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「頼!」
竜は目の前の状態がまるで理解できなかった。
これまでの『それ』らは自分たちの姿が見えている相手を認識して、その人間を消していた。『それ』らの姿が見えない人間には『それ』らは危害を加えない。
そして『それ』らの姿が見えるのは竜で、頼にはその能力がない。『それ』らもそのことは認識していたはずだ。
だからこそ、竜は自分が逃げることによって『それ』らをひきよせようと思っていたのだ。
しかし、今、目の前では『それ』が見えない頼が触手にとらえられている。
頼はぐったりとしたまま動かず、手足はだらりと力なくたれたままだ。
嘘だ……、嘘だといってくれ
竜の脳裏に今朝の頼の眠たげな表情が浮かんだ。
初めて会ったときもまるで昔からの友人であったかのように打ち解けられた。何度も学校をさぼっては遊びにいった。
俺が雨宿りに付き合ってくれだなんて云わなければ。俺が利用しようとなんてしたから。
「頼!」
しばられた手足をひきちぎらんばかりにひっぱり、竜は叫んだ。
「頼!!」
瞬間、触手によってしばられたままの左腕から閃光がはしった。
それは目を開けていることすら困難なほど鋭い光だった。
「何……?」
言葉さえもその光の中に飲み込まれ、消えていく。
何の前触れもなく起こった出来事に竜はただただ困惑した。
目がくらんだのは一瞬だけで少しずつ視界が戻ってくる。
光の出どころは中指の付け根を中心とした手の甲だった。
それは何かに呼応するようにかすかな明滅をくりかえし、突然光の柱を放った。
光は雨雲でおおわれた曇天の中に吸い込まれるようにして差し込んだ。
何が起こっているんだ。
強烈な光に目を焼かれ、理解できないまま右手を左のそれにかざそうとした次の瞬間、手の甲から放たれた光が凝縮し、ついで爆発したかのように空間一体が真っ白な光でうめつくされた。
体や脳内ですらその白い光で染められたようになり、そしてその光は現れたときと同じように突然消えた。
視界が再びじょじょに元に戻り、小糠雨が降る暗い路地裏が現れた。
「何…だったんだ……」
まだ目の奥に白い残像がのこっている。
竜は自身に云い聞かせるようにつぶやき、おもむろにあたりに視線をはわせた。
まだぼんやりとしている視界は狭い。横倒しになっているその視界に、竜は自分が倒れていたことを知った。
何が起こったのかわからず、竜はとりあえず腕を立てて体をもちあげた。
体はすんなりと持ち上がり、遅ればせながら自分の体にまきついていたはずの触手がすべて消えてなくなっていることに気がついた。
そればかりかあれだけいた『それ』らの姿すらもどこにもない。
「何なんだ……?」
しんと静まりかえった路地裏にその声はしみいるように溶けた。
雨音だけがぽつぽつと響き、水溜りに波紋を描く。
頼は竜よりすこし離れた場所でうつぶせに倒れていた。
「頼!」
周囲を警戒しながら、竜は頼に駆け寄った。
仰向けにし、大きくゆさぶる。
けれども頼は一向に目覚めなかった。彼自慢だったジャンパーに雨のしずくが深くしみこみ、すっかり濡れてしまっている。
「頼、起きろ!」
目覚める気配のない頼に竜は何度も呼びかけた。
頼はそのたびに苦しそうなうめき声をあげた。
どこか怪我をしたのかもしれない。
病院に連れていこうと彼の体をもちあげようとしたそのとき、路地裏に靴音が響いた。
濡れたコンクリートの上の砂利のような粒を踏みしめる音、雨をはじく傘の音がその中に混じっている。
誰か来た。
竜はとっさに、倒れたままの頼をかばうように前に出た。




