがない。
その上、お茶の際に食されたお菓子には、この町特産のオレンジのジャムが使われていたという話を聞いた時には、心臓が暴れて飛び出すのではないかと思ったわ。
だって、だってね。
そのジャム、私が作っているのよ。
この町の近くには大きな農園があって、傷物や不揃いな果実は、私の働いている工場にぜーんぶ運ばれてくるの。その果実を使って、ジャムとか、オレンジピールとか、色んな物を作ったり、新しいものを試したりしているの。私は毎日オレンジジャムを作る班。
毎日毎日暑くて暑くて大変だけど、聖女様がそれを美味しいといってくださってると知った日には、一生オレンジジャムで良いと思った。
その上、天なる方のお口にも入ったなんて…!
私は、聖女様のために毎月最初のジャムを教会へ納めることを提案したわ。その案は、見事に採用されて、他の加工食材と一緒に持っていくことになったのよ。えっへん。
月の最初のジャムは特別。
特別なジャムをうんっと美味しく作れるように、皆毎日張り切って工場にやって来るようになったわ。もっともっと上手に美味しいジャムを作れるようにならなきゃだもの。
それで、いつか、こーんなにおいしいジャムを作ってる工場はどこだろう?って、聖女様が訪ねてくれたら…なんて、夢を見るの。ふふふ
そんな風に、聖女様と天なる方のお話は、私にとって特別な、日々に活力を与えてくれたものでもあるから、どうしても祈られた話を聞きたくなってしまうのよね。
少しだけしょんぼりしながらも、言葉の続きに私は耳を傾ける。
「実はね、私、あのお方の髪をね、結わせていただいたの。」
私はとっさに顔をあげ、息を飲んだ。
か、髪を…
「お嬢様は私たちの仕事を増やすのは心苦しいと言って下さっていて、いつも気遣ってくださるのだけど、先日から家庭教師の方が入られて、朝の身支度をさせてくださるようになったの。」
「そ、それで、その…」
「お、お好みとかあるんですか。」
「どんな感触だったの。」
普段私的な接触など、話題に上がったことがないから、私たちは身を乗り出して話の続きにかじりつく。
「ご希望は何も。いつも私たちに任せてくださってね、出来上がるととても嬉しそうに何度も何度も鏡を覗きこんで確認してくださって。色んな角度で結い上げた髪を見て、凄いと褒めてくださるの。本当にお心の清らかな方。」
マリエさんの話に、私たちはほぅ…と、吐息を漏らす。
聖女様のお髪を結い上げるなんて…
「お嬢様のお髪は、櫛を通さなくてもとても美しくて真っ直ぐなの。絹糸のような手触りで、そのままでもとても美しいの。とても滑らかでいらっしゃるから、結い上げるのに少しコツが要るのだけど、それもとても楽しいわ。」
真っ直ぐですべらかな美しい髪は、私のような癖っ毛とは比べ物にならない美しさなんだろう。
長い髪を結い上げると、とても喜んで何度も鏡を覗きこんでくださるなんて、あぁ、何て愛らしい方なのだろう。
全員が胸に手を当てて、その話を噛み締めている。私もその一人だ。
「はぁ…一度で良いから、そのお姿を見てみたい。」
ため息混じりにそう言えば、皆も深く頷いてくれる。
あぁ、この『神無き土地』と呼ばれた場所にも、ちゃんと神は居られたのだ。そして、それを教えてくれる聖女様が私たちにはいらっしゃる。
何と幸せなことだろう。
毎朝マリエさんの話を聞いて、その幸運を噛み締めてから、朝の仕事に私たちは出ていく。
今日も良い日になりそうだ。
私は水汲みの桶を抱き締めた。
以前聞いた話によると、聖女様の髪は青銀の色をされてるのだとか。細くて真っ直ぐなきらきらした長い髪。華美な装いは好まれず、ドレスを作ることは断られたと聞いている。なんとも倹約家なご様子に、好感を抱く。
慎ましやかでご自身の事はご自身でされようとし、とても物静かでいらっしゃるとか。
まるで淑やかな菫のような美しい方だという話を聞いてから、私はこっそり菫の花を押し花にして宝物にしている。
本当は、菫の香りを身に付けたりもしたいけど、菫の香油は高すぎて…とても私みたいな者には手が出せない。
だからその内菫の花のポプリでも手に入らないかな。なんて、思っていた。少しでも、聖女様に繋がるものが欲しくて。
「はー菫のポプリ、なかなか見つからないなぁー。」
最近仕事終わりやお休みに色んな雑貨屋さんをめぐってるのになかなか見つからない菫のポプリ。がっかりしちゃうよ。
部屋の窓枠に頬杖をついてたら、ひょっこりと、幼馴染みが顔をだした。
「おーイルザ、なにしょげてんだー?」
「カラム…」
はぁ…カラムの顔を見て、またひとつ、深いため息をついちゃう。
カラムはうちの目の前の家に住んでる幼馴染み。年が一緒で昔からよく遊んでた仲なの。
「また聖女様?」
今のこの町では、その言葉を出す時、暗黙の了解でこしょこしょと小さな声で口にするの。カラムも心得ていて、ひっそりと私の耳元に顔を寄せて聞いてくる。
私はこっくりと頷いてそうなの…と、呟きを返した。
「菫のね、ポプリを探してるんだけどなかなかなくて。」
頬杖をついて空を見上げる。
「この辺のお店はぜーんぶ探したんだけどないのよ。ねぇカラムはどこかで見たことない?」
「お前ほんと、あの方の話ばっかだな。」
私の話が終わると、質問には答えてくれずにぶぜんとそんな事を言い始めた。
「なによ。カラムだって新しい話を聞くの好きじゃない。」
「お前ほどじゃない。」
「いいじゃない。ちょっとでもあの方を連想できるものが欲しいの。身に着けてたいの。女心がわかってないなぁ。」
「そんなだと、いき遅れても知らないからな!」
「なっなによー!」
あんまりないいぐさに、私はがたんっと座っていた椅子から腰を上げたけど、カラムはむっつりとそっぽを向いて窓から遠ざかってしまった。
な、なによ。ほんとに…なんでよ。
去ってしまう背中を見ながら私は顔をくしゃくしゃにした。
聖女様よ。聖女様なのよ。
私たち町の住人が焦がれて焦がれて焦がれ続けた、この町を見守ってくださっている神様の存在を証明してくれた人なのよ。
なのに、なんでよ。
カラムの背中が見えなくなって、私はすとんと椅子に腰を落とした。
「なによぉ。いき遅れるなんて、言わなくても良いじゃない。」
なんでいきなりそんなひどい事を言うのか、私にはわからないよ。
涙がにじんできちゃって、私は慌てて窓枠に突っ伏し、自分の腕で目元を覆った。
「うぅ~」
うめき声をあげながら、なんでなんでとそればっかり繰り返す。
だって、だってね。カラム、去年のお祭りの時、私に花をくれたのよ。それで、来年も受け取ってくれるか?って聞いてくれたのよ。
私、それがとても嬉しかった。すごくすごく嬉しかった。
お祭りの日に男の子から女の子に送られるお花って、特別な意味を持ってるのよ。
私のそんなきれいでもない癖っ毛にさして、よく似合うって言ってくれた、あの日の照れた顔を今でも覚えてる。
今年もそれをくれるかもしれないって、私、ちょっと期待しちゃってた。
でも、もしかしたらもう、今年はくれないのかもしれない。
その日の夕飯は全然味がしなくておいしくなかった。
もそもそと食べ終わると、私はごちそうさま…と、家族に告げて部屋に戻った。
うちは小さな家で、ほんとは自分の部屋なんて贅沢なんだけど、ベッドとほんとにちょっとだけの空間を無理やり仕切って両親は一人部屋を作ってくれた。おかげで私はベッドの中に潜り込んでこっそりと泣くことができる。
聖女様が現れてから、毎日が輝いていたのに、なんでこんなに悲しいんだろう。
泣きつかれて眠りについて、次の日もやっぱり気持ちは沈んだままだった。
それから数日、私はカラムと顔を合わせる事もなく日々を過ごしていた。
毎朝聖女様の噂は聞きに行ったけど、そのたびにカラムの言葉を思い出す。音も、口調も鮮明に。
落ち込みすぎて、やるせなくて、何度も菫のしおりを取り出しては見つめたけど、そのたびにまた、思い出すの。
全然元気になれないなんて、私どうかしちゃったのかな。
いつものように夕食の支度を手伝おうと、キッチンに行ったら、お父さんがそこはいいからと私を呼んだ。この時間にそんな事言うなんて、どうしたんだろう。
お父さんはもごもごと何かよくわからない事を言いながら私を外に出して、誰かがくる?何かの用事を代わりにすませてくれ?みたいななんか全然わけのわからない感じで、とりあえず、外に何かあるのかなって、玄関から出て目の前の小さな広場に出てみた。
いつも通りの夕暮れの町だ。
「イルザ。」
私を呼び止める声がした。
よく聞きなれた幼馴染の声。
ここ数日、顔も合わせてないせいなのかな、急にドキドキと心臓が鳴り出した。
「か、カラム」
声のした方に顔を向けると、やっぱり、カラムがそこにいた。
「その、この間は、やなこと言って、悪かった。」
そっぽを向き、頭をがりがりとかきながら、カラムはそう謝ってくれた。私は、嬉しかった。
謝ってくれた事じゃないよ。そうじゃなくて、そうじゃなくて。
「カラム、私の事、呆れた?」
「え?」
「あの噂に夢中になりすぎてる私なんて、もう、嫌い?」
「ば、ばか。そんなわけあるか。」
顔をくしゃくしゃにする私に、あわててカラムは近づいて、顔を覗き込んできてくれる。ほっぺたに触ってくる手はいつもみたいにあったかい。
「そうじゃなくて…その、なんだ、かっこ悪いけど。」
「うん」
「俺、あの話に夢中になるお前に、嫉妬したんだ。毎日毎日輝いてるお前がさ、あの話に夢中になってるのが、すごく、悔しくて。」
カラムの言ってる意味がよくわからなくて、私はパチパチと何度も目を瞬いた。
「俺、お前の事、好きなんだよ。」
途端、かーっと顔が熱くなるのがわかった。
「え…ほんと?」
カラムがコクンと、照れながらも頷いてくれて、私、私…
「嬉しい。すごい、嬉しい。私も、私もカラムが好き。」
思わずカラムの首に抱き着いて、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。
嬉しい。本当に、嬉しい。
私、嫌われちゃったんじゃなかったんだ。
「良かった。」
吐息の様な小さな安堵が耳元でささやかれて、今度は急に恥ずかしくなる。
そろりと腕を緩めて、半歩体を離すと、カラムも恥ずかしそうにしてて、二人でクスリと笑いあった。
「イルザ、これ、受け取って欲しい」
「なに?」
そうだった。と、思い出したようにカラムはいきなり目の前に手を突き出してきて、私はそれをとっさに受け取る。
差し出されたのは柔らかい布でできた巾着。
中に何か入ってるみたい。
「あけてもいいの?」
「あけて見てくれ。」
「気に入らなかったらどうする?」
「気に入るまで何度でも渡すから心配すんな。」
ぶっきらぼうで優しいカラム。いそいそと袋の口を開けて中の物を出した。
それは、つややかな櫛だった。
木を削って作った櫛は、かわいい菫が浮き彫りになっていて、蔦と葉っぱが絡み合っててとても素敵だった。
「これ…!」
「菫。欲しがってたから。」
「え、でも、どうしたの?」
「お前のために、作ったんだよ。」
「すごい…カラム、すごいね。すごい。こんな、こんな素敵な櫛…」
胸の奥がいっぱいで、それ以上うまくしゃべれなくなっちゃって、ぎゅうっと貰った櫛を胸に押し付けた。こんな素敵な贈り物、私が他の事に夢中になっている間にカラムはずっと私の事を想ってくれていたんだ。
「イルザ、俺と結婚してくれないか。」
「私、カラムと結婚したい。」
私たちは見つめあうと、今度はそっと抱きしめあった。
カラムの腕はあったかくて優しくて、私はとても幸せだった。
「カラム兄ちゃん、イルザ姉ちゃん!おめでとー!」
「ひゃっ!?」
「うおっ!?」
そこに、突然大きな声が響き渡って、それを合図に、わっとたくさんの歓声が周り中から沸き上がった。
お互いの体から離れると、広場には近所の皆が集まっていて、手を叩き、口々におめでとう!って言ってくれて、中には指笛を吹き鳴らす人までいた。
「な、な、なんで!?」
私もカラムも目を白黒させながら皆を見てたけど、全員わかってるって顔をしてて、なにその顔!?って感じなんだけど、その人垣の中から私とカラムのお父さんが進み出たから、一旦みんな口を閉じた。
「二人ともうまくいって良かったよ。」
「そうだなぁ。いつ言うのかって最近はずっとひやひやしてたんだ。」
穏やかに話すのはカラムの家のおじさん。ちょっと荒っぽい口調なのは、うちのお父さんだ。
っていうか、外に出す口実が見つからなかったからって、家から出す時のあの煮え切らない感じは何なのよお父さん。かっこ悪いんだから。
「イルザちゃん、これからうちの息子をよろしくな。」
「あ、はい。」
「カラム、熱くなると一直線になっちまう娘だが、まぁ、頼んだ。」
「ありがとうございます。」
私たちの父親は、私たちの結婚を認めてくれた。なんて幸せなんだろう!
「結婚式はすぐにできないから、まずは明日、教会に行っておいで。」
「天のお方にまずは約束を交わした報告をしてこい。」
「「はい」」
こうして私たちは、ご近所の皆の祝福の中、お父さんたちに認められて、結婚の約束を交わしたの。
嫌われたんじゃなくてよかった。
そっと手をつないでカラムを見上げると、照れたように笑ってくれた。
次の日の朝は特別で。朝の私の仕事はしなくていいからと、念入りに身支度をする時間を貰った。
早速貰った櫛で髪をとかして、癖の強い髪をいつもよりうんと念入りに綺麗にして、お祭りとかでしか着ない一番きれいにとってあるワンピースを引っ張り出して、靴も綺麗にしてから足をさし入れた。
教会へお祈りをささげに行く。その時に、結婚の約束をした報告を神様にする。
あぁ、どきどきしちゃう。
私はそわそわと家族に変な所はないかと何度も何度も念を押して聞いて、朝食を食べて、家を出た。
家の前の小さな広場に、カラムはもう待ってくれていて、その横に駆け寄ると嬉しそうに笑ってくれた。
「おはよう。カラム」
「おはよう。そのワンピース、似合ってる。」
「ありがとう。昨日の櫛ね、さっそく使ってるのよ。」
「良かった。その…気に入った?」
「うんっもちろんよ。」
にこにことカラムを見上げ、どちらともなく手をつないだ。
町の中心にある大教会へ、私たちは並んで向かう。
大教会には、仕事の前のお祈りに来ている人たちが出たり入ったりしていて、私たちもその波に入る。
大きな扉を抜けて、右側の通路からぐるりと回って、教会の方に神様に結婚の約束の報告があるからと断って、二人、一番前の席に座らせてもらった。
普通はね、前の席には座れないの。
だって、みんな本当なら一番近くでお祈りをしたいと思うじゃない?だから、ここは特別な日に、特別な想いを捧げる時だけ、こうやって教会の方にお願いして座らせてもらうの。
ずっとつないでいた手を、お祈りの時だけはそっと外す。
胸の前に両の手を重ねて、天の方へと…と、頭を下げようとしている時だった、いつもならみんな静かにお祈りしてるはずなのに、聞いたことのない様なざわめきが、後ろの席から聞こえて来た。
私たちは何だろう?と、お互いの顔を見合わせて、それからどよめきがどんどん近づいてきて、運命は訪れたの。
まるで奇跡のよう…ううん。奇跡が目の前に現れたの。
普通、中央の通路を使う人はいないはずなのに、入口から祭壇までのまっすぐ通った中央の絨毯の上をゆっくりとした足取りで進んでいく三人の人。
真っ黒で真っ直ぐな髪の男性と、緩く結った灰色の髪の男性。その男性の手に小さくて真っ白な手をのせて、月の光を纏った様な、小さくて美しい青銀の髪の少女が、私たちの横を通り過ぎて行ったの。
「…せ…せいじょさま…」
私はぎゅっとカラムの手を握りしめた。
カラムもぎゅっと私の手を握ってくれて、そして、ホール内に驚くほど静かな時間が訪れた。
息をつめてみんなが見守る中、噂に聞いた青銀の髪のその方は、ステンドグラスをすっと見上げた。一番上の、全ての上にあられるお方のお姿を見つめているみたい。と、思っていたら、そのステンドグラスの一番上に描かれたお方が淡く光り出したのだった。
天の梯子がかの方へと真っ直ぐに伸び、そのお髪は光に溶けて輝きを放った。
噂の聖女様は、本当は、天なるお方そのものなのだと、きっとみんな思っただろう。
奇跡の光景に、私もカラムもただただ呆然とし、光が収まり、聖女様や周囲の人たちが動き出し、なんだか大変な事になっていた気がするけれどなんだかもうよくわからなかった。
何もかも嵐の様で。
嵐に飲まれた私たちは、全部が過ぎ去った後に、ゆっくりとお互いを見つめあった。
「カラム…」
「うん…」
「奇跡を、見たわ」
「うん」
「私たち…」
「うん。俺たちきっと、幸せになれる。」
「同じ事、考えてたね。」
私たちはそっと椅子から降りて床へと膝をつき、正式な祈りをささげた。
神様、私たち、結婚します。
聖女様の話は瞬く間に広がって、それと一緒に私の周りではその日に結婚のあいさつに行った私たちの話も広まった。
聖女様の祝福を得た結婚。
至上の方の前でなされた約束の夫婦。
いたって普通の私たちにはもったいない呼び名が付いたけど、私たちの結婚は、本当に本当にたくさんの人に祝福された。
あの日のプロポーズも、結婚の報告も、聖女様が居なかったらきっともっと先の話になっていた。と、後になってカラムはバツが悪そうに話してくれた。
結局私たちの結婚は、最初から最後まで、聖女様のご加護の元にあったのねと、カラムにそう話したら、またちょっとだけすねた顔をしてそっぽを向いた。
聖女様、幸せな結婚をありがとうございます。
私、聖女様のおかげで結婚できました!
ひょ、評価、ブクマとありがとうございました。
いつも皆様に活力をいただいています。
ありがたやありがたや。