12
「軽間には悪いが、ありゃすぐ別れるな」
頼の声に重なるようにして始業のチャイムが鳴った。
廊下の喧騒が一層濃くなったが、竜はまだその場から動けなかった。
額には冷や汗が浮かんでいる。心臓の鼓動はいまだおさまらず、痛いくらいに高鳴っていた。
「竜? お前体調悪いの?」
廊下にしゃがむ竜の眼前で手がひらひらと動く。見上げた頼の顔は曇っていた。
「何だよ、その呆然とした顔。つーか、顔色めちゃくちゃ悪いけど。保健室行っとく?」
竜は頼から顔を隠すように口元に手をあてた。
何故、頼や軽間には『それ』の姿が見えるのだろう。
人型になった『それ』は目視可能なのだろうか。
それともただ単に『それ』に似ているだけの人間なのだろうか。
いや。
竜は心中でそれを打ち消した。見間違いだとは思えない。
昨夜の『それ』は、見つけたと云ったのだ。
そして扶昰斑鳩は、明らかに初対面の自分に対し、必ず来いと云った。
偶然とは思えない。
けれどそれだけではなく、第六感とでもいうのだろうか。
言葉では説明できない感覚が、彼女の存在を人ではないと云っているのだ。
「……見えるのか?」
「はあ?」
薄笑いのような表情を浮かべる頼に竜はひどく苛立った。
「あれが見えたのかよ」
「何云ってる――」
「見えるのかって聞いてるんだよ!」
怒鳴ってしまってから、竜は居心地が悪くなり、ごめんと謝った。
いくら焦っているからといっても、頼には関係がない。
当り散らしているということは明白だった。
「どうしたんだよ、お前。大体何のこと云ってんだよ」
頼はいよいよ困惑気味に顔を曇らせた。
竜は怒鳴ってしまった手前、何となく気がひけた。しかし浮かびあがった疑念はそれすらも払拭した。
「さっきの……、軽間の彼女の……」
「斑鳩ちゃん? 見えるに決まってんだろ。どうしたんだよ、竜。どっかに頭、打ったのか?」
やはり見えている。
少女が去っていった方向を見ながら、竜はうつむいた。
「そっか……」
「そっかって何だよ、何ひとりで勝手に納得してんだよ」
「ああ、うん。悪い……」
気まずい空気が流れる。
今、頼の方を向けば、情けない顔を見られることうけあいだった。
それだけは避けたくて、うつむいたままでいると、名前を呼ばれた。
「佐那戸、行賀、さっさと教室に入れ。授業始まるぞ」
去年入ってきたばかりの若い英語教師に注意され、ふたりは教室に入った。




