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カノン  作者: しき
第2話
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厄災の渦2


 惑星ケイロン。

 かなり進んだ文明を持っている星で、裏側でも結構有名な星らしい。

 それだけに、今回の予言は宇宙全体で大きな話題となっていたようだ。

 と言っても地球で暮らす風音達の耳には入ってきてなかったが。もう少し地球の開星が進めば裏側の事情も詳しく入ってくるようになるのだろう。


 星全体の約五割が海で、二割強が森林地帯、そして一割弱が自然と共に生きる少数民族や小さな国になっているという比率だが、驚くべきは残りの二割のほとんどが近代都市になっているという点だ。

 大陸の大半が丸々大都市という事らしい。


 元々ケイロンは他の星との貿易が盛んな星である事と、他の星へのアクセスが良く設備も整っている事から、他の星からの来客が絶たない星であった。

 おかげで観光産業や貿易業、特に加工貿易(材料を他の星から輸入して加工、出来た製品を輸出)が順調で、少しづつ発展を遂げて行った結果、裏側でも珍しいほどの超々大型都市が出来上がった。

 しかし後先考えずに金に物を言わせ、人口のそれほど多くない地方も都市化させ過ぎたのは、明らかに失政だったようだ。


 全体的に大都市とはいえ、やはり中心となる都市は存在し、そこに人は集まる。

 人口が減少していった地域では、見た目大都市であるにもかかわらず人の姿がほとんど無くなり、閑散かんさんとしていった。

 当然そういった都市では住みにくくなるので、住民は住みやすい都市の方へと移りさらに人口は減る。


 そんな状態で月日が流れ、今となっては各地に住むごくわずかの少数民族を除き、星の住民のほとんどが中心都市とその周囲の都市に移ってしまった。

 反面、人口の増加が著しい中心都市は数十億人という人数を軽く住まわせるだけの超巨大都市となっている。


風音「あ~~~疲れた~~~。やっと着いた~~」

 

 まだ何も始まっていないのに既に相当疲れている。

 『見た目は大都市実質ゴーストタウン』という言葉がしっくりくる地域の、小さな宇宙港に風音達の小型船は降り立った。

 予定では中心都市の最も人口が多い場所にある港に行こうと思っていたのだが、入港禁止状態だった。

 中心都市に星の全員を集めて脱出させようというのがこの星の政府の方針らしく、その影響で現在中心都市の宇宙港では、ケイロンから脱出しようとする人が数多く詰め掛けている。

 おかげで一部の港以外は全て脱出専用と化していた。

 それでも全然追い付いていないのか、まだほとんどの人が脱出出来ていないらしい。

 仕方なく他所よそからの船を受け入れてくれる港を探した結果この場所になったのだ。


 もううんざりするほど色んな警告を受けた。

 滅びに関する基本的な警告の他にも、この宇宙港から降り立った方が中心都市にいく為には、ほぼ丸一日がかりの厳重な身体検査が必要になるとかなんとか。

 この星から出て行く時も、まずケイロンの星民はこの港が使えないだとか、異星人だとしても機械音声に従って厳重な身体検査を受けないと出て行けないだとか、その他諸々もろもろ


 それら身体検査を行う理由は、この騒ぎに便乗して増加している犯罪者対策の為らしい。

 街に仕掛けられてある監視カメラなどの情報と照合し、犯罪を行った形跡が認められた場合、そのまま監禁される仕組みになっているようだ。


 背中に大きな鞄を背負い、いかにも旅行者といった風体ふうていの風音が小型船から地上に降り立ち、早速愚痴ぐちる。


風音「・・・って言うかさ。 なんで星の危機から逃れなきゃいけないって時に中心都市の空港しか使わないんだろう?」


 この星の人達は頭が固いのかな、と思う。

 風音に続いて神楽が地上に降り立つ。昔の日本人が着ていた十二ひとえのような、幾重いくえにも重なった美しい服を着ている。


神楽「確かにそうですわね。逃げるならどこからでもいいと思いますが。おそらく中央都市にある多数の宇宙港だけが、政府によって管理されているのではないでしょうか。この星から逃げる人にとって重要なのは脱出した後の生活ですので、その辺りのサポートも考えなければなりませんし。 ですがもう少し時間が経てば、この星の方針を無視してでも地方の宇宙港を使う人が出てくる筈ですわ。今はまだ予言の時までいくばくかの時間があると思っているのでしょうね」


 これは神楽の予想に過ぎない。だが今目の前にある宇宙港が使える状態なのに、政府の方針か何か知らないが脱出用に使わせない理由が他に浮かばない。

 早く脱出したい住民からは苦情が出そうだが・・・今の所そういった情報も出てこない。

 という事は、住民側も上からの指示に従っている方が今後の生活が安泰だと判断して、素直に従っているのだろう。

 ・・・政府に方針に反対する情報が封じられているのでなければ、の話だが。


風音「なるほどね。いよいよ危なそうになったらそんな事言ってられなくなって、どこでもいいから脱出出来る宇宙港を使おうって感じになっていくのかな」


 それにしたって星が滅ぶと聞いたら、政府の指示とか無視して、何でもいいからとにかくすぐ出て行きたいという人も居るだろうに。

 まぁ確かに脱出後の身の振り方は最も大事だろう。

 政府の管理外の方法で星を脱出した結果、路頭ろとうに迷う事になるのは嫌だってのも分かる。

 しかしそこに拘って中心都市に詰め掛け、最終的に時間が足りなくなったら本末転倒もいいとこだ。


風音「ところでその英雄さんの予言っていうのは、いつ頃起こるものなんですか?」


 思わず敬語が出た風音の顔を、神楽が無言でじっと見つめる。


風音「・・・・いつ頃起こるんだろう?」


神楽「さあ? もしかしたら今すぐかもしれませんし、一週間後かもしれませんわ」


 言い直した風音に神楽が笑顔で答える。


風音「えっ? 今すぐの可能性もあるの? さっき言ってた今はまだ予言の時まで余裕が~~とかいう話は何だったの?」


神楽「多分そんなにすぐには来ないだろう、といった感じのただの勘と言うか、希望的観測ですわ」


 さらっと答えられる。


風音「す、凄いな・・・。裏側の人達って生き方が太いっていうのか適当っていうのか・・・。」


 戦慄する風音を見て神楽が口に袖を当ててクスクスと笑う。


神楽「星が滅ぶ程の厄災ですから。何らかの予兆の様なものはある筈ですわ。それがまだ無いからではないですか?」


風音「あってからじゃ遅い気もするけどな・・・・・」


 この星の人達の考え方を理解出来ない、という感じで言う風音を見て、神楽が楽しそうに笑う。


神楽「そんな星にわざわざ来る風音さんの方がよっぽど変わり者ですわ。さっきの警告の嵐を聞けば、普通は引き返しますわ」


風音「そうかな・・・。僕は目的があって来てる訳だしなぁ。逃げようっていう目的を持ってるのにすぐ逃げようとしない人の方が、よっぽど変わってると思わない?」


 それに対し神楽は敢えて何も言わないが、再び笑う。


風音「まぁいいや。とにかく街に出てみようか」


神楽「そうですね。ふふっ。ルミナも随分ずいぶん面白い人を見つけたものですわ」


 笑われたので話題を変えた風音を見て、また楽しそうに笑う。



 空港から出て街に出ると、立ち並ぶビル群など眼前一杯に大都市が広がっている。

 見た感じ地球の都市にそっくりだ。

 建物にもこの星の特徴的な構造とかそういうのが全く見当たらない。

 ごく普通のビル群というか・・・。他の星の人が多く来るという事で、宇宙でも一番平均的な街並みを意識して作ったのだろうか。


 この街並みを見る限り、もし情報通り星中がこんな感じなら貿易業が栄えていた事には納得出来るが、観光業が栄えていたというのには異議ありだ。こんな街ばかりを見て回って何が楽しいと言うのか。

 ・・・などと、街並みを見た風音は斜に構えた感想を持ったが、そんな風音も初めて都会に出た時は見る物全てに目が奪われたものだ。

 田舎から出て来た者にとっては、大都会は十分観光になるのだろう。


 しかし聞いていた以上に、と言うか全く人が居ない。この星に到着した時も、機械による検問と音声による指示はあったものの、空港に職員すら居なかったのには驚いた。

 元々ゴーストタウン化していたのか。それともちょっとくらいは人が住んでたのに、予言の影響で人が居なくなったのか。


風音「さて、どうやってスカウトする人を見つけようか」


 街に出てみたはいいが、完全にノープランで来たのでとっかかりが見つからない。


神楽「昨日仰っていた通り星の危機を乗り越えようとしている方を探していらっしゃるのでしたら、一応報告しておきますわね。来るまでに調べておきましたが、実は政府にも風音さんと同じ考えの方が居らっしゃるそうですわ。政府機関にどういった厄災が起こるのかを分析している方々が居りまして、分析結果によっては解決に向けてチームを作るのだとか。風音さんが求める人材が厄災を分析している人達の方なのか、その後に発足させるチームに選ばれた人達の方なのかは存じ上げませんが、その辺りの方々とコネを作る事が出来れば言う事無しですわね」


 滅びの原因を人為的なものと判断し、武力行使メインのチームを編成しようとしているなら好都合。神楽と風音なら志願するだけで簡単にコネが作れそうだ。

 突然の異星人の志願者など普通なら門前払いだろうが、戦力として神楽は超の付く有名人。それが自分から協力したいと申し出てくれれば、まず断らないだろう。


 逆に機械やコンピュータを駆使して滅びを阻止・・・とかそういうチームを編成しようとしているなら二人とも専門外だ。レスタの方が適任だろう。

 解析の仕事なら遠隔でも出来るので、地球と通信してレスタに協力して貰えばあるいは、そういった仕事をしている人達と関わりが作れるかもしれない。

 と、神楽が説明する。


風音「・・・・・・・」


 風音が無言で神楽の方を見たまま静止する。


神楽「どうされました?」


風音「いや、ビックリするくらいしっかりしてるなぁって感心してた。もう少し人が増えたらカノンのサポート役として事務員とかになってもらった方がいいのかな?」


神楽「ふふっ、お褒め頂いて恐縮ですわ。ただ、事務員は私の性には合いませんわね。・・・そうですわね。皆の料理を作って提供する料理人になろうかしら?」


 そして全力の笑顔。

 笑顔で可愛さをアピールして意見を通すつもりなのか、頬に手を当てて風音の目を見る。

 その笑顔に風音が作り笑顔で返す。

 ・・・どうも神楽の目は本気だ。

 謝るからそれだけは止めてほしい、と言いそうになるのを風音が何とか堪える。


風音「ま、まぁ配属についてはね。おいおいね、考えていくっていうかね・・・」


神楽「期待してますわ」


 にっこりと風音に向けて再度笑顔を作る。

 これだけアピールすれば料理人に配属される日も来るかもしれない。今からレシピ作りをしておいた方がいいかもしれませんわ、と意気込む。


風音(マズイな・・・本格的に料理の勉強しようかな)


 これ以上この話題は危険だ。と話を戻す。


風音「じゃあやっぱり面倒臭いけど一日がかりで身体検査を受けて、中心都市に行ってみない事には何にも始まんないかな」


神楽「そうですわねぇ」


 そんな会話をしながらビルの角を曲がった時。


  「えっ!! 人っ!!? ちょっ!! 危ないっすよ!! 避けてぇ!!!!」


 突然大声が聞こえ、咄嗟に二人がそちらに目をやると風音達の方に向かって猛スピードでバイクが突っ込んで来ている。

 まだ少し距離はあるようだが、人が居ないと思ってスピードを出していたのだろう。ブレーキが間に合わないようだ。


 風音が動こうとするより先に、神楽が流れるような動きで正拳突きの構えをとる。

 極限まで無駄を排した動作は、見る者には優雅にすら映るほど美しくゆるやかな動きに見えた。しかし素人が急いで構えるよりも遥かに早く型が完成する。


神楽「この手に神の息吹を」


 何事か呟いて、神楽がバイクの方に向かって拳を突き出すと。

 まだ離れた位置にあるバイクから バキッッ!! っと正面のレンズが割れる音が大きく辺りに響き渡り、乗っていた人ごとバイクが後方へ吹っ飛ぶ。


  「うわっ!!!うわぁぁっ!!!」


 バイクから放り出され空中に投げ出された人物が悲鳴を上げる。


神楽「この身に神の顕現けんげんを」


 両手を軽く広げた神楽の体から猛スピードで神楽の形をした残像のような物が飛び出す。

 残像の神楽が空中の人物を捕まえ地上に下ろすと、その場で消え去る。


神楽「何事も無かった事、神に感謝ですわ。ね? 風音さん」


 と神楽が渾身こんしんの笑顔で風音の立っていた位置を見ると、もうそこに風音はいなかった。


神楽「あら?」


 風音は神楽が人の方を助けるのを確認した後、吹っ飛んだバイクの方を捕まえに行っていたらしい。

 少し離れた場所ですでにバイクはスタンドを立てて置いてあり、風音がしゃがみ込んで壊れ具合を見ている。


神楽「・・・相変わらず音を立てずに動く方ですわ」


 同じ武人として、そういう所が気に入ったのだ。面白い人材と友人になり、紹介してくれたルミナには感謝している。


 さっきまで風音が立っていた位置の地面を見ると、少しえぐれている。

 風音が出した毒の影響だろう。

 風音は身体から特殊な毒を出す。母親から教わった技術を自分なりに作り替えた結果生まれたものらしい。

 基本的には動物に対して全く効果が無く、植物にもほぼ効かない毒だ。

 ただし、それ以外の物は毒に触れた瞬間あっという間に崩れ去る。

 加えて崩した物質からエネルギーを得て自分の力に出来る。崩した量が多ければ多いほど得られる力は大きくなり、出来る事も多くなる。


神楽(この技も謎が多いですわね・・・風音さんのお母様は何をやってらっしゃった方なのでしょう・・・?)


 不思議な技を使うのは神楽も一緒だが、神楽のは王族ゆえのものだ。一つの星の過去の研鑽けんさん、英知の結晶が全て詰まっている。

 対して風音の母親は、個人でこの奇妙な技のもととなる技術を作り出し使っていたようだ。

 得体の知れない人物だが、神楽にとって風音の母親である藤御ふじみ優希ゆうきは一度手合わせしてみたい相手だ。


 神楽がバイクを見ている風音の方に駆け寄る。


神楽「バイク、動きそうですか?」


風音「多分・・・・・。壊れてるのは前面のライトの部分とその周辺だけっぽい。内部は分かんないけど。 あと、神楽さんが技を使うのって久しぶりに見た気がする。服は使わないの?」


 バイクを見ながら、背後に立つ神楽に向かって尋ねる。


神楽「たまには使わないと忘れてしまいそうですし。それに最初のは技と言うほどではありません、ただの遠当てですわ」


 神楽はメリオエレナの王家秘伝の武術を使う。

 遠くにある物を破壊したり、自分と同じ形をしたものを作り出して戦わせたりなど不思議な技を多岐たきにわたって使用するが、ここ最近はあまり使わないようにしていた。

 神楽が闘うと手加減をしても相手が瀕死ひんしおちいったりするからだ。

 ・・・かと言って自分の身を守るためには戦わないといけない時もある。相手の身を慮った結果、自分が負けていては馬鹿らしい。


 そして試行錯誤しこうさくごの結果、出来れば相手を傷付けずに戦う方法を地球に来てから編み出した。

 それが今までつちかってきた秘伝武術の技法を活かした、衣服を使って戦うスタイルである。

 幾重にも重なった衣服をまるで意志を持つ生物の様に自由に動かし、相手の攻撃を防御吸収したり、締め付けて自由を奪うなどの他、衣服をクッションにして打撃を当てたりもする。


 この衣服の操作でも先程の突っ込んできたバイクの方向をらせて回避、運転手を縛り付けて安全な位置に移動させる事は出来た筈だ。

 衣服ではなく封印していた技の方を使った事に風音は疑問を感じたのだが、神楽の答えに納得する。


風音「あぁなるほどなぁ、確かにせっかく身に付けた技をび付かせるのは勿体ないよなぁ」


 同じく武術を扱う者として頷き同意する風音だが、実は神楽の本音はそれではなく、単に風音にいい所を見せようと張り切った結果であった。

 将来ルミナ(かどうかは知らないが、風音の婚約者)から寝取る予定の旦那様に、少しでもアピールしておかないと。

 残念ながら風音はバイクを捕らえに行っていたので、終わった後の渾身のドヤ顔は見てもらえなかったが。


風音「で、あの人は大丈夫そうだった?」


 立ち上がって神楽の方を振り返って聞く。


神楽「さあ? 怪我は無いと思いますわ」


風音「えっ、大丈夫なのそれ」


 風音が急いでバイクの運転手の方を見る。どうやら放心状態のようで、助けられた場所で座り込んでいる。

 風音は吹っ飛んでいくバイクを取り押さえるのを担当したので運転手の方は神楽に任せたつもりだったが、まさか放ったらかしにしていたとは思わなかった。


風音「神楽さん、余裕があるなら普通はまず助けた人の方の様子を見に行くもんじゃないかな?」


神楽「興味がございませんわ。怪我をされているなら確認はしますが、無事でしたらもうその時点で私の人生には何の関係もない人物ですわ」


 爽やかにそう答える神楽に。


風音「こりゃ」


 と、手刀で軽く頭をチョップする。


神楽「な、何をなさいますの。両親にも叩かれた事が無いのに」


 全然痛くは無かったが、叩かれた部分を押さえながら抗議する。

 その抗議を無視して神楽に向かって言う。


風音「自分に関係無くても人をいたわる事を覚えて下さい」


神楽「・・・関係無くても人をいたわる事を覚えますわ」


 眉を下げて渋々復唱しています、という空気を表情に出しているが、ほんの少し口角が上がっているのを隠しきれていない。

 一国のお姫様は冒険先で他人から注意される事すら楽しんでいるようだ。


風音「ん。よく出来ました」


 いつもの癖で神楽の頭を撫でようとして手を出しかけたが、慌てて引っ込める。


神楽「別に止めなくてもよろしいですのに・・・」


風音「いや、頭を撫でられるのって結構嫌がる人も多いみたいだし。この癖はほんとに直していかないと」


 昔から妹を甘やかしすぎたせいで、年下の相手には何かあればすぐ頭を撫でようとしてしまう。

 ・・・・というのが癖になっていたが、最近は同い年くらいの神楽にさえ思わず手を出しそうになってきたので、そろそろ本気で直さないといけない気がしてきた。


神楽「別に私は嫌いではありませんわ。と言うかレスタ君には遠慮無くやってらっしゃいますのに・・・不公平ですわ」


風音「あの子は年下だし喜ぶし・・・って言うかそんな事より、いい加減あの人の様子を見に行こう」


 まだ何か言いたそうな神楽を置いて、話を切り上げて運転手の方へと駆け寄る。


 腰が抜けているのか、その場から立ち上がろうともしない運転手に声を掛ける。


風音「大丈夫ですか? 立てます?」


運転手「あ、はい。大丈夫っす。むしろこっちがきそうだったから、あなた達の方が被害者っすよね・・・・。・・・あの、今何が起こったんすかね?」


 運転手が震える声で、風音達の方を見て泣きそうな顔をしている。

 今何が起きたのかも理解出来ていないようだ。


 最初の声を聞いた時から分かっていた事だが、運転手は女性だった。つなぎの作業服っぽい格好をしている。

 薄い紫色にかなり近い赤系の、ちょっと変わった髪色で、前髪の一部分をおさげにしたちょっと変わった髪型。

 どことなく気合が入っていないような、ぼんやりとした間の抜けた顔立ちをしている。

 この子を風音の大好きな犬で例えるなら、柴犬・・・が一番雰囲気的には近いか。


神楽「こっちは大丈夫ですわ。怪我はございませんか? 肩を貸しましょうか?」


 今しがた弱者をいたわる事を覚えた神楽が矢継ぎ早に問う。


運転手「こっちは大丈夫っす。ほら、このとおり」


 お尻を両手でパンパンと叩いて汚れを落としながら立ち上がる。


運転手「取り敢えずお互い無事でよかったっす。いやぁ、すみませんでした。まさかまだこの街に人が居るとは思ってなかったもんで・・・犯罪者もこの時間は見かけないって聞いてたんすけどね・・・・・」


 風音達に向かってペコペコと頭を下げる。

 翻訳機から聞こえてくる声・・・少し変わった喋り方で翻訳されているようだ。なまりが強いのだろうか。

 そういえば神楽も王族で育ったからなのか何なのか知らないが、翻訳機を通すと「~~ですわ、~~ですの」とかいう喋り方で訳される。それと似たようなものか。


風音「それよりちょっと聞きたいんだけど、この街は元々人が居ないのかな?」


運転手「えっ? あなた達この街の人じゃないんすか? 見た感じまだ子供っすよね?」


 驚いた相手に逆に問われる。確かにまだ16歳と17歳のコンビだし、神楽はともかく風音は昔から実年齢より遥かに若く見られる方だ。


神楽「子供ではありませんわ。必要な勉学は既に修めてありますし、そう言うあなたも似たようなものじゃありませんか。それより質問には真っ直ぐ答えて下さいまし。この街には元々人が居ないのかと----」


 話をこじらせそうなので、風音が神楽の口をふさぐ。


風音「さっきそこの宇宙港からこの星に入って来たばっかりでね。この土地の状況がよく分かんなくて」


 運転手が唖然あぜんとする。


運転手「あんた達、ちょっとくらいニュースを見た方がいいっすよ? 今この星はえらい事になってるんすから」


 何も知らないあんた達に重大な情報を教えて進ぜよう。とばかりに得意気な顔になって説明し始める。


運転手「実はこの星は、あの英雄メイクリットが星が滅んでしまうほどの厄災が起こると予言したんすよ。だから中心都市なんかは今、我先われさきにこの星から脱出しようって人がわんさか宇宙港に詰め掛けてる状態っす」


風音「うん、まぁそれは知ってるんだけど」


運転手「へ?」


 意外な答えに間抜けな声を上げる。


風音「それはここに来る前に聞いてたから。で、それが原因でこの街には人が居ないの?」


運転手「ま、まぁ、そうっすけど・・・・・元々ほとんど居なかったらしいっすけどね。あんた達は知っててこの星に来たんすか?」


神楽「だからさっきからそう言ってますわ。そんな事はきちんと話を聞いていれば確認しなくても分かるはずでふーーーー」


 再び風音が神楽の口を塞ぐ。


風音「ちょっと用があってね。逆に聞きたいんだけど、あなたは何で逃げずにここに?」


運転手「ああ、それは私が政府から依頼を・・・・・・」


 ここでピタリと止まる。


運転手「な、なんちゃって~~。冗談はさておき、私は元々この街出身っすから脱出に向けて忘れ物を取りに来ただけっすよ。ほんとにそれだけっす」


 思わず本当の事を言いそうになったのか、慌てて早口になってとぼける。


風音「どんな依頼を受けたの?」


運転手「な、何の話っすか? もしかしたらサイバーテロの関係者かもしれない人に、おいそれと教えるわけにはいかないっす」


 ボロボロと機密情報っぽい内容の発言をこぼしている。


風音「そっか、ごめんね。じゃあ僕達の方はもういいから仕事に戻って下さい。・・・それと、あなたも早く逃げた方がいいですよ」


運転手「逃げる事に関してはプロっすから、ご心配なく。あなた達こそ用事が済んだら早く自分の星に帰った方がいいっすよ。・・・んじゃ、失礼するっす」


 風音達に向かってペコリと頭を下げて、バイクの方へと走っていく。

 その後ろ姿を見ながら神楽が呟く。


神楽「・・・ずいぶんと、頭の弱い子でしたわねぇ」


風音「はっきり言い過ぎだよ。ああいう方が可愛げがあっていいと思うけど」


神楽「可愛げ・・・。そうでしょうか? 会話中私の方をちっとも見ないですし・・・」


 助けてあげたのに神楽に対してお礼も無かった。神楽的にはあの子は、可愛げ以前に常識が無いのではないかと思う。

 ・・・が、お礼が無いのは当然だ。彼女はそもそも助けて貰ったという自覚が無い。風音達にぶつかる直前、何が起こったのか理解出来ておらず自分から転んだと思っている。


風音「神楽さんの方をあんまり見てなかったのは、頻繁ひんぱんにダメ出しされるから怖かったんじゃない?」


 ・・・あの程度で怖がられていたのか、と神楽が少し驚く。


神楽「風音さんはああいう子が好みなのですか?」


風音「うん。アホの子大好き」


 神楽が尋ねたニュアンスとは少しずれている気がしたが、大いに参考にはなった。


神楽「そうですか。ルミナと私へのお土産が一つできましたわ」


 そう言って、バイクの方に走って行った先程の運転手の背中を眺める。

 彼女は前面が壊れたバイクを見て、壊れた部分を撫でながらしきりに「エミー・・・、エミー・・・」と呟いている。


風音「バイクに名前付けてんのかな? ・・・それよりどうしよう? あの子を追った方がいいかな?」


神楽「そうですわねぇ。彼女が思わず口走ったさっきの発言がブラフでなければ、追った方がいいですわね」


風音「あの子が咄嗟とっさに嘘を吐いたようには見えなかったから、多分嘘は言ってないと思うんだけど。やっぱり追った方がいいか」


 その風音の発言に疑問を抱く。


神楽「前々から思っていたのですが、風音さんはよく『嘘をついてない様に見える』とおっしゃいますが、それは何か根拠があっておっしゃってますの?」


風音「いや? 勘だけど。 その人の表情とか見てたら大体分かると言うか・・・まぁあんまりアテにはしないで欲しいけど」


神楽「そうですか・・・・」


 少しがっかりする。風音のこの手の発言はよく当たるので、嘘を見抜く能力でも持っているのかと思っていた。


神楽(観察眼に優れているという事かしら? 身体能力も桁外れですし・・・安易な表現かもしれませんがこの方はいわゆる・・・・)


 風音の全身をじっと見る。


神楽 (天才・・・ではなく、超人・・・・・ですわね。どこの星の出身なのかしら)


 神楽は地球に来て一般的な地球人を見たその瞬間から、風音は地球人ではないのではないかと予想していた。

 身体能力の根本的なスペックが他と違い過ぎる。


 風音を最初に見た時は驚いたものだ。

 亜人種や覚醒かくせいした戦闘民族ではないのに、自分よりも身体能力の高い人間など初めて見た。

 クリス姉弟やサルトなど、俗に言う天才ならば何度か見た事はあった。

 しかし天才とはあくまで、ある分野において人間の限界を体現した者にかんする表現であり、逆に言えば人間の枠内に収まっている人物に使う言葉だ。


 神楽が風音を超人と評したのは、理由は分からないが風音の身体能力は明らかに人間を超えているからだ。文字通りの「超人」。

 他の生物の特性が備わった獣人のような、人間ではない亜人種に近いように見える。

 ただ、そういった亜人種は身体能力が高い代わりに頭はそれほど良くないのが普通なのだが、風音を見る限り思考は人間に近い。

 加えて風音の身体的な特徴として、何故か怒ると目が青くなる。正確には普段からかなり深い青色をしていて、一見すると黒く見えるほどなのだが怒ると透明度が増す。

 これは戦闘民族と言われる存在に近い特徴である。


神楽 (興味深いですわ・・・)


風音 「神楽さん? 何ぼーっとしてんのか知らないけど、バイク行っちゃうよ?」


 神楽がハッと我に返ると、先程の運転手の乗ったバイクがもうかなり遠くまで行って小さくなっている。


神楽 「すみません。未来の旦那様の素性の事を考えていたら、自分の世界に入ってしまいましたわ。すぐに追いましょう」


風音 「・・・うん。 ん?」


 なぜ今そんな事を? と疑問に思うが、まぁいいかと放置する。

 神楽が走り出しながら何重にも着ている服の一番上の服を脱ぐ。それを腰に巻くと、服の袖の部分が神楽が走る足の動きに合わせて力強く地面を打つ。

 元々足がとんでもなく速い神楽だが、これにより更に何倍も速度が上がる。

 負けじと風音も足の周囲に軽く毒を発生させ、道路の表面を数ミリ腐らせて自分の力に変えながら走ってバイクを追いかける。


 しばらく走ったところで。


風音「神楽さん、もうちょっと速度落としても充分追いつけると思うから、もう少し音をおさえてもらっていいかな?」


 小声で話す。


神楽「あら、これは失礼いたしましたわ」


 服が地面を叩く音が大きかった(と言っても普通の人が歩く音よりも小さかったが)ので、少しスピードを緩めて音をほぼ無音に近い状態まで落とす。


神楽「風音さんは尾行の技術はお持ちですか?」


風音「えっ? どうだろ・・・・」


 突然の質問に口ごもる。

 一口に尾行の技術と言っても色々ある。例えば尾行対象から直接姿を見られていなかったとしても、しばらく尾行した後は別の人と交代するとか。

 でもおそらく神楽はそういう一般的な技術について聞いているわけではないだろう。


風音「・・・気配を消したりとかって話なら一応出来るかも。そういう技術を習ったとかじゃなくて、山育ちでイノシシとか捕まえて食料にしてるような暮らしだったから。勝手に覚えたっていうか」


神楽「流石さすがですわねぇ。私がその技術を体得するのに、どれだけ苦労した事か・・・。まして野生の生き物に気付かれずになど、今でも出来るかどうか・・・」


 感心している神楽に風音が苦笑する。


風音「僕も無理だってそんなの。あいつらはこっちが姿を隠しても音を殺しても風下に立っても、捕獲出来そうな距離まで近づいたら気付く時は気付くし。 でも気付かれない距離からよく観察すると、周囲への警戒を少し解いて、何かに集中してる時があるんだよ。そういう瞬間に出来るだけ音を立てずに一気に近付いて捕らえるんだけど、上手くいったら爽快そうかいだよ。近付いたらこっちの姿に驚いて思いっきりビックリする時があってさ、跳びあがってビックリするんだよ」


神楽「ふふっ、野生児ですわねぇ」


 狩猟経験を嬉々として語る風音を見て、改めて育ちの違いを実感する。


 そんな呑気のんきな会話をしながら、猛スピードで走っているバイクから一定間隔の距離で二人が追い続ける。

 バイクは人が居ないのを良い事に、かなりの速度で走っている。もしずっとこの速度なら隠れながら追い続けるのは難しかっただろうが、頻繁にバイクを停止させて運転手が辺りを見回し、再び走り出すという事を繰り返している。

 おかげで尾行しやすかったのだが、それにしても本当ならもっと簡単に追えたはずであった。というのも、なにせこの入り組んだ街中である。カーブが多く、その際にはどうしても速度を落とすのが普通なのだ。

 しかし彼女はカーブでほとんど速度を落とさない。そして上手くドリフトなどして運転しているわけではなく、いちいちどこかに激突しそうなくらい左右に振られながら運転している。


風音(見てるこっちが冷や冷やするな・・・)


神楽(あれはいつか死にますわね・・・・・)


 免許を持たせてはいけないタイプの人間だ、と二人が同じ感想を持つ。


風音「サイバーテロとか言ってたけど・・・やっぱり電波とか調べてるのかな?」


神楽「おそらく・・・・。これほど技術が発展した星だと、どこでネットワークを使っているのかを調べられないようにする技術も発達しているのかしら。摘発てきはつする側は専用の機器を装備して地道に足で調べないといけない・・・とかでしょうか。 だとすれば幸い無人の街ですので、使っている人が他に居ないので調べやすいですわね。ですが・・・」


 ここで言葉に詰まる。

 そして可哀想なものを見るかのような目で、前方で再びバイクを停めて何かを調べている運転手の方を見る。


風音「・・・やっぱり騙されてる可能性が高い?」


神楽「何とも言えませんが、おそらく」


 二人とも口には出さないが、考えている疑問は同じだった。

 こんな状況でサイバーテロの犯人の所在地を、個人が足で探すなんて普通は考えられないだろう。

 まして、今時国家あるいは星全体を揺るがすようなサイバーテロなどもっと有り得ない。


 昔とは違い技術は進歩している。それこそ電脳の世界に住む複数のAIがネットワークを監視しているような時代だ。

 いかなる天才でも所詮は人間。その世界の住人の網を潜り抜ける事は不可能だし、もし万が一これを突破しても交通機器の電気関連の一斉ダウンや兵器の使用など、第三者が勝手に扱うと危険なものは、コンピューターの操作のみで勝手に操られる事など出来ないように設計されている。


 今の時代、サイバーテロにより小さな被害が~~くらいならあるかもしれないが、星が滅ぶような厄災とまで言われている予言の正体がサイバーテロであるなど、余程残念な子でなければ信じないだろう。


 そう。例えば今風音達の目の前で、頑張って電波を調べている子とかでなければ。

 そうなってくると、風音達の疑問は一つに集約される。


風音「この星の政府は、あの子に何の為にこんな事をさせていると思う?」


神楽「見当もつきませんわ。そもそもあの子は政府にとってどういう立場の子なのでしょうね? 政府お抱えのエージェントっていう感じには見えませんし」


 それを聞いて風音が思わず吹き出す。


風音「ははっ、それいいかも。あの子がエージェントになれる国って凄く平和そう」


 結構酷い物言いだが、風音にとっては彼女に対する褒め言葉のつもりだ。


神楽「いずれにせよ、今この星の状況で政府の命令というのであれば、予言関連であるのは間違いないと思うのですが・・・」


 雑談している内に、またバイクが走り出す。

 何度かそういう事を繰り返している内に、辺りが暗くなってくる。日没が近いようだ。

 相変わらず面白味の無い街の風景が続いているが、もう最初に居た場所から50キロ以上は余裕で移動している。ただしあくまで走行距離の事であり、直線距離では最初の位置からそう離れていない。


 もし夜になっても作業を続けるようなら、一旦尾行を中止した方がいいかもしれない。

 食事もとらずに数時間走っていたので、風音は毒の使用の影響で空腹に加え疲れも溜まってきている。神楽もました表情はしているが、風音の前でみっともない姿を見せたくないだけで、実のところかなり消耗している。

 これが仮にただの7~80キロ程度の持久走なら、この二人の身体能力であればここまで疲れないのだが、しばらく止まってはバイクを追いかけての全力疾走。しばらく止まっては全力疾走。

 その上でバレない様に、あまり息を乱してはいけない。

 この繰り返しが体に大きく負担をかけている。


 あと1時間ほど続けて変化が無ければ中止して食事にしよう、と二人で相談してから数分経った頃。

 バイクが街角で停止し、作業をするわけでもなく何かを待つように動かなくなる。


 しばらく様子を見ていたが、二人が同時に何かを感じ取る。


風音「やばい、神楽さん。ちょっとここから離れよう」


神楽「ええ。面倒事は避けたいですものね」


 風音の言った意味を即座に理解してくれたようで、気配を消したままその場から離れる。

 目の良い風音の視力でどうにか視認出来るくらいの距離まで離れてから、適当に近くにある建物の屋上に上った。

 そこから豆粒ほどの大きさにしか見えなくなったバイクの女性の方を隠れて見ながら、風音が口を開く。


風音「さっき雑談で言ってた、野生の獣並の奴が来るね」


神楽「ええ。私も感じましたわ。戦闘民族のような凄みは感じませんので、戦闘能力はこちらの方が上だと思いますわ。ただ・・・」


風音「うん。物凄く警戒慣れしてるっぽい」


 おそらく待ち合わせでもしていたのだろう。誰かがバイクの女性の近くにやって来そうな気配がした。

 その人物は、それこそ近くの動物が一斉に逃げて行きそうなくらい周囲に自分の気配をわざとまき散らしながら、同時に周りを探っている。

 もしこの気配の中に少しでも悪意や殺意の様な嫌な気配を感じたなら、あのバイクの女性を保護する為にも近くで潜むべきなのだが、風音の発言通り野生の獣が周囲に気を張っている時の感じと変わらない。

 おそらく待ち合わせなのだろうと判断し、離れる選択肢を選んだ。


 しばらく待っていると、ようやくその姿が見える。

 歳は地球人で言うなら30代後半の男性といったところか。タバコのようなものをくわえており、随分と精悍せいかんな顔立ちをしている。

 ネクタイこそしていないが黒いジャケットに白いカッターシャツの、一見堅苦しい格好も彼のりんとした風貌に良く似合っている。

 そしてセンスが良いのか悪いのか、両耳には弾丸の形をしたイヤリングが付いている。


 やはり待ち合わせだったのだろう。バイクの女性とスーツの男性が会話をしているようだが、離れすぎているため聞こえるはずもない。


神楽「あれが政府の人間でしょうか?」


風音「どうだろう・・・。わざわざ役人がこんな所まで来るかな? どっちかと言えば彼女とは別の区域を担当していた仕事仲間って考える方が自然かな?」


 仕事終わりに成果を報告し合っているのかもしれない。あるいは調査結果を収集する担当の人物か。

 風音が鞄から携帯食料と水を取り出す。少ない量で高カロリーな物をいくつも持って来ていたので一つ神楽に渡し、自分も口に入れながら様子を見る。


神楽「もしかしたら単純にカップルなのかもしれないですわね。仕事終わりに待ち合わせをしていたとか。崩壊寸前の星で待ち合わせをする二人の男女・・・二人は崩壊を止める為に共に手を取り合い・・・素敵ですわ」


 神楽が妙な設定を付けて陶酔とうすいし始める。


神楽「だとするなら、こちらも負けてられませんわね」


 と言って風音の腕に自分の腕をからめようとしてピタリと止まる。


神楽(確かに風音さんは私にとって光輝く星のような人物ですわ。でもまだ今の風音さんには最後の輝きが足りない・・・。既婚きこんという名の輝きが。・・・まだ、手を出すわけにはいかない・・・・・・・)


神楽「くぅっ・・・!!」


 悔しさのあまり苦悶くもんの表情を作る。


風音「?」


神楽「風音さんは早くルミナと進展しんてんをして下さいまし!!」


 一度風音の腕を掴んでから振り払う。


風音「な、なんで急に怒られてんの・・・ルミナと新店しんてん?」


 商売でも始めろと言うのか。すでにルミナは翻訳機開発の中心人物として莫大ばくだいなお金を稼いでいるのだが。


風音「もう十分だと思うけどな・・・」


神楽「寝言は寝てからおっしゃってください。まだまだ足りませんわ」


風音「そ、そっか・・・」


 一国のお姫様だけあって野心家らしい。あれだけ稼いでいてもまだ足りないというのか。


風音「じゃあフェクトに人が集まってきたら、機械修理の仕事でもうようにしてもらおうかな・・・」


 仮にそんな事をしてもらったところで、本業に比べたらカスみたいな収入にしかならないだろうが。


神楽(・・・? それで何か変わるのかしら?)


 神楽が首をひねる。

 どうも会話が通じていない気がする。


風音「・・・・あれ?」


 神楽と雑談しながら遠くにいる男女の様子を見ていた風音が、小さく声を上げる。


神楽「どうかなさいました?」


 神楽がつられて男女の方を見るが、目をらしても表情などは見えない。


風音「うん。もしかしたら尾行がバレたかも。ほんの一瞬だけど、あの男の人の視線が意識してこっちを見た気がする」


神楽「偶然でしょう? この距離で位置まで分かるはずありませんわ。あれだけ周囲を警戒している人物ですから、常にあらゆる方向に気を配っているだけでは?」


風音「そうかもしれないけど、この辺りは無人だから遠くまで違和感を探りやすい環境ではあるし・・・。それより今更なんだけど」


 神楽の方を見る。


神楽「何ですの?」


 突然見られたので、無意識に髪の毛を手櫛てぐしで整える。


風音「別にバレても良くない?」


神楽「・・・本当に今更ですわね」


 そもそも尾行を開始した理由は政府の狙いを確かめたかったからだ。それがおそらくこの星に起こる厄災の正体を知るきっかけになると思ったから。

 それが分かれば、今後の人材確保に向けての行動の方向性も決めやすい。


 そして本人に聞いてもしらばっくれられるだけだろうし、何より彼女自身が政府に踊らされているように感じたので追い始めたのだが・・・。

 政府も厄災の正体が分からず手探りで各地を調べているだけの可能性も高い。

 正直彼女の行動が厄災の正体に繋がるかどうかは、かなり微妙な所だろう。


風音「だって何にも起こりそうにないし。あの子は普通に頼まれた仕事してるだけっぽいしさ。ってなると、もうあんまりこそこそ尾行する意味が感じられないっていうか。 いっそあの二人の前に堂々と姿を見せて、厄災の正体を探っている事を正直に話して何か知ってる事を聞いた方が早いような気がしてきた」


 目的は勧誘だが、場合によっては厄災阻止に協力する事を希望しているのだから、あっちにとっても悪い話ではないのではないだろうか?


神楽「・・・そうですわねぇ。確かにあの女の子の方はともかく、あの男性はサイバーテロの件を信じているとは思えませんし。 ただ、あの男性があの女の子の仕事仲間や知り合いならいいですが、政府関係者なら間違いなく風音さんの欲しい情報は得られませんわ」


風音「うん・・・」


 しかしあの男性にもし尾行がバレているなら、このまま続けるのは逆効果な気がする。

 警戒されるだけだろう。

 と、こちらが今後の出方を考えている内に向こうでは用事が終わったのか、男の方がどこかへ立ち去ろうとする。


神楽「では、二手に分かれましょう。私が男性の方を担当しますわ。風音さんは女の子の方を。尾行を続けるか話し合いに持ち込むかは各々の裁量さいりょうに任せましょう」


 神楽がそう結論を下すと、男の方を追いかけようとする。


風音「ちょ、ちょっと待った。なんで神楽さんが男の方なんですか。分かれるんなら僕がそっち行きますって」


 当然の様に危険な方を追おうとする発言に、思わず所々敬語で反応してしまう。


神楽「駄目ですわ。風音さんはもっと貪欲どんよくに女性と仲良くなって下さいまし。もうこの際あの残念な子でもいいですから。それに・・・」


 歩いていく男の方を見る。


神楽「有事ゆうじの際に私が万に一つもおくれを取る事があると・・・思われますか?」


 そう言う神楽の表情には笑みが浮かんでいる。


 風音がため息を吐く。

 出会った頃からそうだが、彼女の自信家は相変わらずだ。もちろんその自信に見合った実力を持ってはいるとは言え、いつか足元をすくわれなければいいが。


 ・・・ここは風音が折れた。


風音「じゃあ寝る前には連絡を入れて合流する事。あと、自分から危険な事に首を突っ込まない事」


神楽「分かりましたわ」


 返答と同時に男の方を追う。

 その様子を見送りながら呟く。


風音「自分から危険な事に首を突っ込まない事・・・・・か」


 わざわざ滅ぶ寸前のこの星に来る事を決めた奴が言うと、これほど説得力の無い言葉は無いな、と自分で思う。


風音「さて」


 バイクの子の方を見る。何か地図のような物を見ているようで、その場でじっとしている。


風音(こっちはどうしようかな・・・・多分あの子を尾行しても得られるものは少ないかな)


 神楽の方はしばらく尾行する方を選んだようだが、こちらは先程の発言通りいっそ堂々と出て行って何か情報を聞き出す事にする。

 彼女の居る位置から結構離れているので、動き出さない内に早足で近付く。

 そして彼女の背後からあと十数メートルの所まで近づいた時。


女「・・・待って」


風音「!!?」


 突然の彼女の発言に思わず足を止める。

 相手は女性だ。しかも神楽とは違い一般人。

 その辺を考慮して、走る音を立てながら高速で近付くと怖がるだろうと思ったので、この場所に至るまで音を殺して走ってきた。

 そして、もう少し近づいてから何くわぬ顔で普通に近付いて声を掛けるつもりだったのに。


風音(まさか気付くとは思わなかったな。意識がこっちに向いてなかったように見えたのに)


 そもそもこの星に来たのは乗組員をスカウトするためだ。この状況で政府に頼られ、しかも腕が立つとなれば。


風音(これは期待していいかも)


 と期待すると同時に、だからこそ悪い印象を与えない様に振る舞わないといけない。と気合いを入れる。


風音「ごめん。確かに遠くから一気に近付いたけどさ、別に襲ったりしようとかってのが目的じゃないんだ。ちょっと話を聞いて欲しい。そっちが望むならこの位置から動かないから」


 と背後から声を掛ける。


女「えっ? ちょっと待って? ホテルの方向ってどっちになるんだっけ?」


 ブツブツと独り言を言いながら地図をグルグルと回している。


女「ん?」


 ここで風音の声に気付いて振り返る。

 風音と目が合って一瞬硬直してから。


女「うわぁっ!! びっっくりしたぁぁ!!」


 思い切り叫ばれ、突然の大声に風音がビクッとする。


女「んん? あんたさっきの? なんでここに居るんすか?」


 と言いながら、何の警戒もせずに風音に寄ってくる。

 今この星の状況、そしてもし彼女が政府に何かを依頼されているとかいうのが事実だとするなら。

 少しは周りの人間を疑って行動した方がいいんじゃないだろうか。

 この子には警戒心というものが無いのだろうか。

 風音が複雑な表情で彼女を眺める。

 でもこういう子が居るとカノンは賑やかになって楽しいかもしれない。


風音「・・・・・・もし・・・仮に候補が居なかったら頼んでみるかな」


 目の前に来た彼女に、思わず本音が出る。


女「? どういう事っすか?」


風音「いやこっちの話。実は-----」


 これまでの経緯を簡単に話す。

 一応話し終わるまで彼女はキョトンとしながら聞いていたが、話し終わると同時に吹き出す。


女「ははっ! そんな訳ないじゃないっすか~~~。さっき出会った場所からここまでどんだけ移動したと思ってるんすか? その間ずっと尾行なんて出来る訳ないっすよ」


風音「いやホントなんだって。で、君の目的を・・・」


女「も~~。駄目だよ、正直に話さないと。 つ・ま・り、道に迷ったんでしょ? 一緒にいた女の子とも別行動とかってのは言い訳で、本当ははぐれちゃったんすよね? お姉さんが協力してあげるから、泣いちゃ駄~~目」


 ぐりぐりと頭を撫でられる。そして風音の内に沸き立つ感情。


風音(あ、そうか。これが・・・・・・屈辱・・・)


 この感情は生まれて初めてかもしれない。

 身内にやんちゃな奴が居たので、同じようにコケにされた事はある。しかしあの時は諦めの方が勝っていた。


女「一応名乗っとくっすね。私はブラウニー・レイスコア・イル・メイサ。お姉さんって呼んでもらっていいから」


 名乗りながら地図を丸めて、ポスッと風音の頭を叩く。


風音「僕は音羽・風音。呼び方は何でもいいよ。よろしくブラウニー」


 無の表情で自己紹介する。


風音「で? 道に迷った僕に協力してくれるって? ホテルまでの道が分からないお姉さん」


 皮肉たっぷりに言う。


ブラウニー「うっ・・・。そうなんすよ。実は私も道が分らないんすよ。地図って一回方角が分からなくなると何の役にも立たないっすね。来た道をそのまま帰った方が早いかな」


 丸めた地図を広げてもう一度目をやる。


風音「地図は回さない方がいいよ。それと、移動距離は結構長かったけど、直進じゃなくて街をまんべんなく走ってただけだから、僕らと出会った位置ならそんなに離れてないかな。ここから二~三キロくらい西だよ。来た道をやり直すにしても、その位置から始めた方が早いでしょ」


 横から地図を見て現在地を確認し、地図の向きを正す。


ブラウニー「おお~~~~。そんなの分かるんすか? それは助かるっす。ちょうど君と出会った時がホテルを出て間もなくだったんで、そのすぐ近くっすね。偉い偉い」


 またぐりぐりっと頭を撫でられる。


風音(・・・・・・・)


ブラウニー「道が分かるって事は本当に迷子じゃないんすね。でも、子供が暗くなるまで外で遊んじゃダメっすよ? お姉さんとの約束」


 再び地図を丸めてポスポスッと風音の頭を叩く。


風音 (・・・・・!!)


 何故だろう、風音の顔面の筋肉が痙攣けいれんする。


ブラウニー「無人街って言っても、この辺はちょっと前まで人が住んでたっすからね。突然の星壊滅宣言からの星間移動ってなったけど、家にある荷物とか全部は持っていけないっしょ? だから家に置いてった荷物を狙って泥棒が増えてるらしいっすね。 泥棒って言っても人を見つけると襲ってくる犯罪者がほとんどらしいっすから、音羽ちゃんみたいな女の子一人の外出は危険だよ」


風音「そういや最初に会った時も犯罪者がどうとか言ってたね。 一人で危険かどうかはともかく、僕は女の子じゃないから。 っていうか泥棒ねぇ。確かに大型家電とかはいちいち運べないから置いてるんだろうけど、わざわざ滅ぶかもしれない星で火事場泥棒って・・・そいつらは死んででもお金儲けがしたいのかな?」


 そんな風音の疑問には反応せず、目を見開いて風音を見る。


ブラウニー「えっ? 君、女の子じゃないの?」


風音「男だよ。見れば分かるでしょうよ」


 見て分からないから間違われているのは分かっている。分かってはいるが、この主張だけは退く気はない。


ブラウニー「って事は、男の子が私を追いかけてた? ま、まさかお姉さんを襲うのが目的!?」


 バッと自身の身体を抱くような姿勢をとる。


風音「だったらとっくに襲ってるよ。人っ子一人居ない場所で機をうかがう意味が無いし」


 呆れた顔で答える。

 ふむ、確かにそれもそうか。という感じでブラウニーが少し首をひねる。


ブラウニー「じゃあもしかして初対面の時にお姉さんに惚れちゃった? 確かに年上の魅力に惹かれる年頃っすもんねぇキミ。 全く・・・だからってストーカーは絶対駄目だよ? 美人なお姉さんとの約束」


 またポスポスッと地図で叩かれる。


風音「・・・ほんとに襲ったろか」


 地図を払いのけながら、小声で吐き捨てる。


風音「それより本題。ブラウニーは結局何がしたかったの? この街をずっと走り回ってさ」


 風音がこの場に蔓延まんえんしていたゆるい雰囲気を一掃するかのように、真っ直ぐにブラウニーを見据みすえて問う。


ブラウニー「な、な、何の事っすか? 最近は街をドライブしてたってだけで、知らない子から付け回されたうえに質問攻めにされるんすかぁ? ちょっとお姉さんの中の常識には無いなぁ、そういうの」


 目をらしたり髪の毛をいじくりまくったりと、挙動不審の見本市みほんいち状態になりながらブラウニーが答える。


風音「ちなみにこのレベルの星になると、サイバーテロが原因で星が滅んだりする事は絶対に無いよ」


 と、分かり易いカマをかけてみる。


ブラウニー「えぁっ!? うそっ!? ホントに? だって私はそれが原因でこの星が壊滅的な危機を迎えるって聞いたっすよ!?」


 思いっきり引っかかってくれたようだ。間髪入れずに問う。


風音「誰から?」


ブラウニー「そりゃもちろん政府から派遣された依頼人・・・」


 そこまで言ってハッとなる。

 数瞬間を空けて、風音から目を逸らしながら言う。


ブラウニー「・・・ではない事は言うまでもないよね。賢明な音羽ちゃんなら今のが冗談だって事気付いてるよね?」


風音「うん。もちろん気付いてるよ」


 文字通り、気付いている。

 対して、ブラウニーの方はなんとか誤魔化す事が出来たようだ、と胸をなでおろーーー


風音「で、冗談はともかく誰から聞いたの?」


 追い打ちをかけていく。


ブラウニー「!!!?」


 どう答えていいのか分からず、あうあうと言葉に詰まっている。

 ちょっと意地悪が過ぎたか、と風音が反省して助け舟を出す。


風音「どうせニュースかなんかで聞いたんでしょ? ああいうのってアテになんないよ?」


ブラウニー「そ、そう。それ。それっす。ニュースで言ってたっす」


 正にわらをも掴む勢いで乗っかってきた。


ブラウニー「・・・ところで、その、サイバーテロで滅びないってのはホントなんすか? なんで音羽ちゃんがそんな事言い切れるんすか?」


風音「え、だって・・・」


 近年のコンピューター事情について簡単に説明する。

 細かい所まで伝わったかどうかは分からないが、サイバーテロが原因で危機的な状況にはならない事を事細かに伝えた。


ブラウニー「・・・・・・マジっすか」


 そう呟いた後少し考えて、ブラウニーがジャケットの内ポケットから携帯を取り出しどこかに電話を掛ける。


ブラウニー「・・・・・・あ、今大丈夫っすか? えっ? ダメ? まぁそう言わずに。結構大きな情報掴んだかもしれないんすよココさん。・・・・ういっす。実はサイバーテロは嘘の情報かも、らしいっす。もしかしたら私達、別の目的で動かされてるのかも、って事らしいんすけど。 ・・・えっ、知ってたんすか? じゃあなんで教えてくれないんすか? ・・・なんか嫌な人っすねあんた。・・・はぁ。・・・尾行? よく分かんないっすけどこっちはもうホテルに帰るっすよ? ・・・ういっす。じゃあ」


 携帯を切る。


風音(尾行? やっぱりバレてたか? もしそうなら今尾行してる神楽さんは絶対気付かれてるな・・・)


 電話の相手はおそらくさっきの男なのだろう。だとするならその男の口から尾行という言葉が出てくるのは・・・


ブラウニー「はぁ・・・、なんっかあの人苦手なんすよねぇ」


 ブツブツ言いながら携帯を内ポケットにしまう。


風音「さっきの男の人?」


ブラウニー「ん? うん。そうだけど何で知って・・・ってそれよりなに人の電話に聞き耳立ててるんすか? そういう行為は止めなさいってさっきお姉さんと約束したよね?」


 ポコリと丸めた地図で頭を叩かれる。


風音「気をかせて聞こえない場所まで離れなかったのは認めるけどさ。逆に言えば僕一歩も動いてないよ。ブラウニーが勝手に目の前で電話し始めたんだよ」


 反論するも、逆にため息で返される。


ブラウニー「そんな言い訳ばっかりしてると、憧れのお姉さんからの好感度が下がっちゃうぞ?」


風音「大丈夫。そんな奴は存在しない」


 ポコポコと頭を叩いていた地図を払いのける。


風音「ブラウニーがこれから行くホテルにはさっきの男の人とか、他にも誰かが居たりするのかな?」


 正直ブラウニーからはあらかじめ持っていた以上の情報は得られなかった。が、今の電話を聞く限り、さっきの男は何か知っているかもしれない。それを教えてくれるかどうかは微妙だが。


ブラウニー「いや? 私のホテルには私しか居ないっすよ。ココさんに・・・さっきの男の人に会いたいんすか?」


風音「うん。ちょっと話してはみたいかな」


 正直に答える。


ブラウニー「う~~~ん。・・・何でそこまで私たちの事を知りたいんすか?」


 ストレートに疑問をぶつけられる。

 言われてみれば、理由を言っていなかった気もする。


風音「隠す必要も無いからハッキリ言うけど、ブラウニー達はこの星の滅びの原因を探っているんじゃないかと思ったからなんだけど。話を聞けば何か分かるかなぁって」


 そう言われてブラウニーが見るからに焦る。


ブラウニー「んなっ、なんでそれを知って・・・んんっ! じゃなくて、知らないっすよそんなの。普通にニュースで言ってるような一般的な情報で言うなら、政府は何か見当を付けたみたいっすけどね。自然災害説が濃厚らしいっすよ」


風音「へぇ・・・」


 今まで散々政府からの依頼がどうのこうの言っておいて、今更一般向けの情報を言われても。

 それが嘘だからアンタが雇われてるんじゃないか、と思う。


風音(でも政府が何か掴んでいるのは事実? だから人を雇って何かをやらせているわけだし・・・)


 風音が自分の世界に入って考え込む。


 何だろう?

 ブラウニーがやっていた事と言えば、ネットワークを使っている家屋があるかどうかを機器を使って調べていたくらいだ。

 そしてさっきブラウニーに説明したように、その行動には意味があったとは思えない。

 何らかの別の意味がある筈だ。

 例えば・・・ブラウニーが知らされていないだけで、その機器は大量破壊兵器に反応するように設計されているとか? そして反応した地点を報告させ、政府が叩く?

 まぁあり得ない話ではない。確か最近裏側で開発された兵器「ヨトン」は設定した範囲にある物質を文字通り消し飛ばしてしまうらしい。

 ちょっと前までは大量破壊兵器に対して下手に攻撃をすると逆に危険の方が大きかったが今は違う。ヨトンで消してしまえばいいのだ。

 質量保存の法則すら無視した兵器だが、そのせいか発動までの時間は長く、設定出来る範囲は極めて狭い。

 だから正確な位置を知るために、各地にブラウニーのような人を大量に雇い、クモの子を散らすように調べさせている・・・とか。


 他には・・・星そのものが自壊しようとしているかを探ろうとしている?

 たまにあるのだ。突然星の本来の寿命関係なく自分から壊れるように崩壊してしまう事が。

 そして、その場合必ず前兆があるらしい。磁場が大きく乱れるのだそうだ。それを各地で調べて回っている? ブラウニーが持っていたのはそれを調べるための機器?

 星全体の磁場が乱れる頃にはもう手遅れだが、その前段階を発見出来れば磁場を安定させることが出来るらしい。と、前にサルトから聞いた事がある。それを聞いた時は、裏側のその高い技術力に感心したものだ。


 パッと思い浮かんだ即席の仮定の割には、両方ともあり得ない話ではない。が・・・何かが引っ掛かる。

 なんとなくブラウニーの方を見る。

 突然黙り込んで考え事をしだした風音を、不思議そうに見ている。


風音(なんかこの人の表情って見てて落ち着くっていうか・・・)


 見た目だけで言えば普通に可愛らしい女の子だと思うのだが、それにしてもこの、何も考えてなさそうな間抜けな御尊顔ごそんがん・・・


 目が合ったので風音が愛想笑いをすると、同じく愛想笑いで返してくる。


風音(そうか・・・)


 引っ掛かっている部分が少し見えた気がする。

 そう。今挙げた様な説が正しいとすれば、この子をサイバーテロの捜査などと騙す必要が無いのだ。

 磁場の調査なら正直に言えばいいだけの話。一般向けに公表している自然災害説とも合致がっちする。


 大量破壊兵器の隠蔽いんぺい場所の捜索などなら、危険だから騙して捜索させるという事はあるかもしれない。

 だが、この星は今普通の状況ではない。いつ滅ぶか分からないのだ。この仕事を受けた時点で、かなり危険な仕事である事は承知している。

 危険を対価にして仕事をしている人物に危険を隠しても仕方ない気がする。

 むしろその場合も正直に言って捜させた方が効率が良いだろう。


 ・・・ただし危険度にもよる。

 いくら危険を対価に・・・と言っても、限界はある。

 ほぼ確実に命を失うような仕事なら、誰も引き受けないだろう。

 もしそういう理由で騙してまで事実を伏せているのだとしたら・・・・今ブラウニーが行っている事はかなり危険な事なのかもしれない。


風音「ブラウニーは、何でこんなに危険な所に居るの? 怖くないの?」


 ふとそれが気になって尋ねる。


ブラウニー「そりゃ怖いっすけど・・・皆から馬鹿にされてた私だってね、一つくらいは誇れる所があるんすよ? 自慢じゃないけど私、逃げる事に関してだけは誰にも負けないっすから。何が起こっても逃げる自信はあるっすよ」


 胸を張って得意気に言う。

 想像も出来なかった回答に、思わず風音が吹き出す。


風音「はははっ、面白い人だなぁホントに。なんか、人類の最終進化系って感じでかっこいいね」


ブラウニー「かっこいい? 初めて言われたっすねそんなの。大体馬鹿にされるか笑われるかなんすけど。ココさんにも鼻で笑われたし」


 そういう反応に慣れているのか、別に笑われても何も感じないようだ。


風音「逃げるのが恥ずかしいと思ってるのは人間くらいじゃない? そもそも僕の星の人類は、海で生存競争に負けて仕方なく陸に逃げた魚類が進化した結果生まれたって説もあるし。これが事実なら、人類そのものが逃げるって行動から誕生したくせに、今更恥ずかしがってんじゃねぇよって話だね」


 逃げるという事に特化した結果、地球で一番生命力を持ったゴキブリも居る。

 逃げるという事は生命力が高いという事に繋がるとか言おうとしたが、女の子をゴキブリと同列に語るのもなぁ、と思ってそれは止めた。


 そして突然ブラウニーが興奮し始める。


ブラウニー「そうっすよね!? そうなんすよ! 逃げる事は恥じゃないんすよ。私だって出来る事はあるんだって所をウチの星の連中に分からせてやるんすよ! 天才とか神童とか言っといて、私の選んだ生き方に落ちこぼれとか負け犬とか好き放題言って・・・!」


 なにかブラウニーの中の地雷を踏んでしまったのだろうか。


ブラウニー「まぁ音羽ちゃんも安心してほしいっす。もし何かあっても私が確実にこの星から逃がしてあげるっすから」


 風音の肩をポンポンと叩いて自信満々に言う。


風音「うん・・・期待してます」


 これほど期待出来ないことは無いというか、むしろこっちが助けなければならないような気さえする。


風音(それはそれとして、どうしたもんかな)


 結局、この星の政府の目的をこれ以上考えていても意味がない。どれほど有力な説が浮かんだとしても、推測の域を出ない。

 それにどうやらブラウニーから聞き出せる情報はこれ以上無いように思えるので、神楽に連絡を取る為ズボンのポケットから携帯端末を取り出す。

 現在神楽は尾行中だと思うので電話に出られる状況かどうかは分からないが、一応掛けてみる。


風音(・・・・・・やっぱり出られないかな)


 しばらくコールしてみるが出ない。

 何か危険な事に出くわしてなければいいが。

 と。


神楽「お待たせ致しましたわ。風音さん」


 ちょっと心配した頃に普通に電話に出た。


風音「ああ、良かった。無事だったんですね。ちょっと心配しましたよ」


神楽「・・・・・・」


 何故か何も答えない。


風音(・・・? ・・・・・! ああ、敬語になってるからかな?)


 王族相手なのだから咄嗟とっさに敬語になってしまうのは仕方ないと思う。と言うかこんな時くらい、不貞腐ふてくされずに円滑えんかつに会話してほしい。


風音「・・・無事で良かった。心配したよ」


神楽「はい。お気遣い有り難うございます」


 言い直すと機嫌よく返事をしてくれた。


風音「今電話大丈夫? そっちの状況は?」


神楽「はい。簡単に説明しますわね。風音さんと離れた後ーーー」




 風音と別行動をとった直後。

 神楽はスーツの男を追いながら、常に臨戦りんせん態勢をとっていた。

 何か様子がおかしい。

 先程までは感じなかった気配が街のあちこちから感じ取れる。

 やはり風音が言っていたように尾行はバレていて、罠にハメられようとしている可能性がある。

 ただ、少し気になる。


神楽(ならどうして手練てだれを用意しなかったのかしら?)


 先程風音との会話にも出たが、気配を消すというのは動きながらとなると難しいし、まして相手が周囲を探っている状況で気付かせないとなると、達人クラスの技量が必要になってくる。


 しかし、逆に動かずにじっとしていてもいいなら素人でも出来る。

 無駄に周囲を意識しすぎず、息をひそめ音を立てなければそう簡単には気付かれない。

 だが今街の至る所から感じられる気配は、その場から動いていないにもかかわらず容易に感じ取れる。


神楽(素人以下・・・あるいは初めから隠れる気が無い・・・もしくはこのおとり達にまぎれて本物が混じっている・・・・・・ですか)


 素人に混じって実力者が隠れているという作戦は神楽相手には悪手である。

 服で雑魚を複数人縛り上げて盾に出来る。

 相手の実力者が仲間想いな奴なら人質として扱い投降させる事が出来るし、躊躇ちゅうちょせずに攻撃してくるなら文字通り盾として使ってやればいいだけだ。


 しばらく周囲に気を配りながら様子を窺っていると、男が急に立ち止まる。

 そして辺りを見渡してから、道路脇にあったガードレールに寄り掛かり煙草たばこを吸い始める。


神楽(誘ってますわね・・・)


 さっさと掛かって来いという事だろう。

 神楽から尾行されている事には気付いていながらも、正確な位置は掴めないでいるのかもしれない。


神楽(しかし興覚きょうざめですわ。一人では不安だからと仲間に囲ませてから挑発なんて)


 ハッキリ言って興味を無くした。

 元から戦闘が目的ではなかったが、結果戦闘になるならそれもまた良しと思っていた。しかしこんなつまらない罠を張られるとわざとはまりに行くのも面倒だ。

 風音の言う通り尾行を止めて、適当に情報だけ聞き出した方が良かったかもしれない。もうこうなっては何も喋ってくれないだろう。


神楽(引き返しましょうか。さっきの風音さんの様子だと、おそらくあっちは相手と接触しているでしょうし、何か進展があるかもしれないですわね)


 尾行を終了し引き返そうとした時。


「い~い度胸だなぁ~、二ィちゃん」


 突然男の声が聞こえた。

 路地裏や建物の影から十数人の若い男達が出て来て煙草を吸っている男を取り囲む。


「金、持ってんだろ? 今大人しく出しときゃ怪我だけで済むぜ?」


 親玉とみられるスキンヘッドの男が、ナイフを突きつけながら脅迫する。周囲の男達の手にもナイフや銃が握られている。


神楽(周りの連中は仲間じゃなかった? 何なのかしら、この方達は)


 この星にはテロ組織でもいるのだろうか。事前に調べた情報では無かった気がするが、無人街での犯罪を携帯のネットワークで検索してみる。


神楽(ああ、すぐに出ましたわ。この星では今結構有名なんですのね。火事場泥棒が)


 風音の方はブラウニーから聞いて知ったが、この星では今無人街に犯罪者が沢山居るらしい。

 特に集団は性質たちが悪い。火事場泥棒だけじゃなく、人を見つけると金を奪うのが当たり前になっているようだ。


男「おい、お前らの仲間に手練れが一人・・・いや、二人か。居るよな。何故そいつが出てこない?」


 神楽の位置からは会話の内容は聞こえないが、そのスーツの男はナイフを向けて脅されているというのに、目の前の相手に話しかけている。


「何言ってんだてめぇ? 助かりたくて小賢しい駆け引きしようってんなら相手が悪かったな。次に余計な事を喋ったら殺す。とっとと金を出せ」


 ナイフを喉元に突きつける。

 次の瞬間、銃声と共にナイフが弾け飛ぶ。


 スーツの男の両手にはいつのまにか銃が握られていた。何が起こったのか分からず唖然としているスキンヘッドの男の前で、スーツの男が体を一切動かさず両手だけを動かして周囲を取り囲んでいる男達を撃っていく。

 ほんの数秒の出来事だった。15発の銃声と叫び声、悲鳴。周囲に転がった7人の男。

 スキンヘッドの男を含め、立っている8人は全員手を押さえてうずくまっている。ナイフを持っていた連中だ。

 手を撃たれてナイフを飛ばされたのだろう。

 そして、倒れている7人は銃を持っていた連中だ。

 スキンヘッドのナイフを持つ手に向かって撃った後、まずこの七人から頭を撃たれた。


神楽(とんでもない精密射撃ですわね。加勢する必要も無かったわ)


 あの男なら目の前のスキンヘッドくらいなら自力で何とか出来るだろうと踏んでいた。

 しかし銃を持った相手に四方を囲まれているとなると加勢が必要だろう。

 そう判断した神楽が今にも跳び出そうとしていたが、寸前で踏み止まる。


男「ゴム弾だ。死ぬほど痛いだろうが今の所一人も死んではいない。倒れた連中も脳震盪のうしんとうで転がってるだけだ。いいか、よく聞け」


 スキンヘッドの男の喉元に銃口を押し付けながら続ける。


男「俺がお前らを殺さなかった理由は、仕事中に殺しちまった場合報告書を書くのが面倒、ただそれだけだ。それ以外にお前らを生かしておく理由は一つも無い」


 スキンヘッドの男が震えあがる。


男「気が変わらない内に答えろ。お前らの仲間にーーー」


 ザッ!


 誰かが走りだす音が静かな街に響いた。

 手を撃たれた者の内三人が、恐怖の限界を超え逃走しだしたらしい。


男「・・・俺な、娘が居るんだ。年頃でな。漫画が大好きなんだが、少女漫画じゃなく勧善懲悪かんぜんちょうあくモノの少年漫画が好きらしくてな。俺も一緒に読んだりもするんだが」


 言いながら空いていた方の手で懐から別の銃を出し、逃走しようとしていた者達の後頭部を撃つ。

 撃たれたのはゴム弾だったらしく派手に血が飛び出したりはしなかったが、その衝撃は凄まじく悲鳴を上げる間もなく倒れる。


男「漫画。分かるか? 要は創作物語だな。その主人公達の行動に常々疑問があってな。悪の集団を蹴散らした後、親玉以外が悲鳴を上げて逃げていくのを「やれやれ」って感じで見送るんだ」


 改めてスキンヘッドの男に銃を顎の下から強く押し付け、可笑おかしそうに口角を吊り上げてクックッと笑う。


男「おかしいよな? 常識で考えてよ、一人も逃がす訳が無ぇよなぁ?」


 その笑顔と男の不気味な威圧感にスキンヘッドの男が恐怖で凍りつく。


男「・・・お前らの仲間に手練れは居るのか?」


スキンヘッド「は? ど、どういう意味でしょうか?」


男「訓練を受けた実力者が居るのかと聞いている。聞き返すな、一度で理解しろ。次に無駄な会話をさせたら耳と鼻を弾く」


スキンヘッド「ひぃっ! ぃ、い、居ません! 全員ただの素人です!」


男「そうか。 このあと少し用があってな、お前らに付き合ってられん。お前ら今から一時間以内に全員この星の治安組織に出頭しろ」


 スキンヘッドの男がガタガタと震えながら首を上下に動かす。

 それと同時に銃を顎から離し、懐にしまう。

 男が再び口角を吊り上げてわらう。


男「・・・と言ってもお前らどうせ出頭なんかしないだろ?」


 そして、スキンヘッドの男の頭を掴む。触れられた瞬間スキンヘッドの男の全身が恐怖でビクッと大きく震える。


男「一時間やると言ってるんだ。好きなだけ逃げてみろ。明日まで生き延びる事が出来れば見逃してやる」


 眼前まで顔を近付け楽しそうに笑顔を浮かべる男を見ながら、スキンヘッドの男が奥歯をカチカチと鳴らしながら怯える。


 『お父さん、電話だよ? お父さん、電話だよ? お父・・・・・・』


 突然緊張感のない電話の着信音が鳴る。

 スーツの男が面倒臭そうにポケットから携帯電話を取り出す。


男「何だ?・・・・・・緊急でなければ後にしてくれ。・・・ココじゃない。九重ここのえだ。じゃあ手短に言ってくれ。・・・・・それは知ってる。・・・結局政府の狙いが分からん現状、そこに気付く気付かんは大差無い。悩む必要の無い分馬鹿は得だな。・・・・・そうか? それよりお前逃げるのは得意と言っていたな? ・・・その自信は不意打ちにも対応しているのか? まだその辺をうろつく気なら尾行に気を付けろ。・・・・・そうか。じゃあ気を付けて帰れ」


 言い終わると相手の反応を待たずに電話を切る。

 その様子を遠くで眺めていた神楽がきびすを返す。


神楽(会話の内容は聞こえませんが、様子から見て終わったようですわね。加勢も必要無かったようですし、終了して風音さんに連絡でも入れましょうか)


 尾行する意味が無くなったのですぐにその場から離れる事にする。

 ここまで来た時とは違い、元来た道を高速で走り抜けていく。


神楽(あら?)


 九重が居た現場からかなり離れ、先程風音と別れた場所付近まで戻って来た辺りで携帯を取り出すと、ちょうど着信状態になっている。

 尾行していたので音が一切鳴らない様に設定していたのを忘れていた。表示を見ると風音からで、30秒程前からコールしているようだ。

 神楽が急いで電話に出た。


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