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「お、斑鳩ちゃんじゃん」
頼が軽薄そのものといった声をあげるのが聞こえた。竜は振り向いた。
廊下は行き来する生徒たちであふれていて、最初はどれが扶昰斑鳩なのかわからなかった。
「あーなるほど、ふたりして会うつもりだったのかあ、軽間。それは悪かったなあ」
頼は腕の中にいる那智ににやにやと笑いかけた。
那智は扶昰斑鳩がここにいることが意外だったらしく、目をしばたたかせていた。
どうやら約束していたわけではなかったらしい。
「オレら邪魔者だし、竜、戻ろうぜ。じゃあな軽間、青春楽しめよ」
頼は悪いなどとは思ってもいないような声音で那智にささやき、解放した。
那智は困惑しきった様子で頼と扶昰斑鳩を交互に見た。竜もつられて顔を上げ、そして凍りついた。
那智が視線を向けた先、人混みの中で颯爽と歩くひとりの少女がいる。
すらりとした肢体の彼女は小柄な身丈に対し、足が長かった。そのためか制服のスカートの丈が短く見えた。
焦茶色の髪は肩くらいで、気の強そうな目が印象的な美少女だ。
―――見つけた
『それ』、だ……
脳裏に昨晩の言葉がよみがえる。
竜は人混みの中、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる『それ』を呆然と眺め、硬直していた。
嘘だろ。今、こんなところで消されるのか。
一気に血の気がひく。竜は何も考えられなくなった。
「斑鳩?」
少女は彼氏であるはずの那智に見向きもせず通り過ぎた。
頼が首をひねるのが見えた。那智の顔はわからなかったが、その声は困惑しきった様子だった。
扶昰斑鳩という名の『それ』が近付いてくる。
その様はスローモーションで見えた。
廊下は人であふれているはずなのに、どうしてだが音がひどく遠い。
音が聞こえないわけではない、遅れてくるというのだろうか。感覚がずれているのだ。
その中でも自分の呼吸と心臓の音だけはいやにはっきりと聞こえる。
ぎゅっと目をつむり、黙ってそのときを待つ。
消される瞬間は痛いのか、消されるとどこへ行ってしまうのか。
様々な想念が脳裏を駆け巡り、一瞬であるはずがおそろしく長い時間に感じられた。
だが思いとは異なり、竜は消されなかった。
微風が頬を撫で、竜は目を開けた。
瞬間、竜の心臓は大きく跳ね上がった。
眼前に扶昰斑鳩がいる。
能面のような顔で、竜の姿をしっかりととらえている。
ぎらぎらとした大きな目の中に、自分の姿が映っているのを見て、竜の恐怖は最高潮に達した。
「放課後、屋上で待つ。必ず来い」
竜は瞠目した。
身じろぎすら出来ずにいる竜のかたわらを、少女の姿をした『それ』は歩調を変えることなく、ゆっくりと歩き去っていった。
シャンプーだろうか。香りがふわっと鼻孔にのぼり、とたん、体中にのしかかっていた重圧が消え去った。
「斑鳩?! どうしたの? 待ってよ!」
那智が自分に一瞥もくれずに去っていった彼女のあとを追っていく。
緊張が一気に緩み、竜はその場に崩れ落ちた。