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 左目の激痛は走れば走るほど強くなっていった。

 振動で血液があふれ、目をおさえた左手をしとどにぬらす。


 左目のまわりは大きく拍動していた。皮膚の表面に心臓がじかについているかのごとく強く、はっきりと感じる。

 熱い流動がたえまなく顔の左を焼き、そのたびにえも云われぬ激痛がはしる。


 右目がうつす視界は暗かった。

 それが夜陰のためか、それともたえまない出血のためなのかはわからない。


 転送陣を描いたときの座標から大体の居場所はわかるが、今は入出禁止エリアに指定されているのか、人影はまるでなかった。

 あたりは痛いくらいに静まりかえり、自らの足音と呼気、そして鼓動の音ばかりが大きく聞こえた。

 


 最悪だ……。



 朦朧とする意識の中で歩を進める。


 体の支えにしようと手をついた白壁に血のりがべったりとつき、あわてて身をはなす。

 視界は大きく揺らぎ、倒れそうになった。覚束ない足に力を入れ、どうにか踏みとどまる。



 エンセとサテュラに何と詫びればいい。



 目をつむれば、あのときのことがまざまざとよみがえる。


 突如として落ちた『天の火』に焼かれた両親、即座に闖入してきた南天の将。


 浮かぶ映像を消すためにかぶりを振った。


 いくら事故とはいえ、南天の将相手に『抜刀』し、現場から逃げたのだ。ただでは済まされない。


 おもむろに左手の甲に埋もれる石に触れる。

 けれどそれまでと同じく理子(りし)がリングに凝集することはなかった。



 一番近くにある教会の転送陣を使って沙蛇(しゃだ)宮地下まで飛ぼうとも考えたが、『抜刀』し皇都に逃げたあとで実行しようものならばいらぬ疑いをかけてしまうかもしれない。


 左目からの出血はとめどなく続き、首筋や腕、服をぬらす。


 めまいはひどくなる一方で、ともすれば今にも倒れてしまいそうだった。それでも必死に足を動かし、少しでも人目に触れられるよう先へ進んだ。


 腕を伝う血液が身じろぎをするたびに滴り落ち、地面に濃いしみを作る。

 暗闇の中でもはっきりと見えるそれに恐怖を抱き、足で地面をこすりつける。

 けれどしみは消えず、あきらめて先に進んだ。


 じょじょに蓄積していく疲労感の中、誰の姿もない道を進んでいく。

 足は鉛のように重く、視界はいっそう暗くなる。



『調律』ならば、体内の『音叉』しか使わないし、『嶺家(リンけ)』には情報が行く。それを元に機士(きし)たちが来てくれるかもしれない。



 何故術を使おうと思い立ったときにすぐにこの考えが浮かばなかったのだろうか。

 もはや正常な思考すら出来なくなっているというのだろうか。



 身内にある『音叉』に意識を集中させた。自らの内を基軸として、周辺の理子(りし)密度が明らかになる。



 足元のこれが地面、手元のこれが壁。



 まぶたを閉じた暗がりに凝集密度による感覚の違いが現れる。

 想像していたほどはっきりとは見えなかったが、目をすこしでも使わずにいられるのならば好都合だ。



 しばらく進んでいると、それまでとは周囲の様子が異なる場所に出た。

 そこはいやに広い空間だった。あまりにも広すぎて物の形が把握できない。


 左目を押さえたまま、腕で右頬を拭って目を開けようとしたそのとき、突如として人の気配を感じた。



(リン)家』からの情報がいくら迅速とはいえ、あまりにも速すぎる。近辺にいた機士だろうか。



 残る力の全てを込めて振り返った瞬間、息をのんだ。



「――っ」



 そこは先程とは別の空間となっていた。



 白い、雪のように真っ白な世界。それが目の前に広がっている。


 光る雪のような何かが音もなく降りそそぐ白亜の庭。


 『音叉』を使う前に見ていた景色はどこにもない。寸前までいたはずの街の面影は欠片もなく、人工物の気配さえない。

 草や花さえも作り物のように白い空間の中央には、とんでもなく巨大な銀色の木が生えている。


 真っ白な葉を茂らせた枝が縦横無尽に空を覆い、空さえも白に染めあげる。



「……だれ」



 思わぬ光景に混乱していた頭がその声で緊張する。


 リングに手をかざしたまま後顧したその目に飛び込んできたのは、庭と同じくらい白い姿をした子供だった。


 下層ではあまり見たことがない薄手の長衣を身につけたその子供は、見たこともないくらい美しい容貌をしていた。


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