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結局無言になってしまい、その様子がますます数学教諭の機嫌を損ねた。
確かにいたるところ破れた制服を身に着けた生徒が、おかしな形状の武器を携えた少女とともに夜の校舎を徘徊しているのだから、安藤でなくとも不審がるには充分な要素だ。
このまま職員室につれていかれるのではないだろうか。
危惧とともに、一瞬安堵感も広がる。
職員室に行けば、知っている面々と顔を合わせることができるし、斑鳩も教師たちの目の前で何かしようというつもりはないはずだ。
彼女にはいくどとなく助けられていたが、竜は一度たりとして扶昰斑鳩を人間とはみなしていなかった。
どうして『それ』が、『それ』らから追われている自分を助けてくれるのかはわからない。けれど心を許す存在ではないというのは強く感じていた。
「扶昰も何だ、その手のものは。危ないじゃないか。佐那戸が持たせたのか?」
そんなわけがない。竜は斑鳩の気配を背後に感じながら必死にかぶりを振った。
「佐那戸、お前最近どうしたんだよ、おかしいぞ。部活はサボりがちだし、授業中も上の空で。恋愛するのも結構だがな学生という身分をもっと考えて――」
小言を云う安藤の影が突然色濃くなかったのを竜は見た。
影はコールタールのようにねばりがある。
見る見るうちに数学教師の背後に立ちあがり、傘のように大きく広がった。
「安藤! 逃げろ!!」
叫ぶ竜に、安藤は目をしばたたかせた。
瞬間、数学教諭の体は影から発生した暗闇にすっぽりと体をおおわれた。
「安藤――っ」
絶叫する竜に、教師の体をビニール袋のような闇で包み込んでいた『それ』が襲いかかってきた。
だが触手が竜に触れることはなかった。到達する直前、斑鳩の手にした武器によってすべてがはじき返されていたからだ。
ちぎれた触手はびくんびくんとのたうち、やがて廊下に溶けるようにして消えていった。
斑鳩は躊躇しなかった。
舞い踊るような優雅な足さばきで、残った触手の攻撃を的確に避ける。
腕に巻いた太い針が斑鳩の攻撃に合わせて生き物のように伸縮、形状を変化させる。
斑鳩は無駄のない動きで触手をすべて切り裂き、教師を包みこんだ『それ』の懐に入った。
「やめろ!!」
竜は叫んだが、少女は無言で武器を薙いだ。
教師を飲み込み、人型をしていた黒い『それ』は声とも振動ともつかぬ音を発した。
斑鳩は人でいう咽喉のあたりに針を深く刺した。
『それ』は音を発するのをやめ、他の『それ』らと同じように溶けるようにして消えた。
影の中に、飲み込まれたはずの数学教師の姿はなかった。