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カノン  作者: しき
第2話
8/206

厄災の渦1


ルミナ「アリちゃん、今から電圧上げるからコードの数値読み上げてもらえる?」


アリエイラ「はい。75、77、82、38、13、57、75、72、87、・・・後は前回の数値とほぼ変わらず」


ルミナ「あ~~~~やっぱり5つ目おかしいか~~~」


アリエイラ「ボックスを取り外す事は出来なそうですか? 私が作った物と入れ替える事が出来れば正常化する可能性が高いと思いますけど」


ルミナ「ん~~~どうだろ? 風音さんに聞いた話から推測すると、このロボットはどこかからエネルギーを調達してるみたいに感じるのね? それが何なのか分からない限り、下手に手を出すと何が起こるか分からないわ。ここではない場所からのエネルギー調達だとするなら、小型のひずみを作り出す装置である可能性が高いと思うんだけどね。 その部分でどういう技術を使っているのか分からない以上、扱い方を間違えると小型のブラックホールが発生するかもしれないし」


 ルミナがロボットの心臓部に触れながら話す。


 地上四メートルほどの所に作った足場の上で、現在二人の女性が難しい顔をしながら相談している。

 ただ地上と言っても、少し普通とは異なる環境に居る。

 この二人がいる場所は、空に浮かぶ大きな島。


 太平洋上の上空10000メートル超の高地に、肉眼では見えない広大な島が発見された。

 そこは遠い過去に使用されていた、地上から隔離かくりされた監獄島『エト』。

 現在の技術ではなく、数億年前にも及ぶ遥かな昔に存在した技術によって作り出された島らしい。


 この島には森や平原や湖、砂漠から山に至るまで、そこにはまるで世界を凝縮させたかのような景観が広がっている。

 その地上から隔離された広大な島の全てが、一つの監獄として使われていたという事らしい。


 そして今日、数日前にこの島の存在を知った者達が所用の為に訪れていた。

 最新式の宇宙艦『カノン』の艦長である音羽おとは風音かざねと、乗組員である技術者クリス・ク・ルミナ、 クリス・ク・レスタ、 アリエイラ・フォクスの三名と、事務のブラウニー・レイスコア・イル・メイサの計五名。

 いつも風音と一緒に居る妖精ユニルは今日は別行動だ。


 そして他にもこの島の管理者のトート・セイニーという人物と、部外者も一人いる。

 現在この広大な島にいるのはこの七名だけで、他には誰も居ない。



 今日も今日とて風音は頭にヘアピンを付けまくっているせいもあり、いつもの如く見た目が女性に見える。

 このヘアピンはいつも一緒にいる妖精ユニルが起こす、風を使った技で髪が動きまくるのを止める為のものだ。

 今日はユニルとは別行動なので付けている意味は無いのだが、いわゆる仕事装束というか、休日以外は大体いつも付ける事にしている。


 そして髪の毛の長さ以外は見た目そっくりな双子の姉弟レスタとルミナ。

 髪が長い方がルミナで短い方がレスタ。

 他に見分けるポイントがあるとすれば、眼光がんこう若干じゃっかん鋭い方がルミナで、優しそうな眼をしているのレスタ。

 二人とも優秀なエンジニア。過去に未知の言語にも対応する翻訳機を開発した事で、大金持ちになっている。

 まだ十五歳くらいの見た目で、どちらも大きなお目々に輝くような白い髪の、とても可愛らしい顔立ちをしている。


 あと大人の女性も二人いる。二人とも見た目二十歳くらい。

 自身の見た目に興味は無いので今日も髪の毛がボサボサの、整った顔立ちと美しい青磁色の髪をしている女性アリエイラ。


 車の整備士のようなツナギの格好と、前髪が片方おさげになっている女性ブラウニー。

 表情から言動に至るまで、全てにおいてちょっと間の抜けた感のある、誰からも好かれそうなタイプのおとなしそうな子。



 そして本日の彼らの仕事内容は、この島の管理者であるトート・セイニーのカノンへの勧誘かんゆう。 

 この島の管理システムが現在止まっている状態なので、それを回復できればセイニーがカノンに加入してくれるらしい。


 ただその管理システムを復帰させるのがちょっと面倒みたいだ。

 具体的に言えば、この島には島全体の管理システムを兼ねたロボットが存在しており、そいつのシステム面の調査に来ている。


 以前の一件のせいで今現在このロボットは活動を停止している為、それに伴って島の管理システムも止まってしまっている。

 このまま放っておくと誰かが付きっきりで島の管理をしない限り、短期間でこの島は朽ち果ててしまうらしい。


 ロボットを再び動かすのが一番手っ取り早いのだが・・・・・諸事情しょじじょうにより今起動させると、以前この島に来た時に囚人として登録された風音がこのロボットの襲撃を受ける事になっている。

 何故そんな事になったかの細かい事情は省くが、要は囚人状態の風音がこの監獄島から脱走しようとしたので、看守兼排除システムである管理ロボットに襲われたという事だ。

 そんなロボットに再び活動権限なんて与えると、また風音を殺しに来る。


 この島の管理者であるセイニーが居るのだから、囚人である状態を解除すればいいのではないかとの意見も出たが。

 どうやら一度囚人として登録されると、この島の最上位の管理者でないと解除出来ないらしい。

 残念な事に、もうそんな人物は遠い過去に亡くなってしまっている。


 以上を踏まえたうえで今日ここに来ている技術者達は、このロボットの攻撃的な部分は起動させずに、島の管理システムだけを起動させる事が出来ないかを調べに来たのだ。


 そして。

 島の管理者や風音達の仕事とは関係無いが、今現在島に居る人物がもう一人。

 太平洋のど真ん中上空に存在する監獄島エトの遥か下に、これまた太平洋のど真ん中に異星人によって作られた人工島『フェクト』が存在する。

 そのフェクトの治安組織に勤めている男性。ジル・クミミ。

 前回この島に来た時同様、ジルはこのエトに来るための乗り物を貸してくれた際に、運転手として一緒に付いてきた。

 今日は非番で暇なのだそうだ。


 仕事をしに来たと言っても実際に仕事をしているのは技術者の三人(アリエイラ、ルミナ、レスタ)だけ。

 残りの三人(ブラウニー、風音、ジル)はこの島の唯一の住人でありこの島の管理者であるセイニーとテーブルを囲んで、一緒におやつを食べながらくつろいでいる。

 テーブルの上にはセイニー自作のこの島で採れた果物を使ったケーキと、風音が地上から持って来たコーヒーと紅茶が並んでいる。


 セイニーにとってはコーヒーも紅茶も初めて口にするものなので最初は緊張していたようだ。

 結果コーヒーの味はセイニーには馴染なじまなかったらしく、逆に果糖かとう入り紅茶は美味しかったようで喜んでくれた。

 しかし地上から来た三人は三人とも紅茶ではなくコーヒーを選択して飲んでいたので、これにはセイニーが首をかしげて不思議がっていた。


 和やかな雰囲気の中、ジルが風音に向かって軽く頭を下げる。


ジル「改めて、この間はすみませんでした」


 と、反省しているのかしていないのか、ケーキを口に放り込みながら以前風音と敵対した事に対して謝罪する。


風音「いいよ別に。特にこれといった被害も無かったし。それよりこの島を監獄として利用してた事はシャロンに報告した?」


 シャロンとはジルが勤める治安組織の名称。


 以前ジルはこの監獄島を利用し、自分が罪人と判断したシャロンの職員達を強制的に連れて来ては、閉じ込めていたのだ。

 正義感の強いジルには、治安組織で働いているにもかかわらず汚職をしたり犯罪をしたりする奴が、特に許せなかったらしい。

 独自で調べ上げて捕らえては、裁判とかすっ飛ばして監獄島に連れて来ていた。


ジル「いえ、面倒臭いのでしてません。言ったところで私が注意を受けて給料が下がるだけでしょうし」


 結構いい性格をしているようだ。


ジル「私が報告する事で上層部が私の考えに賛同して、『シャロン職員が罪を犯した場合は極刑に処する』・・・とかいう風になってくれるんでしたら、給料が下がろうが喜んで報告しますがね。隠蔽いんぺい体質の上層部がそんな判断をするわけがないですし」


 そしてやはり独自の正義感は健在のようだ。


ブラウニー「この間・・・って何かあったんすか? 艦長」


 その時の事情を聞いていないブラウニーが疑問を投げかける。


風音「うん。ジルがいきなり僕の手を切り落としたんだよ」


 まるで世間話の様に言う風音のその言葉の内容に。


ブラウニー「は?」


 とブラウニーが思わず聞き返す。


風音「だから、手首から先を落とされたんだよ。こう・・・ポトッて」


 地面に右手を落とすような仕草を見せて説明する。

 ブラウニーがジルの方を見ながら自分が座っている位置を少し風音の方に近付け、座り位置をジルから遠ざける。


ブラウニー「何なんすか、それ。あんたウチの艦長に何してくれてるんすか?」


 今の話を聞いて、ブラウニーは眉をひそめてジルを敵視する。

 それに対し、風音が手を横に振ってブラウニーをなだめる。


風音「いやいや、もう済んだ事だしいいよ。今謝ってくれたしね。それに結果的にセイニーさんがカノンに来てくれる事になりそうだから、むしろここに連れて来てくれた事には感謝してるしさ」


ブラウニー「・・・まぁ艦長がそう言うんだったらいいっすけどぉ・・・・・・」


 まだ少し納得がいかないようだ。


ジル「すみません。不愉快な思いをさせたお詫びに何かプレゼントでも・・・・・」


 と、ジルが隣同士に座っている風音とブラウニーを交互に見つめる。


ジル「ちょっと風音さん。少し席を外してもらえますか?」


風音「ん? うん」


 突然のジルの申し出に疑問を感じながらも、席を立って少し離れた場所に移動する。

 ちょうどその頃ドアからレスタが入って来たので、風音とレスタが仕事の経過について話し始める。

 風音が離れた事で、ジルに対して更に警戒を強めているブラウニーに、ジルが小声で話しかける。


ジル「ブラウニーさんは風音さんの事が好きですか?」


ブラウニー「は?」


 また思わず聞き返す。


ジル「言葉通りですが。どうなんでしょう? そうでもないですか? 一緒に暮らしてらっしゃるんですよね?」


 突然そんな事を聞かれてブラウニーがあせる。


ブラウニー「一緒にって・・・それ言い出したら皆そうだし・・・。え~・・・? いや、どうなんすかね? 普通くらいかなぁ。そりゃどちらかって言えば好き・・・寄りではあると思うんすけど・・・」


 事実、ブラウニーにとって風音は仕事仲間であり弟分であり友達のような関係だ。

 そういえばこの間ブラウニーが寝ている間に、風音に無理矢理乱暴されたという疑惑があった。

 寝ている間に勝手に身体を好き放題にしてくれた風音に対しては、いきどおりを覚えたが・・・・相手が風音だったという事に関してはそこまで不快感は無かったようにも思う。


 ちなみにこの件は後日風音に確認したところ、結果とんでもない誤解であった事が発覚。風音が「こうやって冤罪えんざいは生まれるのか・・・・」とか言っていた。

 ともあれ、その後ブラウニーはカノンのボディ全体を掃除させられる罰を受ける事になった。


ブラウニー「まぁ・・・、そうっすね。十段階で言うと六強から七弱くらいかな」


ジル「そうですか・・・結構高いですけど、恋愛対象とは言いにくいくらいですね。 んーー・・・プレゼントは出来そうにないですね」


ブラウニー「なんなんすか・・・なんで艦長が好きだったら、あんたからプレゼントがもらえるんすか? 全然意味が分からなくて怖いんすけど」


 残念そうに言うジルと、何が何だか分からないブラウニーとの間に。


セイニー「私は風音さんが大好きですよ?」


 と横からセイニーが会話に入ってくる。


ジル「あなたの好きは私の言っている意味合いとは少し違うと思いますが・・・それにカノンの方に対するお詫びですから、あなたにプレゼントしても意味が無いですし」


ブラウニー「何かよく分かんないすけど、じゃあ私の代わりにセイニーさんにプレゼントしてあげて下さい。もうすぐウチの一員になるかもしれないんすから」


 口ではこう言っているが、ジルという人物を計りかねているので様子を見たいというのが本音だ。この人からのプレゼントなんて受け取っていいものか。

 そもそも言っている意味がよく分からない。

 風音に酷い事をして、カノンの人達に不愉快な思いをさせた事に対するお詫びのプレゼントと、風音が好きかどうかがどう関係あるのか。


レスタ「じゃあ間を取って僕が受け取りましょうか? そのプレゼント」


 いつの間にか近くまで来ていたレスタが会話に参加する。


レスタ「僕はカノンの一員ですし、僕も風音さんは好きですよ?」


 ニッコリと微笑みながら席に座る。


ジル「いえ、あなたはダメです。人類の至宝しほう怪我けがをさせるわけにはいきませんので」


 ジルにとっては翻訳機ほんやくきを開発したレスタやルミナは特別大事な人物である。

 翻訳機の開発成功は宇宙全体の治安組織が抱えていた問題の、なんと約七割を解決に導いたとされている。

 正義感の強いジルが、翻訳機の開発者達を尊敬するのは当然の事のようだ。

 今でこそ普通に接しているが、ジルがこの二人と初めて会った時はガッチガチに緊張していた。いちいち特別扱いしようとするのでルミナからはうざったがられていたが。


 そして今のジルの言葉にセイニーがクリンと首を傾ける。


セイニー「えっ? プレゼントってこれから怪我をする事なんですか?」


ブラウニー「みたいっすね、話の流れからすると。ほんとに大丈夫なんすか? この人」


 レスタがやろうとすると怪我をさせたくないとはどういう事だ。

 改めてジルの事を危険な人物ではないかと思い始める。


レスタ「ジルさんが何をするつもりなのかは知りませんけど、女の子に酷い事しちゃ駄目ですよ。そのプレゼントというのが何なのかは知りませんが、酷い目に合う事がセットならやっぱり僕が受け取りますよ」


 と一見女の子をかばうような、男らしいセリフを言っているように聞こえるが。

 実の所レスタは普段は弱気な性格なのだが、風音が近くにいると大胆な行動に出ようとする。

 何かあった時に風音が助けてくれるからだ。そして風音に庇護ひごされている時がレスタにとって至福の瞬間でもある。

 レスタは姉しか居なかったことに加え出身星であるメリオエレナの特徴から、頼れる年上の兄的な存在に異常なほどの憧れを持っている。これはレスタに限らず、メリオエレナの兄弟が居ない男性は男兄弟に憧れる傾向が強い。

 風音を兄に見立てているレスタは、もう暇があれば何でもいいから風音に頼って頼って頼り倒したいのだ。

 そのせいか、カノン内でもいつかレスタは危ない道に目覚めそうだと噂されている。

 ただこれはあくまでメリオエレナ人男性の特徴であって、レスタ本人からすると危ない道に目覚めそうとか言われても・・・・って感じなのだが。


ジル「いかにレスタさん本人の望みとは言え・・・それにルミナさんならまだしもレスタさんは男性ですし・・・・・」


 苦々しそうに言うジルに、レスタが一応確認する。


レスタ「命に関わったりするような事をしようとしてた訳じゃないですよね?」


ジル「もちろん」


レスタ「じゃあ僕でいいですよ」


ジル「はぁ・・・。レスタさんには何のプレゼントにもならないと思いますけど・・・・・」


 尊敬するレスタに対して、これ以上断るのは失礼にあたる。ジルとしてはレスタからの好感度を下げたくない。

 ブツブツ言いながらも渋々(しぶしぶ)納得したのか、ポケットから何かひもの様な物を取り出し何らかの準備をし始める。


セイニー「危険な目に合うなら私の方がいいと思いますけど? 私こう見えて結構頑丈だったりしますよ?」


 もう一度セイニーが提案する。

 確かにはたから見てもか弱い乙女にしか見えないレスタよりは、身体性能が生まれつき高いと判明しているセイニーの方がまだ、何か起こっても対処出来そうではある。


ジル「あ、じゃあついでにあなたにもプレゼントしますよ」


 レスタ相手にはあれだけ渋ったのに、セイニー相手には躊躇ちゅうちょが無い。

 そう言ってレスタとセイニーの手首を先程ポケットから取り出した紐できつく縛る。


レスタ「あぁ、結構痛いこれ」


 思わずレスタが苦悶くもんの声を上げる。


ジル「だ、大丈夫ですかっ! やっぱりやめましょうか!?」


レスタ「いえ、・・・問題無いですよ」


 どちらかと言えばジルの取り乱しぶりの方に焦る。


セイニー「確かに痛いですね?」


 セイニーが縛られた手首の紐を触りながらレスタに同意するも。


ジル「我慢してください」


 取るに足らない出来事のように聞き流される。


ジル「さて、これから少し驚くような事が起こりますけども、お二人に絶対に痛みは無いですし確実にどうにかなりますから、決して騒がないでください。そして一切余計な事を言わないでください。特に私の事を警戒しているブラウニーさん」


 ブラウニーの方を見て忠告する。


ブラウニー「何する気っすか・・・・・・」


 そんな事を言われると逆に警戒が増す。


 その次の瞬間、セイニーとレスタの手首から先がジルの持っていた糸状の武器に切断され、机の上に落ちる。


ブラウニー「なっっっ!!? 何してんすかアンタ!!!」


 騒ぐなと言われた事などお構いなしに大声で非難する。

 その声に反応して、窓越しに庭を眺めていた風音がテーブルの方を向く。

 レスタも手首を切り落とされた瞬間は驚いていたが、予め縛ってあったのであまり血が噴き出さなかった事と、本当に全く痛みが無いので混乱して声も出さずにフリーズしている。

 セイニーの方は余りいつもと変わらない表情で、ぼんやりと落ちた自分の手を見ている。

 そんな三者三様の反応には構わず、ジルが風音に向かって叫ぶ。


ジル「か、風音さん大変です! 手品を披露ひろうしようとして失敗してしまいました!!(棒)」


風音「えっどういう事!?」


 風音が急いで四人が居るテーブルに駆け寄ってくる。

 そして二人の手首がテーブルに落ちている事に驚く。


風音「何やってんの!? 何があったらこうなる!?」


 力の限りジルに非難の声を上げる。


ジル「ですから糸が手首をすり抜けるという手品を披露しようとしたら失敗しまして。(棒)」


風音「そんな危険な手品失敗するなよ!」


ジル「すみません、お叱りは後でいくらでも受けます。それより早く治療しないと。あーでも、地上に降りている暇がないなぁ。何かいい手はないかなぁ。(棒)」


 元々本音を隠すのが苦手なジルが、白々しすぎる演技を連発する。


ジル「あ、そうだ。風音さん。この前私にやろうとしたアレ。あれなら治せると思います。早速やりましょう。今すぐやりましょう。(棒)」


風音「あ~~~~~~、そう、かな。確かにそれしかないか。くそっ、癒々さん連れてくりゃ良かった」


 舌打ちしながら、レスタに近付く。


風音「ジル、レスタの手首を千切れた場所に引っ付けておいて。多少ずれても構わないけど出来れば正確に。レスタ、少し口開けて。ちょっと不愉快かもしれないけど、緊急事態だからゴメン」


ジル「はい」


レスタ「こ、こうですか?」


 二人が言われた通りに行動する。

 そして、風音がレスタの後頭部と顎に手を当て頭を固定すると、レスタの開いた唇に風音が自分の唇を重ねる。


レスタ「んふっ!?」


ブラウニー「うわっ」


 驚いているレスタには構わず、風音がレスタの全身に治療が行き渡るように力を吹き込むと、レスタの全身が青白く輝く。

 するとジルが支えていたレスタの手首がどんどん引っ付いてゆき、数秒後には完全に治った。

 治療完了と同時にジルが手首から紐をほどき風音が唇を離す。


レスタ「・・ふ・・ぁ・・・・・・・・・」


 力の抜けた声を上げたレスタが、くたりと脱力した状態で椅子に座り,真っ赤な顔をしてうつむく。

 ブラウニーが横から見ると、レスタが虚空を見つめて放心状態になっている。


ブラウニー(うっわ~~~、ついにレスタ君のヤバイ扉開けちゃった気がするな~~。っていうか、プレゼントってコレか。それで好きかどうか聞いてたのね)


 ジルの言うプレゼントとは、風音の技である治療の事だったらしい。

 確かに好きな人から怪我を介抱されるのは、幸せな時間ではあるかもしれないけども。


 ここに居るメンバーで言うと、ルミナにプレゼントしてやれば超喜んだかもしれない。

 ブラウニー自身は・・・まぁ嫌ではないかもしれないが、別にやってほしいという事も無い。という感じだ。


 そしてブラウニーが思うに、レスタにはやるべきではなかったと思う。

 レスタの横顔がもう、乙女みたいになってるし。

 同性愛に否定的な立場というほどでもないが、わざわざそっちの道に目覚めさせる必要は無いだろう。


ブラウニー(じゃあ次はセイニーさんの番ね。 大丈夫かな? 今のを見てセイニーさんが必死に拒否したりしたら、気まずい空間が出来たりとか・・・)


 ブラウニーがセイニーの方を見ると、もう手首がつながっている。


ブラウニー(あら? いつの間に・・・)


風音「あ、セイニーさんは自分で治せるんだ。良かった」


 同じくセイニーの方を見ていた風音が、大事にならなくてほっとする。


セイニー「はい。機械が修理出来ますから、ほぼ機械の自分の体も修理出来ますよ? この力を持たされるまでは普通の人と同じで、怪我をしたら治るのに時間がかかってましたけど・・・・・」


 動作を確認するように手の平を少し動かす。ここでジルの方を向いてクリンと首を傾ける。


セイニー「結局プレゼントってどこで貰えるんですか?」


 何にも理解していないセイニーが、素朴そぼくな疑問を口にする。


ジル「いえ、もういいです・・・・。今度何か差しあげますよ」


セイニー「はぁ・・・じゃあ今のなんだったんでしょうね?」


 疑問を口にしながら手首の紐をほどき、血の付いたテーブルを拭くためにタオルを取りに席を立つ。

 その後ろ姿を見送った後、風音がジルに呆れたような視線を向けて注意する。


風音「一応言っとくけど僕の治療は他人に対しては一日一回だから、もうレスタは治療出来ないよ。 今日はその手品を披露するの禁止ね」


ジル「多分もう一生やらないですよ」


 正直やって後悔した。

 百歩譲ってセイニーかブラウニーと風音の組み合わせならプレゼントの意味があったかもしれないが、結局男同士のキスを見せられただけのよく分からない展開になってしまった。ただ両方とも女性っぽいので見た目は百合ゆりっぽかったが。


ブラウニー「それより、艦長のこんな治療法初めて見たっすよ。なんでジルさんが知ってるんすか?」


 ブラウニーから疑問が飛ぶ。


ジル「さっき言っていた風音さんの手首を落とした件で、私はその後風音さんに鳩尾みぞおちを思いっきり殴られて昏倒こんとうしてしまいまして。それから二日間目覚めなかったんですよ」


 ジルがお腹の中心辺りをさすりながら言う。

 目覚めなかった主な原因は風音の攻撃よりもむしろ、それまで蓄積ちくせきされた肉体的な疲労と精神的な疲労から解放された事によるものだったが。


風音「で、その報告をレイさんから受けた僕が、もしかしたら自分のせいかもしれないと思ってさ。せめて体の怪我だけでも完璧に直そうと思ってシャロンの医務室に行ったんだよ。ブラウニーも知ってると思うけど、僕が他人を治療する時って相手に張り付くでしょ?」


ブラウニー「そうっすね。相手に抱きついて治療してるのは何回か見た事あるっすけど」


 ブラウニー自身も過去にそれで治してもらったことがある。

 過去にとある理由で顔面をカノンの廊下に叩きつけて怪我をした事が何度もあったのだが、一度偶然風音が近くを通りかかったので治療して貰った。

 そしてそれ以降、風音がその怪我の原因を取り除いてくれたので顔面を怪我する事は無くなった。


風音「あの治療法はかなり性能が悪くてね、癒々さんみたいに完璧に治せないんだよ。しかも僕の場合一回治療したらもうその日はその人を治療出来ないから、中途半端に治しちゃうともう治療出来なくなるしさ。だから大怪我をした相手には口から体内に直接力を吹き込む事でほぼ完璧に治すっていう方法を取るんだけど。 知らなかったっけ?」


ブラウニー「聞いた事ないし、あんまりやんない方がいいっすよ?」


 ブラウニーがレスタを横目で見ながら言う。


風音「うん。相手の事もあるし、僕も極力きょくりょくやらない事にしてるんだけど。 でもせっかく使える技術だからさ、相手が意識不明の時とか今みたいな緊急の時とかくらいはね・・・後で後悔したくないし。 あとジルが昏睡した時ももしそのままずっと起きなかったら後味悪いからさ。緊急って事でやろうと思ったんだけど・・・・」


ジル「風音さんが口を近づけた時にちょうど私が目覚めたんですよね」


風音「うん。あの時の気まずさったら無かったね」


 その時の思い出したくもない様な光景が脳裏のうりに浮かぶ。


ジル「いや、口を付けた瞬間に目覚めるよりはマシだったんじゃないでしょうか」


風音「ああ、・・・確かに」


 そう言われると、あと二秒目覚めるのが遅かったら目も当てられない状況になっていたはずだ。その状況を考えるだけでもゾッとする。

 むしろいいタイミングで目覚めてくれたものだと思う。

 ついでに言うならジルが物分かりの良い性格で助かった。その状況にほぼ動じずに風音の説明を聞いて、特に疑念を抱く事も無くすぐ納得してくれたのだ。

 一度ジルの目の前で風音が他人に張り付いて治療している姿を見せた事があるから、というのが信じてくれた要因としては大きいのだろうが。


ブラウニー「そんなの癒々さんに頼めばよかったじゃないすか」


 ブラウニーが当然の疑問を口にする。

 なぜ風音が治療しに行く必要があったのか。

 彼女なら患部に手を当てるだけで完治させる事が出来るので、適任だと思うが。

 少なくとも風音がジルに口付けするよりは、風音にとってもジルにとってもマシだと思う。


風音「そうなんだけど、シャロンってかなり厳重な警備の建物っていうか厳格な組織だからね。癒々さんみたいに一回も出入りした事無い人が入ろうとすると、アホほど手続きが必要なんだよ。そんなくだらない事に時間割いてられないし」


 その手続きの中には自分の情報を全て提出するものもある。

 これまでの人生の履歴、病歴、人間関係から指紋、声紋、人相、骨格、思想、果ては遺伝子情報まで全部回収される。

 加えて人間が行う基本的な行動(歩くなど)を八つの項目に分けて何度も反復させられ撮影される。

 それでようやく一つの審査が終わり。

 その後二つの医療審査(突然暴れ出したりする発作、身体能力のようなものは無いか等 今現在の意識が本人の意識のものか等)が特別な医療機器で行われるのだが・・・・


 何がくだらないって、本来ならそこまでやらなければ入れない筈なのに、ジルやレイ長官クラスの人物の一声でレスタやルミナが手続き無しで入れた事が過去に何度かあるのだ。

 まるで犯罪者扱いのようなあの手続きをきちんとこなした風音にとっては・・・・・・なんか納得いかんと言うか・・・に落ちない思いをした経験がある。


風音「・・・ほんと、アホらしいよアレ」


 呆れた様につぶやくが、当然そんな事情は知らないブラウニーが一言。


ブラウニー「とか言って、艦長そんな見た目だから実は男にキスしたい願望があるから、自分から志願して治療しに行った。 とかじゃないっすよね?」


風音「・・・・・・・・・」


 ブラウニーが茶化すと、風音がゆっくりとブラウニーの肩にポンと手を置く。置いた手から紫色の瘴気しょうきがゆらゆらと漂う。


風音「帰ってから正座で五時間説教と、空き部屋の徹底清掃のどっちがいいかな?」


ブラウニー「そ、掃除でお願いしま~~す」


 冷や汗をかきながら答えた。

 そんな二人のやり取りを見ながら、ジルが口を開く。


ジル「さっきからお二人を見ていると、本当に友達のような関係なんですね。この間お会いした幼馴染の凌舞しのぶさんと会話している時と、同じような感じというか」


 風音があごに手を当てて考える。


風音「そう・・・かな? まぁブラウニーはカノンの乗組員の中でもかなりの古参こさんだしね。それだけ付き合いが長いからかな。でも仕事中は僕の事を艦長って呼ぶ所から見て、ブラウニー的には僕の事を友達と言うより上司として見てるだろうけど」


 それを聞いてブラウニーが吹き出して笑う。


ブラウニー「あははっ、音羽おとはちゃんが上司!? こんなに威厳いげん無いのに!? も~~冗談きついっすよ~~。上司とかそんな風に思った事なんか一回も無い無い! ただ、他人の事を肩書かたがきで呼ぶのって独特の文化だと思ったから面白くて使い始めただけっすよ」


 言い終わった後もケタケタと笑う。

 風音にとっては驚愕きょうがくの事実が発覚した。ともあれ。


風音「空き部屋清掃一部屋追加で」


ブラウニー「は、はぁい」


 また余計な事を言ってしまった事を後悔する。


セイニー「でもうらやましいです。私もそんな風になれますかね? 友達出来ますかね?」


 二人の方を羨望せんぼう眼差まなざしで見つめる。セイニーが地上に降りる事が出来たならまず最初にやりたい事は友人を作る事だ。


風音「僕の中ではすでにセイニーさんは友達なんだけど」


 と言う風音に間髪かんはつ入れず、


セイニー「でも風音さんは私の事だけセイニーさんって呼ぶじゃないですか? 他の人はシノとかブラウニーとかジルって呼ぶのに」


 ずっと他人行儀たにんぎょうぎな呼び方をされている事を指摘する。


風音「あぁ、それは別にセイニーさんだけじゃないよ。 ワグナさんとか癒々さんとか双健そうけんさんとかサルトさんとか・・・・・何て言ったらいいんだろう? 年上とか偉い人とか…そう、しっかりしてる人は呼び捨てでは呼びにくいと言うか。逆に明らかに年下とか、他には・・・触れ合った瞬間からアホみたいな印象を受ける人は呼び捨てにしやすいと言うか」


ジル「訴えていいですか?」


ブラウニー「空き部屋清掃を一部屋減らしてくれないと、納得いかないっすね今のは」


 出会った瞬間から呼び捨てにされた連合から抗議の声が上がる。


セイニー「む~~~・・・、そういうものですか? 私そんなしっかりしてないですよ? 年上っていう程見た目の歳も離れてないと思うし・・・」


 そりゃ実年齢は数億歳だが、だからと言って年上扱いは違うと思う。ただでさえそのほとんどが寝て過ごし、ただ生きていたというだけの空っぽな人生だったのだ。

 そこは見た目と精神年齢で判断してほしい。今の説明では納得いかないようだ。

 ふとここで、風音が疑問を口にする。


風音「歳と言えば、セイニーさん。なんか気のせいか背が伸びてない?」


セイニー「えっ? そう・・・・かな?」


 セイニー自身は首をひねっているが、風音は今日この場所に来た時からうっすら疑問に思っていた。ちょっと背丈が伸びている気がする。

 最初に出会った頃は十五歳くらいに見えていたが、今は十八、九に見える。顔も幼いままに見えるものの、少し雰囲気が大人びたというか。

 風音は現在二十歳になりたてなので、確かに同い年くらいだ。

 試しに風音がセイニーの頭をでてみる。


セイニー「・・・・・・・・・♪」


 セイニーは以前撫でられた時同様、嬉しそうに自分の手を撫でている手に重ねる。


風音「ほら!」


 確信を得た様に、風音がブラウニーの方を見て言う。


ブラウニー「・・・何が ほら、なんすか」


 ブラウニーが反応にきゅうする。急にこのタイミングでこっち見られても困る。


風音「撫で心地ごこちが全然違う!」


ブラウニー「・・・え~~・・・・・。・・・・どう違うの?」


 一応違いを聞いてみる。


風音「こう・・・前の時はスルンッって感じだったけど、今はスイッって言うか」


ブラウニー「・・・・・」


 聞いて損した。


ブラウニー「・・・どうしよう。ウチの艦長が変な事言いだした」


 艦長ぶっ壊れました、と報告書に書いておこうか。

 監査役として、事実は事実のまま書かなくてはいけない。

 まさか会計監査に来たのに、こんな報告をしなければならなくなるとは。


風音「真面目まじめに言ってんのに・・・。要するに、手の位置が高いって事だよ。十センチくらい」


ブラウニー「十センチも違ったら、撫でなくても分かりそうなもんっすけどね」


 胡散うさん臭そうに言う。そんな短期間でそんなに背が伸びてたまるか。


風音「それをブラウニーが言う? ブラウニーだって誕生日パーティーの時に、背が低い時のセイニーさんを見てる・・・筈で・・・・・」


 言いかけて止める。


風音「・・・泥酔でいすいしてたな」


 確かあの日、というかその前日のパーティーからずっとブラウニーはベロンベロンになっていた。

 ブラウニーは酔っぱらうと、喋る時に必ず「あのね~!」とか「それでね~!」と言ってから喋るようになる。そして人の言う事は聞かない。

 風音はその状態のブラウニーを、幼児返りしたみたいで可愛気があっていいと思っているが、カノンの皆は大体「鬱陶うっとうしいなコイツ」に近い感覚で見ている。

 おかげで話を聞いてくれる風音がずっとからまれていた。


ブラウニー「・・・覚えてないんすよね。そもそも私、ここに来た事あったっけ? 本当は今日が初めてじゃない? 皆でウソいてない?」


 本人の記憶には無いようだ。

 風音がセイニーの頭を撫でるのを止め、セイニーに向かって説明する。


風音「見た? ああいうのが呼び捨てにしやすい奴」


セイニー「・・・どうやったらああなれますかね?」


 以前ブラウニーがここに来ていたのは周知の事実なのに。

 そしてあれだけ風音に迷惑をかけていたのにあの態度。


 ああいう人に セイニーはなりたい


風音「ならなくていいんだよ。あんなのが増殖されても困るから。セイニーさんは今のままがいいと思う」


 そこまで言って少し考えてから。


風音「そりゃ呼んでいいならセイニーって呼ぶ事にするけど」


セイニー「呼んでいいですよ?」


 即答する。


風音「じゃあこれからはセイニーで。僕の事も音羽か風音でいいよ。どうせ僕の事を艦長として扱っている人なんてカノンにはほとんどいないし」


 つい先程も一人、艦長扱いしてなかった奴が発覚した事もあり自虐じぎゃく的な発言をする。


セイニー「風音・・・風音。うん。いいですね、友達っぽいですね? では今後とも末永くよろしくお願いします、風音」


風音「うん」


風音(なんだろう、自分から言っといてなんだけど、セイニーに呼び捨てにされると違和感あるな。・・・まぁ本人が喜んでるから良しとしようか。その内慣れるだろう)


 例えるなら妹の友達に呼び捨てにされる感じと言うか。


 こちらの話が一段落したと見たのか、ジルが話しかけてくる。


ジル「しかしブラウニーさんが古参というのは意外ですね。まだお若いのに」


 カノンの事は風音やレイ長官からある程度聞いたが、結構な年寄りから中年、成人した者も多かったはずだ。

 そんな中でも特に若そうなブラウニーが古参というのは、意外に感じるのも無理はないのかもしれない。


風音「古参って言ってもまだカノンが出来てから五年くらいしか経ってないけどね。それに最古参は神楽さんとレスタとルミナとサルトさんだから、レスタとルミナなんてブラウニーより年下だし」


 この二人に関しては出会った時が若すぎた。そしてそのままカノンの乗組員に志願してきたのだ。


ジル「へぇ・・・」


 ジルが意外そうにレスタを見る。

 さっきの一件以来ずっと下を向いている。風音を直視出来ないようだ。

 それに気付いた風音が声を掛ける。


風音「あ~~・・・、ゴメンね、レスタ。気持ち悪かったかもしれないけど、緊急だったからさ」


 レスタがうつむいたままブンブンと首を振る。


レスタ「いえっ、そんな。気持ち悪いとか無いです。ほんとに。むしろ助けてくれて感謝してると言うか、こういうのを盆と正月がいっぺんに来たというのか・・・」


 早口でよく分からない事を言うレスタを見て、


風音「まぁ・・・混乱してるのは伝わったよ」


 これからああいう事をする時は注意が必要だと再認識する。今後は治療の前に一回気絶させた方がいいだろうか。

 予め気を失ってくれていると風音としてもやりやすいのだが。そう言えば以前ブラウニーの時も・・・。

 と、昔の事を思い出しかけている風音にジルが尋ねる。


ジル「長官に大まかな流れは聞いているのでレスタさん達三名がカノンに入った経緯けいいは大体分かるのですが、カノンに居る他の方達ってどうやって集めたんですか? 募集を掛けたとかですか?」


 その質問にブラウニーが目を輝かせる。


ブラウニー「あっ、じゃあ待ってる間暇だし、私が入った時の話を聞かせてあげましょうか? 結構凄かったっすよ、ねっ?」


 ジルの質問の答えにはなっていないが、ブラウニーが答えて風音の方を見る。と、風音が少し引きつった顔をしている。


風音「・・・うん。まぁ・・・・・・凄かった・・・なぁ」


 風音の手が少し震える。それをごまかす様に両手をぎゅっと組んで震えを止める。


ジル「ぜひ聞きたいですね。個人的に風音さんの過去って気になりますし」


 風音はシエロ(ジルが所属している治安組織シャロンの親組織。裏側の大規模な警察のような組織)のブラックリストのかなり若いページに記載、要は最重要危険人物に指定されている。

 ブラックリストには人物以外にも災害級の生物や、自立した機械なども含まれている。それらを除き人物のみに目を向けると、風音は全宇宙でも三指に入るくらい危険な人物という事になっている。

 風音の過去を聞く事で、もしかするとブラックリストに入った経緯の一端を聞けるかもしれない。

 この島であった前回の一件以来、ジルは風音をブラックリストに入っているからという理由で無条件に敵視するのは止めたが、それでも気にはなる。


風音「・・・そう? 僕の過去なんて聞いても面白くないと思うけど・・・・・」


 風音はこの話題を避けようとしたが、ブラウニー以外の他三名が聞く気満々でいる。うつむいていたレスタでさえ、気になったのか顔を上げた。


風音(そういえば関係者以外には誰にも喋った事無かったっけ・・・・真相は世間的にも伏せられてるし・・・・。かなり大きな事件だったのに、僕に関する事はごく一部の人しか知らないんだよな)


 レスタとルミナはその時すでに乗組員だったが、当時まだ子供と言っていい年齢だったので二人には詳細は話していない。

 それだけ大きな出来事だった。

 はぁっ、と一つため息を吐き、諦めた様に喋り始める。


風音「確かカノンを作ってもらってから一年経ったかどうかってくらいの時の事なんだけど・・・・・・」







 地球が開星してから約一年。太平洋上に大きな島が完成しようとしている。

 フェクトと名前の付いた一つの国とも呼べるほどのその広大な規模の土地に、多くの建物が既に存在している。

 わずか一年でこれだけの数の建造物を作るのは不可能だ。どうやら地球上ではなくどこか別の星で作ってあったものを持って来たらしい。


 風音は裏側(地球が存在しない方の宇宙)との橋渡しを務めた功績を称えられたとともに、カノンと炎火ほのかという名の宇宙船を二隻作って貰い、おまけにフェクトの土地を少し多めに頂いた。

 貰った土地の大きさは小さめの空港くらいか。フェクト上に個人でこれほど大きな土地を所有しているのは今の所風音だけである。

 後で分かった事だが、実はこの土地に関してはその功績による賞品ではなかったそうだ。

 風音が地球人として初めて裏側の宇宙人との接触を果たした際に出会った、翻訳機を開発した五名。その中で公的に活動しているノウンとアガレアの二人が、風音が宇宙船を手に入れると聞き宇宙船を置いておくスペースの確保の為にプレゼントしてくれたらしい。


 フェクトに住み始めて最初の一年は、どこかからほぼ完成した建造物を運び込む作業や、大量の海水を引き上げては大型の宇宙船でどこかに運んでいく作業を延々見ていたが、その作業もそろそろ終わりそうだ。

 これからこの島は賑やかになっていくのだろう。


 そんな中、風音は一つの悩みを抱えていた。

 カノンを作って貰ったはいいが、乗組員が少なすぎる気がする。

 自分とレスタとルミナ、サルトと神楽かぐらしかいない。

 一応幼馴染の面々には声を掛けておいたし、何人か乗り気だったのでここから何名かは増えるのだろうが。


風音「ちょっとスカウトの旅に行くのもいいかも」


 カノンの食堂で晩御飯を食べている時に、突然ルミナとレスタの前で風音が発言する。


 この頃はまだユニルと契約していなかったので、風音の頭に髪飾りは無く、普通の黒髪短髪のどこにでもいる様な量産型の髪型をしていた。それでも見た目が女っぽいのは変わらなかったが。

 そして耳には少し大きめの補聴器のような翻訳機が付いている。

 今後更なる軽量化と小型化が進んでいくのだろうが、まだ開発されて一年も経っていない商品である。

 今はこれが限界だ、というかむしろ頑張った方だ。何せ最初は四十キロ近くあったのだから。


 現在広い食堂にはたった四人の姿しか無い。

 サルトは地球の言語を全てマスターするとか言って、地球に来てからというもの部屋にこもりきりで勉強している。

 これほど言語の多い星は非常にまれなのだそうで、なんかえらいテンション上がっていた。


 勉強の合間に、意外とこんな時代になっても需要のある文字媒体の翻訳の仕事をしたり、食事を部屋に持って来た風音やレスタと地球のカードゲームやボードゲーム、あるいはテレビゲームなどを一緒にしたり。

 そういう中で風音と雑談する事で、リフレッシュも兼ねて地球の文化の勉強をしている。

 そんな訳で、今日も晩御飯の時間にはサルト以外の四名だけが食堂に集まって食事をしている。


レスタ「スカウトの旅ですか?」


風音「うん。ちょっと乗組員が少ない気がする」


ルミナ「そうですか? 私はこのくらいでもいいと思いますけど」


 ルミナにとってはこの上なく過ごしやすい環境だ。風音と弟のレスタと親友の神楽が居る。強いて言えばサルトが邪魔なだけだが、ここ最近は部屋からあまり出てこないし、出会ったからといって別に四六時中喧嘩しているわけでもない。


風音「そうかな・・・?せっかく部屋がいっぱい余ってるんだから、もうちょっと人数が居てもいいと思うけど。欲を言えばそれぞれが何かのスペシャリストみたいなのが理想なんだけど」


 あわい理想を語る。この稚拙ちせつな発想、一言でいえば漫画の読み過ぎだ。


レスタ「でもカノンは今メンテ中で動かせませんよ?」


風音「うん。だから付属の小型船で行こうと思うんだけど」


ルミナ「えっ? じゃあ一人で行くんですか?」


 てっきり皆で行くと思っていたルミナが驚きの声を上げる。


風音「いや? あれ三人乗りだし、裏側には危険が多いから戦闘要員として神楽さんと、もう一人誰か乗って行けるんじゃない?」


 風音がむしろ不思議そうに反論した。


ルミナ「え? じゃあスカウトが成功した時は、その人どうやって連れてくるんですか?」


風音「・・・・・・」


ルミナ「・・・・・・」


風音「あっ、無理だな」


 今気づいた。


ルミナ(か、可愛いなこの人・・・)


 改めて惚れ直す。


風音「後日迎えに行くってのも出来るけど、コストがかかるしなぁ。確かにルミナの言う通り、帰りの事も考えて一人で行くかな」


レスタ「どこの星に行くとか、予定は決まってるんですか?」


風音「いや全然。思い付きで喋ってるだけだし」


レスタ「て、適当なんですね・・・。そういうのはきちんと決めてから行った方がいいと思いますよ?」


 裏側出身のレスタから見れば、宇宙を旅して人を集めようかという提案をしておいて、行き先が決まってないとか無謀むぼうすぎる気がする。


風音「確かにそうかもなぁ。ウチに来てくれるって事は、今現在の生活を捨てて移住するって事だもんな。そういう事に関して寛容かんような星に行かないと無駄足で終わりそうな気もするし」


 ふむ、と顎に手を当てて考え込む。

 今カノンに居る裏側出身の四人もそうだが、地球人が思っている以上に裏側の人達は別の星に移住して過ごす事に抵抗はないようだ。

 ただもちろん自分の生まれた星から別の星に移住する事を嫌う者もいる。

 それは個人の考え方による部分も大きいが、星によって大きく考え方が違う部分もある。

 地球はどちらかと言えば移住に消極的な星だそうだ。


神楽「では、移住を希望している方達の中から選んでみてはいかがですか?」


 ここまで風音の隣で黙って聞いていた神楽が食事の手を止めて発言する。


 風音は神楽がメリオエレナという星の王族の出身だと聞いていたので、庶民の食事が口に合うのか最初は心配だったが杞憂きゆうだった。

 割と何でもおいしいと言って食べるだけでなく、料理の経験が無いのに自分でもたまに料理を作ろうとする。

 これがもう本当にクソ不味いのだが、神楽自身はいつもそれを美味しいと言って食べている。

 多分味覚が死んでいるのだろう、と風音は解釈している。


風音「そういうのってどうやって調べるんですか?」


 神楽の方に目をやって尋ねる。移住を希望している人の情報なんて聞いた事が無い。


神楽「地球側ではなく裏側の情報網を検索すれば、割とどこにでも・・・その前に一つよろしいかしら? 風音さん」


風音「何ですか?」


神楽「何度も申してますが、どうして私に対してかしこまった態度をとるのかしら? もっと普通でよろしいですわ」


風音「どちらかと言えばそれはこっちの台詞なんですが」


神楽「私のは地ですわ。王族の娘たる者いついかなる時もみやびたれ、ですわ」


 困った事があれば圧倒的な暴力で解決を図る事で有名な、メリオエレナの戦闘姫と呼ばれる者の発言とは思えない。


風音「相手が丁寧ていねいだとどうしてもこっちもそれに合わせてしまうんですが・・・分かりました。今後は努力します」


 神楽が無言で風音をじっと見る。


風音「・・・相手が丁寧だとこっちもそれに合わせちゃうからさ、うん、これからは努力して変えていくよ」


 言い直す。

 元々敬語で話すのは不慣れなので風音としてもこっちの方が楽だが、王族の人が敬語で喋りかけてくれているのに対してこちらがタメ口というのにはやはり抵抗がある。


神楽「はい、よく出来ました。では話を戻しますわね? 裏側の情報網を調べれば、かなりの案件が出てくる筈ですわ」


風音「裏側の情報網ねぇ・・・」


 風音がポケットから携帯端末を取り出し、移住希望者の検索を掛けてみる。

 かなりの件数があったようだ。画面に様々な星や人物の名前が出て来た。


風音「うわ、ほんとだ。凄いな。こんなに移住希望者っているんだ」


 初めて見る情報に驚く。


神楽「ほとんどが貧困が原因であったり、その星や国の環境が原因であったりですわね。色んな意味で、よく調べてからスカウトされた方がよろしいかと思いますわ。あと移住にはかなり面倒臭い手続きが必要ですし、ようやく手続きが終わっても、精査の結果移住が認められないケースも多々あります」


 こういった事にはいろんな問題があるのだろう。神楽が言葉の中に何かを含めて忠告する。


神楽「それに現在の地球では他星からの移民は、フェクトでしか行動出来ません。と言うかむしろ、そういう移民問題の対策の為にフェクトがあると言っても過言ではないでしょう。 そういう状態の星では特に審査が厳しいですわ」


風音「ふ~~~ん。じゃあこの星にしようかな。惑星ケイロン」


 忠告を聞いていたのか聞いていなかったのか、即決で言う。


レスタ「早っ! 何かその星に決めた根拠とかってあるんですか?」


風音「うん。何か分かんないけど、星全体が移住希望してるんだって」


 それを聞いたレスタとルミナの表情が一瞬にして曇る。


神楽「・・・風音さん? 一つの星に住む人々が全員移住を希望するというのは有り得ない事ですわ。 という事は、そう書いてあるならちゃんと理由も書いてあるはずだと思います。その理由をきちんと読まれましたか?」


 裏側出身の三名が言いたい事を、神楽が代表して尋ねる。


風音「うん。八英雄の一人、英雄メイクリットの予言が原因だって。星が滅ぶ程の厄災やくさいを予言したらしいよ」


ルミナ「やっぱり・・・・・」


 ルミナがため息を吐く。


風音「でもこれって大丈夫っぽくない?」


 と言う風音に。


レスタ「その人の予言はいわゆる未来視なんです。端的たんてきに言えば絶対当たります。だからその星に行くのは危険ですから、その星の人をスカウトしたければ、一時的にどこか別の星に大量移動するでしょうからそこでスカウトした方がいいですよ」


 レスタがいつになく真剣な表情で忠告する。その忠告を笑顔で受け止めて風音が答える。


風音「もちろん星単位で移住とか言うくらいだから、この人の予言は当たるんだろうなってのは分かるよ? ただ、僕が言いたいのは『厄災で星が滅ぶ』のを予言したんじゃなくて、『星が滅ぶ程の厄災』を予言しただけでしょ? じゃあ回避出来るかもしれないんじゃないの? もし回避出来ないなら最初から星が滅ぶって言えばいいじゃないか。絶対当たる予言が出来るんならさ」


 裏側出身の三人が絶句する。


神楽「風音さん? そういうのを屁理屈というのですわ」


 やはり神楽が代表でやんわりと否定する。


風音「そうかな? ・・・でも僕がこの星に決めた理由はそこにあるんだよ。どうもこの星全体での移住っていうのはこの星の政府機関の発表らしくてさ、個人レベルではこの星に残ろうとしてる人が山ほどいるって」


 携帯端末の情報を見ながら説明する。


風音「その理由にね、自分の星と心中したいっていう意見もあれば、予言を信じないっていうのもあるんだけどさ。気になったのはこの書き込み。この予言が仮に当たるとしても、この星の人間として克服してやるっていうやつ。これ僕と同じ意見じゃない? もちろん実際この星に行ってみて、どうにもならないレベルで危なかったら、助けられる人だけでも助けて逃げるけどさ。もし乗り越える事が出来たら、ぜひこういう気概きがいのある人達の中からスカウトしたいなって」


レスタ「・・・・・・・まぁ、分からなくも無いんですが・・・」


ルミナ「風音さんはネット弁慶べんけいという言葉をご存知ですか? こんな事をネットワークに書き込んでいる人ほど、根拠の無い自信だけで何も出来ない人が多いんですよ?」


 と厳しい意見を言うが、実際そんなもんだろう。

 そんな二人とは違い、神楽の表情は一転して輝いている。


神楽「でも私は感動いたしましたわ。確かに風音さんのおっしゃる通りです。今後カノンでいろんな星を冒険して回りたいと言うのであれば、初めから困難を乗り越える気概の無い者は向きませんわ」


 両手を合わせて微笑む。


レスタ「そ、そうかな・・・僕なんてその状況なら確実に移住するタイプの性格なんだけど、カノンに向かないのかな?」


 神楽の意見を聞いて不安そうに風音を見るレスタに対し、


風音「そうじゃなくて、そういう人も居た方が頼りになるし楽しいって話。いろんな人が居てこそのカノンって感じにしていきたいし。神楽さんの意見だって強者側の意見だけど、こういう考えの人も居た方が頼もしいでしょ?」


 と言ってレスタの頭を撫でると、レスタが幸せそうな顔をする。

 それを見たルミナが、自分もレスタと同じ意見だったんだから自分が言えばよかったと悔しそうな顔をする。


神楽「決めました! 私も同行しますわ。三人乗りなら別に二人で行っても良いでしょう?」


風音「まぁ別に問題無いよ。いきなり大勢スカウトする気も無いから、多分最初はスカウトするのなんて一人だろうし。複数いた場合はその時考えよう」


 神楽の提案をこころよく了承する。


 と、ここで唐突とうとつにルミナが殺気立つ。


ルミナ「ねぇ、かぬちゃん? まさかとは思うけど・・・」


 二人きりで何かしようとしてるんじゃないだろうな・・・という目線。


神楽「大丈夫ですわ。私の考えはルミナが一番知っているでしょう? 奪うなら風音さんがあなたと一緒になってからですわ。むしろ早くあなたが頑張って下さいまし。でないと私がいつまでたっても行動を起こせないですわ」


ルミナ「ぅぐっ・・・そ、そうね・・・がんばる」


 今しがた殺気立っていたのは何だったのかと思うほどしおれる。


風音(? ・・・何の話だ? 何を奪って何を頑張るんだ?)


 今話題の中に自分の名前が出た。よく分からないが神楽とルミナの二人の間では通じているようだ。


風音「んじゃ明日の朝、僕と神楽さんの二人でケイロンに行くって事で」


 そろそろ全員の食事も終わった事だし、お開きにしようとする。


レスタ「くれぐれも気を付けてくださいね。何かあったらすぐにケイロンから離脱してください」


 心配そうに言うレスタに風音が微笑む。


風音「そりゃもう、危険だと感じたら全力で解脱するよ」


レスタ「解脱げだつはいいから離脱りだつしてください」


 いまいち真剣味が感じられない風音に釘を刺す。


風音「うん分かった。いざとなればめっちゃ逃げるから心配いらないよ」


 そう約束して席を立ち、風音が全員分の食器を集めて洗い場へと向かう。

 その後ろ姿を見ながらレスタがぽつりと呟く。


レスタ「ああいう事を言う人って、限界寸前まで逃げないからなぁ・・・・・」


 風音の言葉で逆にレスタの不安が増した。

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