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カノン  作者: しき
第1話
7/149

遺物6


セイニー「ひっ・・・・・!」


 セイニーが細い声で悲鳴を上げる。

 風音が咄嗟に右手首を左手で強く握りしめて止血をする。


凌舞「・・・・・・・」


風音「・・・・・何のつもりかな? これは」


 風音が背後に立つジルに向かって、振り向く事無く尋ねる。

 ジルの持つ武器の性質上、手の平が切り離された右手首からは一切の痛みを感じない。まるで何事も無かったかのように感じる。


ジル「まずは謝らせていただきます。すみませんでした」


 風音と凌舞の正面まで移動し、頭を下げる。


ジル「さて、何から説明すればいいのか・・・」


セイニー「何をやってるんですかあなたは!!」


 セイニーが大声で叫ぶ。

 今にもジルに向かって飛び掛かって行きそうなほど敵意をむき出しにしている。


ジル「まぁ落ち着いて下さい。風音さんの怪我は、見た目は酷いですが痛みは全くありません。止血さえ出来ているなら苦しみは一切無いので安心して下さい。・・・と言っても痛みが無いのは今から数十時間だけですが」


セイニー「落ち着いていられるわけないでしょう!! どういうつもりですか!!?」


 セイニーがジルに詰め寄る。


ジル「勘違いしないでください。これは全世界と、そして何よりも貴女あなたの為にやった事ですよ?」


セイニー「なっ!?」


ジル「だって貴女はこの二人にここから出て行ってほしくないのでしょう? 例の兵器に彼らが負けて死んでしまうのが嫌だから挑まないでほしい、と言っていたのはもちろん本音でしょう。 ですがそれよりも、兵器が倒されて彼らに出て行かれる方が嫌なんでしょう?」


セイニー「!!」


ジル「さっき風音さんがここから出て行くと言っていた時、ずいぶん怯える様な反応をされてましたから」


セイニー「・・・・・・」


 セイニーが一瞬黙るが、ジルを睨みつけて反論する。


セイニー「だから何なんです!? あなたに風音さんを傷付けてくれと頼んだ覚えはありません!」


ジル「だから傷付けると言うほどダメージはありません。右手が使えないのは今後不便でしょうが。あ、そうだ。今後は貴女が代わりに食事を食べさせてあげたらどうですか?」


 ははっ、と笑いながら言う。


セイニー「・・・・・・」


 無言で睨みつける。


ジル「・・・冗談ですよ。貴女も聞いていたでしょう? 彼らは体の特定部位を切り離されると一度地上に降りないと技が使えないそうです。・・・つまり、もう例の兵器に勝つ見込みは無くなったという事です。もう無駄に命を賭ける必要が無くなった。見方によっては、彼らの命を救ったとも言えませんか?」


セイニー「何を身勝手な・・・あなたの目的は自分が気に入らない人間をこの島に縛り付ける事でしょう?」


ジル「自分が気に入らない・・・とはずいぶんな言い方ですね。私が今まで連れて来たのは極悪人だけですよ」


セイニー「あなたがそう言っていたからこの二人を囚人として登録しましたが、私にはこの二人が悪人には見えません」


ジル「ですからこの二人、と言うか煉也さんも併せて三人に関しては囚人として登録しつつ、客として扱う様に言ったじゃないですか。今回連れてきた囚人は客として扱えば友人になり得ると説明したでしょう? この三人が根っこからの悪人ではないのは私にも分かります。ですから私も貴女と同じで、今まで連れてきた屑共くずどもとは違って彼らに対しては悪意も敵意も殺意も一切無いですよ」


 ジルが二人の方に視線を向ける。凌舞は無表情、風音は何か考えているようだ。


ジル「ですが、風音さんがブラックリストに載っているのは事実です。セイニーさん、貴女にはこの重大さが分からないかもしれませんが、ブラックリストに載る人物というのは、世界にとって非常に危険な人物なのです。隔離出来る手段があるなら、隔離するに越したことは無い。・・・ですから、上司から風音さんに仕事を与えるという話を聞いた時、この方法を思いついたのです」


 上司に仕事を提案するふりをしてこの場所に連れ出す。咄嗟の思い付きだったが、急ごしらえの案の割には上手くいった。

 ジルにとってこの計画の最大の山場はこの島に入った時。

 あの時調査を優先するのか一旦帰るのかという話になった。

 もちろんその可能性も予め考えていた。もし風音も帰ると言っていたら、エレガが操作不能になったような演技をしてでも島に降り立とうと思っていた。

 ただ今になって思う。おそらく風音達にその演技は通用しない。

 彼らは思った以上に警戒慣れしている。それに加えて自分が演技が苦手であるという事も自覚している。正直この二人を騙せる気がしない。

 今回の事が上手くいったのは、風音が調査を優先したいと言ったからだ。


ジル「あと厄介なのは風の妖精だけですが・・・風音さんは彼女をこの場所で戦わせる気が無いでしょう? 下での被害が尋常ではなくなる」


 先程からの会話を聞いていた限り、今この場における最大の戦力であのロボットをどうにかしようという案が出ていない。

 この期に及んでまだ、自分達の力で何とかしようとしていた。

 今の問いに対し風音は無言だが、おそらく風音はユニルにこの場所で本気で戦わせる気はないのだろう、と確信する。

 彼女が本来の力を取り戻せばあのロボットなど敵ではないだろうが、彼女のやり方でロボットを破壊する頃にはフェクトで何人の人が犠牲になるか。

 得意気に語るジルを、セイニーが軽蔑けいべつするように睨む。


セイニー「・・・もう結構です。あなたの独りよがりな正義は私にはどうでもいいです。私はあなたが何を言おうが、私の友人を傷付けた事を許すつもりはありません」


 セイニーが身構える。


ジル「許さない、ですか。しかし囚人として登録するには、貴女が相手に触れる必要があったでしょう? 残念ですが貴女の実力では、私に触れる事すら出来ません」


 先程のセイニーの常人離れした動きを見た上でなお、ジルは余裕を崩さない。


ジル(とは言え私の方から攻撃する事が出来ないのも事実。攻撃即囚人扱いだからな・・・ここは逃げの一手になるな)


 それに加え、逃げる際には辺りを傷付けないように注意しながら逃げないといけない。セイニーに直接触れられる以外にも囚人認定される条件はある。

 逃走経路確保の為、ジルがちらりと自身から一番近い窓の方を見る。

 逃げようとしているのを察してか、ジルの動きを遮るようにセイニーが口を開く。


セイニー「・・・あなたが私の何を知っていると言うんですか?」


 セイニーが壁に触れると、セイニーの体が建物と融合して壁に入っていく。


ジル「!!」


 初めて見せるセイニーの行動にジルが驚愕し身構える。

 姿を消したセイニーに代わり、建物に内蔵された機械兵器があらゆる場所から出現し、ジルの方を向いた。


セイニー「さあ、このまま消えて無くなってしまうか、囚人としてこの島で一生を過ごすか選んで下さい」


 どこからかセイニーの声が聞こえてくる。


ジル「まさか、こんな手を隠していたとは・・・・・・」


 敵が支配する空間に入ってしまったと言ってもいい状況に、ジルが戦意を喪失そうしつする演技をする。

 見た目とは裏腹、内心ほくそ笑んでいる。

 おそらくセイニーの台詞は、拙い脅しであると判断した。


 絶対的な戦力差を見せつける事でジルの戦意を喪失させようとしているだけで、セイニーには自分が関わった人物を殺すつもりも度胸も無いという事は理解している。

 隙さえ見つけてこの建物から出さえすれば、一気にエレガまで走り抜けるだけで島から出て行く事は出来ると分析した。

 手を負傷している風音はともかく凌舞は追いかけてくるかもしれないが、糸で罠を張っておくだけで簡単には追って来れないだろう。

 ただし、この罠で凌舞が死んでしまえば囚人扱いになる。えて分かり易く設置しなければならない。


ジル(かなりしばりの多い逃走になりますが、ま、やってできない事は無いですね)


 戦意を失っている演技をしながら、内心余裕の表情。


風音「あの~~、その前にちょっといいかな?」


 風音が声を上げる。

 腕の方はほとんど止血出来ているが、少しだけ血が滴り落ちている。


セイニー「風音さん! 大丈夫ですか!」


 建物からセイニーの声が響く。


風音「うん。痛みは無いから大丈夫。それより、ジルに聞きたい事があるんだけど」


ジル「何でしょう?」


 ジルにとっては都合の良い展開だ。このまま会話をしながらすきを探る事に集中する。


風音「話を聞く限り、ジルはこの場所に今まで何度か悪人を連れて来てたって事で間違いないかな? 今朝シノと会話してた時の事を思い出してたんだけど、もしかしてジルがここに連れて来てた悪人ってのは、シャロン関係者だったりする?」


ジル「・・・・・よく分かりましたね」


 ジルが少し驚く。


風音「偶然なんだけど、最近シャロンの職員が数名失踪してるって話を聞いたからさ、関係あるのかなって。やっぱり汚職おしょくとか?」


ジル「そうですね。他には摘発押収した違法な薬物や兵器を売りさばいている者とか、単純に無差別に女性を襲うくず野郎もいましたね」


 ジルが呆れてため息を吐く。


ジル「これが一般人なら捕まえて法で裁けば良いのかもしれませんが、法の番人が自ら法を犯すのは・・・ね。もう少し高いペナルティが必要でしょう? ですから、私が個人的に調べ上げて捕まえ、とりわけ凶悪な犯罪者から順番にこの場所に連れてきました。・・・あぁ、言い忘れてましたが、最初にこの場所を見つけたのは本当に偶然なんです。新型のエレガのメンテナンスを兼ねてフェクトの上空付近を試運転している時に見つけました」


 その時にセイニーに島の詳細を聞き、囚人を連れて来てもよいか尋ねると快諾かいだくしてくれたので、以降利用するようになったという流れだ。

 そして更に深いため息を吐く。


ジル「なげかわしい事に、彼らにはこの島の説明を細かくしたはずなのに、次の囚人を連れて来た頃には前の囚人が既に粛清しゅくせいされているパターンがずっと続きました。さっき話した女性暴行の屑なんて、セイニーさんに聞いた話では私が島の外に出た瞬間、セイニーさんの自宅で彼女を襲おうとして機械に始末されたとか。どこまで馬鹿なんだ、と」


 ジルの本来の目的は凶悪犯どもを始末する事ではなく、この監獄で罪に応じた期間、あるいは一生を過ごしてもらう事だったのに。

 結果、連れてきた全員が機械によって始末された。

 ジルが呆れ果てた様にやれやれ、と首を振る。


凌舞(なるほどね。あの血はその人のだったわけだ)


 庭の花壇で見つけた血痕の意味が分かった。粛清された場所が自宅ではなく庭なのは、セイニーが花壇の花に水でもやっていた時に背後から襲おうとでもしたのだろうか。


風音「私刑に関してどうこう言うつもりは無いし、僕を連れてきた理由も分からなくはないけどさ。無関係なシノと煉兄ぃを巻き込む事に関して心は痛まないの?」


 特に責めるような口調でもなく、淡々と尋ねる。


ジル「・・・当然痛みますよ。独りよがりと言われようが、私には私なりの正義がありますから。 ですが、二人の人生と世界中の命を天秤てんびんにかけた時に、考える余地など無く世界中の命の方を瞬時に選ばないといけないのが我々の仕事なんですよ。リスクも考えずに両方助けたいとか言い出す偽善者は・・・・・現実が見えていない」


 演技か本心なのか、ジルが悲しそうな表情を作る。


風音「・・・・・だとしたら僕の性格はシャロンには向かないかな。そんな簡単には割り切れないから」


 そして風音が微笑んだような表情で顔を上げ、ジルと目が合う。


風音「それと、一個訂正。ユニィが下まで巻き込むくらい風を使うなんて我を見失ってる時くらいだよ。あの子が自分の意志で契約を解除して本来の姿になれば、下に影響が出ないように戦う事くらい出来るし。 ただ強敵と戦うとなると広範囲を破壊する戦い方しか出来ないのは事実でね。この島が無事で済まないだろうから戦わせたくないだけ。この島にだって生き物はいるから」


 と言いながら切り落とされた右手を自分の目の前に来るように蹴り上げ、掴んで右手の切断部分に合わせる。

 右手首が青白く光り、傷が塞がっていく。

 風音が右手を握ったり開いたりして動くかしてみる。完全に治ったようだ。


風音「実はジルの事は警戒してたから、攻撃される前から攻撃の気配には気付いてたんだけどね。命を狙ってくる感じでもなかったから、やられたふりをして様子を見てただけなんだけど」


ジル「・・・・・!?」


 それを見て驚いたジルが、急いで何かを確認するように凌舞の方を振り向く。

 何故か凌舞がついさっきまでのツリ目のりんとした表情とは違い、穏やかで柔らかな表情になっている。


凌舞「ん? あ~~~ごめんねぇ。私の方も謝っとく事があったわ。さっき言ってた技の説明は一部でたらめなの。カザは右手を切られても技が使えるし、私も髪の毛を切られたくらいでは技を封じられたりしないわ」


 そう言って手から不自然にひん曲がった刃物のような物を出してジルの方へと向ける。


凌舞「ってゆーか、何でこんなにバッサリ切っちゃうかな? 後ろ髪の先端って言ったのに。髪は女の命って言葉を知らないの?」


 何故か言葉遣いがおかしくなった、というか女性本来の話し方になった凌舞が髪の毛をいじりながら言う。

 ロングヘアーだった凌舞の髪が、顔の横にある毛を除いてかなり短くなるまでカットされていた。


風音「いやでも、ウチってロングの人が多いから新鮮でいいかも。そういう髪型ショートボブって言うんだっけ? 似合ってるし可愛いと思うよ?」


 本音を言えば、見慣れた髪型とは違うので結構違和感があったが、最近女性の髪の事に関してワグナから説教喰らったので速攻でフォローする。

 ちなみに今の凌舞の髪型はサイドが長いまま残っているのでショートボブではない。単に風音の知識不足による発言だ。


凌舞「かわっ・・・! えっ、そう? ・・・似合ってる・・・かな? いや私もさぁ、いつまでも煉兄ぃと同じ髪型って鬱陶うっとうしいなって思ってたしさ? ちょうど短いのもどうかなとか思ってたところでさ。・・・そぉ? 似合ってる?」


 凌舞が髪の毛をいじりながら、もにょもにょと何か言っている。


ジル「・・・・・何故嘘をついたのか、理由を聞かせてもらってもいいでしょうか? 凌舞さん」


 ジルは先程からすきを見て外に逃げる機会を伺っていたが、諦めて疑問を口にする。

 一見すると二人は緊張感のない会話をしていたように見えたが、その実少しでも動くと切り刻まれそうなほど警戒されていたので、ジルはその場から微動だに出来ないままでいた。


凌舞「さぁ? 私はカザに皆疑えって感じの事を言われたから、偶然技の話になった時にジルとセイニーに嘘の弱点を教えておこうと思っただけで」


 それを聞いたジルが風音の方を見る。


風音「やっぱりそういう事だったのか。いやビックリしたよ。突然右手を落とされたと思ったら、何故かジルが勝ち誇ってるし。しかも地上に降りないと技が使えないとか、よく分からない事言い出すしさ。あまりにも自信たっぷりに言うから、あれ? 僕等の技ってそんなんだったっけ? って考え込んじゃったよ」


 本気とも冗談とも取れないような口調の風音に対し、


ジル「・・・さすが異能集団の長だけあって、自分達以外の人間は常に疑っているという事でしょうか?」


 若干の皮肉を交えて問う。


風音「いや、そんな面倒臭い生き方してないよ。単にジルがこの島に入って来た時に、まるでこの島の事を予め知ってたみたいな、ちょっとおかしな行動をとってた様に見えたからさ。それで警戒してただけ」


凌舞「おかしな行動?」


 凌舞が島に入って来た時の事を思い出す。


風音「ちょっと、ね。些細ささいな違和感、程度だけどさ」


 しばらく凌舞が考えて、


凌舞「・・・・・・・あっ! そうか! 翻訳機! 機械が妨害されてたのに、会話が出来てたのがおかしいよね」


 と、ユニルと同じ考えに行きつく。

 普通の翻訳機ならあの妨害に耐えきれずに一時的に使えなくなっていたはずだ。

 にもかかわらず、あの時ジルと普通に会話出来ていた。

 市場に出回っていない最新の防御システムを搭載した翻訳機をわざわざ持って来ているなど、この島の周囲の妨害を知っていたとしか考えられない。


ジル「なるほど、そういう事ですか。・・・そんなくだらない勘違いで警戒される事になるなんて、想像もしてませんでしたよ」


 呆れた様に言う。


凌舞「勘違い?」


ジル「ええ。我々シャロンの職員には、と言うか普通治安組織には職員によってそれぞれ階級がありますが、我々の場合上から五階級までの職員は、どんな小さな仕事であっても最新の装備を身に付けていく事が義務付けられています。ですから私にとってはこれが標準装備であって、別にこの島の周囲にある妨害の対策として装備していたわけではありませんよ」


 ・・・こんな事ならわざと性能の悪い普通の翻訳機を持ってくるべきだったか、と後悔する。


 その横で、風音がポカンとしている。


風音「へぇ~~~、シノ頭良いねぇ。そんな事考えもしてなかったよ」


 凌舞の考えに感心する。


風音「僕が思ったのはもっとしょーもない些細な事なんだけど。 この島に降り立った時にすぐシノとジルが外に出たの覚えてるかな?」


凌舞「・・・ああ、確かそうだったっけ」


ジル「・・・・・・」


風音「シノみたいに色んな星に行く経験が少ない人は仕方ないけどさ。普通星の探索に慣れてる人は、ああいう状況ですぐ外には出ないんだよ。同じ星でも見た目から明らかに環境が違う場所、特に海で囲まれてたりとか、他の地域から隔離された環境で生態系が明らかに違う所に行く時は、そこの環境を調べてからでないと。星によっては普通に呼吸していいのかどうかすら分からない事もあるし、病原菌とかが蔓延まんえんしてたら持って帰って誰かに感染してパンデミックって事もあり得るし」


凌舞「えっ、そういうものなの?」


 そう言われてしまうと、何も考えずに外に出て行った自分が恥ずかしくなる。


ジル「・・・・・・」


風音「シャロンの下っ端職員ならそういうミスもするかもしれないけど、ジルってシャロンのナンバー2でしょ? ちょっと有り得ないかなって。だから、もしかしたらこの島自体がシャロンの用意した舞台か、もしくはジルはこの島に以前来たことがあって、その時に一度調査しているから何の警戒もせずに出て行ったんじゃないかなって思っただけ」


 本当に単純な疑問だ。風音にとっては凌舞が言った翻訳機の説の方が気付きにくい事で、考え方としては面白いと感じたが。


ジル「・・・・・本当に、詰めが甘いですね私は」


 全て風音に言われたとおりだったので、今度は降参する。

 そしてジルの表情から悔しさが消え、むしろ晴れやかな表情へと変わっていく。

 素直に負けを認めた、という事だろう。


ジル「まぁでも、最後の悪あがきくらいはしましょうかっ!」


 そう叫ぶと、振りかざしたジルの両手から鋼線が部屋中に張り巡らされる・・・・はずだった。


凌舞「あなたの武器が入ってるのって、その腰のベルトの所にある筒でしょ? さっき撃ち落としといたから」


 先程刃物を向けた時、それとは別に極めて小さな針状の武器を飛ばしていた。

 ジルが床に落ちた自分の武器を見て舌打ちをする。

 その頃にはもう、風音の拳がジルの鳩尾みぞおちに深く突き刺さっていた。

 声も上げる事が出来ず、ジルが昏倒こんとうする。


風音「ゴメンね。邪魔されると厄介だから、終わるまで寝ててもらうよ」


 意識を失って倒れていくジルが頭を打たない様に、地面に当たる直前で頭の下に足を差し入れる。


凌舞「お優しい事。自分は手を切り離されたっていうのに」


風音「そうなんだけどあれは別に痛くなかったしな。話には聞いてたけど、体験したのは初めてだったよ。あれだけの大怪我でも無痛なんだな」


 地面に落ちているジルの武器を見ながら感心する。

 すると、その付近の床からセイニーの頭部が生えてきた。


風音「うわっ、ビックリした」


 ゆっくりと全身が床から出てくる。


セイニー「本当に手の方は大丈夫なんですか? 風音さん?」


 早速泣きそうになっている。


風音「大丈夫。全く問題無し」


 泣かれると面倒なので、手をひらひらと動かしながら健康アピールをする。


風音「ところでセイニーさんは、物の中に入ったり出来るの?」


 そしてすかさず話題を切り替える。


セイニー「何でもは無理ですけど。機械や鉱物で出来た物なら大体。それが機械なら自由に操れるようにもなりますし、修理も出来ます」


凌舞「機械なら自由にねぇ。さっきこの建物の機械を自由に操ってたみたいだけど」


 この建物全体が機械で出来ているという事なのだろうか?

 凌舞がコツコツと壁を叩いてみる。機械で出来ているようには感じないが。


風音「多分僕が闘ったロボットと同じ性質の物質だろうな。微細な機械と生きた細胞を組み合わせた様な感じの」


 試しに少し毒を壁にぶつけてみるが、やはり腐らない。例の生物細胞入りの劣化防止に優れた素材なのだろう。


セイニー「この力は生まれつきではなく、私が研究されていた時に色んな機械と私の体を融合させている間に生まれたものらしいですけど」


 普通なら機械を体に融合させた場合、長寿になったり強くなったりなど、その恩恵を享受きょうじゅする体になる筈だ。

 だがセイニーの場合、自身の細胞の方が優れているせいなのか、科学的に融合した機械がむしろセイニーの細胞に支配される形になる事が明らかになり、その実験が繰り返された結果生まれた能力だった。


風音「凄いなぁ・・・・・。その力であのロボットを止める事は出来ないの?」


セイニー「・・・・・・・・・・」


風音「あ、ゴメン・・・・・」


 先程のジルとセイニーの会話を思い出す。二人に出て行ってほしくないのだろうとジルに指摘された時、否定しなかった。

 おそらくセイニーはもう一人になりたくないのだろう。風音達が出て行くための協力など進んでやりたくはない、という事に気付く。

 ここでふと、最初にセイニーの昔話を聞いた後に浮かんだ疑問を口にする。


風音「・・・ちょっと疑問なんだけどさ、なんでセイニーさんは自分で地上に降りようとしないのかな? 文明が出来るまで待ってたんなら、そろそろ降りてもいい頃合だと思うんだけど」


 もし風音達がロボットを壊して出て行ったとしても、一人になりたくないなら地上に降り立てばいいだけではないのか? という疑問を抱く。


セイニー「私は・・・研究対象でしたから。この場所から逃げる事が出来ないようになっているらしいです。当時からここから出ていく為の乗り物は一切存在しませんでしたし、乗り物以外の別の方法で出て行こうとしても、あのロボットが連れ戻しに来るらしいです」


 セイニーも過去にそう聞いただけで、実際どうなるのかはやってみないと分からない。・・・おそらく聞いていた通りの結果になるのだろう。


凌舞「当時から出て行く手段が無い・・・・って、ここにはセイニー以外の人も働いてたんでしょ? その人達も一生ここに居るの?」


セイニー「いや・・・それは単純に、地上に降りたい人が居たら往復便が来るだけですよ?」


 凄く単純な回答。

 横で風音が「まぁそりゃそうだろね。わざわざ聞くほどのもんじゃないよね」というような表情をしている。


 それを察した凌舞が「どうせ私はバカですよ」という感じの表情でむくれる。

 続いて「カザは他の人達に対する優しさを、少し私に向けた方が良いと思うの」という感じの、睨んだ表情を作る。

 そして「そもそもカザは私を女性として扱ってない気がするわ」という感じで風音の目を見る。


風音「どうしたんシノ? コロコロ表情変えて」


 一つも伝わらなかったようだ。凌舞が更にむくれる。

 そんな二人は気にせず、セイニーがマイペースで続ける。


セイニー「ただ往復便がこの島から出発する時は、私がちゃんと島に居るかどうかチェックしてからしか出て行かなかったとか。・・・そんな事しなくても、そもそも私は地上に降りたくなかったんですけどね」


 あまり当時の心境を思い出したくないのか、少し視線を下げて言う。

 ふむ、と風音がうなずいてから。


風音「だったらちょうど良いんじゃないかな。僕達があのロボットを壊せば追って来れないし。そしたら僕達の乗り物で出て行けるでしょ」


セイニー「・・・・・・・・・・」


 少し悩むような表情のまま、何も答えない。


風音「もしよかったら、ここから出て地上でウチの乗組員として働かない? 乗組員って言っても、借金のせいで飛べない宇宙船だから実質ただのマンションみたいなもんだけど。来てくれるならこっちとしては大歓迎だし」


 それを聞いたセイニーの表情が一瞬だけ明るくなるが、すぐに沈む。


セイニー「・・・・・・嬉しい申し出ですが、この場所を完全に放棄ほうきする訳にも・・・私にとっては故郷でもありますし」


風音「大丈夫。地上での生活を中心にするなら、必要な時にいつでもここに送ってあげるし。逆に、望むならこの場所に居る時間の方を多くしてもらってもいいし。その場合はいつでも迎えに来るよ」


 たたみ掛けるように勧誘する。


セイニー「・・・・・・・・・」


 しばらくの無言の後、風音に向かって微笑む。


セイニー「・・・・・夢のような話ですね。ぜひお願いしたいです」


 言葉とは裏腹に、表情はどこか陰りがある。


セイニー「・・・ですが、あのロボットと融合して自在に操る事は出来ません。最初にそういう風に設定されましたから。私が至近距離に近付くだけで勝手に離れますし、それでも近付いて融合しようとすれば死なない程度に痛めつけられると思います」


 凌舞と風音が、何故そんな設定が? と一瞬思ったが、よく考えるとこれも当たり前の事かもしれない。

 この島にある最大の兵器を一人の人間が自由に操れるようになってしまっては、その人物の思想次第でどんな反逆をくわだてられるか分かったものではない。

 ましてセイニーをこの島に派遣した側の人間はセイニーの能力を知っていたわけだから、その危険性を考慮するのは当然だろう。


風音「なるほど・・・・確かにそうかもな」


 その作戦はやめた方が良いと判断する。


セイニー「・・・やっぱり、どうしても挑むんですか? 諦めてここで過ごす選択肢は無いんですか?」


 すがるように聞いてくる。


 風音達が兵器に勝てればいいが、負けた場合セイニーはまた一人になるだけでなく、人生で初めて出来た親しい人物の死を目の当たりにしなければならなくなるのだ。

 弟にしても直接関わった事が無いのに、死んだと聞いた時はあれだけ悲しかったのだ。

 ・・・耐えられそうにない。


セイニー「出来れば、皆で一緒にここで居てほしいです・・・・・」


 瞳に少し涙を浮かべながら、風音の腕を掴んで懇願こんがんする。

 横から凌舞が困ったように言う。


凌舞「もしもの場合独りぼっちに戻るのが辛いっていうのは分かるけど・・・・こっちにもこっちの生活があるのよね。それを簡単に放棄することは出来ないわ・・・。 ちょっとキツイ言い方かもしれないけど、セイニーさん、それはそれであなたの都合を押し付けてるって事になるんだよ?」


セイニー「いけませんか?」


 セイニーが凌舞の方を振り返り、凌舞の瞳を真っ直ぐ見据みすえて言う。


セイニー「私は生まれてからずっと、他人の都合を押し付けられて生きてきたんです。友達が死んじゃうかもしれないっていう時に、一回くらい自分の都合を聞いてもらう事が・・・そんなにいけない事ですか?」


 今にも涙が溢れそうになっているセイニーの瞳とその視線から、思わず目を逸らす。


凌舞「いけない・・・事ではないかもね。・・・ごめんね」


 セイニーの生き様を考えると、少し無神経な言い方だったかもしれないと思い謝罪する。

 しかしセイニーの期待空しく、風音は。


風音「ごめん。諦めるっていう選択肢は無いよ」


 はっきりと答えた。

 その口調に、セイニーが説得が無理であることを悟る。


セイニー「そうですか」


 ガッカリと肩を落とす。


風音「でも、僕は今まで乗組員の勧誘をして諦めた事は一回も無いし、失敗した事も無いんだよ」


セイニー「?」


 突然の宣言に、セイニーがクリンと首をひねる。


風音「だから、任せといて。何があってもあのポンコツをぶっ壊して、セイニーさんをウチに招待するから」


 風音がセイニーの頭をポンポンと撫でる。


セイニー「・・・・・・・・・」


 セイニーが最初に撫でられた時と同じように、その手に自分の手を重ねる。


セイニー「・・・・・・・・・」


 重ねたセイニーの手にゆっくりと力が入る。


セイニー「分かりました。でしたら、私も一緒に行きます。何か出来るかもしれませんし?」


 パッと顔を上げ、吹っ切れた様に笑顔に変わる。


凌舞「う~~ん、どうだろう? 大人しくしてた方が良いんじゃない? 大丈夫?」


 凌舞なりに心配する。


セイニー「大丈夫ですよ。もし何かあっても、私に関しては排除だけはしないように設定されていますから。未来の研究対象だったわけですし? さっき言ったように、せいぜい死なない程度に痛めつけられるだけです」


 ゾッとするような事を、明るく胸を張って言う。


凌舞「それのどこが大丈夫なのよ・・・」


風音「まぁ本人がその覚悟を持ってそう言うんだったら手伝ってもらおうよ。勝率を上げる為にも煉兄ぃも起こしに行こうか」


 と提案するが。


セイニー「・・・その方が参加すると確実に勝てるんですか?」


 とセイニーが疑問を口にする。


凌舞「戦力的には期待出来る人だよ。普段あんまり一緒には行動したくはないけどね」


 カノンに居る風音の幼馴染は風音含めて四人だが、凌舞と煉也の性格が合わないので風音と凌舞、癒々と煉也の組み合わせで行動する事が多い。


風音「いいねそれ。喧嘩するほど仲が良いって言うしね」


 凌舞の発言をポジティブに解釈する。


凌舞「別に仲が悪くは無いけど、仲が良いと思われるのはどうなんだろう?」


 どうもあの何事に対しても適当な煉也が、凌舞の性格的に合わない。

 癒々は「そこが彼の美徳でもあるわ」とか言ってるが、全く理解出来ない。今も仕事中だというのに寝ているのが軽く腹立たしい。


セイニー「その方とジルさんは、囚人として登録されてないんですよ。つまり、最悪私達が負けたとしても、地上に帰す事が出来るんですが」


風音「起こして一緒に戦わせると、囚人認定されてロボットを倒すまでここから出られない身になる・・・と」


 さっきのロボット戦で相手の戦力を見る限り、この後セイニーの家に寄ってユニルを呼び、加えて凌舞が居れば充分勝てそうではある。


風音「負けた時の事を考えるのは嫌だし、勝率は上げたいから呼んだ方が良い・・・って言いたいところだけど、今居るメンバーで何とかしようか」


 今しがたジルとの話し合いの際、無関係な者は巻き込みたくないと格好つけたばかりだ。そのジルを殴り倒しておいて、自分から煉也をこの件に巻き込むのは少し躊躇ためらわれた。


セイニー「そうですか。じゃあ早速・・・の前に、ひとつだけいいですか?」


 凌舞の方を見てセイニーが首をひねる。


凌舞「何かな?」


セイニー「さっきから気になってたんですが、雰囲気が変わったというか?」


 目が吊り上がっていないだけで一気に女性っぽい顔つきになった気がする。その雰囲気もそうだが、主に口調が女性っぽく変わった気がして尋ねる。


風音「ああ、これだよ」


 凌舞が答える前に、床に散らばっている凌舞の髪の毛の束から何かを拾い上げた風音が答える。

 風音の手には凌舞が髪の毛をくくっていたヘアゴムがひとつ。


セイニー「これがどうかしたんですか?」


 ヘアゴムを見ながらクリンと首をひねる。


風音「僕は母さんから稽古けいこを付けてもらった訳じゃないからよく知らないけどね、人間って地獄を経験すると人格の一つや二つ変わるんだよ?」


 笑顔で怖い事を言う。セイニーが少しビビる。


凌舞「また大袈裟おおげさな言い方して。単に稽古の時は髪をくくってて、終わったら外してただけよ。気が付いたら括ってる時は稽古用の男勝りな口調とか雰囲気になってて、外したら元に戻るようになってただけの話だよ。物凄い体育会系だったしね。気合い入れて叫びまくってたし・・・。元々おとなしい性格だったから、自分の中でスイッチを切り替えないとやってられなかったのよ。 まぁその影響ってだけよ、別に二重人格って訳じゃないんだから」


 セイニーを怖がらせるような事を言った風音に対し、少し注意するような口調で言う。


風音「いや充分二重人格だよ」


セイニー「そうですね。こっちの凌舞さんの方が地球に優しそうですね?」


風音「うん、僕もそう思う。だから出来ればこのヘアゴムを燃やしてしまいたいところなんだけど、戦力的にはあの凌舞の方が強いから」


 二人で言いたい放題言う傍で、凌舞は微妙な笑みを浮かべている。

 ヘアゴムを外した凌舞は槍ではなく体中から暗器あんきを出すようになる。しかし暗器を使う凌舞は奇襲には優れているが、正面から戦うとなると槍を手にした凌舞の方が遥かに強い。


 風音が凌舞にヘアゴムを渡すと、凌舞が後ろ髪を少し括る。かなり髪が短くなったので、頭頂部付近に後方に向かってほんのちょっと尻尾が生える程度の髪しか括れなかった。


 括り終わるやいなや、凌舞が両手でそれぞれセイニーと風音のほっぺたをつねる。


凌舞「で? 誰が地球に優しくないって?」


風音「そ、そんな事言いましたっけ?」


セイニー「言ってないですよ? い、痛いですよ? ほっぺた千切れますよ?」


 凌舞が言い訳する二人から手を放すと、セイニーが風音に小さく呟く。


セイニー「ちゃんと覚えてるんですね?」


風音「うん、厄介だよ。明らかに別人っぽくなるくせに、記憶だけは一丁前いっちょまえに共有してるんだよ。・・・っ痛っった!!!」


 小型の槍が二発飛来し、風音の両耳たぶに穴が開いた。


風音「・・・まぁこの件は置いといて、早速挑みに行きましょうか。あ、その前に」


凌舞「まだ何かあんのかよ?」


風音「ちょっと回復を多用しすぎたから、ユニィを呼びに行くついでに万全を期してカロリーを蓄えておきたいかなっと」


 言いながら耳たぶを回復させる。


 

 三人が宿舎からセイニーの家に移動し、セイニーの自宅から動物の大きな鳴き声が三度ほど響いた。




 準備を終えた四人が、ロボットが停止した位置までやってくる。


ユニル「うわ・・・ダサい・・・・・・」


 そして第一声がこれだった。

 ユニルの価値観から見ても、このロボットの外観は受け入れ難いようだ。

 真剣な表情のセイニーが口を開く。


セイニー「私に出来る事は限られてますが、ここぞという場面で合図を下さい。ロボットに停止命令を出しますから。先程も言った通り、私が皆さんに加担している事がばれるのは一瞬でしょう。そしてその直後に私の権限を奪い、停止命令を解除すると思います。ですがその一瞬、動きを止める事が出来ると思います。一回だけしか出来ませんけど、上手く利用してくださいね?」


 凌舞がロボットを見ながら、疑問を口にする。


凌舞「それをここで言っていいのか? コイツ聞いてるんじゃねぇのか?」


セイニー「それは大丈夫です。停止状態の時はセンサー以外の機能が止まってますから。合図が出るまでは、離れておきますね。近くにいるとばれる可能性があるので」


 トコトコと近くに数本立ってある木の所に移動して身を隠す。


ユニル「しかし、私が居ない間に色々あったんですねぇ」


 しみじみと語る。

 風音は既に一度兵器に挑んだそうだし、ロン毛だった筈の凌舞は顔の横を除いてショートになっており劇的にイメージチェンジしているし、ジルは裏切って逆に打ち倒され、セイニーは戦いに協力する事になっている。


 その間ユニルは机の上でゴロゴロしていただけなのに。


ユニル「何があったらこの短時間でこんな事になるのか、と思いますけど。そんな事より風音さん?」


 空中を飛んでいたユニルが、風音の前で止まって風音の顔を見る。


風音「ん?」


ユニル「私に留守番させておいて、兵器に一人で勝手に挑んだ事に関して、帰ってからお説教があります」


 にっこりと微笑む。


風音「・・・お手柔らかにお願いします」


 何故だろう、最近怒られてばかりな気がする。


凌舞「じゃあ予定通り、俺はロンギヌスを二本コイツの腕に突き刺す所からのスタートでいいんだな?」


 風音達の目的は、ロボットの体の中央にある球体の機械。

 全ての機械を沈黙させる妨害電波を放っている機械だが、まずはこれを取り除く事と、それと同時にその後ろにあるロボットの制御装置を破壊する事だ。


 ロボットは囚人がこの島から出て行こうとするか、こちらから攻撃するまでは動かない。

 つまり必ずこちらが先制攻撃出来るという事だ。

 という事で、動かない間に一気に球体の所まで駆け上がって先手必勝という手も案にはあった。

 しかしセイニーに聞くところによると開発者も馬鹿ではなかったようで、心臓部である機械付近に囚人が近付くだけでロボットは起動してしまうそうだ。

 そうなるとせっかくの先制攻撃のチャンスが不発に終わる可能性が高い。

 そこで、攻撃の要である腕をまず凌舞の槍でい止めて動かなくしてしまう所からスタート、敵が動けない間にあわよくば一気に勝利までもっていく。


凌舞「ただ言っとくけど、本来のサイズよりは小さめのを出すとはいえ、ロンギヌスは対戦艦用の槍だからな? それを二本となると、俺はもうそれ以降しばらくまともに動く事も出来ないくらい消耗するからな?」


 先制即戦力外になってしまう事を確認する。


風音「うん。任せといて。確実に決めるから」


 体をほぐすように両手を組んで上に伸ばす。

 そして大きめの石を両手に持ち、その片方が風音の手の内でボロボロと崩れていく。


風音「じゃあ一気に機械の所まで跳ぶから、ユニィ援護よろしく」


ユニル「はい!」


風音「シノ、頼む」


凌舞「ああ。ロンギヌス!!」


 凌舞の両手から巨大な槍が二本出現し、ロボットの両肘をそれぞれ貫く。

 同時にロボットがビュンッと言う音を立て起動する。

 肘を貫いた槍は刺さった瞬間その場で枝分かれし、根を張るかのようにロボットの肘周囲を縫い付けていく。

 そして槍の後端が地面に突き刺さり、こちらも大地に根を張っていくように枝分かれしてガッチリと地面に槍を固定させる。

 上空に居る戦艦と戦う時の為に凌舞が開発した、最終兵器とも言える槍である。対象と地面を、槍が根を張るようにその場に縫い付けて動けなくする為の槍だ。


 しかしこの槍は枝分かれする部分に大量の槍が発生する為、すさまじい量のエネルギーを使う。

 それを二本も出せばもう、最初の戦闘で空腹の為怪我を治せなかった風音同様、カロリー不足におちいり動けなくなる。

 凌舞がその場で膝をつく。


凌舞「後は頼むぞ。・・・マジで」


 願う様に呟きながら、槍がロボットを貫くと同時に跳んだ風音を目で追う。

 その先で、目を疑いたくなるような光景が映る。

 ロボットの両腕から紫色の瘴気しょうきが発生している。その瘴気に触れた槍がボロボロと崩れ去っていくのが見えた。


凌舞「カザの・・・技じゃねぇか・・・・・・・」


 学習する兵器だとは聞いていた。

 生体細胞が組み込まれているので生物に近いとも聞いていた。

 だからと言って一度見ただけで習得出来るほど簡単な技でもない。


凌舞「反則だろ・・・・・・・・」


 絶望する凌舞の頭上で、風音は計画通り球体の近くまで跳んでいた。

 風音も凌舞同様驚いてはいた。

 まさか自分の技を盗まれるとは予想すらしていなかった。この兵器は何度こちらの想定を覆せば気が済むのか、とも思った。

 が、絶望はしていなかった。

 凌舞の槍によって起動後一瞬動きを止める事が出来たならそれで充分。たかが五メートル程の高さなど、毒の力とユニルの風の後押しがあれば一瞬で到達出来る。

 風音の技をコピーしているとなると、ここから凌舞の槍を腐らせた分のエネルギーを自身の力に変えて攻撃してくるに違いない。

 ただでさえ恐ろしいほどのスピードだった拳が、さらに強力になって襲ってくる事になる。


 敵が動き出すより先に。


風音「セイニーさん!!!」


 大声で合図を出す。


セイニー「はい!」


 ロボットの妨害システムのせいで翻訳機が一時的に使えない状態なので、風音の言葉もセイニーの返事もお互い理解できる言葉ではなかったが、大声で名前を呼ばれたセイニーがロボットに停止命令を出す。


 予想通り、その一瞬でロボットの巨拳は目に見えないほどのスピードで繰り出され風音の真横まで来ていたが、停止命令によりその動きを止める。

 拳の風圧で風音の髪留めがいくつか吹き飛ばされた。

 恐ろしい事にその巨拳にはいくつかの槍が生えていて、その先端が何本か風音に触れている。

 風音と同じ性質の技である凌舞の技も、たった今覚えたのだろう。


 ただ、槍は風音の体に触れた部分から蝕まれるように崩れていた。

 風音の動体視力はロボットが予想した数値を超えており、風音は拳が自身に放たれる一瞬で拳の先に槍が生えている事を視認し、体の周りに毒を発生させ敵の槍を自分の力に変えた。

 結果、初撃はお互いが相手の実力を見誤ったために相手に力を与え合う展開になってしまった。


 すかさず風音が手に持っていた石を毒で腐らせエネルギーに変え、球体に向かって全力で蹴りを入れると、球体に付いていた太いチューブや機械が千切られ、ロボットから球体が外れて地上に落ちる。

 もうその頃にはロボットはセイニーの停止命令を解除し風音を攻撃しようとしていたが、一瞬早く風音が心臓部の機械に全力で拳を打ち込み破壊する。


 兵器が、完全にその動きを停止する。



風音「よっし。おおむね予定通り」


ユニル「らっく勝でしたね。風音さん」


 えぐれたロボットの中心部で二人がコツンと拳を合わせる。


風音「内心めっちゃ焦ったけどね。毒を使われた時は」


 その時は一時的に深く考えない事にして破壊にのみ集中したが、今になって考えると恐ろしい兵器だ。

 そんな呑気な会話をする二人とは対照的に、セイニーが焦った表情で全力で凌舞に向かって走る。


セイニー「風音さんまだです!! 凌舞さん周りに注意してください!!」


 そう言って凌舞に飛びついて自分の体で覆う様に押し倒す。


凌舞「えっ!? 何!?」


 周囲の地面や木から、大量のレーザー兵器が出て来て凌舞と風音をとらえている。

 今にも攻撃が始まりそうな気配だが、動きが無い。


セイニー「島の機械は私とロボットを攻撃できません。風音さん達のあの位置と、凌舞さんも私とくっついていれば攻撃される事はありません。出来れば凌舞さん、もう少し体を縮めて下さい」


 言われた通り、出来る限りセイニーの体の下に収まるように縮こまる。


風音「そうか。そりゃそうか」


 風音が一人納得している。


ユニル「何がですか?」


風音「島の兵器が脱走しようとしてる僕達を襲うのは当然の事だけど、今まではあの球体」


 地上に落ちている球体を指さす。


風音「アレの妨害のせいで島中の機械が動けなかったって事だと思う。僕らが取り外して動かなくしちゃったから、妨害が無くなって僕達を始末する為に動き出したんだろ」


 周囲の機械達を見渡す。数え切れないくらいの量の兵器がこちらを向いている。


風音「ちょっと大変そうだけど、このロボットよりはマシかな。ユニィ、最後の仕上げを手伝ってもらえる?」


ユニル「はい!」


 風音達がロボットから離れようとした時。


セイニー「まだですって!! 風音さん! 制御装置を本体から完全に取り外して!!」


 その声に風音が振り返る。

 さっき破壊したはずの機械がほぼ元通りに復元している。


風音(まさか・・・心臓部まで自己修復出来るなんて・・・・・)


 風音の治療ですら、脳を一瞬で破壊されれば終わりであり、それを自動的に回復させることは不可能だ。

 その回復を命令する本体が壊されたという事なのだから。


 しかし、またもこの兵器は風音の想定を覆した。

 回復させる側であるはずの本体が完全に破壊されてなお、自動的に修復している。ここまでくるともう、どういった仕組みでこんな事が出来ているのか想像も出来ない。

 そして。

 再び動き出したロボットの拳が完全に風音を捉えた。

 空中に飛び出していた風音が凄まじい速度でぶん殴られ、勢いよく吹っ飛ばされる。


ユニル「風音さん!!」


 セイニーの警告のおかげで即反応し、防御していたように見えたが・・・。

 間に合わなかったのか、あるいはロボットの攻撃が風音の防御を突き破ったのか。

 勢いよく吹っ飛んでいく風音は呼びかけるユニルに反応する事も無く、薄く開いた瞳は白目になっている。

 風音を追いかけようとするユニルのそばを、物凄い勢いで巨大な槍が飛んで行く。

 気絶した風音に止めを刺すために、ロボットが作り出した槍だ。

 ユニルが風で風音と槍の進行方向を変えようとするが、それらの飛んで行く勢いに対して風の出力が足りない。


ユニル「-------!!!!」


 ユニルが声にならない悲鳴を上げる。

 成す術なく槍が風音に命中しようかという時。


風音「ば~~~~か」


 風音がニヤリと笑う。

 高速で吹っ飛ばされながら、空中で体勢を立て直した風音の体の周囲から紫色の瘴気が発生し、自分に向かって飛んでくる槍を腐らせていく。

 はたから見ていると、まるで風音に吸収されるかのように触れた部分から槍がボロボロと崩れ空中に散っていく。


風音(怖いくらい予想通り。所詮は機械、合理的に動くって事か)


 気絶するフリをすれば、何らかの追撃をしてくると思っていた。

 本体が直接かかってきた場合は隙を見てもう一度心臓部の機械を破壊しようかと考えていたが、風音の予想では覚えたばかりの凌舞の槍を初撃の際に早速使っていた事から、この場面でも使ってくる可能性が高いのではないかと思っていた。


 敵は学習するからこそ一瞬で間合いを詰めてくる相手に対し、弱点をさらしている今の状態で自分から近付いてくる可能性は低いんじゃないかと思った。

 槍を飛ばしてくるだろうと思った理由は単純。他に飛び道具を持っていないからだ。遠距離での追撃の手段は槍を飛ばすしかないだろう。


 風音にとっては理想的な結果だ。

 毒の能力の制限によって周囲三メートル程の範囲しか力に変える事が出来ない現在の風音にとって、腐らせる事が可能な巨大な質量の物が自分に向かってくるというのは、大量の力を手に出来るチャンスでもある。

 しかしあのロボットも馬鹿ではない。

 もし風音が殴られた直後に、少しでも動いて意識がある事をロボットに気付かれていれば、毒を警戒されこの展開は生まれなかっただろう。

 知恵比べではこちらの方が少し上手だったという事か。


風音(・・・って言っても、セイニーさんの警告が無かったら本当に気絶してたかもだけど・・・・・)


 あの拳の攻撃を受け流す事に慣れてきているのか、防御が上手くいった今回は骨折すらなかった。これなら回復の必要も無いが、もしまともに喰らっていたら・・・・・

 反省は後だ。急いでロボットの元へ戻らなければ。

 風音が自分の背後に空気の壁を展開し、それを全力で蹴る。空中で方向転換し、ロボットの方向に向かって今まで以上の速さで跳ぶ。

 戻る途中ユニルが精度の高い壁をいくつか展開してくれていたので、それを蹴って更に加速する。


 ロボットは攻めあぐねていた。

 風音を吹き飛ばした直後に凌舞に止めを刺そうとしたが、セイニーが邪魔で攻撃が出来ないでいた。

 セイニーと凌舞の方も風音の方がどうなったか心配ではあるが、まずは自分達の事を考えなければならない。


セイニー「凌舞さん、このままでは私が引き剥がされるのは時間の問題です。普通のサイズでいいのでもう二本だけ槍を出せますか?」


凌舞「無理すりゃ出来ない事は無いな」


セイニー「槍は体のどこからでも出せますか? 槍の先端からだけじゃなく柄の方からも出せますか?」


 矢継ぎ早に質問する。


凌舞「両方出来る。・・・何するつもりだ?」


 凌舞の疑問に返答している暇はない、と判断したのか疑問には答えずに指示を出す。


セイニー「今すぐに凌舞さんから見て左の方向に体を傾けて、私のお腹に槍を突き出して私を吹っ飛ばして下さい。勢いよくお願いします。私を吹っ飛ばした直後に、背中から槍を出して凌舞さんも出来る限り勢いを付けて跳んでください。レーザーがこの場所に撃たれるでしょうから。その後のレーザーの追撃に関しては数秒ありますから・・・それまでに何とかします」


凌舞「何する気か知らんが、腹に力入れとけよ」


 その言葉と同時に凌舞の腹から槍の柄が勢いよく出現し、セイニーの体を吹き飛ばす。

 直後に言われた通り自分も同じ原理で地面に向かって槍を出現させ空中に跳ね上がる。

 凌舞が空中に跳ね上がった頃には、今まで凌舞が横たわっていた場所が一斉にレーザー照射されていた。セイニーが弾かれた事で凌舞を攻撃したようだ。


凌舞(しくじった! 真上に跳んだのは失敗だったか!?)


 レーザーをかわす事には成功したものの。

 凌舞が跳んだ場所はロボットの攻撃範囲内である。レーザー兵器が跳びあがった凌舞に照準を合わせ直すよりも遥かに早く、ロボットが凌舞に向かって拳を放つ。


風音「相手間違ってんぞ!!」


 大声と共にロボットの拳に向かって横から風音が突っ込んでくる。

 強烈な破裂音と共に、凌舞に向かって突き出されていた腕が跡形も無く破壊される。

 風音が近くに居た凌舞を空中で掴んで抱きかかえる。


風音「ユニィ! レーザーの方頼む!」


ユニル「はいっ!」


 ユニルが風音と凌舞の周りにレーザーを歪曲させる圧縮された空気の壁を展開していく。風音が作り出した壁とは違い、空気中の水分の影響で白く色付いた板のような物が二人の周囲に張り巡らされる。まるでそこに本当に壁があるかのようだ。

 加えて、地上に降りると敵の心臓部から離れてしまうので、風音達を空中に浮かせたまま維持する。


凌舞「ありがと、カザ」


 抱きかかえられながら震えた声で礼を言う。たった今死に直面し助かった安心感からか、少し泣きそうになっている。


風音「こっちのシノにお礼言われるのって、なんか背筋が凍るな」


凌舞「こんな時でもお前は・・・」


 片腕を破壊された(と言ってももう半分以上再生しかけている)ロボットがもう片方の腕を振りかぶり、二人に追撃を加えようとする。


風音「シノ! 捕まって!」


 凌舞が風音の背中に手を回してしがみ付く。

 繰り出された巨拳に合わせて風音が全力でぶん殴ると、敵の腕全体が粉々に弾け飛んだ。


風音「本当に学習機能付いてんの? 前回互角だったのに、前回より力があふれてる僕に適う訳ないだろ。なんで今の方が強いか分かるか? お前の槍のおかげだよバ~~~~カ」


 今まで散々辛酸しんさんを舐めさせられてきたので、ここぞとばかりに挑発する。

 敵の両腕が破壊されている状況、この好機を逃す手は無い。風音が再度機械を破壊しようかと近付いた時、今の攻防の間で回復していた一方の手を高速で振り回して妨害してくる。


風音「簡単にはいかないな・・・とっととあの手もぶっ壊すか・・・」


 と作戦を練り直そうとした時。

 ロボットの動きが止まった。

 壊れた両腕は再生を止め、そのまま全てが停止する。


風音「えっ? また止まった?」


 今度こそ破壊するまでは止まらないものだと思っていたので、疑問に思いながらも警戒は解かずに様子を見る。

 今この瞬間に心臓部の機械を破壊するのが最善だと思うが、これまでの戦いの経験がそれを踏みとどまらせた。

 コイツは学習する兵器だ。さっきの気絶したフリすらも真似てくるかもしれない。うかつに心臓部に近付くと敵の罠にはまる可能性もゼロではない。

 などと考えていると。


セイニー「すいませーん! ちょっと遅れました! 三人とも無事ですかーーー!」


 風音が声のした方を見下ろすと、ロボットから取り外した球体に両腕を突っ込んだ(?)セイニーがこちらを見上げて叫んでいた。

 あのセイニーの表情から見るに。

 どうも本当に戦闘が終わったらしいので風音が地上に降り立ち、ユニルがそれについてくる。


ユニル「あの、こんな時になんですが、凌舞さん?」


凌舞「え? なに?」


ユニル「そろそろ風音さんから離れてくれませんか?」


 風音の戦いの邪魔にならないように、ガッチリと風音の背に手と足を回してしがみ付いている凌舞の状態が気に入らないようだ。


凌舞「あ、ああ、・・・悪りぃカザ」


風音「ああ、それ。その言い方の方が落ち着くわ」


凌舞「だからお前は他の奴らに対する優しさをもうちょっと俺に・・・・」


ユニル「そういうやり取りはいいんで、一旦離れましょうか?」


 そろそろユニルに限界が来ている。もう少しでセイニーの時の様に無理矢理引き剥がしにかかりそうだ。

 言われた通り凌舞が風音から離れると、その場に座り込む。


凌舞「あ~~疲れた~~。俺もなんか食っときゃ良かった~~」


 今の戦闘では実質槍を四本作っただけで風音に比べるとほとんど動いてないが、この場に居る誰よりもカロリーを消費し疲弊ひへいしていた。


風音「でもアイツなんで毒が使えたのに、地面を腐らせて性能を上げて来なかったんだろうな?」


 それをやられると結構ピンチにおちいりそうな場面がいくつかあった。


セイニー「この島の兵器は全て、自発的に島を破壊する行為が禁じられています。囚人を粛正する際に偶然破壊してしまった物は例外となりますが」


 独り言の様に呟いた風音の疑問に、セイニーが答えた。


風音「ああ、それでか」


 のっけから槍は躊躇ちゅうちょなく腐敗させてたのに、それ以外で使っているシーンが無かったのでずっと疑問に思っていたが、今解消した。


風音「それで、セイニーさんーー」


セイニー「ちょっと待ってくださいね? もうすぐ終わりますから」


 よく見るとセイニーの腕が球体に埋まっており、機械が起動している。この妨害システムを使ってロボットを黙らせたのだろう。

 少し待っていると、セイニーが機械から腕を抜いた。


セイニー「はい。これで大丈夫です。機能面で必要な部分はほぼ無傷で残っていたので、調整が楽でしたよ」


風音「ところで、なんで僕ら会話が出来てるのかな?」


 妨害システムが起動しているなら、風音達が身に付けている翻訳機をはじめ島中の機械が動かなくなるはずだ。


セイニー「もともとこの機械は妨害する範囲とか方向を自由に決められるものなんですよ。今は調整してロボットの周囲のみ妨害してます」


ユニル「わ~~~、ロボットに近付くとセイニーさんが何言ってるか全然分からない~~~」


 その辺をフワフワと漂っていたユニルがはしゃいでいる。

 子供は放っておいて、風音が尋ねる。


風音「えっ? じゃあレーザー兵器が動くんじゃないの?」


 さっきまで脱走しようとしている囚人である自分達を撃とうとしていた筈だ。


セイニー「私の停止命令を書き換えて動こうとするのなんて、このロボットくらいですよ。じゃなければ、そもそも最初風音さんが何故か敵として認識されてレーザーで撃たれた時、他の機械を止める事が出来たのがおかしくなるじゃないですか?」


 そう言われればそうかもしれない。風音が素直に頷く。

 ロボットとの戦闘中にレーザーを止めなかったのは、おそらくそれもロボットに命令を上書きされて無意味に終わるからだろう。


風音「そっか。じゃあ解決したところで、早速一旦カノンに帰ってセイニーさんを受け入れる準備しないと。いきなり連れて行ってもいいけど、セイニーさんも準備とかあるでしょ?」


セイニー「えっと、その件なんですけど・・・」


 少しうつむいて言いにくそうに告げる。


セイニー「実は無理なんです。このロボットは普段は確かに基本的に停止していますが、日の光に反応して毎日朝に一度だけ稼働していたんです。島中に設置された機械にアクセスして、この島の管理を任されてまして。ですから私が長期間不在でもこの島の植物や虫や動物が生きていられたのは、このロボットが居たからなんです」


 だがこうなってしまった以上、これからはセイニーが毎日管理しなければならない。それを放棄するという事は、島が死んでいくのが時間の問題になるという事に繋がる。

 それは故郷を捨てるという事でもあるし、何よりこの島に存在する全ての生物に対して申し訳が無い。


風音「なるほど、なぁ」


 最初勧誘した時に少し浮かない表情をしていたのはこの為だったのか、と気付く。

 考え込む風音に、セイニーが明るく言う。


セイニー「でも、誘ってくれたのは本当に嬉しかったですよ? こうなったのも後悔してませんし? ただ・・・・・・」


風音「?」


セイニー「・・・出来れば、出来れば、・・・暇な時に遊びに来てくれたら嬉しいな~、とか?」


 顔を上げ、三人の方を向く。


風音「いや・・・・・それは、ちょっと・・・どうかな・・・」


 困った顔で答える。


セイニー「・・・で、ですよね? そんなに暇じゃないですよね? わがまま言ってごめんなさい」


 うっすら涙を浮かべながらペコペコと頭を下げるセイニーに、


風音「いや、そうじゃなくて。さっきも言ったけど僕は今まで乗組員の勧誘を諦めた事は無いんだよ」


 と再び宣言する。


風音「ウチには腕のいい技師が三人居るし、そのうち一人はロボット工学専門だから、もしかしたらこのロボットの管理システムだけを起動させる事が出来るかもしれない。もしそれが無理でも、いっそ島中の管理システムを地上の技術と全部取っ替える事は出来る。その場合めっちゃお金掛かるけど。でも、不可能じゃない」


 次々に案を出し、最後に改めて尋ねる。


風音「で、この島の管理が自動で出来るようになったら、ウチの乗組員になるのを考えてもらえる?」


セイニー「えっ、でも、その・・・・・」


 素直に嬉しい申し出ではある。でも甘えてしまっていいのだろうか、と口ごもってしまう。

 島の管理なんてこっちの都合に過ぎないし、こっちは勝手に友人とか言っていたけど、風音にとってはただの初対面の少女に過ぎないし、借金があるとか言っていたのにお金を使わせるのも抵抗があるし、考えれば考える程風音の方にメリットが少ないし・・・

 ・・・・なのにこの申し出は私にとって幸せでしかないし、それに、それに・・・


風音「いい返事が貰えるまで毎日でも通うけど? それこそ迷惑だと思われるくらい」


セイニー「・・・・・・・・」


 頭が真っ白になる。

 セイニーが自分の体温が上がっていくのを感じて、視界がにじむ。


凌舞「もしカノンに行く事が嫌じゃなけりゃ、遠慮とかせずに大人しく「はい」って言っとけ。でないと終わらねぇぞ。コイツ勧誘に関しては本当にしつこいぞ」


 凌舞がセイニーの背中を押す。

 セイニーが涙を浮かべて風音を見上げ、


セイニー「はい。こちらからもお願いします」


 と笑顔で答えた。







凌舞「っつーかさ、もし島中のシステム全部取り替えってなったら何千億とかの金額じゃない?」


風音「うん、多分」


ユニル「その金額はワグナさんも怒るんじゃ・・・・・・いくら勧誘の為でも・・・」


 三人がシャロンの廊下を歩きながら会話をしている。

 風音の手には島から持ち帰った花束が三つ。

 帰ってくる際ジルが気絶から復帰しないのでエレガを運転出来る者が居なかったが、出来る限り早く仕事にかかりたかった風音が「どうにかなるだろ」とか言って無理矢理帰って来た。


 実際どうにかなるわけも無く、帰りのエレガでは色々あったけども。

 本当に色々あったけども。

 思い出したくもないので無かった事にする。

 冷静に考えれば無免許運転だったが、出発した場所が治外法権ちがいほうけんだしいいやっていう無茶な論法で、これも無かった事にした。


風音「でも今回の仕事ってさ、裏側の技術を遥かに超える文明の発見だよ? って事は、いつもの仕事なんかの比じゃない位借金が減ると思うんだよ。二兆円くらいとか」


ユニル「どうなんでしょう、その予想は」


凌舞「あんまり期待しすぎるのもどうかと思うけどな」


 口々に否定的な言葉が返ってくる。


風音「多分・・・いけると思うけどなぁ。二人が思ってる以上にあの島の技術って凄いと思うよ、僕は。で、その借金の減額を無かった事にして、その代わり現金で数千億円受け取るってのはどうだろう?」


凌舞「出来んのか? それ」


風音「交渉の余地はあると思うんだけど」


 と、会話している内にレイ長官の部屋の前まで来る。

 風音が控えめにノックしてからドアを開けた。


風音「失礼します」


レイ「ああ、風音君! カノンには寄ったのかね!?」


 入るや否や椅子から立ち上がったレイにいきなり質問された。


風音「? いえ、まだですけど。エレガを置きに来たその足で来たので」


レイ「そうか。それは良かった」


 安堵あんどした表情で椅子に座る。

 事前にエレガの通信機から、明日届くはずの報告書が送られてきた時から嫌な予感はしていたが、明日の朝まで確実に空の上で居ると言っていたのに、まさか今日中に帰ってくるとは思っていなかった。

 風音達にとっては今の会話の流れはよく分からなかったが、早めに用件を済ませたい風音が尋ねる。


風音「エレガで一足先に報告書を送っておきましたけど、読んでくれました?」


レイ「ああ、読ませてもらったよ。そういえばジルはどうした?」


 部屋に一緒に入ってこなかった事を不思議に思っている。

 島での一連のジルの行いや経緯けいいについては面倒なので報告書に書いていない。

 報告書に書いたのは太古に監獄として使われていた土地が上空にあった事。

 そこには独自の生態系が存在した事。

 裏側を遥かに超える文明の一端が存在する事。

 今回の仕事内容である新種の花に関するレポート。

 そして、意思疎通可能な人類が一人存在した事。

 これらを簡単にまとめて報告書に書き、島に入る際と入った後の注意事項を添えてエレガからレイに直接送信した。


風音「ジルはその島で色々あって気絶しちゃったんで、医務室に運んでおいた・・・って言うか、受付でそう言ったら代わりに運んでくれたから、多分医務室に居ると思う」


 島でも何度か気付きつけをしたのだが起きなかった。

 風音が思うに、もしかすると自分の攻撃だけが原因ではなく、今回の件で精神的にも負担が掛かっていたのではないかと思う。

 彼の中の正義が本物であるがゆえに、本当にブラックリストに載っているという理由だけで風音とその関係者を監獄に閉じ込めてしまっていいのか? という自問に対する肯定と否定が彼の中で渦巻いていたのだろう。

 セイニーにその意義を説明していた時も、どちらかと言えば自分に言い聞かせていたのかもしれない。


レイ「アレが気絶するって・・・いったい何があったんだ・・・」


 改めてレイが報告書に目をやる。


風音「その辺はあんまり気にしなくていいよ。どうしても気になるなら後で本人に聞けばいいし。それより、今回の報酬なんだけど」


 早速交渉開始にかかる。腕の見せ所だ。


レイ「報酬? ・・・いや、今回は特に報酬は無いが。もちろん、働いてもらった訳だから最低限の報酬は出すよ。他の職員の一日の給料と同じくらいは」


 風音の表情が固まる。


風音「またまた御冗談を」


 少し声が低くなる。


レイ「いや、冗談ではなく。今回は君達の借金が減るような特別な仕事じゃなく、単なる調査だったわけだし。そこに偶然異様な物が存在しただけで」


 その答えに。


風音「あははっ、そっか。そっかぁ」


 笑顔で反応する。


風音「よし、やろう」


 急に真顔になり、右手に紫色の瘴気が発生する。


レイ「な、なにをする気だ!?」


 初めて見る風音の表情と技にレイが焦る。


凌舞「おい、カザちょっと落ち着け」


 凌舞が風音の肩をつかんで、少し離れた壁にそばに連れて行く。


凌舞「ここじゃまずい。やるならカノンに連れ込んでからだ。無理やり連れて行くんじゃなく、こっちから誘って自分の足で来てもらおう」


 と、なんとか説得(?)してなだめる。

 そしてレイの方を振り返り、今日一番の笑顔を見せて言う。


凌舞「レイさん、たまにはカノンに来て飲み会でもやって親睦しんぼくを深めないか? 皆で歓迎するし」


レイ「絶対嫌だよ。それより、風音君のその行為を止めてくれ、怖いから」


 風音が小さな声で「カノンに連れ込むまでの我慢。カノンに連れ込むまでの我慢・・・」とぶつぶつ言いながら壁を殴っている。


レイ「まぁ続きがあるから聞きなさい。凌舞君は今回の件、もし正規の依頼だとしたらいくら位借金が減ると思う?」


凌舞「さぁ? 俺はいつも通りくらいだと思ったけど、カザは二兆円くらいかもって言ってたな」


 ついさっきその話をしていたところなので、そのまま答える。


レイ「何を馬鹿な事を。そんなはした金じゃない。君達の借金が全て帳消しになった上、まだお釣りがくる位の発見だよ」


凌舞「はぁ!?」


 意外な見解に驚く。


レイ「あくまで報告書にあった記述が本当なら、という話だが。君達が体験した全ての機械を止める装置? 裏側の技術が足元にも及ばないというのが事実だとするなら、それだけでもとんでもない物だよ。それだけじゃない。その島中にある機械や人工的に作られた素材を調べると、それ以上の発見がゴロゴロ出てきそうだ」


 レイが報告書をプリントアウトしたものをペラペラとめくる。


レイ「君達がどうしても報酬が欲しいと言うなら、私はこの報告書を本部に送る事にする。そうすれば君達は明日にでも借金から解放されるだろう。・・・しかし、そうなると当然本部の連中がこの島の技術を吸い上げる為に調査団を送り込む事になるだろう。そしてその技術が持ち帰って研究される事になる」


 そして再び報告書をめくり、最後のページに目をやる。


レイ「だがね、この報告書には風音君のこの島に対する感想や景観けいかんについても細かく書かれている。この最後のページだ。・・・『この世界の美しい場所だけを集めたようなところでした。』と締めくくられている。この部分を見る限り、そういった連中が土足で踏み込んで荒らしていい場所ではない気がするんだよ」


 そして風音の方を向いて言う。


レイ「セイニーさんの故郷をそっとしておいてあげなさい。君達だけが知る君達だけの場所にすればいいじゃないか」


風音「・・・・・・」


 ここで、レイが乾いた笑いを挟む。


レイ「それに・・・・過ぎた力は身をほろぼす。ロストテクノロジーしかり、そんな例を嫌というほど見てきた。この科学力は我々が持つべきではないと私は思う。最終的な判断は君達に委ねるがね」


 壁に背を預けて聞いていた風音がゆっくりと壁から離れ、そして。


風音「・・・・・・・・・」


 風音が無言でレイに近付く。


風音「ん」


 レイに向かって花束を二つ差し出す。


レイ「?」


風音「一つは仕事の依頼の分。もう一つはあげる。・・・帰るよ、ユニィ、シノ」


凌舞「ああ」


ユニル「は~~い」


 部屋から出て行く風音と凌舞を見送ってから、ユニルがレイに振り返る。


ユニル「風音さんってまだまだ子供ですよね? ・・・あれでも感謝してますよ。じゃあ」


 それだけ言って部屋から出て行く。

 そして一時の間、部屋に静寂せいじゃくが訪れる。


レイ「・・・・・・・・・いやいや!! だから帰るなって!!」


 玄関の受付で止めてもらう為に、内線を入れようとして花束を机の上に置く。


「ピギー---------!!」


レイ「なにっ!!」


 花束から突然の叫び声と共に、小動物が跳び出し部屋を走り回る。

 焦っていたためか花束を少し乱暴に置いてしまったので、弾みで尻尾が千切れたようだ。


レイ「んっ? なんだ!? 花束の中に動物が混じっていたのか?」


 確か動物に関する記述は報告書に無かったはずだ。

 という事は植物のレポートの方に一緒に記述してあるのだろうか。あまり興味が無かったので花のレポートには目を通してなかったが、報告書の花の記述に関するページを開く。


レイ「・・・・・・ああ、これか。食用の半動物植物。ごつい尻尾の部分が生でも美味しく毛ごとイケる。ってこれ本当なのか?」


 興味深そうに他の植物の説明にも目を向ける。


レイ「自分の縄張りを誇示する為に周りの植物を食べる植物ねぇ・・・・・逆に淘汰とうたされていくタイプな気がするが・・・・・・いや! そうじゃなくて! 受付!」


 急いで内線を入れる。


受付「・・・音羽様ですか? たった今出て行かれましたよ?」


 受付の女性がハキハキとした喋り口調で対応する。


レイ「すぐに追いかけて呼び戻してくれ!」


受付「はい」


 そしてしばらく経って。


受付「・・・見当たりませんでした」


レイ「なんであいつら来る時は遅刻したくせに、帰るのだけはそんなに早いんだ!」


受付「はい。お役に立てずにすみません。緊急であれば、音羽様の携帯に直接掛けてみては?」


レイ「あ、その手があったか。ありがとう、失礼するよ」


 と言って内線を切り、急いで風音に電話する。

 だが風音の携帯端末に電源が入っていなかった。

 島の妨害機器により何度も強制的に電源を切られていたので、携帯端末の精密機器への負担を考慮して、ロボットとの最終戦前に風音も凌舞も予め電源を切っていた。


レイ「お・・・終わった・・・・・私の家庭・・・」


 レイが机の上でがっくりとうな垂れる。





 風音と凌舞が炎火ほのかの瞬間移動装置からカノンへと移動して装置から一歩踏み出すと、綺麗な飾り付けが壁中に取り付けられているのが目に入る。

 ちなみに煉也はエレガに置いてきた。仕事は終わったと腕にマジックで書いておいたので、起きたらそのうち勝手に帰ってくるだろう。それか職員に追い出されるだろう。どっちでもいいや。


 風音が壁の飾り付けを触りながら呟く。


風音「何これ? パーティーでもするのかな?」


凌舞「特に何も聞いてねぇけど、なんか予定とかあったっけ?」


 二人が装飾そうしょくに目をやる。


ユニル「ユニル感謝祭とかするつもりなんでしょうか?」


凌舞「じゃあ俺不参加で」


 妖精の戯言ざれごとになど付き合ってられない。


ユニル「凌舞さん冷たい・・・・」


 頬を膨らませて抗議する。


凌舞「いやマジで疲れてんだよ。ほんとならカザに肩借りて移動したいくらいなんだけど、お前が面倒臭いし」


 ここに来るまでふらふらとした足取りだった凌舞に、風音がおんぶでもしようかと提案したが、ユニルの目がギラついたので凌舞の方から断った。


凌舞「とにかくなんか食いたいな。もう調理とかいいから冷蔵庫にある物を片っ端から食べたい」


 朝はもう何も無かったが、おそらく事務員の誰かが食材を補充してくれている筈だ。


風音「あ、そうだ。この花束の中に・・・」


凌舞「NO」


 風音が喋る前に封殺ふうさつする。

 あの食べ物がゲテモノ系ではないという事は凌舞も理解しかけてはいるが、それでも生でかじるのは絶対に嫌だった。百歩譲って毛を取り除いて焼いてからでないと食べ物として見れない。

 そのまま三人が食堂に入ると、アリエイラと神楽が部屋の飾りつけをしていた。

 大きな横断幕には、「風音さん誕生日おめでとう」と書かれてある。


風音「あ・・・僕の誕生日パーティーだったんだ」


 風音自身忘れていたので少し驚いた。

 風音の声に反応してルミナが振り向く。


ルミナ「えっ!? 風音さんっ!?」


 まさか帰ってくるとは思っていなかったので、目を見開いて驚く。

 そんなルミナを見て、何をそんなに驚くことがあるんだろう、という感じで風音が反応する。


風音「うん。おかえり。まさか皆で誕生日を祝ってくれるとは思ってなかったからびっくりしたよ」


ルミナ「え・・・あ、そうですか・・・? それは良かったです。企画した甲斐かいがありました・・・・」


 一応取りつくろってはいるが、


ルミナ(あのおっさん、今度会ったらボッコボコに・・・・・・)


 風音の足止めを失敗したレイに対し、内心穏やかではない。


凌舞「ん? 今日だっけ? 明日じゃない?」


 凌舞が携帯端末をポケットから出し電源を入れ、カレンダーを確認する。


凌舞「ほら、やっぱり明日だ」


 カレンダーを風音に見せながら言う。


ルミナ「あ、あの、それはですね・・・・・・」


 ルミナが何か喋ろうとする前に風音が言う。


風音「そりゃ星によって文化が違うんだからそういう事もあるんじゃない? 誕生日を前夜祭から数えて一週間かけて祝う風習がある所だってあるんだから」


 ルミナをフォローするというより、純粋にそうとらえている。


ルミナ「そ、そう。そうなんです。家族とか大事な人を祝う時は、前日の夜から祝うのが私の星の風習で」


 と、傍から見てると不自然なくらい焦りながら答える。

 少し離れた場所で壁の飾りつけをしていた神楽かぐらが、風音達に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、


神楽「同じメリオエレナ出身でも、庶民と王族ではずいぶん風習が違うんですのねぇ、レスタ君?」


 とレスタに尋ねる。


レスタ(えっ!? 僕に振るの? 僕もそんな風習聞いた事無いって)


レスタ「うん。そうですよね。僕等と神楽さんとは全然身分が違うから」


 微妙に質問に答えずに、はぐらかして答える。


神楽「だったら最初から今日祝ってあげればよかったのでは? 何故シャロンに依頼を・・・」


レスタ「あ~~~~! そういえば神楽さん、さっき創作料理のアイデア出してくれてなかったっけ? ちょっと作ってみたいからもう一回説明してほしいな~~~!」


 余計な事を言いそうだったので、レスタが大きな声を出し必死でかき消す。

 高速でレスタの方を振り返った神楽の表情がぱあっと明るくなり、目がキラリと光る。


神楽「まあ! ようやくレスタ君にも私のセンスが分かるようになりましたのね? そういう事なら喜んで伝授しますわ。まず牛乳を煮込んで砂糖を・・・いえ、ここは冒険ですわ。砂糖の代わりにサイダーですわ。サイダーを追加してくださいな。あと時間が命ですわ、今の内に塩辛と葡萄ぶどうの準備を」


 クソ不味い料理が出来そうだが、この後試食が不可避となるレスタが涙目で言われたとおりに作る。

 ともあれ、そういう風習であるという証言を得た風音が得意気に言う。


風音「ほらやっぱり。カノンにはいろんな星の人がいるから、こういう事もあるって」


凌舞「ふ~~~ん。そんなもんか。俺だったら誕生日の前夜祭とかやられたら逆に気を遣うから、当日だけでいいけどな」


風音「まぁそれも分かるけど、自分の星の文化を大事にするのは良い事だよ。迷惑な文化じゃなければ」


 祝い事があると敵国の人間の首を持って来てプレゼントする、という風習を持つ戦闘民族を見た事がある。いくら文化を大事にと言っても、カノンでそれをやられるとお説教が必要になりそうだ。


風音「あ、そうだ。じゃあお礼にこれをあげる」


 ルミナに持っていた花束を渡す。


ルミナ「え?」


 事前の会議では帰ってきた風音から花束を受け取るとか言っていたが、本当に貰えるとは思っていなかった。

 受け取った瞬間にルミナの首から上が真っ赤になり、フリーズして自分の世界に入る。


ルミナ(どどどどうなってんのこれ? 完璧シナリオ通りじゃないの。・・・まさか前日から祝う事が正解なんて・・・思いもしなかったわ。あのおっさん、いや、レイ長官殿はこの事を見透かしてたっていう事? やっぱり組織のトップの考えは組織のトップに立つ者が熟知しているという事なのね? ・・・はっ! もしかしてあのおっさん、風音さんの事は自分が一番よく知ってるとか思ってんじゃないでしょうね? いやそうに違いないわ。ふざけんじゃないわよ部外者のくせに。・・・・・妬ましいわ・・・ちょっと私が分からなかった事が分かったからって調子に乗り過ぎじゃないかしら。感謝して資産の二割くらいシャロンに寄付してあげようかと思ったけど調子に乗った罰として無しね。浮気写真を闇に葬ってあげるだけでも感謝しなさい。っていうかそんな事どうでもいいのよ。こんな時におっさんの事を考えている暇なんて無いのよ。それよりも来ちゃう? このまま私の時代が来ちゃう? この流れはもう会議の予定通り結婚しかないでしょ。ああどうしようかしら、服は、そう、服は着替えてきた方が良いかしら。こんなエプロン姿の家庭的丸出しの女には結婚を申し込みにくいかもしれないわ。 ・・・・・はっ! 奥ゆかしい日本人!! ・・・私が勤勉じゃなかったらこの重要なワードを見逃してしまうところだったわ・・・なんてことなの・・・敢えてエプロン姿のままが良いというの!? まさかそんな事が・・・・・・なんて斬新なの日本人・・・あれ? そもそも風音さんって日本人なの? 怒ったら目の色の透明度が変わるところとかちょっと戦闘民族っぽくない? でも以前大和魂がどうとか言ってたわ。この場合の大和は日本を指すのかしら? それとも風音さんの故郷の大和を指すのかしら? もし日本を指すなら魂は日本人だと言っている様なものだからいいとして、故郷の方を指しているならただの郷土愛宣言だわ。どうなの? 服は着替えるべきなの? ・・・んっ? 化粧とかした方が良いのかしら? した事無いわよそんなの・・・・・・・・)


 ・・・という序章から始まり、実にこの後半時間を超える妄想の世界が続いた。

 ルミナが動かなくなったので、いつもの事かと放置しておいて風音が周囲を見る。

 採用、という小さな立て看板が置かれたテーブルに、いくつか料理が置いてある。

 やはり採用と書かれているだけあって美味しそうな料理が並んでいるが、その中でひときわ異彩を放っている物が目に留まる。

 冷奴ひややっこに何らかの細切りの食材を混ぜた生クリームがデコレーションされてあり、マヨネーズと醤油が添えられてある。豆腐の中にも何か入っているのだろう、側面に何か捻じ込まれたような跡がある。

 神楽渾身の一作である。怖くて誰も味見していないし、神楽が怖いのでそのまま採用となった。


風音(うわぁ・・・あれ誰が食べるんだろう・・・・・)


 可哀想な奴もいるものだ。


風音「ああ、それと・・・」


 脚立きゃたつに上って飾り付けをしているアリエイラの方を見る。


風音(いや、明日は仕事を忘れて一緒に楽しむ方が良いか)


 アリエイラとクリス姉弟に仕事を頼もうかと声を掛けようとしたが、やめる。


アリエイラ「どうかされましたか?」


風音「いや、飾り付けありがとう。ただ、明日は場所を移動しようかと思ってるから、あまり気合い入れなくてもいいかも。ほどほどでいいよ」


アリエイラ「お気遣いありがとうございます。ですが私完璧主義なので、予定通り完璧に飾り付けさせていただきますよ」


 と笑顔で答える。


風音「そっか。じゃあ期待してるよ」


 完璧主義ならそのぼさぼさの髪を何とかすればいいのに、と思う。せっかくの綺麗な髪が台無しだ。


アリエイラ「ところで、場所を移動するとは? 誕生日会を別の場所で行うという事ですか?」


 尋ねてくるアリエイラに対し、ニッと悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて答える。


風音「うん。多分みんな驚くよ。僕達だけのとっておきの場所があるんだよ」



あとがきーーーー!!!



 これを読んでいるという事は全部読んだって事ですかね?

 じゃあ一言。


 お疲れ様でしたーーーー!!


 よくこんな長い文章を最後まで読んでくれたものです。

 小説を書くのも初めてなんで、読みにくかったり説明不足で状況が掴めなかったりもあったと思います。

 矛盾点とかもあったかも。

 それでも最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます。


 今回は第一話という事で、時代背景というか物語設定の説明が必要だと思いまして。ほんっとに本編(島での話)に入るまでが長かったですよね。

 あらすじにも書いた様に、特に起伏の無いダラダラとした会話が延々続いたと思います。

 本編に入ったら入ったで、何のひねりも無い一本道の物語でしたしね。

 よくくじけずに最後まで読み進めたものだとおもいます。

 ・・・あれかな・・・・暇なのかな

 なんにせよありがとね。


 こういった反省を踏まえ、二話目は出来ればすぐに本編に入りたいなとは思ってますけど・・・・出来ますかね・・・


 それとこの話の主な特徴として、誰かが話すと鍵カッコの前に人物名が入りますよね。

 多分これ邪道なんですよね。

 でもこの形式を採用したのには理由があるんです。


 会議のシーンがね、面倒臭かったんです。


 それだけ。

 序盤の・・・ほれ・・・あの一見意味の無さそうなシーン。そして実際本編にほぼ関係無く、大した意味も無かったあのシーンですよ。

 カノンに住んでる人の紹介を兼ねていただけのとこ。


 まあね、最初はどうしようか迷ったんですけどね。

 うん。

 ・・・それでは言い訳を始めますね。

 だっていっぱい人居るもん。

 それぞれ勝手に喋りますもん。

 その場に居る人が十人とか越えたら、今誰が喋ってるかの説明だけで文章量半端じゃ無くなりますし。

 もしこのシーンが今回だけなら頑張ろうかとも思いましたが、今後連載していくならまた多人数の場面があるかもしれないし。

 だからと言って分かり易くする為に、各個人に特殊な喋り方とか独特な語尾とかを付けまくって個性を表現するのは・・・最近そういうのが飽和しすぎて、もう読む側も皆お腹いっぱいなのかなぁ・・・とか思って出来なくて。

 そろそろこういう小説も一周回って、個性は変わった語尾とか特殊な喋り方じゃなく、会話の内容(からにじみ出るその人の思想とか人となり)で出さないといけないのかなぁーーとか。

 あ、別にそういう表現を批判している訳じゃないですよ。

 一番有名な所で言うと、ワンピースなんて新キャラが出てくる毎に変わった喋り方の奴が出てきますよね。

 あれは単純に面白いと思いますし、キャラが立ちますよね。

 でもだからこそ、それを真似してちゃ駄目なのかなぁ・・・とか。

 ・・なんて言いながら会議のシーンでは、喋り方だけで誰が喋ってるのか分かる奴何人かいますけど。

 喋り方に特徴を失くしたせいでキャラかぶってる奴もいますけど。


 まぁこういう適当さも作品の味かな。 ・・・って、あのシーンを書き終えた時の僕が言ってました。 追い込まれてたんでしょうね。



 さて、行き当たりばったりで書き始めたんで、どういう物語にしていくかの方向性が全く決まってないんですが、まぁなんとか続けていけたらいいかなって感じでやっていきますね。

 仕事の関係で更新の速度はめっちゃくちゃ遅いと思いますけど。

 一応二話目はほぼ完成してますしね。その分三話目は構想すら浮かんでない状態ですが。

 大丈夫かな、連載・・・

 二話目で終わるんとちゃうか・・・・・

 まぁいいや。


 じゃあまた二話目で会えたら嬉しいです。


 バイバイ。


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