25
非常灯だけがついた闇間に靴音がしみるように溶けていった。
竜は斑鳩のあとについて階段をのぼりながら、押し殺した声でつぶやいた。
「――何者なんだよ、あんた……」
「何者は貴様のほうだ。どうしてここにいるのに、リングが使えるんだ? ゴテンの特権なのか? ――は何を……」
てっきり返事などこないものと考えていた竜は、斑鳩の言葉にびっくりして顔をあげた。
だが彼女の視線は前方にそそがれていて、こちらには向けられていない。
「リング?」
「先程の『力』のことだ。だが愚問だったな、忘れろ」
かつんかつんと音が響きわたる。
静寂の中に響くその音はいやに大きくて、竜はその音を聞きつけて『それ』らがやってきてしまうのではないかと気が気ではなかった。
「さっきの光のこと、何か知ってんのかよ。だったら何だか教えてくれよ」
ひそめるような声で斑鳩に話しかけたが、返答はなかった。
「なあ」
斑鳩は黙って歩き続ける。
「何で無視すんだよ!」
思わず叫んでしまい、竜はあわてて口をつぐんだ。
しんと静まりかえった廊下に声の余韻が残り、それが気まずさを増す。
「聞いても今の貴様には理解できない。だから話す必要もない。おのずとわかることだ」
「今……?」
「私の名は――」
突然、少女は名を名乗った。だが肝心の名前の部分だけが聞こえない。
「え? 今、何て云ったんだよ」
「ここでは私の名を口にしても、貴様には聞き取れない。何度聞いても無駄なこと。リングのことも同じだ。名前と違い、発音することはできるが、貴様がそれを理解することはできない」
「それってどういう――」
「おい、お前ら、何やってる」
ふいに懐中電灯の光に照らされ、まぶしさに竜は顔をしかめた。
その光は竜と斑鳩の顔をなめるように照らしていった。
「佐那戸と、……三年の扶昰か? 今、八時だぞ。一体何をやってる」
声に連動するようにして廊下の電気がはじから順々にともった。
「安藤?」
声の主は数学教諭にして剣道部顧問でもある安藤だった。
安藤ははじめ、怒鳴りつけんばかりの形相を向けていたが、竜の姿を見て、顔を一変させた。
「お前、どうした? その恰好」
「これは……」
どう言い訳すれば良いかわからず、竜はこれまでのいきさつを頭の中で反芻した。
どう説明すればいいのかまるでわからなかった。
安藤が云うように、竜の姿は確かに異様だ。
制服は全身が切り裂かれたようになっていて、シャツには血がべったりとついている。
これをやったのは安藤が見ることのできない『それ』というもので、今はその『それ』らの大群に追われているので逃げている最中なのだ、とは口が裂けても云えなかった。