06
外に出ると、吹きすさぶ風が膚をなめた。
竜は思わずぶるりと体をふるわせ、ウィンドブレーカーの襟をたてた。
春とはいえ、まだまだ気温は冬そのものだ。もうすこし着込んでくるべきだっただろうかと考えながら、竜は自転車に飛び乗った。
幸いなことにドラッグストアはまだ営業していた。
ほっと肩をなでおろし、昴が風邪をひいたときはいつも飲んでいる解熱剤を捜した。
昴は幼いころから熱を出しやすく、しかもすぐに高熱になるので解熱剤を買いためておいても損はない。
いくつか同じものをかごに入れ、竜はスポーツドリンクも購入した。
ドラッグストアを出て、近くでやっているスーパーマーケットにも赴いた。
果物をいくつか購入し、自走自転車のサドルの下に圧縮されている荷物用のかごを出して、ふたつに増えた袋を重ねた。
風が吹くたびにがさがさと音を立ててビニール袋が揺れる。
電灯と店からもれる光が交錯する道を会社帰りの人々が歩いていく。
竜はその合間をぬうようにして自走自転車をはしらせ、自宅への道を急いだ。
夜陰につつまれた町のところどころに『それ』がうごめいている。
巡回でもするように『それ』らは家々の屋根や電線の上、空中や道路にいた。
朝のように顔をのぞきこんだりはしてこないが、町中のいたるところに『それ』がいるというのも不気味な光景だ。
竜は視界の端々に映りこんでくる『それ』らに意識が向かないように目をつむった。
頬を突き刺す冷たい風が、余計に強く感じられる。
家の近くにも『それ』はうようよいた。やはり今日は数が多いような気がする。
見ないようにつとめながら自転車を走らせていると、自宅の屋根が見えてきた。
やっと着いた。
安堵しかけた竜だったが、自宅からすこし離れた場所にある空間に違和感を覚えた。
住宅街の暗がりを一定間隔で置かれた電灯が照らし出している。
その中のひとつの電灯が明滅をくりかえしていた。その電灯の下に黒ずんだ影が見える。
ついたり消えたりする電灯の下で、その影は変わらずそこにあり続けた。
『それ』だ。
認識するなり、鳥肌が全身にたった。
自宅からは距離が近すぎて、迂回も出来ない。見ないふりをしてさっさと中に入ってしまおう。
自宅へと辿り着くなり、自転車を降りた竜の視界に、端末の画面を見ながら歩いてくる少女が映った。
塾の帰りだろうか。竜と同じ学校の制服を着て、熱心に画面をいじっている。
『それ』は普通の人には見えないし大丈夫。
竜が門扉の中に自転車を押し込もうとしたそのとき、かしゃんと音がした。
思わず音のした方を見た竜の目に、黒ずんだ影が映った。
先程見た少女が立ったまま影に飲み込まれている。口や鼻、耳に黒い煙のようなものが忍び込み、少女は苦悶に目を見開いたあと、脱力した。
突然主を失った端末のライトが暗闇の中、明るい光を放っている。
逃げなければ。
眼前で起きる異常事態に、竜は戦慄した。




