03
「席につけー」
始業ベルとともに間延びした声を発しながら担任教師があらわれた。その声とともに頼に群がっていた女子たちも残念そうな顔をしながら様々な場所に散っていく。
「なあなあ、さっきの話」
隣の席につくなり、頼は早々に机をよせてきた。
「竜さあ、中学のとき云ってたあの片思いの彼女とは結局どうなったんだよ」
竜はうつぶせたまま目だけ動かして、頼を見上げた。
「彼女~?」
「何すでに忘れたい過去とかになってんの? じゃあ告って断られたってこと? 前から好きとかいう意中の彼女」
ああ、と竜は目をふせた。
週に一度は必ず見る白い大樹の夢。その中に出てくる人物のことが竜はずっと気になっている。
テレビや映画に登場する、いわゆる美形と云われる俳優など目ではないくらいに綺麗な姿をしたその人物は、いつも青い蝶とともにいた。
頼には片思いの相手がいるというので、中学のころに話したのだが、その相手というのが夢の中の相手だと知ったらどう思うだろうか。
竜はそのときの頼の反応を脳裏に描き、かすかに口角をあげた。
云えるわけなんてない。
そういえば『それ』を見るようになってから、あの夢もはっきりと見えるようになってきた。
ぼんやりとそんなことを思いながら、竜はためいきまじりに告げた。
「どうもこうも、俺が一方的に気になってるだけだし」
教師が名前順に点呼をとっていく。声高らかに呼ばれた名に、竜と頼は返事をかえした。
「はあ? 何? まだ告ってもいないの? 何で?」
「遠くにいるから」
このまま夢の中の人物に片思いをしたまま、恋愛も出来ずに終わってしまったらどうしようか。
竜は頼に云いながらも一抹の不安を覚えた。
「会いに行きゃいいじゃん。もうすぐ春休みだし。まあうちの学校は短けーからなあ。夏休みとか? その子、どこ住みなん?」
頼は興味があるのか、竜の片思いの相手の話から離れようとしない。
「どこに住んでるか知らねーもん」
頼は芸能人も真っ青の整った顔を曇らせた。
それはもう忘れたほうがいいというのが表情だけで伝わってくる。
竜は重々しくためいきをついた。
「すっげー小さい頃だから、覚えてないの」
「小さい頃~?」
頼は不憫すぎると泣きまねをし、それから思い立ったように云った。
「じゃあこの俺が哀れな竜のために出会いの場を提供してやるよ」
「……じゃあって何がだよ。つーか何で上から目線なんだよ。そこまで哀れじゃねえよ」
「やるのかって訊いてんの」
竜は迷ったが、自分の想像の産物かもしれない相手をいつまでも想うよりも、現実世界でまっとうな恋愛をしたほうが生産的であることには間違いなかった。
それに高校生にもなって彼女のひとりもいないのはどうかとも思う。
竜は斜め前の席で配布物をうしろに回している軽間湊を一瞥し、うなずいた。
「んで、どことやるんだよ」
「おっ、結構やる気じゃん。今んとこねえ――」
頼は紙のように薄い端末を取り出して、即座に五つの学校の名をあげた。
その中にはインターナショナルスクールもあったし、お嬢様学校も含まれていた。
頼が一体どこで交友関係を構築してくるのかはわからなかったが、悪くはなさそうだ。
ホームルームが終わり、頼と日程について話をしていると、大声が教室に響きわたった。
「来たよ……」
竜が所属している剣道部の顧問でもある数学教師、安藤は声が大きい。
うるさそうな顔つきをする頼に、竜は声をひそめて聞いた。
「おい、何だよ、あれ」
教師は片腕に紙の束をかかえていた。
頼は怪訝な顔をして竜を見、続いてあきれかえったように目をすがめた。
「何って今日、テストだろ。昨日云ってたじゃん」
「知らねーよ、何それ。範囲どこ?」
「今更やっても無駄でしょ。範囲広かったぜ?」
「お前やったんだったら、見せろよ」
机を頼のほうに寄せようとすると、頼は笑った。
「やるわけないじゃん。やっても意味ないもんに俺は時間を費やさない主義なの」
竜は顔をひきつらせて笑った。
結局、テストは散々な出来で終わった。