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07

 明滅する電灯の下でぐずぐずと揺れる影がぐったりとした少女の体を包み込む。


 ふいにちかちかと点灯していた電球が何の拍子にか、ぱちっとついた。


 まぶしいくらいの白い光に照らし出される空間に操り人形のように中空で静止した少女がいた。



 危ない。



 竜は硬直する体を叱咤して、猛スピードで自宅の門をくぐった。

 転がるようにして自転車を降りて玄関に鍵をさした。


 うしろでがしゃんと自転車の倒れる音がしたが、竜はふりかえらなかった。


 後ろ手にドアを閉め、思わず息を吐いてしゃがみこむ。


 安堵してすぐ竜は自分の行動を反省した。

『それ』は所詮家には入れないのだ。別に急がなくても『それ』は入ってはこられない。



 もうすこし平静を装えばよかった。



 だがもう遅かった。見られはしていないが、あやしいことには変わりないはずだ。

 明日の朝にはいつもの倍は長く、監視されるかもしれない。



「おかえり。どうしたの、お兄ちゃん」



 大きな音に心配したのだろう。昴が二階から降りてきた。

 不安そうな面持ちに、竜は再び大きく息をついて、無理に笑顔をつくった。



「何でもないって。つーか、起きてくんなよ、寝てろ」



 しっしと追い払うように手をふる竜に、昴はちょっと眉根をよせた。

 しかし問い詰めても無駄だと思ったのか、かすかに頷き、二階へ戻っていった。


 ぱたんと静かに扉が閉まる音が階上でして、竜は安堵の吐息をついた。



「そうだ……、袋……」



 ドラッグストアやスーパーマーケットで購入した品々は袋に入ったまま、まだ自転車のかごの中にあった。しかし外に『それ』がいるかもしれないという状況の中、とりに行くのははばかられた。



 どうすればいい。



 果物やスポーツドリンクならば、まだいい。けれどあの中には昴の薬も入っているのだ。それだけでもどうにか手にしたい。

 それにたとえ『それ』がいたとしても、目を合わせなければ済む話だ。



 佐那戸家の家は幸い玄関までの距離がすこしあり、『それ』は入ってはこられない。



 大丈夫だ。



 ゆっくりと息を吸い、竜はドアのチェーンに手をかけた。


 動転しすぎて、鍵という鍵を閉めてしまったらしい。防犯用にふたつついた鍵をそれぞれ外し、竜は出来るだけ音を立てないようにしながらドアを開けた。



 見ないようにすればいい。見ないように。



 自らに暗示をかけながら、うつむき加減で外に出た。


 そろりと倒れた自転車に向かい、かごからビニール袋を取り出す。


 幸い果物はつぶれてはいなかった。夜気にさらされて、きんと冷えている。

 はやく入ってしまおうと、ふりかえりかけた竜の視界中央に先程の少女が立っていた。



「ひ……っ」



 恐怖が電流のように体を突き抜ける。



 どうして入ってこられるんだ。



 少女の姿をした『それ』は暗がりの中、佐那戸家の敷地内に立っていた。


 強めの風が吹き、見慣れたデザインのスカートがはたはたと揺れる。



 少女は立ち尽くす竜をじっと見つめ、かすかに口を動かした。



―――見つけた



 全身が凍りついた。



 軽いパニックを起こしながら竜は手を扉にはわせた。

 ぶるぶると震える手でノブをつかみ、勢いよく扉をあけて、思い切り閉める。


 チェーンをしめ、鍵を二箇所ともかけ、竜は頭をかかえてその場に崩れ落ちた。


 心臓の音が痛いくらいに高鳴っている。



 目があった。



 それは見えていることが露見したということを示していた。

 体の震えがおさまらない。


 竜は体を抱きしめるようにして腕を交差させると、誰もいない廊下を見つめた。


 頭の中に『それ』の姿が現れ、今もどこかの陰で見ているのではないかという恐怖に襲われた。



 思わずあたりを見回し、二階へと駆け出す。


 自室に駆け込み、ベッドの中にもぐりこんで竜は落ち着くようにと暗示をかけた。



 俺も消えるのか? 

 誰も気付かないまま、この世からいきなりいなくなるのか?



 脳裏に記憶のすべてから消去された少年の姿が浮かぶ。


 それははっきりとしたものではなく、ぼやけたものだった。



 冷や汗が頬を伝った。

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