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「さっきはどうしたんだよ」
休み時間、痺れを切らしたのか、頼が話しかけてきた。
ホームルームの時間も一時限の英語の授業中も、話しかけたくてうずうずしているようだったので、そろそろ来るころだとは思っていたのだ。
だが、『それ』を見ることができない頼には何を話しても仕方がないことだし、話したところで病院へ行け、と云われるのがおちだ。自分が消されそうだということなんて云えば、きっと哀れみと同情のこもったまなざしで見てくるか、さもなくば確実にひくだろう。
大体話した結果、頼自身がターゲットにされてしまったら何と弁解してよいかわからない。
「ちょっとな……」
そのくらいしか云えなかったが、もちろん頼は納得などしなかった。
さらに言及されそうになったそのとき、竜のななめ前の席に座っていた軽間那智が席を立った。
真面目な彼は常に休み時間には読書か予習を欠かさない。それなので、休み時間に座席を立つということはほとんどなかった。
その那智がどこかへ行こうとしているのだ。好奇心旺盛な頼ならば確実にこの話題に乗ってくれるだろう。
竜は自分のことから話題をそらすため、那智をだしにした。
「頼」
竜はあたかも、今、はじめて気がついたかのように声をひそめて頼の制服のそでをひっぱった。
「軽間がどっか行くみたいだぜ?」
頼はあっさりと竜のはった罠にはまった。
「おおっ、ホントだ! あいつがどっか出かけるなんてめずらしいじゃん!!」
言下に頼は立ち上がって那智のあとを追いかけた。
別の話題にしたかっただけなのに、まさかこんなにすぐに行動に移すとは思わなかった竜は、困惑しながら頼のあとを追った。
「軽間!」
頼は廊下に出た那智を呼び止めていた。
微塵も親しくなどないのに、肩に腕をまわしながら話を聞こうとしている。
竜はそのうしろに追いすがり、声をひそめた。
「やめろよ。好奇心まるだしでみっともねーよ、頼」
「うっせーよ。お前だって知りたいからついてきてるんだろ」
頼は那智に聞こえよがしで云い、最近どうなのよ、と話し始めた。
那智は頼の腕の中で困惑気味に笑っている。迷惑そうなその視線は竜にも注がれた。
話題をそらすためだったとはいえ、悪いことをしてしまった。
しかし竜の思いとは裏腹に頼の暴走はとどまることを知らなかった。こうなった以上竜にもとめられない。
話は長くなりそうだった。
竜は軽間那智の交際にさほど興味はなかった上に、今は校内に昨晩会った人型の『それ』がどこをうろついているかもわからない非常事態なのだ。
みだりに外出すべきではない。
竜は心の中で那智に謝りながら、さっさと教室に戻ってしまおうときびすを返した。