05
結局五分以内に職員室に行くことは出来なかった。
宣言通り練習メニューを普段の倍にされ、竜はへとへとになりながら家に帰宅した。
「ただいま~、今日の飯なに?」
靴を脱ぎ捨てながら声をあげると、リビングから六つ下の弟が顔をのぞかせた。
「おかえり、遅かったね。今日は麻婆豆腐だよ。今、あっためるね」
まだ幼さが残る容貌の弟の顔がすこし赤いような気がして、竜は眉根を寄せた。
「いいよ、自分でやる」
「でも」
「いいからいいから。そんくらいひとりでもできる」
かばんをリビングのソファに投げ、弁当箱をシンクに置く。
中身をゴミ箱に捨て、水で簡単に洗い流しながら、ソファに戻ってテレビの続きを見る弟を覗いた。
音楽番組を見ながら、弟はテーブルの上のティッシュ箱をひきよせ、鼻をかんでいる。
ふとキッチンのくずかごを見ると、まるめたティッシュがいくつかあるのを発見した。
「昴」
弁当箱を食洗機に入れ、竜は手を拭きながらソファまで歩いていった。
「え、何?」
「ちょっと」
云いながら腕をつかみ、手を弟の額に押しつける。竜の体温は平均よりもすこし高めだったが、昴の額の温度はそれよりもさらに高かった。
「お前、熱あるだろ?」
「そ……そんなことないよ……」
あわてて否定しながらもけだるそうなその様子は間違いなく風邪をひいている。
竜はへえ、と声を漏らし、おもむろに昴の耳をつかんだ。
「痛っ、何す――」
云い終わる前に竜はリビングの薬箱から拝借してきた体温計を昴の耳にはめた。
一瞬にして体温が表示され、目にした竜は大きくためいきをついて、昴の額を指ではじいた。
「高っけーよ、熱。何でこんなんなるまで我慢してたんだよ。具合悪かったら、俺を呼べって云ってるだろ」
「だって……」
「だってじゃねーよ。テレビ消して、さっさと部屋に帰れ」
はじかれた額を手でおさえながら、昴はしぶしぶと自室にもどっていった。
竜もそのあとに続き、弟がまっすぐに寝台に入るのを見届けた。
「親父とおふくろは?」
「今日も帰り遅いって」
「ホントにまあ、よく働く人たちだなあ」
ベッドにくるまる昴を見ながら、竜は腕時計を見た。もう九時をまわってしまっている。
近所のドラッグストアはやっているだろうかと、竜はきびすを返した。
「おにいちゃん? どこ行くの」
どこかにでかけるということを察知したのか、昴はちょっと不安そうな声を出した。
「一応解熱剤、買ってくる。お前熱上がりやすいし」
「いいよ、別に」
「よかねーだろ。俺も買いたいもんあるし、気にすんなよ」
部屋から出ようとしたところを戻っていって髪をぐしゃりとかきまぜると、昴はぼうっとした表情でこくりとうなずいた。
「ちゃんと寝てろよ」
しっかりと釘をさし、竜は昴の部屋の電気を消した。




